作品タイトル不明
scene:136 グランデアントの逆襲
ようやくタニアたちの説教が終わり、リカルドは甲冑ワームの巣で発見した情報を二人に話した。
「ということは、妖樹トリルを飼育することが可能になったということ?」
「そうなります」
「ベルナルドさんが喜ぶがね」
ベルナルドが海岸沿いの土地を購入したのは、妖樹を育て【火】の触媒にして商売にするのが目的だった。現在は妖樹クミリを使用人に育てさせ、将来妖樹トリルを育てさせるための教育と訓練を行なっている。
妖樹トリルの飼育を始められなかったのは、トリルの種を発芽させる方法が分からなかったからだ。
そして昨日、ようやく発芽させる方法が分かり、妖樹トリルの飼育を始められる 目処(めど) が立った。このことで一番喜ぶのはベルナルドだろうとパトリックは考えたのだ。
それに神珍樹の枝を妖樹に接ぎ木する実験も行えるようになる。ガイウス王太子も期待している事業なので、リカルドも早く妖樹トリルの飼育を始めたかった。
「妖樹トリルの飼育か……国の一大事業になるんじゃない?」
タニアが誇らしそうに言った。
「妖樹トリルを育てる飼料をどこで手に入れるかという問題もありますからね。そこまで事業を拡大するには、長い年月がかかると思う」
そんな話をしていた時、村の入り口が騒がしくなった。
川岸で一晩を過ごしたジャンピエロたちが、リカルドより遅れて村へ戻ってきたのだ。
「ジェレミア村長。良かった、無事だったんですね」
出迎えたタニアが、村長の無事を喜んだ。
「グランデアントに追われたので、川の向こう岸で一泊したんです」
パトリックがやっぱりという顔をする。
「そんなことだろうと、思ったがね」
そう言ったパトリックだったが、心配していたようだ。
ジャンピエロが疲れた顔でリカルドを見る。
「生きてたのか?」
生きていたのが残念だというような言い方に、カチンとくる。だが、魔術士協会の先輩である。黙って休養を取るために村長宅へ向かうのを見送った。
リカルドたちもジェレミアと話しながら村長宅へ向かう。ちょうど屋敷の門に到着した時、数人の村人が村長を探して駆け込んだ。
「そ、村長、大変です」
その大声に気付いたジャンピエロが近付いてきた。ジェレミアが不安な表情を浮かべ、村人たちに目を向ける。
「何事です?」
「グランデアントの群れが、村に近付いています」
ジェレミアの顔色が変わった。リカルドも厳しい顔になる。
「もしかして、後をつけられたのか……いや、戻りには十分に気を付けていたはず」
ジャンピエロがブツブツと独り言を呟いている。
どうやらグランデアントの中に、巣穴を攻撃した者と村を結びつける知恵を持った存在がいたようだ。
「敵の数はどれほどです?」
リカルドが確認した。
「ざっと三百ほどです」
それを聞いたジェレミアがホッとした。それくらいの数なら、範囲攻撃魔術で撃退できると計算したのだ。
「大丈夫。普通なら厳しい数ですが、今回は範囲攻撃魔術があります」
村長の言葉を聞いて、ジャンピエロが不機嫌そうな顔になる。
「勝手なことを言うな。儀式魔術用の触媒はもうない」
ジャンピエロが言うには、儀式魔術で使う触媒は、特殊なものが必要らしい。【水】の儀式魔術なら、シーサーぺントとも呼ばれる大海蛇の牙を砕いた触媒などである。
「お前たちは、持っていないか?」
ジャンピエロが確かめた。
「持っているわけないでしょ」
タニアが強い語気で言い返した。
リカルドの収納碧晶の中には、暴食ウツボや潮吹き竜鮫の牙から作った触媒があるが、さすがに大海蛇の触媒は存在しない。
ちなみに大海蛇は、暴食ウツボ以上に手強い海の魔獣らしい。そんな魔獣を狩る者は存在せず、大海蛇の墓場を荒らして牙を手に入れるようだ。
リカルドも大海蛇の触媒は持っていないと答えた。
「通常魔術でグランデアントを撃退しましょう」
ジャンピエロが忌々しそうに顔をしかめた。
「分かっている。お前たちも準備しろ」
リカルドたちは、村の出入り口へ向かった。
村は周囲より一〇メートルほどの落差がある高台に存在した。村の北側に出入り口として細い坂道が作られている。その細い坂道の端にグランデアントが押し寄せていた。
リカルドは敵の群れをチェックし、異常に大きなグランデアントを発見した。
「あれは……女王蟻……ではないですよね?」
群れの背後にいる大きな個体は、全長四メートルほどの巨大蟻だった。ただ女王蟻にしては、腹が大きくない。体型は普通の蟻である。
「一匹だけ種類が違うがね」
パトリックが首を傾げた。
「あれは女王蟻を守る護衛蟻よ。一つの巣穴に数匹しかいない存在だから、この群れが最後なのかもしれない」
「すると、巣穴に残っているグランデアントは少ないということですか?」
リカルドが確認する。
「そう思うけど、確実ではないの。そこまで、グランデアントの研究が進んでいないのよ」
女王蟻が最後の切り札を出してきたというなら、配下の蟻が不足しているのは確実だとリカルドは思った。
グランデアント三百と魔術士の戦いが始まった。
長老派の魔術士たちは、【嵐牙陣】や【地爆槍】などの中級魔術を多用している。十数もの風の刃が戦場を吹き荒れ。地面から十数本の石槍が飛び出してグランデアントを串刺しにする。
「見よ。長老派魔術士の実力を」
ジャンピエロたちの威勢が良かったのは、最初だけだった。五回ほど魔術を発動すると、魔力切れを起こしてしまう。
その時点で魔力を残している長老派の魔術士は、ジャンピエロと理事のマルチャノだけとなった。
その様子をパトリックが見て、
「だらしないがね」
ジャンピエロがムッとして、パトリックを睨んだ。
グランデアントの残りは、百匹ほどに減っている。
「タニアさんは、魔力は大丈夫ですか?」
「まだまだ大丈夫。教えられた訓練法を続けていたから」
リカルドは瞑想を利用した訓練法をタニアとパトリックに教えていた。魔力を極限まで消費した後に瞑想することで魔力回復を早める訓練法である。
その訓練法を一日最低二回行うことで、タニアとパトリックは、大幅に魔力量を増やしていた。但し、その訓練だけではなく定期的に行なっている魔獣退治も、魔力量が増えた原因の一つである。
グランデアントの数が八十匹ほどに減った時、ジャンピエロとマルチャノの魔力が尽きた。
この二人は究錬局の中でも、魔術の達人として知られていた。まだ若いリカルドたちが、そんな二人より魔力量が多いという事実は、大変な事件だ。
へたばっている魔術士の中に、ヒソヒソと驚きの声を上げる者たちがいる。
「何でだよ。あの若さでジャンピエロ様たちより魔力量が多いなんて、おかしいだろ」
「きっと、特別な訓練か何かをしているに、違いない」
「羨ましい。俺にも教えてくれないかな」
そんなことを呟いている魔術士を、ジャンピエロが睨んで黙らせた。
リカルドは【地爆槍】、パトリックは【崩水槍】、タニアは【嵐牙陣】を多用してグランデアントを倒していく。
そしてついに、護衛蟻だけとなった。全長四メートル、頑丈そうな外殻は金属のような光沢を帯びている。凶悪そうな顎門が開閉する動作と同時に、ガチッガチッという不気味な音が聞こえてくる。
「こいつは、頑丈そうだがね」
護衛蟻が一〇メートルまで近付いた時、リカルドたちが中級魔術で攻撃した。
【地爆槍】が作り出した槍は、護衛蟻の外殻に弾かれて貫けなかった。【崩水槍】も外殻の表面を削っただけ、【嵐牙陣】に至ってはほとんどダメージを与えられなかった。
巨大な護衛蟻がゆっくりした重々しい動きで、リカルドたちに歩み寄る。巨大になり重くなったせいで、蟻独自の軽やかで素早い動きはできなくなったようだ。
その迫力に押されるように、リカルドたちが後退しながら話し合う。
「ダメだ。中級魔術じゃ仕留められんがや」
「どうする。上級魔術を使う?」
タニアがリカルドに尋ねた。
「仕方ないです。【真雷渦鋼弾】で仕留めましょう」
タニアが張り切りだした。
「だったら、任せてもらえる?」
【真雷渦鋼弾】用の触媒を取り出し、魔力を魔成ロッドへ流し込み始めた。
魔成ロッドの先を護衛蟻に向け、呪文を小声で唱え始める。小声なのは周りにいる長老派魔術士に聞かれないようにするためだ。
「 アムヴァル(地炎よ) ・ ガルシャムズ(鋼の粒を生み出し) ・ ヒュレバグ(高速の渦となり) ・ ザルダキシュル(雷を纏いて翔べ) 」
【真雷渦鋼弾】が発動した。バチバチと火花を飛ばす鋼の渦が猛烈な勢いで回転しながら弾け飛んだ。
護衛蟻の頭部に命中した瞬間、その電気エネルギーが敵に流れ込む。護衛蟻を麻痺させるには十分な威力だ。そして、鋼鉄の渦が硬い外殻を削り穿つ。
護衛蟻の頭部と胸部が消滅した。同時に残りの部分がトラックに衝突したかのように撥ね飛ばされて落ちた。
後方でへばっていた魔術士たちが感嘆の声を上げた。
「すげえ、見たこともない魔術だ」
「あの威力は、上級魔術に違いないぞ。タニアは実戦派じゃないだろ。いつの間に腕を上げたんだ」
タニアは少し誇らしげに胸を張り、魔成ロッドを仕舞う。
魔術士協会においてリカルドたちの評価は、それほど高いものではない。各人については優秀だが、派閥や集団としてみれば取るに足りないと評価されていた。
だが、今回の戦いで評価が変わった。
よく訓練されており、各人の戦闘力が非常に高い油断のならない集団だというものにである。その評価は魔術士協会に戻ってからも広まり、リカルドたちは注目されることになる。
翌日、ジャンピエロたちは女王蟻を仕留めに行った。
リカルドたちはブラキス盆地へと向かう。
馬車に揺られながら、範囲攻撃魔術についての話題で盛り上がった。
「さすがに範囲攻撃魔術は、凄かったがね」
「でも、触媒に大海蛇の牙を使っているというのは……」
大海蛇の牙から作った触媒は、魔術道具に詰めていた量を考えると金貨二百枚はするだろう。何度も実験が可能な金額ではない。
「範囲攻撃魔術の開発は難しいと聞いていたが、そういう点でも難しいんだがや」
パトリックの言葉に、リカルドは同意した。
「でも、あれほどの数のグランデアントを一気に倒せる範囲攻撃魔術は、魔術士として興味が湧きます」
「リカルドは、範囲攻撃魔術を開発するつもりだったのよね?」
タニアの質問に、リカルドは頷いた。
「ええ、そのつもりでしたが、必要なくなったみたいです」
「範囲攻撃魔術の研究はやめるの?」
タニアが少し考えてから確認した。
「まさか、開発を続けろと言うのですか?」
「リカルドなら、凄い範囲攻撃魔術を開発するんじゃないかと思うの。見てみたいのよね」
パトリックも同意するように頷く。
「そうですね。一応アイデアはあるんですが、忙しいんですよ」
「私も手伝うから……研究資金には問題ないんでしょ」
ユジュラ王国から持ち帰った宝箱のことを知っているタニアは、研究資金について心配していなかった。
それを聞いたパトリックも、手伝うと言い出す。
「いいだろ。ジャンピエロたちが女王蟻を仕留めて王都に帰れば、絶対ドヤ顔で自慢するに違いないんだがね」
パトリックはジャンピエロに対抗心があるようだ。
「そこまで言うなら、開発を続けようかな。でも、優先順位は下げますよ」
「分かってる。気長に待つがね」
パトリックも範囲攻撃魔術に魅了されたようだ。