作品タイトル不明
scene:107 デオダート造船所
ある日を境に、デオダート造船所を王都防衛軍の兵士が警備するようになった。そして、造船所内の一部が仕切り板により区切られ、一部の者しか入れなくなる。
リカルドは、その中で船の動力について研究していた。研究しているのは、外輪船と呼ばれる型の船である。そのアイデアを思い付いたのは、江戸時代末期にアメリカや西欧諸国から海を渡ってきた黒船を思い出したからだ。
とは言え、外輪式の推進装置だけでは不安だった。なので、造船所に提案した船は、外輪船と帆船を組み合わせたものである。
スクリュープロペラにしなかったのは、船体に穴を開けプロペラ軸を水中に出した場合の止水方法が分からなかったからだ。それに頑丈なスクリューを作る技術や外洋で故障したスクリューを修理する方法なども問題となった。
一ヶ月掛けて外輪船が建造可能か研究し、可能だと結論する。その結果を王太子に伝え、まず小型探検船の建造を始めた。
探検船の船型は、船体の両脇に水車のような外輪があり、二本のマストが空へと伸びているものだ。大きさは排水量八〇トンほど。
小型探検船の建造が始まった頃、王太子に面会を求める商人たちが現れ始めた。
バイゼル城の応接室で、ガイウス王太子は四大商の一つマチェラーリ財閥の総帥フラミニオ・マチェラーリを迎えた。
マチェラーリ財閥は、穀物や調味料を中心に商いを広げている財閥で、堅実な商売で業績を伸ばしている。ただ堅実すぎて決断が遅いと言われていることもある。
フラミニオは丁寧な挨拶をしてから、王太子に用件を切り出す。
「王太子殿下が、南の大陸へ交易船を出すと耳にしたのですが、本当でございますか?」
王太子がニヤリと笑う。
「四大商の一つと呼ばれておるにしては遅かったな。四大商の中では最後だぞ」
それを聞いて、フラミニオが頭を下げる。
「それは申し訳ありません」
謝った後で、謝る必要があったのかと疑問に思う。だが、王太子の顔を見て、決断が遅れたことを後悔する。王太子の顔から判断すると、フラミニオに対する評価が落ちたと分かったからだ。
これでは王家が関係する事業が始まった時、マチェラーリ財閥に声が掛からない恐れがある。
「交易の話は 真実(まこと) である。それがどうした」
フラミニオは深々と頭を下げ。
「我が財閥にも手伝わせていただきたい」
「それはどういうことかな?」
「交易船を建造していると聞き及びました。その資金の一部を出資させてくださいませんか」
その代りに、サラウド大陸の国々と交易する時は同行させて欲しいと言う。
王太子は承知する。元々王家だけで交易を行おうとは思っていなかった。商売人でない者が商売に手を出す愚かさを知っていたからだ。
王家は開拓する航路の管理を行い、航路使用料の徴収と大陸間交易で輸入される物品に関税を掛けることで収入を増やそうと考えていた。
とは言え、全く商売を考えていないわけではない。初期の段階は参画する商人の人数も少ないだろうと思い、王家でも確実に儲かる商品を買い入れ、王都で売却しようと計画している。
その候補となる商品は、砂糖や磁器、毛織物などである。魔獣の少ないサラウド大陸では、毛織物の材料となる毛が取れる家畜を放し飼いにできる地方が存在する。
こちらの大陸で放し飼いにすれば魔獣に狙われるが、南の大陸にはほとんど魔獣が存在しない地方があるらしい。
「ふむ、マチェラーリ財閥も大陸間交易を……それで、何を商うつもりだ?」
「サラウド大陸で採れる香辛料やダジャ豆を王都へ運ぼうと考えております」
ダジャ豆は焙煎して砕いたものが、コーヒーに似た飲み物となる。
「なるほど、マチェラーリ財閥らしい。それで……どれほど資金を出す?」
フラミニオは、交易船の建造資金に金貨五〇〇枚を出そうと考えていた。だが、王太子の話では出遅れたらしい。そこで、収納碧晶から倍の金貨一〇〇〇枚を取り出し、王太子に差し出す。
王太子はニヤリと笑って金貨の袋を受け取った。
フラミニオが去った後、王太子は財務府の役人を呼び、金貨の入った袋を渡した。
「合計でいくらになった?」
役人は袋の中身をざっと確認し、
「他の財閥や商人の分と合わせますと、金貨五四〇〇枚になります」
その答えに、王太子が満足そうに頷く。
「交易船がもう一隻建造可能だな」
「マウロ財務大臣は、マデラ沼の干拓事業を再開することを考えておられるようですが」
「財務大臣は執念深い性格のようだな。あの干拓事業に何か関連しておるのか?」
「い、いえ、そんなことはありません」
「ふん、いいだろう。デオダート造船所へ見学へ行く。サムエレ将軍を呼べ」
「承知致しました」
役人が深々と頭を下げ部屋を出ていった。
護衛兵により警護された王太子が、デオダート造船所に到着。造船所の所長と数人の技術者が出迎えた。
所長が挨拶しようとすると、王太子が止めた。
「挨拶はいい。探検船が見たい」
所長が困ったという顔をする。
「ですが、まだ完成しておりません」
「分かっておる。どのような船になるのか確かめたいのだ」
王太子は乾ドックで建造中の小型探検船を見学した。交易船に比べれば小さな船だが、堅牢でスピードのありそうな小型船が出来上がりつつあった。
普通の帆船と違うのは、舷側に外輪が組み込まれている点だ。甲板はまだ張られていないが、竜骨や舷側が出来上がっている船を見学。見慣れない船型に、王太子は興味を覚えた。
「ふむ。この水車のようなものが回転し、船を前に進ませるのか……面白い仕組みだ」
見学が終わり、王太子は姿を見せないリカルドを探した。
「リカルドはどこに居る?」
所長が造船所の奥を指差す。
「奥の部屋で、何か研究しているようです」
「そうか。行ってみよう」
王太子が奥の部屋を訪ねる。護衛兵の一人がドアをノック。リカルドの声が答え、ドアが開いた。その部屋に入ると、リカルドが特大魔功蔦を持って立っていた。
「お、王太子殿下……いらしておられたのですか?」
「聞いておらんかったのか?」
リカルドは首を傾げた。聞いたような気もしたからだ。特大魔功蔦の魔力コーティングをしようとしていた時だったので、聞き流したような……。
「申し訳ありません。自分に御用で来られたのですか?」
「そうではないが……何をしていたのだ?」
「船の動力についての研究が一段落つきましたので、黒く魔力コーティングした特大魔功蔦を調べていました」
リカルドは王太子と将軍のために【地】の魔功ライフル用として二本の特大魔功蔦を使った。残りは七本。六本は【風】の属性色で魔力コーティングし、残りの一本を【空】の属性色で魔力コーティングしたのだ。
今、リカルドの手に持っているのが、【空】の属性色で魔力コーティングした特大魔功蔦である。どんな効果が発生するのか調べていたところだった。
「それで、どんな衝撃波が発生するのだ?」
王太子の質問に、リカルドは首を振る。
「衝撃波は出ませんでした」
「ん? 詳しく説明してくれ」
リカルドがちょっと困ったという表情を浮かべる。
「説明は、少し難しいのです。実際に見てもらう方が早いでしょう。よろしいですか?」
「いいだろう。見せよ」
リカルドは黒く魔力コーティングした特大魔功蔦を手に持ち、魔力を流し込んだ。特大魔功蔦の先にある空間が揺らめき、空間が棒状の闇のように変化する。
形状は棍棒に似ているが、その空間の内部で闇が揺らめいている。
王太子が触ろうとした。
「ダメです!」
ビクッとして伸ばす腕を止める王太子。周りの護衛兵が何事かとリカルドを睨む。
「 空震刃(くうしんじん) に触ると、指を失います」
「これを空震刃と名付けたか。それほど威力のあるものなのか?」
「そこにある バール(釘抜き) で、叩いてみてください」
王太子がバールを手に取ろうとするが、先にサムエレ将軍がバールを拾い上げる。
「私が試しましょう」
サムエレ将軍はバールを空震刃に打ち付けた。鉄製のバールが空震刃に触れた瞬間、鉄製であるバールの先端がバラバラに砕け粉となって霧散した。
周りがシーンと静かになった。
「こ、これは尋常な威力ではないな」
将軍も空震刃の威力を実感したようだ。それは王太子と護衛兵も同じで、恐れを含んだ目で空震刃を見詰めている。
「空震刃に触れたものは、鉄であっても粉々になります」
リカルドが説明した。
「その黒い刃の長さは、一 シュレル(メートル) の半分ほどか。剣として使うには短いな」
王太子の言葉に、将軍が、
「ですが、槍の刀身である 穂(ほ) として使えば、無敵の槍となるでしょう」
王太子は力強く頷いた。
「なるほど。魔功銃や魔砲杖で魔獣を弱らせ、空震刃で止めを刺す戦法を取れば、強大な魔獣でも倒せるかもしれんな」
「しかし、特大魔功蔦は希少なものです」
リカルドは量産できないので、その戦法を定着させるのは難しいと意見を言った。それに将軍が反論する。
「槍として使うなら、普通の魔功蔦で作ったもので十分だ。それなら魔境で大量に手に入れられる」
空震刃を取り付けた槍は、長い柄の部分を真っ黒に染めたことにより『 黒震槍(こくしんそう) 』と呼ばれるようになる。
王太子一行と別れたリカルドは家に戻った。
「リカ、おかえり」
モンタが走り寄り、ぴょんと飛び上がるとリカルドの胸に抱きついた。
「モンタは何をしてたんだ?」
モンタは胸から肩へよじ登る。
「あのね。メルと一緒に、空を飛ぶ練習をしていたんだよ」
リカルドが苦笑する。メルはまだ雛鳥を卒業しておらず、飛べるはずがなかった。
「メルはまだ飛べないだろ」
「だから、練習してたんだ」
リカルドは、メルが羽が生え変わり大人のミミズクにならないと飛べないことを教えた。
「そうなんだ。メルに、謝ってくる」
モンタはリカルドの肩から飛び下りると、メルが居る子供部屋へ行く。
子供部屋では、腹が減ったと賢者ミミズクのメルが騒いでいた。ふわふわした柔らかい毛に包まれた丸い体のメルは、未だに雛のままだ。普通のミミズクなら大人になってもおかしくない時期なのだが、賢獣の一種である賢者ミミズクの成長は遅いようだ。
短い足でヨタヨタと歩く姿は可愛いが、とても飛べそうにない。
パメラとセルジュがメルに餌を与えていた。セルジュは六歳、パメラは四歳。ユニウス村から王都へ来た時に比べると二人とも大きくなっている。
餌はテドン豚の肉片である。小さく切り分けた肉をセルジュが差し出すと、メルは大きな眼をクルクルさせてから、くちばしで 啄(ついば) んだ。
「ギャーオ」(もっと)
メルを飼い始めて初めて知ったが、ミミズクの鳴き声は猫に似ていた。
モンタが肉片を持って、メルに差し出す。モンタなりの謝り方らしい。メルは嬉しそうに首を動かし美味しそうに食べ始める。
お腹が一杯になったメルが、モンタの尻尾を追いかけ始めた。幼いメルはモンタのことを遊び相手だと思っているようだ。モンタは逃げ回りながら声を上げる。
「これはモンタのしっぽ。突ついちゃダメ」
メルが立ち止まり、ピョコッと首を傾げる。
その様子を見て、セルジュとパメラが微笑む。毎日のように繰り返される光景だが、可愛いメルの姿を見ているのは楽しい。
走り回っていたメルが、エネルギーが切れたようにおとなしくなった。モンタの尻尾に包まれるように座り込んで寝息を立て始めている。
フクロウやミミズクは、夜行性だと言われている。他の 猛禽類(もうきんるい) との競合を避けるために身に着けた習性だが、その活動時間は、夕暮れと明け方に集中している。この世界に存在するフクロウやミミズクに似た鳥類も同じであるらしい。
但し、賢者ミミズクは他の猛禽類を脅威だと思っていないので、昼間に活動する。
何故、他の猛禽類を恐れないのか。メルを飼い始めて分かったのだが、賢者ミミズクは魔法を持っていた。それは特別な叫び声で、麻痺の効果がある。
「リカルド兄ちゃん、メルの兄弟たちはどうなったの?」
セルジュの質問に、リカルドが、
「一羽はベルナルドさんが育てている。もう一羽は王太子殿下に贈ったそうだよ」
それを聞いたパメラがメルの兄弟に会いたいと言う。
「王太子殿下が育てている賢者ミミズクはダメだけど、今度ベルナルドさんの所へメルと一緒に行こうか」
「うん、きっとだよ。約束ね」
メルたち三羽の賢者ミミズクは、重要な役割を担うような賢獣へと成長する。しかも、それを知った貴族や商人たちが必死で探し求めるような存在となる。