作品タイトル不明
scene:125 王城の状況
リカルドとタニアはイサルコの部屋に入った。
「どうした。二人して」
究錬局の局長となったイサルコは、見ていた書類から顔を上げて二人に尋ねた。
「これなんですが……」
リカルドは盾の魔術道具を見せ、イサルコに説明した。イサルコは難しい顔をして考え込む。
「魔術を防御する盾か。これを装備した兵士は、魔術士にとって天敵となるな」
魔術士の価値を下げる魔術道具である。魔術士協会の理事としては、頭の痛い話だ。
「それほど普及するような魔術道具ではないと思います」
「何故だ?」
「使用する魔力伝導金属の量が多いんです。高価な魔術道具になります」
魔力伝導金属は、銀と青い煌竜石の粉末を混ぜた合金である。銀も高価だが、青い煌竜石も希少なものであり高価なのだ。
「そうすると、数を揃えられるのは王家や貴族だけか。それも下級兵士に配備させられるほど安くない」
「ええ、魔術士協会が心配するような魔術道具ではないと思います」
リカルドは魔術士が必要以上に、盾の魔術道具を恐れる必要はないと思っている。人間同士の戦いでは使われる事もあるだろうが、魔術士が必要になるのは魔獣相手の場合が多いからだ。
「だが、発表はやめた方がいいだろう。軍事的に有効な装備となり得る」
その後、リカルドたちは研究を続け魔術回路の詳細を解明した。解明できたのは、魔術回路に使われている技術が古かったからだ。最新の技術は解析し難くなっている。
二人は最新技術により、盾の魔術回路をコピーした。
「この魔術回路、効率化が可能だな」
「本当に……凄い技術ね。エミリアさんを超えたんじゃない」
リカルドに魔導職人としての技術を教えてくれたエミリアは、王都でも五本の指に入る一流技術者である。それを超えるというのは凄いことだ。
リカルドはエミリア工房の職人にも手伝ってもらい、試作品の盾を作り上げた。
イサルコから許可を取り、魔術士協会の訓練場の一画を立ち入り禁止にしてもらった。リカルドたちは盾の魔術道具を地面に突き刺した杭に固定する。
盾の取っ手には引き金が付いていた。その引き金を引けば、魔力障壁が発生する仕組みらしい。魔力障壁を発生させるには大きな魔力が必要だった。
一度引き金を引くと、魔力蓄積結晶に蓄えられた魔力の三分の一が消費されるようだ。
「準備は完了です。タニアさん、お願いします」
タニアは【炎翔弾】の魔術を盾に向かって放った。リカルドは盾の引き金に繋げてある紐を引いた。引き金が引かれ、二メートル四方の魔力障壁が発生する。
【炎翔弾】の炎が、盾の三メートル手前に展開された魔力障壁に衝突し障壁の表面に沿って撒き散らかる。だが、炎は障壁の内側に入り込めず、盾は無傷だ。
魔力障壁は約五秒で消えた。
「成功ですね。次は【爆炎弾】をお願いします」
「いいわよ」
タニアが【爆炎弾】を盾に向かって放つ。炎の塊が飛翔し盾に向かう。盾の引き金が引かれ、魔力障壁が展開。命中した炎の塊が爆発した。
発生した爆炎を魔力障壁が弾く。だが、魔力障壁は爆発の威力に押され、盾の方へ一メートルほど押し込まれた。
「今の危なかったんじゃない」
タニアが厳しい顔で評価を下した。
「中級下位の魔術だと、障壁が押し込まれるのか……中級上位は難しいかもしれないな」
タニアはリカルドが手放した盾に繋がっている紐を拾い上げた。
「今度は私が試すから、リカルドが魔術を使って」
「了解。中級上位の【雷渦鋼弾】を使います」
空中に生まれた鋼鉄の渦が、盾に向かって飛翔。魔力障壁にぶつかった瞬間、纏っていた電気が火花となって散る。そして、鋼鉄の渦が障壁を盾まで押し込み、そのまま押し倒した。
魔力障壁の魔力が切れ霧散する。
「ああっ!」
タニアが叫び声を上げた。
二人は盾の所まで駆け寄り、壊れていないかチェックする。
「壊れちゃった?」
タニアが心配そうに覗き込む。リカルドは盾の表面が少し傷付いているのを確認した。中の魔術回路は無事なようだ。
「通用するのは、中級下位魔術までか。まだ改良する余地があるので、改良したものは中級上位までなら防御できそうですね」
「さすがに上級魔術は、盾で防げないのね」
タニアが残念そうに盾を見つめる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王城の会議室で、王都防衛軍の代表数名と宮廷魔術士の代表数名が会議をしていた。議題は『祭礼の儀』における警備についてである。
オブザーバーとして、アウレリオ王子とサルヴァートが参加している。
「宮廷魔術士から、何人の魔術士を出してもらえるのだ?」
サムエレ将軍が確認すると、宮廷魔術士長のヴィットリオが渋い顔をして答える。
「五人だ」
「それは少ない。その倍は出して欲しい」
「我々には、国王と王城の警護という任務がある。それ以上の人員は割けない」
王都防衛軍と宮廷魔術士は、どちらが国の主戦力かライバル関係にある。それでだろうか、宮廷魔術士は王太子に反発していた。王都防衛軍のトップであるサムエレ将軍が、王太子と緊密な関係にあるからだ。
「敵は【火】の魔術を操る魔術士だと思われる。何か有効な対策はないか、知恵だけでも出してくれ」
宮廷魔術士の数人が鼻で笑う。
「魔術を防ぐ方法など存在しない。故に、有効な対策など……あるはずがない」
アウレリオ王子が将軍に顔を向け。
「将軍は、何か対策を考えておるのか聞きたい」
「暴食ウツボの革を使って、馬車の防御力増強。それにマントか何かを作り、王太子殿下だけでも守るつもりです」
サルヴァートが暴食ウツボと聞いて、ある魔術士の顔を思い出す。
「もしかして、リカルド君のアイデアですか?」
「そうだ。暴食ウツボの革は彼が用意してくれた」
アウレリオ王子がサルヴァートに視線を向ける。
「交易船で戦ったという海の魔獣の革か……どれほどの防御力があるのだ?」
「上級魔術の一撃でも仕留められなかった魔獣の革です。魔力耐性が高いと思われます」
「ほう、それは素晴らしい。余も欲しいな」
「私の所有しているものを、お分け致します」
「そうか、サルヴァートも一緒に暴食ウツボと戦ったのだったな」
会議が終わり、アウレリオ王子とサルヴァートは王子の部屋に向かった。
部屋のソファーに座った王子とサルヴァートは、先程の会議について話し始める。
「リカルドとは、どんな魔術士なのだ?」
王子の問いにサルヴァートが答え始める。
「なるほど……複合魔術の開発に、新しい上級魔術か。優秀な魔術士らしい」
「ええ、私より優秀です……今は」
サルヴァートの最後の言葉を聞いて、アウレリオ王子が微笑む。リカルドが自分より優秀だと認めても、追い付き追い越せると思っているのを知り、頼もしく思った。
「ところで、兄上の政策をどう思う?」
「王太子殿下は、いくつか新しい政策を実行されましたから……どれのことを言われているのです?」
「ミル領に兵士を派遣して、魔獣討伐をさせる件だ」
ヨグル領の西隣にあるミル領は、魔境門が存在する領地である。残念な事に、その魔境門は魔獣により破壊され、ミル領全体が魔獣の繁殖地となっている。
「……ミル領は王家の直轄地。しかも様々な資源を抱える土地です。王族としては当然の政策だと思いますが」
アウレリオ王子が渋い顔をする。
「だが、陛下はミル領に手を付けようとはしなかった。魔獣を駆逐するだけの戦力を用意できなかったからだ」
ミル領に巣食う魔獣の大半を駆逐するには、魔術士を含めて五千の戦力と魔境門を補強する二千の労働力が必要だと言われていた。だが、王太子は二千の兵士でミル領の魔獣を駆逐すると言っている。
「たぶんですが、魔砲杖や魔功銃などで戦力を補おうと考えているのでしょう」
サルヴァートの意見に、王子が頷いた。
「余もそう思っている。そして、兄上がミル領を整備しキチンと王領に組み込んだならば、巨大な功績となる。陛下でさえ、兄上の政策に異議を挟めないほど王城での支配力が高まるだろう」
大陸間交易を成功させた今でも、世代交代の時期ではないかという声が上がっているのだ。
「殿下、一つ提案があるのですが、よろしいですか?」
「何だ。言ってみろ」
「我々も交易に参加するべきだと思います」
王子が面白くなさそうな顔をする。大陸間交易はライバルだと思っている王太子が企画したものだからだ。
「理由を聞こう」
「王太子は、交易で資金を集め、軍備を拡充しています。それに対抗するには、我々も独自の収入源が必要です」
「余にはマチェラーリ財閥が付いているではないか?」
「百人や二百人規模の戦力を揃えるだけなら、マチェラーリ財閥が力になってくれるでしょう。ですが、千人、二千人ならどうでしょう」
アウレリオ王子の顔が苦いものになった。
「そこまでの支援は、いくら財閥でも無理かもしれん」
「大陸間交易を成功させた王太子殿下なら、可能です」
王子が納得したように頷く。
「分かった。知り合いの商人に声を掛けてみよう」
今、王都が大陸間交易の影響で賑わっているのは、アウレリオ王子も知っていた。この波に乗らないと取り残される可能性があるのも理解している。
ただ一点、これを始めたのが王太子であるということが気に入らないのだ。
「話は変わるが、兄上を亡き者にしようとした犯人は誰だと思う?」
サルヴァートが難しい顔をする。
「今の段階では分かりません。王家に取って代わろうと企んでいる高位貴族は、王太子殿下が邪魔だと思っているでしょうから」
その数日後の夜、糸のように細い目をした男が、王城の兵士たちがよく立ち寄るパブに来ていた。周りは勤務明けの兵士が酒を楽しんでいる。
糸目男は酔った兵士に近付き巧妙に立ち回ると、一緒に酒を飲み始めた。
「この前、港じゃ大変だったようだね」
顔を赤くした兵士が、うんうんと頷いた。
「俺は悔しいんだよ。あの時、死んだ一人は飲み友達だったんだ」
「ええっ、そうなのか。残念だったな」
「クソッ、俺があの場にいたら、殺し屋を逃さなかったんだが」
周りの兵士も同意するように声を上げる。貴族たちには人気のない王太子だが、兵士には人気があるようだ。
「あの後、王太子殿下は城に引き籠っているらしいじゃないか」
「しょうがねえよ。殺し屋が捕まってねえんだ」
「しかし、祭礼の儀の時はどうする。きっと狙われるぞ」
酔った兵士の一人が小声で、
「噂じゃ、馬車に魔獣の革を貼って、魔術を撥ね返すようにするんだとよ」
「そんなんで、魔術が防げるのかい?」
「特別な魔獣の革だって聞いた。半端な魔術じゃ効かねえし、上級魔術でも一回くらいなら耐えられるそうだぜ」
兵士達から情報を引き出した糸目男は、厳しい顔をして酒を飲み干した。
糸目男はパブを出ると、王城の西側にある高級な宿に入る。この人物こそが、『炎滅師』と呼ばれる刺客だった。
部屋で着替えた男は、荷物から触媒を取り出した。上級魔術の触媒である。兵士から情報を仕入れる前は、馬車を狙って魔術を放つつもりでいた。だが、馬車を狙っても仕留められない可能性があると知った以上、別の方法を考えねばならなくなった。
「どこかの馬鹿が、王太子に余計なちょっかいを出したせいで、厄介なことになった」
男は独り言を呟く。港で王太子を襲った殺し屋は、炎滅師ではなかったようだ。