作品タイトル不明
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オッタヴィアーノ氏の部屋は実験室のようだった。ベッドはひとつしかなく、大きな作業台が鎮座しさまざまな実験道具がならび、壁際には書架が設えてあり本が収められている。
ぱっと見数十冊の本があり、その全てにしっかりした革の装丁が施されている。この本のコレクションだけでひと財産になる。流石は王都の王族だ。
十五位王子は手ずから丸椅子に積んであった本を片付けて俺が座れるようにしてくれた。
「お付きの方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、今年ようやく帰すことができた。これでやっと部屋が広々使える」
そう言いながら水を入れたビーカーを作業台に乗せられた煉瓦のうえに置くと詠唱をして小さなフレームピラーを立てて湯を沸かし、茶葉をふた匙放り込んだ。そしてお茶を抽出していくのを待ちながら、紙に包んであった琥珀色のガラスの薄い破片のようなものを乳鉢に移した。
そして大きな一片を摘んで口に放り込む。
「食べてみろ。美味いぞ」
「いただきます。これは一体?」
「当ててみろ」
小さめな一片を選んで口に入れてみる。甘い。少し香ばしい苦味があって甘い。これはカラメルか?
「砂糖を焦げるまで溶かして冷ましたものですかね? 美味いです」
「おお、よく分かったな! どこかで試したことがあるのか?」
あ、やばい。砂糖は貴重なのだ。適当な嘘で誤魔化さないと。
「ええと、ドワーフが砂糖酒を蒸留しようとして失敗して焦げたのをもったいないからってもらったのと似た感じがしたような、、、」
「おお、、、彼らは酒が好きだし火も日常的に使っているだろうからな」
「ええ、まあ、、、」
「ドワーフについて聞かせてくれ。彼らは今でも新しい素材を開発しようと日々研究などしているのだろうか。錬金術についてどれくらい知っているのだろうか」
部屋に入ってすぐに分かったけどオッタヴィアーノ王子は錬金術に傾倒しているのだな。
「どうなのでしょう。僕が懇意にしてるのはガラス工房の方々と時計職人の方々なのですが、彼らに関してはあれこれ実験してるイメージはないですね」
「ガラス職人に時計職人か、、、」
「新素材としての鉄を求める大半のドワーフはポリオリを捨てて出て行ってしまいましたし。そういうドワーフの方が探究心は強いかも知れませんね」
「ふむ、理屈で言えばそうなのかもわからんが、王都で工房を営んでいるドワーフは武具と酒ばかりだな。鉄の質だの焼き入れと焼き戻しの回数だのには興味があるようだが」
「なるほど。確かにドワーフの気質としては何か新しい素材を作り出すより、掘って見つけ出す方が得意かも知れませんね」
そっか、ポリオリについて聞きたいってのはドワーフについて聞きたいってことだったんだな。
「お主は何故、ガラスや時計の職人と懇意にしているのだ?」
「低俗でお恥ずかしいのですが、ワインをプレゼントする代わりにユオマを飲ませてもらったりとか、まあそんな感じです」
ドワーフに依頼している発明品については言えるはずもない。
オッタヴィアーノ氏は熱いお茶の入ったビーカーを大ぶりなヤットコで摘むと慎重にマグに注いでくれた。まるで製鉄か科学実験だ。
「そのユオマというのは?」
「ドワーフの暮らす炭坑内で育つ白いキノコを原料に作る酒です。優しい味わいで酸味があって、不思議な酒ですね」
「ふむ」
オッタヴィアーノ氏は酒には興味がないようだ。お茶をいただく。美味い。野営用の糧食セットに入っているお茶とはわけが違う。香りが高く旨味が強い。でもお茶を褒めてもあんまり喜ばないだろう事が想像できたので氏について訊いてみる。
「オッタヴィアーノ様は錬金術でどのような事を研究なさっているのですか?」
「何でもだな。先人の書き残した研究をなぞってその通りになるのかどうか、といった地味な実験ばかりだよ。その砂糖もそうだ。熱をかけると水を入れなくとも溶けると書いてあってな」
そういや確かに不思議だよな。カラメル。
「お偉い方に期待されてるのは火薬の生産や改良だが、そうそう良い案が出るわけもなくてな」
火薬か。そういやセイレーン号に大砲があったのにあまり不思議に思わなかったな。火薬って何?
「あの、火薬というのはどのようにして作られる物なのですか?」
「必要なのは硫黄、木炭、硝石なのだが、どれも希少でそうそう実験ができぬ。この部屋で爆発させる訳にもいかぬしな」
そりゃそうだ。
「不勉強でお恥ずかしいのですが硝石とは一体何なのですか?」
オッタヴィアーノ氏は不味そうにお茶を飲んだ。
「塩硝とも呼ばれる塩に似た結晶だ。水に触れると冷気を放つのでそれと分かる」
「ほうほう」
「これが馬鹿みたいな高額で取引されておってな。というのも製造にもの凄い手間が掛かるのだ」
「ほう。と言いますと、その辺を掘って出てくる物ではないのですね?」
「そうだ。稀に出土することもあるようだがな。しかしこれは特定の土から錬金術により取り出す事ができるのだ」
「へー! 凄いですね錬金術!」
素晴らしいな。科学というものが生まれ始めているのだな。凄いぞ錬金術、頑張れ錬金術!
「して、それはどのように、、、あっ秘密ですよね?」
「いやいや、知られたとて簡単には作れぬ。素材が手に入らないのだ」
「入手が困難なのですか?」
「そうではない。既に取り尽くされているのだ」
「と言いますと?」
「古い農家の家の下の土が原料なのだ。それを掘って集めてな。樽に詰めて水をかけて底に溜まった泥水を丁寧に丁寧に濾して、それを鍋に移して火に掛けて水を蒸発させると結晶が生まれる。それが硝石だ」
俺の頭の中で爆発が起きた。
知ってる! なんだっけ? 何処かで同じ説明を受けたことがあるぞ! あれは前世の修学旅行だったか? しかしあの時受けた説明だと囲炉裏の底の土という話だったような、、、
思い出せ、俺!
「どうしたのだ?!」
言われて気付いたが俺は目を閉じて顔を顰め、拳で額を激しく叩いていた。
いかん、偉い人の前で奇行に走ってしまった。
「いえ、、、あの、あまりに意外な物が原料だったので、、、ポリオリにもそうした家がないか思い出そうとしていたのです」
「どうだ、ありそうか?」
「城外の事をあまり知らないのですが、そもそも我がポリオリは農業に適した土地が乏しいもので、、、」
「ないか」
「ええ」
オッタヴィアーノ氏はガックリと肩を落とした。
彼はポリオリがもしくはドワーフが大量の硝石を持っていることを期待していたのかもな。
俺はといえば脇汗がヤバい。何か重要な記憶な感じがする。あれやこれやが繋がる気配がビンビンだ。
繋がれ! 俺のシナプス!