作品タイトル不明
scene:126 王都の用水路
リカルドは久しぶりにクレム川へ向かった。王都の北門から出て、川沿いに上流へ歩く。五キロほど歩いた場所で用水路建設の工事が始まっていた。
「水門は完成しているのか」
頑丈そうな水門が完成し、用水路として掘られた溝が南東へ伸びていた。その先には王都の耕作地が広がっている。
リカルドは耕作地と森を仕切る塀に近付いた。現場監督らしい男が、作業員に指示を出している。今は用水路の水を耕作地内に引き込むための工事のようだ。
用水路を通って魔獣が入って来ないように、工夫が凝らされている。
「あっ、パルミロ総帥。こんな所にどうして?」
リカルドは工事現場でナスペッティ財閥総帥の姿を見付けた。
「奇遇だな。王太子殿下とリカルド君が用水路工事を始めたと聞いたので、視察に来たのだよ」
財閥総帥が大した理由もなく視察に来るはずがない。何か思惑があるのだろう。
パルミロがリカルドの不審げな顔を見て、薄っすらと笑う。
「我がナスペッティ財閥とミラン財閥は共同で、君が開発している区画の南側にある広大な土地を購入し、開発する計画を立てている」
二つの財閥は、合計で一〇〇〇ヘクタールほどを購入し、リカルドの土地と合わせた二〇〇〇ヘクタールを王都に付随する耕作地兼第二市街として開発するつもりらしい。
「だったら、用水路の建設にも協力して欲しかったですね」
「この計画が決まった時には、用水路の工事が始まっていたのだよ。できれば用水路の水を使わせて欲しい。当然、その使用料は払う」
水の供給量については、余裕を持って用水路を建設していた。
「分かりました。ですが、供給量を調節するために、貯水池が必要になりますよ」
水は日中の需要が多い。そのため、夜間に貯水池に溜め込み、その水を農業用水として使うようにするのが、効率的だと考えていたのだ。
パルミロは貯水池の水をどうやって利用するのか尋ねた。貯水池に溜まった水を利用するには、汲み上げる仕組みが必要になるからだ。
リカルドは魔術駆動フライホイールを利用したポンプを開発できるだろうと考えていた。そのことをパルミロに話すと驚かれた。
水車のようなものを使って、汲み上げるのだと思っていたようだ。隣国のミシュラ大公国には、大きな水車と水路を使って配水する仕組みを構築している地方があるらしい。
パルミロと別れたリカルドは、ユニウス料理館に寄った。冷凍収納碧晶に入れてある暴食ウツボの肉を補充するためである。
リカルドの顔を見た配膳係のおばさんが、
「サムエレ将軍がいらしてますよ」
と教えてくれた。暴食ウツボの肉を使った料理が気に入ったらしく、たびたび訪れているらしい。
将軍が食事している部屋に入った。中には将軍と部下らしい者四人で、食事をしていた。
挨拶を交わし、少しだけ話をすることになった。
「そういえば、魔術を防ぐ方法はどうなった?」
「魔術を防ぐ盾の魔術道具を、ユジュラ王国で手に入れて調査し、試作品を作ったのですが」
将軍は宮廷魔術士から言われた『魔術を防ぐ方法など存在しない』という言葉を思い出した。
「それは本当か?」
「ですが、盾の防御能力には限界があって、炎滅師の魔術を防ぐには力不足なのです」
リカルドが悔しそうに言った。
「力不足……どれほどの魔術なら防げるのだ?」
将軍は気になったようだ。
「中級下位までです。残念ながら炎滅師が使うだろう上級魔術は防げません」
「そうか、残念だ。しかし、魔術を防ぐ盾というものに興味がある。一度見せてくれんか」
近年になって魔砲杖という武器が生まれ、さらに魔術を防ぐ盾が発見されたという。サムエレ将軍は時代が急激に動いているのを感じた。
「分かりました。魔術士協会の訓練場でいいですか?」
「いや、王太子殿下も興味を持つと思うのだ。二日後に王城へ来てくれ」
リカルドは了承した。
将軍は酒盃をグイッと飲み干し、リカルドに尋ねた。
「ところで、王太子は用水路に期待されているようだったが、何故だ? 小麦などは雨だけで十分ではないのか」
小麦などは比較的降水量が少ない地方でも育つ植物である。他に芋類やトマトなども水をそれほど必要としない。
「たぶん、王太子が期待されているのは野菜です。特に夏野菜などは十分な水が必要な種類が多く、与える水の量で成長が違います」
将軍は心の中に血の滴るようなレアステーキを貪りそうな王太子の顔が浮かんだ。実際の王太子は、顔に似合わず野菜好きなのである。
将軍と約束した日、リカルドは試作した盾の魔術道具を持って王城からの迎えを待っていた。タニアも誘ったのだが、遠慮すると断られた。偉い人の前に出ると緊張するらしい。
サムエレ将軍の部下が馬車で迎えに来たので、それに乗って王城へ向かう。馬車は城門で止められたが、迎えに来た人が警備の兵士に声を掛けると、すぐに許可が出て中に入る。
馬車は城内の訓練場へ直行した。リカルドは馬車を降りて訓練場に立つ。訓練場の北側には魔砲杖の射撃訓練用の区画が新しく作られていた。
リカルドは魔砲杖の標的が立てられている場所に試作品の盾を設置した。魔術士協会で試した時のように、盾の引き金には紐が結んである。
準備が終わった頃、将軍とガイウス王太子が訓練場に入ってきた。
「リカルド、余を除け者にして、美味しい料理を食べたそうだな」
王太子のドスの利いた声に、リカルドがビクッとする。何のことか分からず将軍に尋ねようとして、ばつが悪そうな顔をしている将軍に気付いた。その顔で『暴食ウツボの甘酢ソースかけ』のことだと分かった。
「将軍……」
「すまん、つい自慢してしまったのだ」
王太子は騒ぎが収まったら食べに行くので、必ず暴食ウツボの肉を残しておくようにと命じた。
将軍と王太子は盾の近くまで行って、じっくりと観察した。
「それほど大きなものではないのだな」
それが二人の共通した感想のようだ。魔術を防ぐ盾と聞いて、大きな物を想像していたらしい。広範囲に広がる魔術を防ぐには大きな盾が必要だと思ったのだろう。
「取っ手の部分にある引き金を引くと、二 シュレル(メートル) 四方の魔力障壁が発生します」
将軍が頷いた。
「ほう、それなら納得だ」
リカルドたちは安全な距離まで離れ、紐を将軍に渡した。
「魔術を盾に向かって放ちますから、同時に紐を引いてください」
「承知した」
王太子が気の弱い人間なら泣いて謝りそうな顔で、盾を睨み付けている。
「まずは【炎翔弾】を放ちます」
リカルドが【炎翔弾】を放ち、将軍が盾の引き金に結び付けた紐を引いた。盾から発生した魔力障壁は、炎を受け止めた。
「凄いな。本当に魔術を受け止めおった」
王太子が感嘆の声を上げる。
続いて【爆炎弾】の魔術を押されながら受け止めた魔力障壁を見て、王太子と将軍は限界と可能性に気付いた。
「リカルドが言っていたように、中級下位の魔術が限界のようです」
将軍がチラリと王太子を見てから声を上げた。
「そうなると、炎滅師と呼ばれるほどの者が放つ魔術を受け止められないということだな」
王太子が眉間にシワを寄せていた。
「ですが、魔術の直撃を防ぐという点に関しては、有効だと思われます」
「だが、【火】の上級魔術が至近距離で爆発または燃え上がった場合、人間は助からんだろう」
王太子の現実的な指摘に、将軍が口をへの字にする。
リカルドは【火】の上級魔術が放たれた場合を想像してみた。
「火に強い防具を身に着けていれば、助かる可能性もあります」
将軍が何かを思い付いたという顔で口を挟む。
「ちょっと待て、この魔法障壁を同時に二つ発生させた場合はどうなる?」
リカルドは少し考え結論した。
「中級上位の魔術までなら、確実に受け止められるようになるでしょう。ですが、実戦において同じ角度で同時に魔力障壁を展開することは簡単でないはずです」
将軍と王太子が顔を見合わせた。
「試してみよう。リカルドは盾の魔術道具……『魔術盾』を五つ用意してくれ。どれほど時間がかかる」
王太子の要請に、リカルドは頭の中で計算する。
「五日は必要だと思います」
「魔術盾を使った訓練も必要だからな。将軍、間に合いそうか?」
「そ、それは厳しいですね……ですが、何とか間に合わせます」
「そうか。ならば、期待するとしよう」
王太子はリカルドに魔術盾の詳細と製作費用を確かめた。費用を聞いて顔をしかめたが、仕方ないと肩をすくめた。
王太子との話が終わったリカルドは、試作品の魔術盾を王太子に預け帰宅した。エミリア工房で作った自転車に乗り、飼育場へと向かう。自転車はリカルドが想像していたほど広まらなかった。
部品の一点一点を職人が手作りした工芸品のような代物なので高価だったからだ。金持ちの遊び道具として、少しは販売されたようだが、大幅に製造原価を下げるような体制を作り上げなければ一般には普及しないだろう。
ただ魔動スクーターのような二台しかないという限定品ではなく、未知の魔導技術が組み込まれているという希少価値もないので、強盗してまで奪い取りたいという者はいなかった。
但し、その辺の道路脇に停めておけば、自転車泥棒に遭うのは確実だ。
最近では自転車とすれ違う人々も驚かない。子供たちが目を輝かせるくらいである。
歩けば一時間半ほどかかる道程を、自転車だと三〇分もかからずに到着した。
「リカルド様、今日はどうしたんですか?」
「ああ、ミコルか。兄さんから影追いトカゲが卵を生んだと聞いたんで、見に来たんです」
飼育している影追いトカゲが産卵した。このことで影追いトカゲの飼育が軌道に乗る確率が高まった。
「あのトカゲは、美味しいんですか?」
リカルドは思いがけない質問に、絶句した。ミコルは影追いトカゲを食べるために飼育しているのだと思っていたようだ。
「トカゲ肉は鳥肉に似ていますね」
リカルドは以前に食べた冠大トカゲの肉を思い出しながら答えた。
「へえ、鳥肉か」
ミコルが鳥肉と言われて頭に浮かぶのは、アヒルに似た鳥の肉である。
リカルドはミコルと一緒にトカゲの飼育小屋に向かった。
「ほら、卵だよ」
ミコルが指差した先に、二〇個ほどの白い卵が地面に並んでいた。
「飼育小屋を増やさないとダメだな」
「ええっ、まだ増やすの」
安定して【空】の触媒を得るには、一〇〇匹ほどの飼育が必要だと考えていた。
「この数だと病気などで全滅する可能性があるんですよ。もう少し増やさないと安心できません」
「へえ、リカルド様はすごいですね」
「ミコルは魔獣ハンターになりたいんだって」
「はい。アントニオ様にそう言ったら、魔術の勉強をするように言われたんですけど、何故なんです?」
「魔獣ハンターになったら、三眼熊や大蛇蜘蛛に遭遇することもあるだろう。そんな時、魔術が使えないと大変だぞ」
魔術士であるリカルドは、仕留めることを前提に話しているが、そんな時は逃げるのが普通の魔獣ハンターだ。魔獣ハンターの実態を知らないミコルは、そうなんだと納得した。
「それに魔術士の基本である魔力制御ができるようになれば、魔成ロッドを武器として使えるようになる」
「でも、魔成ロッドって高いんでしょ」
「買えばね。魔力制御ができるようになれば、修行して魔成ロッドを作れるようになる」
「そうなんだ」
その時、物見台に吊るされた鐘が、三連打され一拍おいてから、鐘の音が三回響き渡る。
「七刻半の鐘か」
この国では一日の時刻を十二分割して表すので、七刻半は午後三時に相当する。物見台の鐘は、午前と午後に分け、一時間毎に数を増やして鳴らすようになっている。
「うわっ、訓練の時間だ。行かなきゃ」
ミコルが慌てて駆け出していく。
リカルドはゆっくりとミコルの後を追う。
飼育場の空き地に、七人の若者が集まり戦闘訓練をしていた。使用人のダリオたち三人とロブソン、ニコラ、ミコルが突きと蹴りを交互に繰り返している。教えているのは、アントニオである。
魔術士であるロブソンとニコラが戦闘訓練をしているのは、リカルドが自身の経験から訓練するように勧めたからだ。
アントニオは武術家として才能があったようだ。リカルドから教えられた技を基本にして独自の工夫を凝らしている。技は洗練され、突きや蹴りの一つ一つの動作がキレを増している。
「次は下段蹴り……1、2、3……」
徒手訓練の後、七〇センチほどの棒を使った訓練が始まった。片手剣かロッドを武器にした時の訓練のようだ。
「リカルド、お前も参加しないか」
アントニオの声に、リカルドは首を振る。
「王太子殿下から頼まれたことがあるんで、エミリア工房に行くよ」
「そうか。頑張れよ」
リカルドはアントニオたちに見送られて工房へ向かった。工房に到着したリカルドは、工房の職人の協力を得て魔術盾の製作に取り掛かる。
製作の途中、この魔術盾はどうして魔術しか防げないのだろうかと疑問が浮かんだ。魔力障壁が発生する仕組みは、盾の表面から魔力を放射し一定の距離で障壁に変化するというものだ。その魔力は何の属性にも励起されていない純粋なものである。
「もし、何かの属性色で励起された魔力を使って障壁を形成した場合、どうなるのだろう?」
リカルドの脳裏に疑問が湧き起こった。
試してみたいという欲求を感じたが、王太子と約束した魔術盾を完成させなければならない。リカルドは工房に泊まり込んで、魔術盾の製作に没頭した。