作品タイトル不明
scene:106 ロマナス王国の国力
驚きからさめたリューベンが、きつい口調で問う。
「嘘じゃないだろうな。本当に消費魔力が六割になる魔光灯を作ったのか。それともいい加減な研究だけで、試作はしていないんじゃないか」
「試作も終わり、性能も確認しています」
リューベンは舌打ちしそうになるのを抑えた。
ナスペッティ財閥の総帥であるパルミロは、新型魔光灯が生み出す利益を考え心が騒いだ。顔に歓喜が浮かび上がりそうになるのをこらえ、試作品を確かめなければ──と考えた。
オリヴォは、こんな小僧が開発に成功するなど信じられなかった。
「し、試作品を見せてくれ」
リカルドがイサルコに視線を送る。試作品はイサルコに預けてあるのだ。
イサルコは収納紫晶を取り出し、その中から新型魔光灯を出す。
パルミロはイサルコが収納紫晶を所有していることに注目した。昨年頃から、販売が始まった魔術道具である。
収納紫晶はすぐに人気商品となった。しかし、この魔術道具は製造量が少なく、多くの人々が予約待ちとなっている。魔術士協会の理事でも手に入れるのは、難しいはずだ。
イサルコがベルナルドの友人らしいという話を、パルミロは思い出した。忌々しいことに、収納紫晶を販売しているのは、 商売敵(ライバル) であるミラン財閥のベルナルドなのだ。
その魔光灯は魔術回路の基盤が剥き出しとなっている試作品らしいもので、実験用の測定器も取り付けられていた。この測定器はエミリア工房にあった魔力量を測定する魔術道具を参考に、リカルドが製作したもの。魔光灯の消費魔力を測定するために取り付けられている。
「これが新型魔光灯の試作品なのかね?」
オリヴォは魔術回路が複雑になっているのに気付いた。
「これは……どういう仕組みなのだ?」
リカルドが説明する前に、イサルコが横槍を入れる。
「その前に、本当に消費魔力が減っているか。確かめましょう」
パルミロが頷き、新型魔光灯のスイッチが入れられた。
本来の魔光灯は太陽光と同じ少し黄色の光なのだが、新型魔光灯が作り出した光球から発せられる光は白かった。その光を見たパルミロが、驚きの声を上げる。
従来の魔光灯が作り出す光球に比べ、確実に明るい。それはパルミロにもひと目で分かった。パルミロは光の強さより色に驚いた。
「白い光だと! ……魔力はどうだ?」
代表理事が新型魔光灯に顔を近付け、魔力測定器を見る。
「ふむ、魔光灯の平均消費魔力は二十二、この新型は十三か。確かに六割になっている」
魔術道具の消費魔力は、電流の単位であるアンペアに似ている。オリヴォも取り付けられている魔力測定器を覗き込んだ。そして、愕然とした表情を浮かべ、
「信じられない。本当に六割になっている」
新型魔光灯が開発されたことに納得した代表理事とパルミロは、大喜びしてリカルドを褒め称えた。
パルミロがリカルドを褒めるたびに、オリヴォは不機嫌になっていく。自分たちが開発できなかったものを、成人もしていないような若造が開発してしまった。きっと、オリヴォたち研究者に対する総帥の評価は下がっただろう。
パルミロは高額の報酬を約束し、リカルドをナスペッティ財閥の研究部門に引き抜こうと交渉した。しかし、リカルドは断る。
「報酬が足りなかったかね?」
リカルドは軽く笑い。
「そうですね。全然足りません」
その言葉を聞いたオリヴォが腹を立てた。総帥は一般研究者の五倍の報酬を約束したのだ。そんな好条件を提示した総帥の申し出を蹴るなど、オリヴォにしてみれば、ナスペッティ財閥に対する侮辱だった。
「貴様、欲深いにも 程(ほど) があるぞ!」
イサルコがオリヴォの怒りを遮る。
「お待ちください。あなた方はリカルドという人物を知らないようですな」
パルミロが鋭い視線をイサルコに向ける。
「どういう意味かね?」
「第二南門近くにある妖樹の飼育場を知っておられますか?」
「確か、アントニオとかいう若者が経営しているものだったはず」
「リカルドの兄です。元々飼育場はリカルドの発案で始めたものなのです」
パルミロは飼育場の存在を知った時、部下に調べさせていた。最初の頃は苦労していたようだが、今は安定した収益を上げていると聞いている。それも相当な利益を上げているらしい。
「ほう、それは知らなかった。一度、見学したいものだな」
リカルドは連絡してくれれば、案内すると答えた。
全員が新型魔光灯の性能を納得したので、成功報酬の話になる。パルミロは大金を約束した。
ナスペッティ財閥の二人が去り、魔術士協会の者だけが残ると、イサルコが深刻な顔をして告げた。
「代表理事、魔術士協会にとって犯罪となる証拠を手に入れました」
ジェズアルドが眉間にシワを寄せる。
「犯罪……どういうことだね?」
「これをご覧ください」
イサルコはリューベンの愛人宅から持ち出した証拠の書類をジェズアルドに見せた。ジェズアルドは書類を見て、怒りが顔に浮かぶ。
「リューベン……これはどういうことだ!」
その書類は、ナスペッティ財閥や他の商会から依頼された研究依頼を魔術士協会が確実に引き受ける代わりに、リューベンへ手数料を渡すこと。そして、研究の成果があった場合、成功報酬の中から一定割合をリューベンに渡すことを約束したものだった。
リューベンは書類を見て顔色を変える。
「ど、どうして、これが……」
狼狽(ろうばい) するリューベンを見て、代表理事はリカルドに部屋を出るように命じた。魔術士協会の 醜聞(しゅうぶん) を広めたくないのだろう。
リカルドは黙って従った。
後日、リューベンが魔術士協会から懲戒解雇されたことが発表される。究錬局の局長にはイサルコが就任すると聞いて、リカルドとタニアが喜ぶことになる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
城で働く貴族や官僚の数は多い。その中で王の側近であるアルフレード男爵を中心とする勢力が、重要なポストを占めていた。例外は近衛軍のサムエレ将軍とゴルドーニ内務大臣、それに宮廷魔術士長ヴィットリオである。
だが、イレブ銀山での戦いが、ボニペルティ侯爵軍と王家派遣軍の勝利に終わったと王都中に知れ渡った頃から、ガイウス王太子の命令によりバイゼル城の勢力図が変化を始める。
手始めに、将軍という階級を、元帥・大将・中将・少将の四つに分け、王太子自身が王領全体の総指揮官である元帥となった。そして、近衛軍と王都守備隊を統合し王都防衛軍として再編。その指揮官に就任したのは、大将となったサムエレである。
ヨグル領の魔境門を守る指揮官は、サムエレ大将が信頼する者を中将として就任させた。
こうして王都の軍事面を掌握した王太子は、次の段階に移る。
王太子は財務府の大臣であるマウロを執務室に呼び出した。
執務室に現れたマウロ財務大臣は、王太子より豪華な服を着たカエルだった。大きな目と大きな口、その口から長い舌が伸びてきそうな面相をしている。
「王太子殿下、何の御用ですか?」
その口調からは、王太子を 敬(うやま) っているような感じがしなかった。財務大臣はアルフレード男爵と一番親密な関係にある、と言われている男なのだ。
「事業の幾つかを中止したことにより、浮いた予算はどれほどになる?」
財務大臣は渋い顔をする。自分達が苦労して編成した予算を、あっさりと覆された件を思い出したからだ。
「一部は、王家派遣軍の費用として使用しましたので、残りは金貨八〇〇〇枚ほどになります」
「そうか……その予算だが、新しい事業に使おうと思う」
「お待ちください。中止された事業は、クレール王国軍の侵攻を食い止める資金を捻出するため、やむを得ず中止したはず。クレール王国軍を撃退したのであれば、中止した事業を再開するべきなのでは」
王太子が不機嫌な顔になる。その顔で睨まれたマウロ財務大臣は、ビクリと身体を震わせた。
「余が、あれらの事業を中止したのは、王家派遣軍の費用を捻出するためだけではない。事業自体が不要だと判断したからだ」
「しかし、中止した事業の中には、チェトル砦の改修やマデラ沼の干拓事業もございます」
チェトル砦は、王都の南西に広がるチェトル湾の入り口を見張り、海賊船が侵入した時には海賊取締り部隊を出撃させるために建設されたものだった。
しかし、海賊取締り部隊が消滅し、チェトル湾の入り口を見張るためだけの部隊が駐留する場所となっている。そんな場所の大掛かりな改修など不要だと王太子は判断した。
そのことを財務大臣に伝える。
「……クッ。でしたら、マデラ沼の干拓事業はどうしてなのです。あの地方は魔獣の出没が少なく、穀倉地とするには最適だと判断された場所です」
「投資した資金を回収するのに、どれほどの時間が掛ると思う?」
財務大臣は苦々しげな表情を顔に浮かべ。
「財務府の試算では、およそ二〇年と……」
「甘いな。あそこが穀倉地となれば、鳥や小動物が集まるだろう。それを狙って魔獣も寄ってくるに違いない。我々は強固な塀や護衛を用意しなければならなくなる。……資金の回収には一〇〇年以上掛かる」
「しかし、年々人口も増えています。食料の増産は必要だと思いますが」
王太子も食料の増産は考えていた。その一つが、魔境のポイント4研究所でモンタが手に入れた木の種である。リカルドから順調に育ち、来年の夏には実が収穫できそうだと聞いている。
「食料の増産は、別な方法を考えている。マデラ沼の案件はもう少し調査してから再開を検討する」
財務大臣は事業の再開を諦めた。
「では、浮いた予算を何に使おうと、お考えですか?」
「交易船の建造を考えておる」
「えっ! 王家が交易を行うのですか?」
「何を驚いている。王家が交易を行ってはならないという法などないはず」
「ですが、交易をしている商人たちは、よく思わないでしょう」
王太子がニヤリと笑う。
「それは他の領地や近隣の国と交易する場合であろう」
財務大臣が驚いた顔をする。
「まさか、南の大陸へ交易船を向かわせるのですか」
「そうだ」
「しかし、我が国の航海術や造船技術は、近隣諸国と比べ優れているとは言えません」
悲しいことに、財務大臣が言ったことは事実だった。ロマナス王国の隣国で、造船技術が優れているのは西のミシュラ大公国である。西にはもう一国、トリドール共和国もあるが、この国は内陸国なので造船技術はロマナス王国より未発達だ。
そして、航海術が優れているのが、東のクレール王国である。
現在、南の大陸と交易しているのは、ミシュラ大公国とクレール王国の二国だけだった。
「航海術に関しては、確かに遅れている。だが、我が国の造船技術は、それほど劣っておるわけではない」
リカルドが魔力炉と船外機を開発したことで、諸外国より一歩先んじたと王太子は考えていた。問題は船外機の大型化が可能かどうかである。
「サラウド大陸へ向かう航路は、どうするのです。ミシュラ大公国やクレール王国が教えてくれるとは思えません」
南の大陸は『サラウド大陸』と呼ばれている。
「分かっておる。我が国は独自に航路を探し出す必要があるだろう。そのために、交易船と同時に探検船も建造する予定だ」
王太子が本気でサラウド大陸と交易しようと考えていると知った財務大臣は、それ以上反対せず執務室を出た。
その翌日、リカルドは王都最大の造船所であるデオダート造船所に呼び出された。この造船所で小型装甲高速船に改造した船を、元の小型動力船に戻す作業を行っている。
この造船所は全長三〇メートル、排水量が二〇〇トンまでの船を三隻同時に建造可能な規模があるらしい。ミシュラ大公国の造船所が、排水量五〇〇トンの船を建造可能なことを考えると、造船能力は劣っている。
リカルドは造船所の会議室で顔見知りの人物に相対した。
「モラッティ団長」
「やあ、イレブ銀山では活躍だったと聞いたよ」
モラッティは、最後に会った時より日焼けしているようだ。
「とんでもない。ちょっとだけ手伝っただけです。それより、王太子殿下が呼び出した理由を知っておられますか?」
「いや、私にも分からんのだ」
リカルドたちが待っていると、サムエレ将軍と一緒に王太子が地味な馬車で到着するのが、会議室の窓から見えた。お忍びで城を抜け出したようだ。
リカルドは王太子とサムエレ将軍に挨拶し、用件を尋ねた。
王太子は交易船と探検船を建造しようと思っていることを説明した。
「もしかして、その船用の船外機を……」
「そうなのだ。船外機を大型化することは可能か?」
リカルドは船外機の構造を思い出し、大型化が可能か検討する。単純に大型化することは可能だった。だが、大型化することで重くなる船外機を船尾に取り付けるのは、バランスや耐久性を考えると構造上の欠点となる可能性がある。
「そのまま大型化するのは、構造上難しいと思われます。少し考えさせてください」
「いいだろう。だが、あまり時間はない。一ヶ月で結論を出してくれ」
リカルドは作りたいと思う船があった。船外機付きの船を考え付く前に、作ろうかと思った船である。
「承知しました」
一ヶ月という期限はきつい条件だが、リカルドには自信があった。