作品タイトル不明
scene:151 アプラ領の顛末
王太子とリリアナ王女を乗せた馬車が、副都街の入り口を通り大公園の方へ向かう。住宅区画には建設現場で働く人々が寝泊まりする長屋のようなものが建てられている。
安普請の住まいだが、用水路から引かれた水は豊富にあり、衛生面も考え下水道を整備する準備が進んでいる。
馬車が建設中の商店街に入り、大公園を眺められる一等地に建つ店の前で止まった。王太子が先に降り、リリアナ王女へ手を伸ばす。
王女は王太子の手を取って優雅に馬車から降りた。
「ありがとうございます」
「王族としての礼儀は、幼少より叩き込まれておる。だが、素直に感謝されたのは初めてのような気がする」
王太子の言葉に、リリアナ王女は少し驚いた。そう言った時の王太子が、寂しそうな表情を見せたからだ。
店の入り口で、リカルドが出迎えた。王太子がリカルドをリリアナ王女に紹介し、挨拶を交わす。
リリアナ王女は驚いた。店のオーナーだというので、もっと年上の商人を想像していたのだ。どう見ても王女自身より若い。
「こいつは変わり者なのだ。本職は魔術士なのに、いろんな商売に手を出し、成功しておる」
「リカルド殿は、魔術士なのでございますか?」
「はい。普段は魔術士協会で、魔術の研究をしております」
店に入ると、正面に階段、左側にフードコートへと続く通路があった。
フードコートからは、楽しそうに騒いでいる子供の声や笑い声が聞こえてくる。
「あちらでは、どんな料理が?」
「様々なものを売っていますが、おすすめは中華まんです」
「食べてみたいです」
そう要望されて、リカルドは困った。三階では料理の準備をしていたからだ。
「それでは、お帰りの際に、お土産としてお持ちしましょう。冷めた中華まんでも、もう一度蒸せば美味しく頂けます」
リカルドは各種中華まんと小型蒸し器を用意するように指示した。
階段で三階に上がり、個室に案内した。落ち着くような内装の部屋である。王太子たちが席に着くと、料理が運ばれてきた。
最初は食前酒と三品の前菜が運ばれてきた。
一品目はシラサラと呼ばれる白身魚のカルパッチョである。塩胡椒とサザミ油、柑橘類の汁で味付けされた薄造りの白身は、食欲を増進させる効果がある。
王太子とリリアナ王女は気に入ってくれたようだ。次に出されたシーフードサラダや貝の焼き物も好評だった。
リリアナ王女は、料理の出し方に興味を持った。貴族の宴会における料理の出し方は、食べきれないような量の料理をドカッドカッと出すのが普通だったからだ。
そういう風に出されると、一、二品を食べただけで、満腹になってしまう。
根野菜の煮物と白身魚の焼き物が出され、メイン料理が影追いトカゲの唐揚げだった。
余ってしまった影追いトカゲの肉を、どう料理しようかと話し合いが行われた時、トカゲの肉は鳥の肉に似ていると話が出たので、串焼きや唐揚げはどうかとリカルドが提案したのだ。
影追いトカゲの唐揚げを食べた人々は絶品だと褒めた。
味付けに利用したキャルツという野菜は、ニンニクに似ている。そのキャルツをすり潰したものと他の調味料を使って下味を付け、カラリと揚げた影追いトカゲの唐揚げは、手が止まらなくなるほど美味しい。
王太子とリリアナ王女も一口食べた後は夢中になって食べ始めた。
リカルドとしては、唐揚げがメイン料理というのも違和感があったのだが、試食してもらったアントニオやグルメとして有名なローランド教授も十分メイン料理になると断言した。
「リカルド、これほど美味しいものを隠していたな」
王太子が怖い顔で言う。
「違います。これは影追いトカゲの肉を料理したものなんです」
「何っ、あの黒いトカゲが、これほどの料理になるのか……料理とは分からんものだな」
「リリアナ王女、料理はいかがですか?」
「美味しいわ。どれもこれもミシュラ大公国にはない料理です」
「王太子殿下から新作の料理をという御注文でしたので、料理人に言って作らせました」
リリアナ王女はすべてが新作料理と聞いて驚いた。故国では新作料理など滅多に食べられなかったからだ。文化の栄える国では、新しい料理が数多く生み出されると聞いた覚えがある。
この国はこれから文化が花開く国となるのだろうか、という考えが王女の頭に浮かんだ。
食事が終わり、紅茶を飲みながら雑談が始まった。王太子がリカルドに、この副都街をどんな街にしようとしているのかと尋ねたので、おおよその計画を話す。
「ほう、商店街の近くに芝居小屋を建てるのか」
「芝居小屋より、もっと大きな劇場です。芝居だけでなく、歌や演奏も楽しめるものにしたいのです」
「面白い、暇を持て余した金持ちや貴族たちが押し寄せるかもしれんな」
「そうなれば、副都街も発展するのですが」
リリアナ王女は、楽しそうにリカルドと話している王太子を見つめた。意外なことに王太子の顔が怖くなくなっていた。
楽しい時間を過ごした王太子とリリアナ王女は、満足して店を出た。大使館に戻ったリリアナ王女を、留守番をしていたメイドが出迎える。
「いかがでしたか?」
「美味しい料理を頂いたわ」
メイドたちは羨ましそうな顔をする。
フェリシアは一緒に付き添って行ったが、何も食べていない。リカルドは別室に料理を用意したのだが、食べなかったのだ。
いつ呼ばれるか分からないので、一流の侍女である彼女は当然だと考えている。
「そうだ。リカルド殿から、お土産をもらったわ。あれを食べればいい」
リリアナ王女が中華まんを運ばせた。
冷めているので一緒にもらった蒸し器で温める。
温まった中華まんにメイドとフェリシアが齧りついた。
「美味しい。この国には、こんな美味しい料理があるのね」
フェリシアが言うと、メイドたちも同意した。
一方、外輪船の秘密を探り出せと命じられた技術者のロドリゴは、毎日のように港へ足を運んだ。外輪船を建造した造船所は、すぐに判明した。
デオダート造船所である。しかし、その造船所には近づけなかった。王都の兵士が警備していたからだ。そこで、その造船所に出入りしている下請け工房を調べ上げ、造船所がどんなものを必要としているのか探った。
様々な工房の調査を行っているうちに、開発されたのが船の動力だけではないのが分かった。魔砲杖や魔功銃などの武器を筆頭に、ストーブや収納紫晶などが、近年になって開発されたらしい。
そして、その中心にいるのが王太子が抱える技術者集団だという噂を聞いた。
この噂は王太子自身がわざと流したもので、一種の情報操作だ。
ロドリゴはその情報操作に引っかかり、ヨグル領にある技術者集団の研究所に探りを入れた。しかし、警護兵に捕まってしまう。
散々厳しい取り調べを受けたロドリゴは、ミシュラ大公国の技術者だと白状させられた後、解放された。
手ぶらで戻るわけにはいかない。そう考えたロドリゴは、外国人でも手に入れられる新製品を買いあさり、それを手土産として報告することにした。
ロドリゴが不運な目に遭っている頃、王都では王太子の副王就任パーティーが行われた。多くの貴族や各国代表が出席し、盛大なパーティーとなった。
だが、貴族たちは不安げな顔をしている者が多い。王太子がアプラ領制圧部隊を編成しているという情報を聞いていたからだ。
「アプラ侯爵は何を血迷ったのだ。伝染病の患者を王都やルリセスに送り込むなど、謀反だと断定されても仕方ないではないか」
メルビス公爵と親しい子爵が小声で言った。それを聞いた近くの領地を統治する伯爵が、
「侯爵自身が、ペルーダ病に感染したと聞いておる。そのせいで判断力を失ったに違いない」
「それではアプラ領も終わりですな」
パーティー会場では、それと似たような会話がいくつも交わされた。
その後、王太子が登場し、副王に任命されたことが報告された。口々に祝いの言葉が発せられ、パーティーは盛り上がる。
盛況のうちにパーティーが終了し、貴族たちは急いで自領に戻った。アプラ領で始まるだろう戦いの余波が、自領に及ばないように警戒するためである。
リリアナ王女たちも、一度故国に帰ることになった。内戦が始まると分かったので、危機回避のためにである。荷物を纏め、慌ただしく港に向かった。
今回は王太子とリリアナ王女の顔合わせという感じだったので、婚約の件は今後両国で話し合うことになる。
リリアナ王女が去り、貴族たちが自領に戻ると、王都は少し寂しくなった。その代わり王領の各地から精鋭兵士が集まった。
その兵士の大部分は、ボニペルティ領を守るために王家派遣軍に参加した兵士だ。五千の兵士が集まりアプラ領制圧部隊が編成されると、アプラ領に向けて出発した。
指揮官は、以前に王家派遣軍を指揮したオルランドである。
王太子はアプラ侯爵と一族全員を捕縛するように命じた。
ペルーダ病に関しては、特効薬があるから恐れる必要がないと兵士に教えた。兵士たちは安心してアプラ領へ向かう。
アプラ領の領民は、何の抵抗もしなかった。領民も領主であるアプラ侯爵を見放したのだ。
アプラ領制圧部隊は領都ブレルへ侵攻した。ブレル城が包囲されると、侯爵の部下が投降を始める。そして、アプラ侯爵と一族、それに神殿関係者だけが城に残った。
アプラ領制圧部隊の指揮官であるオルランドは、ガランとした城の中を侯爵の寝室に向かっていた。情報では寝室で療養しているらしい。
カッカッと足音を立てながら寝室へと進むオルランド。そよ風で揺れる木々のざわめきが聞こえるほど、城の中は静まり返っていた。
寝室のドアを問答無用で開ける。中には二人の神殿関係者と寝台の上にアプラ侯爵。その侯爵はミイラのような状態になっていた。
「まだ、生きているのか?」
オルランドが司祭だと思われる人物に尋ねた。
「かろうじて息をしていますが、長くはないでしょう」
「ペルーダ病の特効薬がある」
司祭は弱々しく首を振る。
「無駄です。ペルーダ病が完治したとしても、水も飲めないほど衰弱しています」
オルランドは部下に侯爵の家族を探すように命じた。侯爵の家族は城の宝物庫で発見された。財宝をカバンに詰め込んでいたらしい。
ちなみに侯爵が溜め込んだ財宝は、とんでもない量だった。部下の中に不埒な考えを起こす者が出ないように、宝物庫を封鎖。
アプラ領で隔離されているペルーダ病患者には、ペルーダの血清である特効薬が注射された。注射器は魔境の研究所が用意した使い捨てのペン型注射器で、先端を皮膚に押し当てると針が出て注射されるようになっていた。
透明なアクリルのような材質で出来ているので、中身の液体が失くなるのが見える。兵士たちは王太子から使い方を教えられており、その通りに実行した。
ペルーダ病患者は救われた。だが、侯爵はオルランドの目の前で息絶え、その家族は王都で処刑されるために連行された。
アプラ領制圧部隊が城を占拠し、財宝は王都へ運ばれる。
数日後、アプラ領は消滅し、ヨグル領と同じように王家直轄領となった。
領都ブレルは将来王都に迫る都市になるのでは、と言われたほどの町である。それが無残な姿をさらしていた。建物は残っているが、人が消え活気がない。
それを知った領地持ちの貴族たちは、王、いや王太子の力に恐怖した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アプラ領の問題が片付くまで、リカルドは魔術士協会で静かに研究をしていた。課題は『空を飛ぶ乗り物』である。
熱気球・飛行船・飛行機などが候補に挙がる。
「一番簡単なのは、熱気球か」
本当は飛行船がいいのだが、水素ならともかくヘリウムが手に入らない。
そこにパトリックが現れた。
「討伐局は、忙しいのではないのですか?」
念願が叶い、パトリックは討伐局に配置換えされた。張り切って仕事をしていたはずなのだ。
「新人には、簡単な討伐しか任せてもらえないんだがね」
最初のうちは仕方ないのだろうと、リカルドは思った。
「その簡単な仕事を早めに終わらせて、暇になったということですか?」
「そうだ。面白いことはないか探しに来たんだがね」
「だったら、実験を手伝って」
リカルドは熱気球を作って飛ばす実験を始めた。とはいえ、最初は模型からである。目の細かい布を使って球皮を作り、空気を暖めるバーナーの代わりに魔術道具を使う。
これは魔光灯を改造して光の代わりに熱を発生する玉を作り出すものだ。暖められた空気が球皮の中に溜まり、膨らんだ球皮が浮かんだ。
「な、何でや?」
浮かんだ熱気球に驚いて、パトリックが声を上げた。
「暖めた空気は、周りの空気より軽くなるんです。それで浮きます。水に浮く木材と一緒ですよ」
「もしかして、高跳びフロッグも同じ原理で飛ぶんきゃ?」
「いや、たぶん違うと思うけど」
その時、リカルドは引っかかるものを感じた。