作品タイトル不明
scene:137 ブラキス盆地の黒い煌竜石
範囲攻撃魔術から女王蟻へと話題が変化した。
「あいつら、グランデアントの巣に潜って、女王蟻を仕留めに向かった頃だがね」
「仕留められるかしら」
リカルドは、女王蟻については心配していなかった。巨大な護衛蟻は脅威だが、数人の魔術士が連携して当たれば、問題ないだろう。
「大丈夫。範囲攻撃魔術を開発したほどの魔術士たちです」
女王蟻の始末は、ジャンピエロたちが引き受けた依頼である。彼らに任せれば良いというのが、リカルドの意見だ。
途中の町で一泊した後、馬車はブラキス盆地近くの村に到着した。ドメニコが昔住んでいたという村である。
この村は人口二〇〇人ほどの小さな村だった。村長は枯れ枝のような老人で、庭にコンテナハウスを設置することを許してくれた。
「ここは何もない村なんじゃが、どういった用で来なさった?」
「黒い煌竜石の採取に来ました」
村長が微妙な顔をする。
「おやっ、知らんのかね。黒い煌竜石の採れるブラキス盆地には、毒ガスが充満しておって大嵐の日にしか採りに行けんのだ」
タニアが知っていると答えた。
「ならば、なぜ?」
「毒ガスを浄化する魔術道具を開発したのです」
リカルドが説明すると、村長は驚いた。
「そんな便利なものが……それがあれば、好きな時に黒い煌竜石を採りに行けるのですか?」
「いえ、まだ実験中のものですから、実地試験を繰り返さなければなりません」
「そうなんですか」
村長はガッカリした顔をする。
ここは貧しい村である。土地が肥沃でないので、農業は振るわず。たった一つの現金収入が見込める黒い煌竜石の採取は、年に一度か二度行えるだけ。
リカルドの防毒マスクが使えるようになれば、村としては非常に助かるのだろう。
ブラキス盆地の毒ガスについて、防毒マスクが有効か実験を行なった。実験動物として頭突きウサギを使う。村の近くの森で捕まえ、防毒マスクを着けてブラキス盆地に放り込んだのだ。
結果、防毒マスクは有効だと分かった。
ブラキス盆地は、村から山一つ越えた場所にある。毒ガスは山が壁になり、村には流れてこない。
山を越えると樹木が少なくなった。下草もほとんどなくなり、石がゴロゴロと転がっているような地面に変わる。
「ここから先は、危険です。防毒マスクを着用して」
リカルドたちは防毒マスクを着け、先に進んだ。防毒マスクに仕込んだ浄化魔術が正常に働いているようで、身体に異常はない。
「大丈夫みたいね」
タニアがホッとしたように声を上げた。
「ここの毒ガスには、防毒マスクの浄化魔術が効いたようです」
それからしばらく、黒い煌竜石を探しながら歩いた。但し、盆地の奥には向かわない。防毒マスクに不具合が見付かった時、すぐに毒ガスから抜け出せるように用心しているのだ。
「あれは、煌竜石じゃないの?」
タニアが黒い塊を見付けて告げた。リカルドたちは駆け寄って確認する。
「間違いない。黒い煌竜石だがや」
一人では抱え上げられそうもないほどの煌竜石だった。これ一つで黒魔術盾が百個ほど作れそうだ。
その周りを探すと、それより小さな黒い塊がぽっぽっと落ちている。
「意外に回収されていないものなのね」
タニアは簡単に発見できたので、意外に思ったようだ。
「毒ガスのことを考えれば、こんなものかもしれんがね」
パトリックが煌竜石を掘り出しながら返事する。
黒い煌竜石の回収作業は予想以上に簡単に終了した。
「なんか、拍子抜けね。もっと問題が起きるのかと思っていたのに」
タニアが不吉なことを言った。リカルドは顔をしかめ、
「冗談じゃない。そんな問題は起きて欲しくないです」
「でも、リカルドと一緒に行動していると、そういう不運に遭遇する確率が高いから」
トラブルメーカーのような扱いは、リカルドにとって心外だった。
村に戻ったリカルドたちは、無事に黒い煌竜石が手に入ったことを村長に知らせた。
「それは素晴らしい」
村長は羨ましそうにリカルドたちを見た。
そんな目で見られても、防毒マスクを譲るわけにはいかなかった。防毒マスクの耐久性などは未知数であり、まだまだ研究や検証が必要だったからだ。
それに黒い煌竜石が大量に出回るのを、リカルドは望んでいなかった。大量に出回れば青い煌竜石のように魔力伝導金属の材料として使われるかもしれない。
黒い煌竜石の有用性を考慮すれば、そんな使い方は避けたい。
その村を出てミラン財閥の農園村に戻ったリカルドたちは、ジャンピエロたちが女王蟻を退治し王都へ戻ったと告げられた。
「それは良かった」
リカルドが言うと、村長のジェレミアが複雑な表情を浮かべた。
「どうかしたんきゃ?」
その表情に気付いたパトリックが尋ねた。
「それが……グランデアントの巣で、魔術士二人が亡くなられたそうです」
リカルドたちは驚いた。
「どうして……予想以上にグランデアントが巣に残っていたんですか?」
「魔術士の方々は、はっきりとは言わなかったですが、味方が放った魔術の余波を受け亡くなられたらしいのです」
最悪だった。タニアは目を吊り上げ、唇を噛み締めている。
「経験不足が災いしたんだがね。きっと護衛蟻に襲われて味方の位置を確かめず、魔術を放ったんだがや」
パトリックが吐き捨てるように言った。
その予想は正解だった。後日、王都の魔術士協会に戻って、イサルコから事情を聞いて分かったのだ。
リカルドたちは、ジャンピエロたちを追いかけるように王都へ戻った。
王都へ戻ったリカルドは、イサルコに結果を報告した。
「なるほど。範囲攻撃魔術は期待通りというわけにはいかなかったが、成功したか。長老派に対する評価を変えねばならんな」
長老派は魔術士協会の図書館にも収められていない貴重な書籍や古い資料を持っている。範囲攻撃魔術は、それらの資料や書籍の中に情報があったのだろうと、イサルコは睨んでいた。
ただ情報だけでは、範囲攻撃魔術は完成させられない。長老派の魔術士たちが研究し努力して完成させたのは間違いない事実である。
イサルコが魔術道具の実地試験について確認した。
「試験は成功です」
「そうか……その防毒マスクなのだが、病気にも有効なのだろうか?」
リカルドは意味が分からなかった。
「病気ですか?」
イサルコが頷き、
「伝染病などにも有効なのかね?」
「ああ、伝染病ですか」
伝染病については考えてもみなかった。浄化の魔術は、人間に有害なものを分解する効果がある。それが病原菌や細菌にまで及ぶかどうかは分からない。
イサルコが、そんなことを確認したのには理由がある。アプラ領で原因不明の伝染病が広がっていたからだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アプラ侯爵の息子ルーベンが指揮したアプラ侯爵軍が魔境から戻った直後。
ペルーダの毒にやられたルーベンは領都ブレルへ送られ、大地母神ヴァルルの司祭による治療を受けた。だが、司祭による治療魔術でもルーベンは回復しない。
それどころか、ルーベンの手足の先が壊死し腐り始めた。それを見た侯爵は怒りを表す。
「どうしてだ、グラート司祭。容体が悪くなっておるではないか」
司祭は弱々しく首を振る。
「【解毒治療】の魔術では、解毒することができませんでした」
「何とかしろ!」
「ですが、毒が何かも分からないのです。どんな解毒剤を使えばいいのか……」
司祭の声が弱々しいものになる。
数日後、ルーベンを看護していたメイドが倒れた。最初は看護疲れで倒れたのかと思われたが、ルーベンと同じような症状が現れると、関係者は不吉な予感を覚えた。
伝染病である疑いが浮上したからだ。
しかも続いて、ルーベンを運んだ兵士が倒れる事態が発生し、事情を知っている者の間で恐怖が湧き起こる。
司祭は全力で治療を開始し、各地の神殿に事情と患者の症状を伝え、治療法を知っている者を探した。
神殿が治療法を探している間にも、同じ症状で倒れる者が増えた。患者と接触した者で、体力のない者から倒れるようだ。
最初は数人だった罹患者が、十数日後には三十人に増えていた。そして、グラート司祭が発病。神殿が恐怖に包まれた。
伝染病だという知らせを聞いたガイウス王太子は、アプラ領との出入りを禁じる決断を下した。
領都ブレルの城では、アプラ侯爵が怒り狂っていた。
ガイウス王太子から通告書が届いたのだ。中身は伝染病が終息するまで王都とアプラ領の出入りを禁ずるというものである。
「あの臆病者が……」
アプラ侯爵は通告書を破り投げ捨てた。
アプラ侯爵は王都に抗議の使者を出したが、途中で止められた。ガイウス王太子は例外を認めなかったのだ。為政者としては当然の処置である。
それを知った近隣に領地を持つ貴族も同じ処置を取った。
アプラ領のほとんどの人々は、王都との交通が遮断された後、領都ブレルで伝染病が流行り始めたのを知ることになる。
アプラ侯爵が領民に不安が広がるのを恐れ隠していたからである。
活気のある街だった領都ブレルに静寂が訪れた。ほとんどの人々が伝染病を恐れ、外を出歩かなくなったからである。
「あれだけ賑わっていた領都が、こんな有様になるとは……」
外の様子を見ていたアプラ侯爵が呟いた。
疲れた様子のアプラ侯爵は、一気に老け込んだようにシワが増えていた。
執務室の椅子に座っていた侯爵が、重たそうに立ち上がった。
ドアをノックする音が響き、侯爵は入る許可を与える。入ってきたのは秘書官だった。
「侯爵様、罹患者が三百人を超えました」
「な、何だと……」
アプラ侯爵が言葉を詰まらせ沈黙した後、バタリと倒れた。
「侯爵様!」
秘書官が駆け寄ろうとして足を止めた。ルーベンの病気が 感染(うつ) ったのではないかと考えたからだ。秘書官は神官を呼び、侯爵は神殿に隔離されることになった。
侯爵が倒れた事実が広まった。アプラ領の混乱と恐怖が深まり、領都を離れ地方へ疎開する者が現れる。
神殿はアプラ領で広がっている伝染病を『ペルーダ病』と命名。国内全域に警戒を呼びかけた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王都で精力的に政務に励んでいたガイウス王太子に、国王陛下担当のメイドから報告したい知らせがあると連絡があった。王太子はメイドを執務室に呼んだ。
「王太子殿下、ご報告があります」
王太子がジロリと睨むと、メイドがヒッと声を上げそうになる。
「いちいちビクつくな。それで報告とは何だ?」
メイドはおどおどした様子で報告を始める。
「陛下に少しでも変化があれば報告せよ、と王太子殿下からの指示が出ておりましたので、お知らせに」
「それで陛下の容体に変化があったのか?」
「はい。喜ばしいことに少しずつ回復されておられるようです」
ガイウス王太子の顔から表情が消え、目が冷たい光を帯び始めた。
メイドの報告によると、国王の顔に張り付いていた恐怖が薄れ、夜に悲鳴を上げることも少なくなっているらしい。
「そうか。今後も陛下の世話を頼むぞ」
「はい。天地神明に誓って職務を 全(まっと) ういたします」
メイドが出ていった後、王太子は大きな溜息を吐いた。
「後二、三年、このままの状態が続くことを願っておったのだが……仕方ない。陛下が回復した場合に備え対策を打っておこう」
ガイウス王太子は、信頼している臣下を集め念入りに打ち合わせを行なった。
「武器庫に仕舞われている王太子殿下所有の武器や魔術盾は、どういたしましょうか」
「サムエレ将軍に管理を任せる。そのための収納碧晶は用意する」
武器庫に置いておけば、国王命令で勝手に使われるだろうことは確実だ。王太子には我慢できないことである。
王太子はテーブルの上に地図を広げ、道路整備の状況を確認した。
ゴルドーニ内務大臣が地図を指しながら説明を始めた。
「王都からルリセスまでの街道は、整備が終わっています」
「ルリセスからキルモネまではどうだ?」
「半分ほどが終わっています。残りは来年の夏までかかる予定です」
王太子は地図を見ながら考え込んだ。
「もし陛下が予算を打ち切るようなら、大陸間交易で儲けた資金を投入する。是が非でも終わらせるように手配してくれ」
「承知しました」
王都からルリセス、それからキルモネまでの街道沿いは、王領の穀物庫と呼ばれる地域である。ここからの農作物が王都住民の食料となっている。この街道を整備することは、大きな意義があった。
そんな打ち合わせをしている頃、アルフレード男爵が国王の様子を確認していた。
「陛下、御身体の調子はどうでございますか?」
「男爵か。だいぶ良くなった」
アルチバルド王が豪華な寝台から起き上がり、周りを見回した。
アルフレード男爵は、国王の顔色を見て公務に復帰できるほど回復したと判断した。
翌日、国王陛下が体調を回復されたと公表される。それを歓迎する者、苦い顔をする者、様々な顔をする王都住民の姿があった。