軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:158 平和な日々

春が訪れたロマナス王国では、魔術士認定試験の時期となっていた。多くの魔術士を目指す若者が王都に向かい、魔術士協会を訪れた。

イサルコの部屋では、魔術士試験を受ける受験生が持ち込んだ論文が山となっている。その論文の山を見て、リカルドは溜息を吐いた。

「この論文を一つ一つ調べる作業を、タニアさんは毎年やっていたのか。凄い処理能力ですね」

「ああ、タニアは優秀だったからな」

究錬局の局長であるイサルコが疲れた目を手で押さえながら答えた。

「イサルコ理事、手伝う人数を増やしたらどうですか?」

イサルコが残念そうな顔をして、首を振った。

「これらの論文の多くは、見る価値もないものがほとんどだ。しかし、その中に一つか二つ優れたものがある。それを見逃さないためにチェックをするんだ。チェックをする者にも、それなりの知識と能力が必要だ」

イサルコが、そんな人材は二人しかいないと告げた。

ある程度使える人材は、王権派か長老派に属してしまうらしい。そうなると、公平な目で論文をチェックしてくれなくなる。

王権派や長老派に属していない究錬局の魔術士で、論文チェックに使えるだけの人材はリカルドとタニアしかいないらしい。

「タニアさんは今頃、何をしているんでしょうか?」

「魔術の勉強に熱中しているだろう。念願のエラルド教授に師事することができたようだからな」

「【命】の魔術の第一人者ですか。自分も教えを請いたいです」

「リカルドは、飼育場の関係で【命】の魔術を研究したんじゃないのか?」

「あんなのは研究したうちに入りません。人の健康状態を調べる魔術を研究したかったんですが」

イサルコは感心したように頷いた。

「素晴らしい。その分野でも活躍できそうだな」

「とんでもない。医学の知識なんて、ほとんどないですから、難しいでしょう」

「そうなのか。前にボニペルティ侯爵の息子を助けたことがあったじゃないか」

「あれは、病気ではなく怪我だったので、手当ができたんです」

そんな雑談を交わしながら、論文のチェックをしていたリカルドは、思いがけない名前が記載されている論文を見つけた。

「タニアさんが書いた論文だ」

「あいつは高等魔術教育学舎で【命】の魔術を勉強しているはずだ」

「『イルメダ蝶の触媒としての可能性』か。この触媒は【風】の魔術触媒か」

イサルコが興味を示したので、その論文を渡す。

「ふむ、素晴らしい研究だ。蝶の羽を砕いたものが魔術触媒となるのか」

イサルコは価値のある論文として、タニアの論文を仕舞った。

「ちょっと変ですね」

「そうだな。論文を提出したということは、魔術士協会へ来たということだ。なぜ、ここに来なかったんだ?」

「何かあったんでしょうか?」

イサルコがリカルドの顔をジッと見て、

「……すまんがタニアの様子を見てきてくれるか」

イサルコは論文のチェックで当分手が離せない。リカルドもチェックしているが、先に終わりそうだ。

「いいですよ。今日の午後からでも行ってきます」

「頼む」

リカルドは究錬局の食堂で昼食を済ませてから外へ出た。

リカルドはボニペルティ侯爵の屋敷に寄って、グレタを誘ってバイゼル学院へ向かう。グレタがタニアと会いたいと言っていたのを思い出したのだ。

「タニアさんに会うのは、久しぶりです。元気にしているんでしょうか?」

「元気だとは思うけど」

リカルドは門番に魔術士協会の身分証を見せて中に入った。バイゼル学院と魔術士協会は協力関係になっており、身分証一つで中に入れる。グレタはリカルドの連れということで入ることを許された。

バイゼル学院の高等魔術教育学舎は、学院内の北部にある。学院の内部を見回すと、リカルドと同じような年齢の少年少女たちが、あちこちで立ち話をしていた。

「学生生活か、こういうのもいいな。グレタもここに入学するんだろ?」

「はい」

二人で話をしながら高等魔術教育学舎へ向かう。

高等魔術教育学舎は三階建てレンガ造りの建物だった。建物から出てきた学生に、タニアの居場所を聞いた。

「タニアなら、三階北の角部屋で資料整理をしているんじゃないか」

リカルドたちは礼を言って三階へ向かう。三階北側に資料室と書かれたドアがあった。ドアをノックして中に入る。部屋の中には多くの書棚が林立しており、少し埃っぽい。

書棚の陰でタニアが目録みたいなものを作っていた。その背中は丸くなっており、元気がなさそうだ。

「タニアさん」

グレタの声でタニアが振り返り、リカルドたちを見た。

「リカルドとグレタじゃない。どうして、こんなところに?」

「ちょっとタニアさんの顔を見てみたくてね」

タニアが複雑な表情で微笑んだ。

「イサルコ理事から、見に行ってこいとか言われたんじゃないの」

さすがに勘が鋭い。

「理事も心配しているんですよ。偶には顔を見せてください」

「そうね。でも、理事に合わせる顔がない」

リカルドはタニアの顔を覗き込んだ。その顔には暗い影があった。

「何かあったのなら、話してください」

「そうよ。お願いします」

タニアが溜息を吐いてから話し始めた。

「エラルド教授の説に異を唱えたら、仲間はずれにされたの」

「教授が、そんな人だとは思いませんでした」

リカルドが失望の声を上げると、タニアが否定した。エラルド教授の意思で仲間外れにされているわけではないらしい。教授に師事する学生たちが勝手に行っていることのようだ。

彼女は先輩学生たちから雑用を押し付けられ、勉強も碌にできない状況に追い込まれているという。

グレタがタニアのために怒っていた。

「タニアさんらしくないです」

「どういうこと?」

「そんな卑怯な奴らは、ぶっ飛ばしてしまえばいいんです」

タニアの顔から陰が消え、笑顔が浮かぶ。だが、その笑顔は弱々しいものだった。

「といっても、本当にぶっ飛ばすことはできないのよね」

リカルドも頷きながら苦笑いした。本当にぶっ飛ばしたなら、タニアが退学になってしまうだろう。

そこにグレタが首を傾げて口を開いた。

「でも、タニアさんの実力を知っていれば、怖くて陰湿なイジメとかできないと思うんですけど」

「そうですね。もしかして実力を知らずに意地悪をしているんじゃないか?」

「だったら、実力を教えてやればいいんです」

グレタは普段にない好戦的な発言をした。よほどタニアをイジメている先輩たちに腹を立てているようだ。

「私のために……ありがとう」

自分のために怒っているグレタに、タニアは礼を言った。とはいえ、先輩学生たちの前で上級魔術を披露して脅すのも考えものだ。

「いい考えがある。目録作りが教授の考えでないなら、その先輩学生たちが勝手にタニアさんに押し付けたことになる。それをはっきりさせるんです」

リカルドは先輩たちがいる研究室を案内するように、タニアに頼んだ。タニアは二階にある研究室へ向かう。その研究室では、五人の学生がお茶を飲みながら雑談をしていた。

タニア一人に雑用を押し付け、優雅に雑談している学生たちにリカルドは怒りを覚えた。

雑談していた学生の一人がタニアの姿を目にして、強い口調で言う。

「おい、こんなところで何をしている。資料室の目録はできたのか」

「友人の魔術士を案内しているの。目録作りは後でやります」

「馬鹿を言うな。目録作りは大事な仕事だぞ。友人の案内なんかしていないで資料室に行けよ」

リカルドが反論しようとしたが、先にグレタが口を開いた。

「そんなに目録作りが大事なら、無駄話なんかしていないで手伝ったらいいのに」

それを聞いた学生が立ち上がって、怖い顔をグレタに向けた。

「貴様、年下のくせに生意気な」

リカルドがグレタの前に出た。

「その目録作りですが、タニアさんが教授から直接命じられたんですか?」

「いいえ、そこのジャンマルコ先輩から指示されました」

「では、教授が目録作りを命じられたのは、ジャンマルコさんなのですね」

「そうだと思います」

「ち、違う。教授がタニアに目録作りをさせろと言われたのだ」

「そうなんですか。でしたら、どこまで目録作りが進んだか、教授に報告に行きましょう。そして、教授に紹介してもらえますか」

タニアがニヤッと笑って、

「そうね。行きましょう」

それを聞いた学生たちが慌てた。

「待て、報告は俺たちでする」

「結構です。リカルドを紹介するついでですから」

リカルドたちは教授の部屋に向かった。

タニアに案内されて教授の部屋に入る。その部屋には数多くの本が積み上げられ、鉢植え植物が並んでいた。カオスのような状況である。

エラルド教授は、鉢植えされた小麦を観察していた。

「教授、紹介したい人がいるんですが」

「ん、タニア君か。紹介したいというのは、そこの少年と少女かね?」

「はい。魔術士協会の同僚リカルドとボニペルティ侯爵の御息女グレタ様です」

グレタはタニアから様付けで呼ばれたので驚いた。

リカルドとグレタは、教授に会えて光栄だと伝えた。

「君たちは、儂に用があって来たのかね?」

「タニアの様子を見に来たのですが、少々問題があると分かりました。それで教授に相談しようと思って参りました」

「ほう、問題とは何かね?」

リカルドはタニアの状況を訴えた。すると、エラルド教授は怒りを表し、先ほどの学生たちを呼び出し叱責した。目録作りは、その学生たちが行うことになった。

「済まないね。儂の監督不行き届きだった」

教授が頭を下げて侘びた。タニアは恐縮し頭を上げるように言う。

リカルドがエラルド教授に視線を向け口を開いた。

「ところで、教授。一つ質問があるのですが、いいですか?」

「何かね」

「普通の植物の中に、果実が魔術触媒となるものがあります。それらと普通の植物とでは何が違うのでしょう?」

エラルド教授が何度か頷き、

「いい質問だ。儂も研究したことがある。例えば、魔術触媒となるシュラム樹の実などは、元々魔境に生えていたものらしい。魔境で進化した樹が、普通の土地に根付き増えたのだと考えておる」

「魔境で進化した樹ですか……興味深い」

リカルドと教授は様々なことについて議論を戦わせた。その話が高度なものになったので、グレタどころかタニアさえ一部は理解できなかった。

瞬く間に時間がすぎ、外が薄暗くなった。

「おっと、いけない。こんな時間だ」

「おお、外が暗くなっておる。楽しかったよ。また来てくれ」

リカルドとグレタは教授たちと別れ帰途に就いた。

グレタをボニペルティ侯爵の屋敷に送る途中、魔獣ハンターらしき若者たちとすれ違った。その中にはリカルドの兄であるマッテオもいたのだが、暗くなっていたので二人ともお互いに気づかなかった。

マッテオは、長旅で疲れた身体を動かし宿屋を探していた。

「おい、マッテオ。宿屋はどこなんだよ?」

バルビオが地図を持っているマッテオに尋ねた。

「地図では、この辺なんだ」

「マッテオって、この国の生まれなんでしょ。分かんないの」

「無理言うな。王都なんて初めて来たんだからな」

マッテオたちが、宿屋を探し当てた時には、外は真っ暗になっていた。宿では雇い主のグラウルが先に到着し待っていた。

王都に到着した早々に、スリに遭遇したマッテオたちは、そいつを守備隊の詰め所に連行するために雇い主であるグラウルと別行動をとっていた。

グラウルと合流したマッテオたちは、食事と休憩を取ってからグラウルの部屋に向かう。

樹液ランプで照らされた部屋の中で、グラウルが待っていた。

「お待たせしました」

「ああ、座ってくれ。早速だが、明日からの予定を話したい」

マッテオたちが頷くと、グラウルが話し始めた。

グラウルは取引相手と数日間交渉してから、荷物を受け取りトリドール共和国のバスタール地方に戻る予定になっているようだ。

王都にいる間、マッテオたちは自由にしてよいらしい。

「それじゃあ、少し王都を見物してみるか」

バルビオが提案するとマッテオたちも賛成した。