軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:150 ミシュラ大公国のプリンセス

王都に戻った王太子は、各地の砦に命令を出し優秀な兵士を王都に送るように命じた。

「セラート予言に備え、そろそろ常備精鋭部隊を編成する時期か」

五千の常備軍を創設・維持するには、莫大な費用が必要となる。その資金は大陸間交易で増えた税収を充てることで可能となる。

王太子が副王になったことで、王位を継ぐ時期が近いと噂されるようになった。適齢期の娘を持つ貴族や他国の王族は、我も我もと王太子妃候補として名乗りを上げた。

その中には、ミシュラ大公国の大公であるエスカランテ二世の次女リリアナの名前もあった。

大公国の首都クラベスにあるカトーナ離宮では、リリアナ王女が大きな溜息を吐く。

リリアナ王女は『深窓の令嬢』という言葉が似合わない女性だった。活溌で乗馬や弓を好み、大勢の友人を持っている社交的な淑女だ。

金髪と黒い瞳を持つ整った顔立ちをしている。ただお転婆すぎて、結婚相手としては敬遠されている。

「どうして、ロマナス王国の王太子と婚約するという話が、私に?」

リリアナ王女は十七歳、長女のクリスティナ王女が嫁いでいるので、ガイウス王太子の相手として名前が挙がったのだ。

「大公家に残っている王女は、リリアナ殿下とナタリア殿下だけでございます」

ナタリア王女は七歳、結婚は早すぎる。そう侍女長のフェリシアが返答した。

「でも、なぜ急にロマナス王家と縁を結ぼうとするの。以前は内戦が始まるかもしれないと言っていたじゃない」

「ガイウス王太子殿下が副王となり、国政を担うことになったからでしょう」

「どういう意味?」

「王太子殿下の政治手腕は、素晴らしいという評判でございます」

「そんな素晴らしい王子様なら、なぜ今まで結婚しなかったんでしょう?」

フェリシアが言葉を詰まらせた。

「言い難いのですが、王太子殿下の顔が怖いそうなのです」

「か、顔が怖い。どれくらいなのでしょう?」

「王太子殿下の顔を見た赤児が、ひきつけを起こしたそうでございます」

「絶対に嫌!」

リリアナ王女が叫ぶように言った。

「顔など毎日見ていれば慣れるものでございます。王女殿下も適齢期、ロマナス王国の王太子ならば、不足はございません」

フェリシアがきっぱりと言った。

贅を尽くして建てられた離宮は、大きな窓ガラスを何枚も使った贅沢な建物だ。料理人やメイドなどの使用人も十人以上おり、快適な生活が送れるように配慮されている。

「でも、ロマナス王国は文明が遅れていると聞いているわ。そんな国で暮らしたくない」

いろいろ理由を付けて、婚約話を断ろうとするリリアナ王女だった。

「そう言われましても、陛下からの命令でリリアナ殿下がロマナス王国へ行かれることは決まっております」

「そんな……それは結婚しろということなの?」

「いえ、そうではありません。ガイウス王太子殿下の副王就任パーティーがありますので、それにご出席され王太子殿下にお会いになるようにとのことです」

リリアナ王女は考えるような素振りを見せた。

「お会いして気に入らなかったら、断ってもいいのね?」

「陛下も無理にとは、言われないと思います」

「本当かしら、陛下は何事も国を優先させる人だから」

リリアナ王女の父であるエスカランテ大公は、優秀な国の指導者である。だが、他人も国のために尽くして当然と考えているような人物だった。

「それに王太子妃候補は、リリアナ殿下お一人ではございません」

「えっ、他にも王太子妃になろうという人がいるの。だったら、その人になってもらえばいいわ」

フェリシアが深い溜息を吐いた。

「でしたら、ベンハミン侯爵に嫁がれますか?」

ベンハミン侯爵は四十六歳、正妻を亡くし後添えを探していると聞いている。

「冗談でも、そんなこと言わないで。首をくくって死にますよ」

侯爵はヒキガエルのような面相をした人物だった。

フェリシアがチラリと笑顔を見せ、宥めるように話し出す。

「心配いりませんよ。今回のロマナス王国行きは、別の狙いが陛下にはあるようです」

「それは何?」

「船でございます。ロマナス王国は、風と帆に頼らずに進む船を開発したそうなのです」

それが本当なら、大公である父が興味を抱いたのも頷ける。

ミシュラ大公国の代表が副王就任パーティーに出席するなら、新しい船で迎えを送る、とガイウス王太子は言っているそうだ。

エスカランテ大公は、その船を是非見たかった。それで娘のリリアナ王女を代表として送り出そうと考えたようだ。王太子妃候補の件は、ついでらしい。

「ついでって……」

あまりのことに、リリアナ王女は憤慨した。とはいえ、父親がそれほどの興味を持つロマナス王国の船というのが気になった。

ミシュラ大公国には、櫓や櫂、オールを使って人力で進む船か、帆船しかない。もし、他国で新しい技術が開発されたのなら、大公国にとって脅威である。

リリアナ王女は気持ちを切り替え、ロマナス王国への旅を観光旅行だと思うことにした。

数日が過ぎ、ロマナス王国からの船がクラベスの港に停泊した。奇妙な船だった。船体中央に煙突があり、その両脇には水車のようなものが取り付けられている。

港に停泊した交易船は改修されていた。魔力炉が故障した時に備えて取り付けられていた帆柱が撤去されている。魔力炉の信頼性が確認できたからだ。

港に珍しい船を見ようと人が集まっていた。

「この船、バイゼルからクラベスまで三日で来たと聞いたぜ」

「凄えな。性能のいい帆船でも六日はかかる距離だ」

「あの水車みてえなのが回って、前に進むらしいんだが、どうやって回してるんだろ」

「人間が回せるような物じゃないしな」

一般人の見物人とは違う集団がいた。

「ロドリゴ殿、どうやって水車を回しているのか分かりますか?」

この国の造船業を統括する役人であるシルビオが、技術者の一人に質問した。

「煙突が存在するところを見ると、何かを燃やして推進力に変えとるのでしょう。興味深いですな」

「それだと燃料が必要となる。その分だけ荷物の搭載量が減るでしょう。あの船の利点は何だと思います?」

「まずは速さでしょう。聞いた話では帆船の倍以上の速度が出るようです。そのことで船員や乗客の食料や水が半分で済む。その分、積める荷物も増えるでしょう」

「なるほど、燃料を積む分と差し引けば変わらんか」

「次に風向きに左右されず、航海が可能な点です。しかも帆を使わない船なら、少しくらい荒れている海でも進める」

「すると、海運の効率が上がる。それは国力の増強につながる」

シルビオは深く考え込む。

しばらくしてシルビオが確認するように尋ねた。

「ロドリゴ殿、あれを造ることは無理だろうね?」

「……無理です。どうやって水車のようなものを回しているのか、見当も付きません」

「それではダメだ。何としても仕組みを突き止め、同じものを造るのだ」

そのために船に乗ってロマナス王国へ行け、とシルビオがロドリゴに命じた。

面倒なことを命じられたロドリゴは、ズシリと肩が重くなる。それと同時に、ロドリゴ自身も知りたいという欲求がうずきだしていた。

あの船の仕組みが判明すれば、ミシュラ大公国の造船業は大きく進歩する。その飛躍は心躍るものとなるだろう。

リリアナ王女とフェリシアは、二人のメイドや随行員と一緒にロマナス王国の船に乗り込んだ。その中には技術者であるロドリゴもいた。

王女のために用意された部屋は、特別室だった。八人部屋だったものを特別室に作り変えたもので、洒落た内装に改修されている。

天井付近には、豪華な魔光灯が設置されていた。

「狭いけど、悪くはないわ」

その言葉にフェリシアが溜息を吐いた。

「リリアナ殿下、船の客室は狭く暗いというのが常識でございます。ロマナス王国が、これだけの部屋を用意されたのは、殿下を特別だと考えているからですよ」

「そうなの。でも、離宮の部屋に比べれば半分もないわ」

「私たちの部屋をご覧になりますか。そうすれば、特別だというのが分かります」

リリアナ王女は頷いて、フェリシアたちに用意された部屋を見学した。特別室の半分しかない部屋に四人が寝泊まりする設計となっていた。

「ここに四人……」

想像以上に狭かったようで、リリアナ王女は二度と部屋についての文句は言わなかった。

三日が経過し、リリアナ王女を乗せた船がロマナス王国の王都バイゼルに到着。それから馬車でバイゼル城の近くにあるミシュラ大公国大使館に向かう。

その日はゆっくりと休み、翌日バイゼル城へ挨拶に向かった。

謁見の間で、初めてガイウス王太子と顔を合わせた。

(ううっ……赤児がひきつけを起こす王太子。大袈裟に言っているのだと思っていましたけど、真実だったのね)

リリアナ王女はまじまじと王太子の顔を見た。

ガイウス王太子はジッと見つめる視線を感じて、意外に思った。王太子と初めて視線を合わせた貴族や王族の子女は、すぐに視線を外したからだ。

国王から挨拶の言葉をもらった後、リリアナ王女は王都を案内してもらうことになった。わざわざ王太子自身が案内してくれるという。

「王太子殿下は、お忙しいのではありませんか?」

「忙しい。だが、大臣どもが王太子妃候補の相手をしろとうるさい」

王太子は知らず知らずのうちに不機嫌な顔になっていた。それを見たリリアナ王女は、顔を強張らせる。その様子を目にした王太子が困ったような表情を浮かべ、リリアナ王女の瞳を覗き込む。

「脅かしてしまったようだな。すまん」

「いえ、少し緊張しているだけでございます」

「そうか……何か見たいところはあるか?」

尋ねられたリリアナ王女は、何と答えていいか困った。興味がなかったので、ロマナス王国について知らないのだ。

「そ、そうですね。ロマナス王国の食文化に興味があります」

「ほう、何か美味しいものを食べたいというのだな」

リリアナ王女は少し後悔した。食い意地の張った女性だと思われたのではないかと思ったのだ。

王太子は悩み始める。ロマナス王国の食文化と言われ、他の国にはないもので美味しいものという条件を付けられたと判断したからだ。

ロマナス王国の伝統料理といえば、魔獣の肉を使った料理になる。そうなると、リカルドが食べさせてくれた巨頭竜や暴食ウツボの肉を使った料理が頭に浮かんだ。

だが、それらの食材は残っていない。

とりあえず、ユニウス料理館に予約を入れることにした。その予約はリカルドの耳に入る。

リカルドは、副都街で新しくオープンする店でミシュラ大公国の王女を歓迎するのはどうかと提案した。ユニウス料理館の予約は、かなり先まで埋まっていたからだ。

それに副都街店に王太子を迎えることができれば、良い宣伝になる。

副都街は完成したわけではないが、基本構造の建設が完了していた。周囲を囲む塀とクレム川に繋がっている水路が縦横に掘られている。

この水路は農業用水用と飲水用に分かれ、飲水は簡単な濾過装置で綺麗にした後、飲水として利用される。

街の中心部には、八十ヘクタールの土地を使って造成した大公園。現在は芝生と花々、牧草が植えられている。将来的には多くの樹木を植え、ニューヨークのセントラルパークのような憩いの場所となる予定だ。

大公園の南側に商店街が建設中だった。その一角にユニウス料理館の副都街店が建設されている。

三階建てレンガ造りの店舗だ。一階は安くて美味しい料理を庶民に提供するセルフサービス方式のフードコートになっている。料理は麺類や中華まん、ピザ、お好み焼き、パンと各種スープなどだ。

二階は中華料理、特に点心を中心としたメニューになっていた。そして、三階は高級な食材を使った高級レストラン的な内装とメニューである。

リカルドは、リリアナ王女一行を副都街店の三階で歓待しようと考えたのだ。

その当日、王太子とリリアナ王女が護衛を引き連れて副都街を訪れた。リリアナ王女は馬車が王都を出て海の方へ向うのを不審に思った。

「王都の店ではないのですか?」

馬車に同乗する王太子は、

「この国の食文化に、興味があると申したであろう。ここは建設途中の街。新しいものが、ここで生まれている。料理についても同様だ」

「新しい料理でございますか」

この王太子は変わっている。リリアナ王女はそう思った。

「そうだ。余の友人が経営している店だ」

王太子の友人が店の経営者だというのも驚きだが、王太子に友人がいるというのもリリアナ王女にとって驚きだった。

リリアナ王女が失礼なことを考えている間、王太子は周りの風景を確認していた。

「ふむ、だいぶ形になってきたな。一年もすれば、立派な街になる」