作品タイトル不明
scene:135 ジャンピエロの誤算
空中で舞い踊る水刃は、頑強な外殻を持つグランデアントを紙で出来ているかのように切り刻んだ。
ジャンピエロたちが上級魔術だと主張しているのも頷ける威力だ。
「ジャンピエロ殿が自慢するのも納得です」
リカルドは【水刃嵐爆】を分析していた。必要な魔力量、魔術効果などを詳細に記録する。
タニアは目を丸くして飛び回る水刃を見ていた。
「範囲攻撃魔術……初めて見ました」
「こいつは凄い。ジャンピエロの奴が開発したとは思えんがや」
パトリックも驚いている。
水刃はグランデアントだけでなく地面も切り裂き深い傷跡を大地に残した。
飛び回る水刃が少しずつ消えていく。最後の水刃が消えた時、そこに残ったのはグランデアントの死骸と大地に刻まれた傷跡だけとなった。
グランデアントの死骸は千五百ほどだろうか。十分ではない。
【水刃嵐爆】を仕掛けるのが早すぎたのだ。数分後、巣穴から別のグランデアントが現れた。それを目にしたパトリックが危機感を持つ。
「まずいぞ。あいつら大丈夫なんきゃ」
この時点でも、リカルドたちには他人事である。
これだけ長老派魔術士がいるのだ。何とかするだろうと考えていた。
「誰か、臭い玉に水をかけろ。煙を止めるんだ」
ジャンピエロが指示を出している。
何人かの魔術士が【水】の魔術【消火水弾】を発動した。大きな水玉が飛んで着地点で爆散する魔術である。
木造建築の多い王都などでは、消火活動にもってこいの魔術だ。この魔術が使える者を集めて消防団を組織するのも面白いかもしれない、という考えが浮かんだリカルド。
臭い玉の煙が消えても、巣穴から出てくるグランデアントの数は衰えなかった。
「ジャンピエロ、もう一度【水刃嵐爆】は使えるか?」
マルチャノがグランデアントを睨みながら尋ねた。
「もう一度くらいなら」
「ならば、準備をしろ」
「ですが、そうなると女王蟻を倒す魔力が……」
「そんな心配をしている場合か。このまま村が襲われるような事態にでもなれば、魔術士協会の信用が失墜する」
ジャンピエロが頷いた。
「触媒を補充するんだ」
魔術道具に詰められている触媒の補充を、焦ったように始めた。
その間にもグランデアントが続々と増える。
その様子を見ていたリカルドが、ふと日本にある蟻退治の毒薬について思い出した。
「グランデアントには、毒は効かないのかな?」
タニアが知っていた。グランデアントについて詳しく調べたようだ。
「グランデアントに効果のある毒薬はあるけど、それが毒だと気付くと見向きもしなくなるらしいの」
虫であっても大きくなった分、相応の知能が発達したようだ。
グランデアントの数は増え続け、八百を超えたあたりでジャンピエロが動き始めた。
「まだ、早いんじゃないの?」
タニアが声を上げた。
「そうだがね。まだまだ巣穴から出てきてるのに」
リカルドは、魔術の発動を早めた原因に思い当たる。
「もしかして、魔力が足りないのではないですか」
残っている魔力では、一回目ほどの範囲と威力を出せないのかもしれない。
「この状況はまずい。どうしたらいいと思う?」
タニアが質問の声を上げた。
リカルドとパトリックは、眉間にシワを寄せて悩む。
「撤退しかないがね」
「どこに撤退するの? 村はまずいでしょ」
グランデアントを村に呼び寄せることだけは、避けなければならない。
「来る途中、川があったのを覚えていますか?」
リカルドが二人に確かめた。
「ええ、ユフテラ河の支流でしょ」
「あの川の向こう岸へ逃げれば、グランデアントも諦めるんじゃないでしょうか」
リカルドは、不安な表情をしてジッと見ている村長のジェレミアへ近付いた。
「村長、撤退となった場合について相談があります」
「リカルド殿ですね。ベルナルド様から、何かあれば相談するようにと手紙をもらっています」
撤退方法について、相談を行う。
「分かりました。ですが、村が心配です」
撤退となった場合、魔術士たちを追わずに村へ行くグランデアントがいないか、ジェレミアは心配しているらしい。
「魔術士たちと村を紐付けるだけの知能を、グランデアントが持っているかどうかね?」
タニアが首を傾げながら言った。
「タニアとパトリックは、一足先に村へ帰ってもらえませんか」
「いいけど。リカルドは最後まで見ていくの?」
「ジャンピエロ殿が手古摺るようなら、巣穴の入り口に大きな魔術を撃ち込んで、塞ごうかと考えています」
「甘やかすことは、にゃあがね。最後までジャンピエロたちに始末させればええ」
パトリックが厳しい言葉を口にした。
「そうですけど、村に迷惑がかかるような事態には、したくありませんから」
タニアとパトリックが立ち去った直後、ジャンピエロたちが儀式魔術を始めた。
地上に出てきているグランデアントの数は、九百ほど。最初の範囲攻撃魔術で倒したグランデアントの死骸も残っているので、それ以上の数に見える。
二度目の範囲攻撃魔術が発動した。
宙に浮かんだ水刃が、グランデアントを切り刻んでいく。その威力は前回と同じだが、飛び回る範囲が狭まったようだ。
全部の水刃が消えた時、地上にいるグランデアントは引き裂かれてバラバラになっていた。だが、巣穴のグランデアントが尽きたわけではない。
範囲攻撃魔術を使ったジャンピエロたちは、魔力切れを起こしヘロヘロになっていた。そこで、マルチャノが指揮を執り始める。
「撤退だ。引き上げるぞ」
マルチャノは村へ引き返そうとした。
それに気付いたジェレミアが、川へ向かうことを提案する。
「分かった。川へ向かう」
ジャンピエロたちは、急いで川へと向かった。
リカルドは一緒に撤退しなかった。ジャンピエロたちが撤退する時間を稼ぐために巣穴から出てくるグランデアントを魔功ライフルで攻撃する。
最後の仕上げに、巣穴に向かって【真雷渦鋼弾】を撃ち込んだ。巣穴の入り口が崩れ一時的にグランデアントが外へ出られなくなる。
リカルドは巣穴から離れ、風下の岩陰からグランデアントの様子を観察。
しばらくは動きがなかった。しかし、グランデアントは塞いでいた土砂を排除し入り口を再生。
再生した入り口から、またグランデアントが地上へ出てきた。八十匹ほどのグランデアントが揃うと、ジャンピエロたちの追跡を開始した。
リカルドの方へ来るかと思ったが、大勢の臭いが残っている川の方へと向かったようだ。
暗い巣穴で生活している蟻は、嗅覚が発達していると聞いたことがある。その嗅覚を利用して、魔術士たちの後を追っていったのだろう。
ジャンピエロたちが川へ向かったのは、正解だったようだ。川なら臭いを消して、追跡ができなくなる。
グランデアントの姿が消えたのを確認したリカルドは、巨大蟻の死骸が転がっている辺りまで進んだ。一匹の死骸を解剖し、外殻の強度や内臓の位置を調べた。その後、触媒となる触角を回収する。
これは触媒が欲しいという単純なものではなく、グランデアントの触角がどれほどの品質の触媒になるのか、調べようと思ったのだ。
その時、リカルドは重大な点を見落としていた。範囲攻撃魔術で、巣穴周辺の地盤が脆くなっていたことである。
リカルドが歩き回って触角を切り取っている時、その足元がぐらりと揺れた。
無数の水刃により切り刻まれた大地が陥没したのだ。
陥没により発生した大きな穴に落ちたリカルドは、土まみれになりながらグランデアントの巣穴にまで転げ落ちた。
背中に強い痛みを感じた。落ちた時に背中を強く打ったようだ。
「ペッ、ペッ、口の中に土が入った」
辺りは暗い。そこで携帯魔光灯を取り出す。それで周りを照らすと、リカルドが落ちた穴が、土で埋まっているのに気付いた。
「人力で大量の土を動かして、上に登るのは無理そうだな」
土掘り用の魔術があれば可能かもしれないが、リカルドが習得していない魔術だ。
上に向けて【空震槍破】を撃てば、登る穴が開く可能性も考えた。だが、魔術の衝撃で土砂崩れを起こしたら、生き埋めになる恐れもある。
リカルドが悩んでいると、上の方から不気味な音が聞こえてきた。そして、土砂が頭の上に降り注ぐ。
「また、陥没するのか」
危険を感じたリカルドは、仕方なく別の出口を探すことにした。
現在いる場所は、直径二メートルほどのトンネルである。ジャンピエロたちが大量に殺したので、巨大蟻はほとんど居ないようだ。
巣穴の中は雑多な臭いに満ちていた。一番強い臭いは、腐敗臭と血の臭いである。グランデアントが捕まえた獲物の臭いなのだろう。
いろんな経験を積んだリカルドでも、この状況は怖い。恐怖で走り出しそうになるのを堪え、慎重に進んでいく。
リカルドは一匹のグランデアントと遭遇した。素早く【風】の魔功ライフルを取り出した。【地】ではなく【風】にしたのは、威力より命中率を優先したからだ。
魔功ライフルでグランデアントを一撃。衝撃波はグランデアントの外殻で減衰したが、それでも内部にある脳や内臓に致命的な威力を発揮した。
「集団に遭遇したら、逃げなきゃならないな。変な義侠心を起こさず、ジャンピエロと一緒に逃げれば良かった」
リカルドは溜息を吐いた。
リカルドは巣穴をさまよい、偶然に広い地下空間へと出た。そこは壁がヒカリゴケのようなものがびっしりと生えており、そのヒカリゴケが空間全体を照らしていた。
その広い空間には、グランデアントではなく甲冑ワームがうごめいていた。
「どうして……そうか、グランデアントの巣と甲冑ワームの巣が地下でつながっていたのか」
その空間は蟻の巣とは違う異臭が漂っていた。
「何だ。この臭いは?」
眼にしみるような臭いだ。その空間の中央に何かの堆積物があった。それが臭いの元らしい。
リカルドは咳き込んで、大きな音を響かせた。
巣の主が気付いて這い寄ってくる。全長五メートルほどの甲冑ワームだ。
収納碧晶から雷鋼魔砲杖を取り出し構える。
その時には甲冑ワームが目の前まで来ていた。リカルドが引き金を引く。即座に電気を帯びた鋼の渦が、魔砲杖の先に生まれ甲冑ワームに向かって飛翔する。
鋼の渦は甲冑ワームの硬い外殻を突き破り、内臓をズタズタにした。
リカルドは動かなくなった甲冑ワームが本当に死んでいるのか確認しホッとした。
甲冑ワームの死骸を収納碧晶に仕舞ってから出口を探した。その時、中央の堆積物で何かが動いたのに気付いた。
まだ、他にも甲冑ワームがいたのかと確認する。そこで見たのは、堆積物──たぶん甲冑ワームの糞の中から生まれた妖樹の姿だった。
「これは妖樹トリルの幼体か」
飼育場で妖樹トリルの種を発芽させられなかったのを思い出した。様々な条件で発芽させる実験をしたのだが、妖樹トリルの実を動物に食べさせるという条件は試していなかった。
「こんなところで、この問題の正解を得られるとは……」
巣穴に落ちたのも無駄ではなかった──とリカルドは自分を慰めた。
その後、出口を探して歩き回り、外に出られたのは翌朝だった。
疲れた身体に鞭打って、とぼとぼと村に戻る。村ではタニアとパトリックが心配そうな顔で待っていた。
「やっと帰ってきたがね。心配したぞ」
パトリックが鼻を摘みながら言った。
「もの凄く臭い。近寄らないで」
タニアは顔をしかめて言い放った。
「ちょっと。それはあんまりな言葉じゃないですか?」
「本当に臭いんだから、しょうがないでしょ。早く身体を洗ってきて」
リカルドはコンテナハウスのシャワーで身体を洗い、スッキリした気分で着替えた。
「臭いは消えたようね。昨日のことを話して」
タニアが近付いて話を促した。
リカルドはジャンピエロが逃げた後のことについて語った。
それを聞いていたパトリックが、
「リカルドは、時々間抜けなことをするがね」
「そうよ。グランデアントは長老派に任せて、ジャンピエロたちと一緒に逃げれば良かったのよ」
タニアとパトリックから説教をされたリカルドは、力なく肩を落とした。