作品タイトル不明
scene:108 サラウド大陸への航路
リカルドは探検船の建造と同時に、新たに購入した土地の整備を始めていた。まずは購入した土地を囲む防護壁の建設。その作業のために、スラム街の住民を含めた多くの王都住民を集めた。
その資金として、ボニペルティ侯爵や王太子から報酬として手に入れた金貨を使う。
防護壁の寸法は厚さ五〇センチ、高さ三メートルである。王都の街壁と比べると頼りない。だが、元々魔獣の少ない土地なので、十分だろうとリカルドは思っている。
王都の第二南門近くを起点として、海岸方向と海岸と平行に伸びるように防護壁が建設され始めた。その内部には四ヘクタールごとに区切られた区画。そこにトウモロコシ樹を植えようと計画している。
この土地を農地に変えるには、相当な労力が必要となる。リカルドは二年で実現するつもりでおり、王太子に頼んで王領中の町や村から余剰労働力を集めてもらう予定でいる。
王都周辺の村落には、余剰労働力となっている人材が豊富に存在するからだ。
防護壁の工事が始まって、一ヶ月後。ベルナルドが見学に来た。
「かなり進んだようですね」
案内役のアントニオが頷く。
「工事が終わった後も、建設に参加した者を雇うと言ってあるので、全員が張り切っているようです」
「なるほど。ですが、これだけの人数を雇えるのですか?」
ベルナルドが心配するのも無理はなく、建設に従事している者は二〇〇人以上も居た。
「リカルドは、足りないくらいだと言っていました」
ベルナルドは広大な土地を見渡した。この土地が農地に生まれ変わった時を想像する。
「ふむ。この土地の半分でも農地に変われば……なるほど、この人数でも足りないか」
二人は工事現場を見学した後、ユニウス飼育場へ向かう。飼育場近くの土地でも建設工事が行われていた。
「あの工事は?」
ベルナルドが大掛かりな基礎工事をしている場所を指差した。
「新しいタオル生地工房と宿舎です」
「この前、新しく建設したばかりなのに、また新しいものを?」
「タオル生地を、王都の特産物にしたいそうなんです。ですから、機織り娘を一〇〇人ほどに増やします」
「凄いですな」
「リカルドによれば、これは始まりなのだそうです。特産物にするには、最低五〇〇人は必要だと言っていました」
ベルナルドは目を細めて考え始める。
「そうなると……ここはもう一つの街ですね」
「ええ、商店街も必要になると思うのです。そこで、ベルナルドさんにも協力をお願いしたい」
それを聞いたベルナルドが、ニコリと笑う。
「面白い。協力しましょう」
「ありがとうございます。本当なら、リカルドが頼むべきなんでしょうが、交易船の件で忙しいようなんです」
「交易船の件は、聞いています。王太子殿下からの依頼となれば、仕方ありませんよ」
ベルナルドも王太子が計画している大陸間交易には興味を持っていた。リカルドから話を聞いた時、すぐにミラン財閥の総帥イゴールに大陸間交易への参加を王太子に申し出るべきだと進言したほどである。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、リカルドはデオダート造船所に泊まり込んで仕事をしていた。
造船所にある三つの乾ドックでは、小型探索船一隻と交易船二隻が同時に建造されていた。その中で一番建造が進んでいるのが小型探索船である。
リカルドは船舶用動力炉を、ガロファロ工房で製作してもらった。前回製作した動力炉より大型で出力も大きなものである。
エンジンである魔術駆動フライホイールも大型化した。しかも八個の大型フライホイールを連動させた八連魔術駆動フライホイールである。
小型探検船に動力炉と煙突、八連魔術駆動フライホイールを組み込む。八連魔術駆動フライホイールと外輪との連結には工夫が必要だったが、何とか成功した。
動力炉の燃料として使われるのは石炭である。そのために探検船には石炭庫が設けられた。甲板に板が張られマストが立てられる。
ここまで建造が進むとリカルドの出番はほとんどなくなった。久しぶりに家に帰り、魔術士協会へ通う日々に戻った。
魔術士協会では、空震刃を使った槍の研究を始める。これも王太子に頼まれたもので、王太子の部下に装備させるつもりのようだ。
槍の研究を十数日続けた頃、リカルドは小型探検船の試運転が可能になったという知らせを魔術士協会で受けた。急いで造船所へ行くと、造船所の中に小型探検船の姿がなくなっていた。
「おう、来たな」
デオダート造船所の所長ヴァスコが、リカルドの姿を見て声を上げた。このヴァスコはガラの悪いオヤジだが、造船技術者としては素晴らしい技術の持ち主である。
「完成したと聞いたんですが?」
「まだ完成じゃねえよ。試運転を行い問題点を洗い出さなきゃならねえ」
こんな所長でも、王族や貴族の前では丁寧な受け答えをする。だが、それがストレスになるのか、偉い人の前に出るのを嫌っていた。
ドックから引き出された小型探検船は、造船所の前に広がる海の上に浮かんでいた。船上では職人たちが忙しそうに作業をしている。
「どうだ。設計通りに仕上がっているだろ」
「ええ、素晴らしいです」
リカルドは出来上がった船を見て、胸を高鳴らせた。この船は変化を始めた母国が、一歩前に進むために必要な船なのだ。
王太子やサムエレ将軍、ベルナルドなど大勢が期待している。リカルドは誇らしいと思うと同時に、期待を裏切れないというプレッシャーも感じていた。それは所長であるヴァスコも同じはずである。
「おい、顔が強張っているぞ。不具合があったら直せばいいんだから」
ヴァスコは何度も同じような経験をしているのだろう。リカルドの顔を見て声を掛けた。リカルドは深呼吸して肩の力を抜いた。
「そうですね。試運転は?」
「まだだ。おめえを待っていたんだ」
動力炉と魔術駆動フライホイールを組み合わせた場合の試験は無事に終わっているので、外輪と連結した場合に不具合が出ないことを確認する必要がある。
リカルドとヴァスコが乗り込むと、動力炉に火が入れられた。職人の一人が汗をかきながら、シャベルで石炭をすくい上げ、動力炉の燃焼室に放り込んでいる。
動力炉内の温度が上がると、熱エネルギーが魔力に変換され魔術駆動フライホイールへと流れ込み、フライホイールを回転させる。
「よし、外輪と連結させろ!」
ヴァスコの野太い声が命令を伝えた。
ガチャッという金属音が響き、フライホイールの回転エネルギーを外輪へと伝え始める。外輪がゆっくりと回転を始め、海水を背後に押し出し船が進みだした。
「おおっ、動きやがった」
造船所の職人たちは、船外機を知っている。なので、それほど驚きはしないが、外輪船の仕組みが正しく作動したのを確認し喜んだ。
リカルドたちはチェトル湾を一周して戻ってきた。その最高速度は、小型動力船と同じ時速四〇キロほど。魔術駆動フライホイールの馬力は上がったが、船体が大きく重くなった分で相殺されたようだ。
ヴァスコは舵を取っていた技師に近付き、舵の利き具合について確認した。
「速度が上がるとかなり重くなります。それに利きが悪いようです」
「ふむ。舵にもひと工夫必要かもしれんな」
小型探検船は、滑車を利用し小さな力で舵を操作可能なように工夫されている。だが、帆船と比べ速度が速くなった分、舵を大きくし滑車を増やす必要があるようだ。
試運転を何度も繰り返しながら、問題点を洗い出し不具合を直した。完成した小型探検船は、王家専用の係留桟橋に移動させた。
この小型探検船は、新しく創設される沿岸警備隊が運用することになる。沿岸警備隊のトップは、憂国自衛団のモラッティが務めるようだ。階級は少将である。
海軍ではなく沿岸警備隊となったのは、当分の間、小型装甲高速船くらいしか用意できそうになかったからだ。
モラッティは、小型探検船を受け取ると喜んだ。
「でも、この船は戦闘艦じゃありませんよ」
喜んでいるモラッティに、リカルドが声を掛けた。
「分かっている。だが、沿岸警備隊に配備される初めての船だ」
憂国自衛団が使っていた小型装甲高速船は、装甲を取り外しリカルドに戻したので、沿岸警備隊の所有する船はなかった。モラッティは部下たちの訓練をどうするかと悩んでいたらしい。
「喜んでもらえれば、作った我々としても嬉しいです」
「王太子殿下が、交易で儲かったら戦闘艦を建造すると約束してくださったので、それまで探検船を使って腕を磨くよ」
モラッティは王都の南にある港町ジブカを基地にして、ベルセブ諸島を越えた南方海域の調査に乗り出した。
その調査中に、冬が終わり新年が始まる。この国では春が始まると言われる月から新年になるのだ。リカルドは新年早々の生まれなので、十三歳になった。
セラート予言まで二年。準備する時間が刻々と短くなっている。
航路の開拓には長い時間が掛かると、王太子は覚悟していたようだ。だが、モラッティたちは短期間に南方海域で複数の島を発見。その島々に補給地を確保することで、サラウド大陸への航路がもう一歩で拓けるという段階にまできた。
沿岸警備隊が補給地として候補に挙げたのは三島。ザムドウラ大陸に一番近いグレイ島、中間地点にあるキュレス島、そして、サラウド大陸に近いメルケル島である。
グレイ島とキュレス島は無人島だったので、問題なくロマナス王国の領土として編入された。残る一つであるメルケル島には住民が存在した。イサク族と呼ばれている民族で、サラウド大陸で戦いに敗れた国の人々がメルケル島まで逃れてきて住み着いたようだ。
メルケル島は山と森、湖まである大きな島である。イサク族は島の西側、砂浜が広がる海岸付近に住んでいた。
モラッティたちがメルケル島に上陸した時、すぐにイサク族と遭遇し交渉が始まった。モラッティは戦いになるのではないかと心配したが、それは杞憂だった。イサク族は誇り高い民族だったが、好戦的ではなかったからだ。
ロマナス王国が補給地を欲しがっていることを伝え、対価を支払うと約束する。だが、イサク族は承知しなかった。島をほとんど出ずに生活しているイサク族にとって、金貨などの貨幣は魅力がなかったからだ。
イサク族は一つの条件を出した。それを果たせば、補給地を提供すると言う。
その条件を聞いたモラッティは、一度王都へ戻ることにした。
王都では、王太子がモラッティを待っていた。バイゼル城へ登城したモラッティは、三階にある会議室へ向かう。そこで王太子が待っていると聞いていた。
その会議室のドアを開けると、予想以上の人が待っていた。モラッティは王太子と数人の護衛兵だけだろうと思っていたのだが、王太子以外に内務大臣や財務大臣、それに数人の官僚の姿がある。
「ご苦労、よくやった」
王太子のねぎらいの言葉に、モラッティが頭を下げて応える。
マウロ財務大臣が早く報告するようにと促した。
最初は大陸間交易に否定的だったはずの財務大臣が、目をギラギラさせてモラッティを見ている。膨大な利益が生まれる大陸間交易が実現しそうだと知り、交易が始まるのを待ち望むようになったのだ。
「探検船の速度で、サラウド大陸から三日の距離にあるメルケル島を発見。その島の住民と交渉して参りました」
王太子がモラッティに鋭い視線を向ける。
「それで交渉の結果は?」
「島民のイサク族から条件を出されました」
財務大臣が不快感を顔に表し口を開いた。
「蛮族が、我が国に条件を出すなど……ありえん。制圧してしまえば、良いではないか」
王太子が周りを見回すと、列席している官僚たちも同意するような態度だ。王太子の顔が不機嫌なものに変わる。
「島民を制圧だと……それがサラウド大陸の国々に知られた場合を考えたのか?」
当然、島民を制圧したロマナス王国を、サラウド大陸の国々が信用するはずがない。そうなると交易にも支障をきたすだろう。
財務大臣や官僚たちも馬鹿ではないので、ロマナス王国がメルケル島を占拠した場合、サラウド大陸の国々が警戒することは理解できた。だが、島の住民など小さな存在だという考えを捨てることはなかった。
官僚の一人が王太子の言葉に反論する。
「しかし、ロマナス王国の国威を示すべきではないのですか」
「国威だと……そんなものが、どこにある。まずは、交易を成功させることを優先しろ」
王太子の言葉に、官僚たちが身を縮める。官僚たちは国内の貴族もまとめられない現状を分かりすぎるほど分かっていた。
「それで、条件とは何なのだ?」
王太子がモラッティに条件とは何かを確認した。
「水です。島民は水の確保に苦労しているようなのです」
イサク族は海岸付近に住んでいる。井戸を掘っても塩を含んだ水しか手に入れられないらしい。
「今はどうやって水を手に入れておるのだ?」
「歩いて二時間ほど掛かる湖から汲んでくるようです」
「ふむ、それは大変だな。湖から水路は掘れんのか?」
「途中に小さな岩山があるので、困難なようです」
その岩山を避けて水路を作るのも地形の関係で難しいと言う。
モラッティはメルケル島の簡単な地図を持参していた。その地図をテーブルの上に広げる。そこにはイサク族の村落と岩山、湖などの位置が書き込まれていた。
王太子が岩山と湖の間を指差し、どんな地形かと尋ねる。
「魔獣も生息している森です」
「どんな魔獣が?」
「イサク族の話では、妖樹と狼系の魔獣、それに『 主(ヌシ) 』と呼ばれ恐れられている魔獣が居るようです」
「水路を掘るにも危険が伴うということか」
モラッティの話によると、イサク族も簡単に水を得られるようになるとは思っていないようだ。ロマナス王国が水路や他の方法で一年以内に水を確保できるようにすると約束すれば、村の港を使用しても構わないと言っているらしい。
「一年以内か……いいだろう。補給地を確保して交易を始めるぞ」
王太子の宣言により、土木関係に詳しい技師がメルケル島に派遣された。