軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:138 国王の復帰

国王の回復が発表された翌日、リカルドはサムエレ将軍の屋敷に招かれた。

屋敷のリビングで待っていたのは、予想通りガイウス王太子だった。

「元気だったか、リカルド」

「はい。王太子殿下におかれましても、ますますご健勝の段、何よりと存じます」

王太子がピクリと眉毛を跳ね上げた。

「皮肉か、最近は胃が痛いことが続いておる」

王太子がソファーに座るように促す。リカルドはソファーに座ると、王太子の背後に立っているサムエレ将軍に頭を下げた。

「本日は、どのような御用でしょうか?」

リカルドを観察するように見た王太子が、

「相変わらずだな。成人していない少年だとは思えない落ち着きぶりだ」

「恐れ入ります」

王太子が書類を取り出して、リカルドに渡した。

「ミル領にあるガブス渓谷の権利書だ。君の名義にしてある」

この大盤振る舞いにサムエレ将軍も驚いた。将軍は譲渡ではなく貸与だと思っていたのだ。

「あそこは、ミル領の景勝地として有名だった場所ではありませんか」

王太子が首を横に振る。

「今では何の価値もない土地になっておる」

「どういう意味でしょう?」

リカルドが尋ねると、サムエレ将軍が説明してくれた。ミル領の魔境門が魔獣に破られ溢れ出したことにより、ガブス渓谷は魔獣の住処になっているらしい。

「そんな場所を自分に与えるという理由は?」

サムエレ将軍が収納碧晶から、黒震槍を取り出した。

「王太子殿下は、大量の黒震槍が欲しいと考えておられるのだ」

王太子が頷いた。

「以前、妖樹タミエルを飼育する場所を用意すると約束したな。それが約束した場所だ」

ガブス渓谷はアプラ領のムナロン峡谷に地形が似ている。ただ中央に川が流れており、ムナロン峡谷より自然が豊かだという。

場所を用意するだけなら、貸すという選択肢もあったはずだ。それなのに譲渡するということは、別な意味も含んでいるのだろう。

「もしかして、ガブス渓谷が妖樹タミエルを飼育することに対する報酬ですか?」

「そういう意味もある。だが、報酬は別にも考えておる」

王太子が楽しみにしておけというように、リカルドへ笑いかけた。

ガブス渓谷の件は一区切り着いたので、リカルドは最近体験した出来事を王太子に話した。

「ほう、範囲攻撃魔術を魔術士協会が完成させたのか」

「興味がございますか?」

「もちろんだ。ただ聞いた限りでは、射程が長くないようだな」

ガイウス王太子は戦いで使うことを前提に、考えているようだ。

「範囲を指定しなければなりませんから、射程は短くなるようです」

「戦いには、使いづらいな」

「魔獣用と割り切った方が、よろしいかと思われます」

「残念だが、そのようだ」

リカルドが防毒マスクについて話すと、

「それは伝染病にも有効なのか?」

「イサルコ理事からも尋ねられましたが、分かりません。アプラ領の伝染病ですか?」

「治療している神官が、感染して倒れたようだ。このまま放置すれば、大変な事態になる」

リカルドも伝染病に関しては考えていることもある。しかし、確証もなく王太子に話すことはしなかった。

「王太子殿下は、何か手を打たれたのですか?」

「とりあえず、アプラ領との出入りを禁じた。今は城の書庫に何か記録がないか探させておる」

「それでしたら、イサルコ理事に頼んで魔術士協会の図書館でも探します」

「そうだな。余からも依頼を出しておこう」

サムエレ将軍が時間を気にして口を挟んだ。

「殿下、例の件を」

王太子が頷き、国王について話し始めた。

「知っているだろうが、国王が政務に復帰する」

「王太子殿下は、どうなるのですか?」

「また、ヨグル領に戻されるだろう」

リカルドは、この国の将来が 暗澹(あんたん) たる雲行きとなるのを感じた。

「そういえば、ミル領に派遣された魔獣討伐軍はどうなるのですか?」

王太子が目を吊り上げ顔を歪める。

「おそらく王都に戻されるだろう」

悔しそうな声に王太子の心情が籠もっていた。ミル領魔獣討伐軍は、王太子に大きな功績を与え、その地位を盤石なものにするはずだったからだ。

リカルドは何とかならないものかと考えた。だが、浮かんでくるアイデアは物騒なものばかりで、王太子には言えなかった。

その時、王太子がニヤリと笑った。

「心配するな。陛下については手を打っている」

どのような手を打ったのかは、リカルドには教えてくれなかった。ただ将来に禍根を残すようなものでないことをリカルドは祈った。

とうとう国王が政務に復帰する日が来た。

アルチバルド王は、まずガイウス王太子を呼び出した。正装した王太子が、謁見室に現れる。その姿は堂々としたもので、アルチバルド王より王者としての風格は上である。

国王は息子が纏う威風を感じて、顔をしかめた。

「余が不調の間、政務を代行したようだな。思慮が足りない点もあるが、及第点をやろう。ご苦労だった」

王太子は静かに頭を下げた。

「しかし、余が復帰した以上、元の職務に戻るがよい。引き継ぐべき事柄を処理し、早々にヨグル領へ戻るように」

「御意のままに」

引き継ぎ期間として三日が与えられた。その三日ですぐに片付くものは王太子が処理し、時間のかかるものは引き継ぎ資料を作った。

王太子がバイゼル城を去った直後。

アルチバルド王は、アルフレード男爵から政務を離れていた期間に、ガイウス王太子がどんなことを行なったか説明を受けていた。

「余が認可したマデラ沼の干拓事業を中止しておいて、ボニペルティ領とクレール王国との戦いに、五千もの王家派遣軍を出したのか」

「許しがたいことです。ただマデラ沼の干拓事業を推進していたマウロ財務大臣が、不正をしていたことが発覚し処刑されております」

国王が顔を引きつらせた。マウロ財務大臣は国王が特に信用していた大臣だったからだ。

「不正だと……それは事実なのか?」

「王太子殿下が、証拠を掴んだのでございます」

「まったく、どいつもこいつも……次だ」

男爵は交易について報告を始めた。

「ふむ、サラウド大陸のユジュラ王国と交易を始めたというのか。交易船はどうやって調達したのだ?」

「デオダート造船所で建造させたようです」

「優秀な造船所のようだな。それで交易船はどこに停泊している?」

「現在、一隻は交易に出ており、もう一隻は試験航海中だと聞いております」

それを聞いて、アルチバルド王は喜んだ。

「二隻もあるのか。それで王家の資金はどれほど増えた?」

アルフレード男爵は言い難そうに間を置いてから口を開いた。

「それが、交易の主体となったのは、財閥を始めとする商人たちなのです。ただ王領の景気は良くなり、税収が大幅に増えております」

王太子個人も莫大な利益を上げているのだが、商人を仲介人としたので、書類上は商人の利益となっている。

「ガイウスめ、何を考えておる。交易を王家で独占すれば、多大な利益を上げられるということに、気付かなんだのか」

アルチバルド王が酷く憤慨した。

「試験航海中の交易船は、いつ戻ってくる?」

「ハッ、五日後になると聞いております」

「ならば、急いで交易品を用意せねばならんな」

アルフレード男爵が慌てた。

「お待ちください。次の交易も商人たちが大勢参加する予定になっております」

「王命により、キャンセルさせれば良いではないか」

「できません」

「なぜじゃ?」

「交易船は王家のものではなく、王太子殿下個人のものだからでございます」

「二隻ともそうなのか?」

「左様でございます」

国王が苦い顔となる。

「ガイウスから、交易船を取り上げることはできんのか?」

アルフレード男爵がゆっくりと首を振る。

「そんな王命を出された場合、臣民は陛下を非道な王だ、と評価するでしょう」

アルチバルド王が拳を机に叩きつけた。

「わ、分かった。交易についてはもうよい。次の報告を」

男爵は頭を下げ、次の報告に移った。

「王太子殿下は、道路整備に力を入れているようでございます」

国王が馬鹿にするように鼻で笑う。

「小賢しい。臣民への人気取りにすぎん」

道路整備の即時中止を国王は決断した。国王も道路整備の必要性は理解している。だが、ガイウス王太子とは、優先順位が異なるようだ。

「最後に最も重要な案件ですが、魔獣討伐軍が編成されミル領へ向かっております」

男爵が詳細を説明した。国王は不機嫌な様子で聞いている。王太子が大きな功績を残そうとしているのが、気に入らないようだ。

国王と王太子の間が 拗(こじ) れていなければ、ミル領魔獣討伐軍は褒め称えるべき功績である。

「遠征を中止し、戻るように命じよ」

「承知しました」

アルフレード男爵は、サムエレ将軍の執務室を訪れ国王の命令を伝えた。

将軍は無表情で命令を受けた。

「すぐに伝令を出すと、国王陛下にお伝えください」

「よし、頼むぞ」

男爵は意気揚々としてゴルドーニ内務大臣の執務室へ向かった。

残されたサムエレ将軍は、拳から血が流れ出すほど強く握りしめる。

「魔獣討伐軍を編成するため、我らがどれほど苦労したと……クソッ」

将軍は深呼吸をして自分を落ち着かせた。自分以上に無念の思いをしているのが、ガイウス王太子であると思い出したのだ。

一方、アルフレード男爵は、内務大臣の執務室で国王の命令を伝えていた。

「何ですと……道路整備を中止。しかし、この道路整備の事業は、王領を活性化させる有意義なもので」

大臣の言葉を、男爵が遮った。

「王命である。反論があるなら、陛下に対して行うがよい」

内務大臣は、射殺すような目で男爵を睨む。

「その目は何でしょう。私は国王陛下の命令を伝えただけですぞ」

「いえ、何でもありません」

ゴルドーニ内務大臣は、アルチバルド王では国の将来が危ういと感じた。

◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

リカルドはキレス領から戻った後、長老派の様子をそれとなく探った。ジャンピエロは 意気軒昂(いきけんこう) としており、仲間二人が死んだことを気にかけていない様子だ。

だが、長老派の若手魔術士はショックを隠せず項垂れている者も多い。

リカルドたちは関わらないように距離を取ることにした。

キレス領への旅に付き合ってくれたタニアとパトリックに、リカルドは黒魔術盾を製作してプレゼントした。

「こんな凄いものをもらって……」

パトリックは感激したようだ。

「リカルドは、範囲攻撃魔術のアイデアがあるようなことを言っていたけど、どんなものなの?」

タニアはジャンピエロたちの範囲攻撃魔術を見て以来、儀式魔術に大きな興味を持っていた。

「いくつかアイデアはあります。ですが、範囲攻撃魔術より、妖樹トリルの飼育が優先です。その研究を始めるのは、もう少し後にします」

「そう、リカルドが開発する範囲攻撃魔術を見てみたかったんだけど」

「後回しにするだけで、やらんとは言ってにゃあよ。おとなしく待つがね」

パトリックがタニアの肩をポンポンと叩きながら言った。

翌日、ユニウス飼育場で妖樹トリルの発芽実験をしていた。

妖樹トリルの実は、細長いどんぐりの形をしている。但し、どんぐりと違うのは、中にちゃんとした種が入っていることだ。

白い果肉の中心に胡麻のような黒い種があり、これが発芽する。

リカルドとアントニオ、それにベルナルドが、 驢馬(ろば) の 糞(ふん) が集められた飼育場の一角に集まっていた。

「この糞の中に、妖樹トリルの種が入っているのだね」

ベルナルドの確認の言葉に、リカルドが頷いた。

「兄さん、お願いします」

「分かった」

アントニオは【芽吹き】の魔術を糞の堆積物に向けて放った。

堆積物がキラキラと煌くが、全然綺麗ではなかった。それどころか、堆積物からモワッと臭いが立ちのぼる。

「クサッ」

アントニオが飛び下がる。リカルドとベルナルドも少し離れた。

見守っていると、堆積物がモゾモゾと動いた。

「見てください」

リカルドが注意を促す。

堆積物の中から、双葉が顔を出した。その後、若葉を次々に出しながら幹が太くなる。幹の直径が三センチほどになった時、堆積物の中から根を抜き歩きだした。

「やったぞ。とうとう妖樹トリルの発芽に成功した」

アントニオが喜びの声を上げた。

「素晴らしい。これで【火】の触媒事業が始められる」

ベルナルドも歓喜の表情を浮かべる。

この成功により、妖樹飼育事業は主力製品を妖樹クミリから妖樹トリルに替え発展することになる。