作品タイトル不明
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私も、ここに元々住んでいた人たちの血を引いている。その血は曽祖父までで途切れてしまったが。
曽祖父は、一年の天気を読むことのできる魔法を使うことができた。我が家はそれで爵位をもらい、穀倉地帯を治めていた。しかし、祖父はその魔法を使えなかった。そして父も私も。
まだ私が幼い頃、曽祖父は生きていた。大きな屋敷も庭も覚えている。祖父母も両親も曽祖父の死後に備えていた。だから、祖父も父も文官だったのだ。
曽祖父の死と同時に、祖父は侯爵位を返上し、宮廷文官の子爵となった。
私のそれまでの暮らしは終わってしまったのだ。
大きな噴水のある庭に、城のような屋敷。
大好きだった曽祖父が亡くなって、驚いている内に城下町の屋敷に移り住むことになった私は、何も知らされていなかった。まだ六歳だから、何も分からないだろうと周囲が黙っていたのだ。
私は当時、我儘なお嬢様だった。……だから、家出をした。引っ越してきたばかりの城下町で迷子になるのは、あっという間だった。
日が暮れていくのに、元の屋敷どころか新しい屋敷にも戻れない。
「ふんすいだ……」
城下町の噴水を見つけ、縁に座り込むともう動けなかった。周囲には、母親と手を繫いで歩いている親子もいる。眺めている内に泣きたくなっていた。
「どうしたの?」
唐突に声をかけられて横を向くと、男の子が立っていた。ズボンを履いていなかったら、とても可愛い女の子だと思っただろう。
「おうち、わかんない」
「名前は?」
「シャミー……。シャミー・ディクス」
「僕のおうちにおいでよ。探してあげる」
「しらないひとに、ついていったらだめなの」
その子は驚いた顔をしてから、笑顔になって言った。
「僕はロンディス・フォルカード。よろしくね」
笑顔に見惚れて思わず握手をすると、ロンディスは凄く嬉しそうだった。
そして、大きな屋敷に馬車で連れて行かれ、おいしいお菓子をもらい、お風呂に可愛いドレスまでもらった。ロンディスと絵本を読んでいると、真っ青になった両親と祖父が来たのだ。
そして……ロンディスが、大貴族フォルカード公爵家の次男だと知ることになった。
これがロンディスと私の初めての出会いだ。
あれから十五年が経ち、ロンディスと夫婦になったのは半年前のことだ。
今日の話もロンディスと共有する。
「ミィナ嬢の弟は、不義の子だと思われていたみたい」
「君の家と同じで、契約枯れだろうね。それをあの一族は知らないのだろう」
「忙しいものね。他の貴族との交流もあまりないみたい」
我が家のように、世代を重ねた末に古代魔法が失われる家は増える一方だ。契約枯れと呼ばれている。
「ミィナ嬢が、これからどうなるのか考えると落ち着かないわ」
「噴水の縁に座っていた天使がいうと説得力があるね」
「私を天使だのお姫様だの言うのは、あなただけよ」
「本当のことだ。あの日は、ずっとそわそわしていたんだ。……午後になったら我慢できなくなって、母上を説得して馬車で出かけたんだ。それが、お茶の時間の後くらい」
初めて聞いた話に、私は驚いてしまった。
「馬車で街を走っているのも、もどかしくなって……停めた馬車から噴水広場に走ったんだ」
「だから、護衛がいなかったの?」
「うん。御者も侍女も慌てていたけれど、細い脇道に入ってしまったからね」
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
「さっき魂の片割れの魔法のことも言っていたけれど……」
ロンディスが妖しい笑みを浮かべて言う。
「あると思うよ」
それ以上を言わないまま、ロンディスはカップに口を付けた。
自分とは関係ないと思っていたのに、ロンディスはまるでこの魔法で出会ったように言う。しかし私は、ロンディスの居場所を感じたことなんて一度もないのだ。
「契約枯れは、どうして起こるか知っているかい?」
「古い血が薄くなっていくから……かな」
「違うんだ」
ロンディスは私を見て言う。
「契約なのだから、古い時代に誰かと契約したはずなんだ」
「神様、とか?」
「悪魔かも知れないね」
「え!」
「それすらも忘れてしまったのに、契約が成り立つと思うかい?」
いきなり『あなたと契約しています』なんて言われても、確かに信じられないだろう。
「城の古代魔法が老朽化して使えなくなったのも、同じ理由だと陛下も考えている」
「それって……契約が忘れられたから、城の設備が老朽化したということ?」
「そうだ。エーダの一族は、契約相手を忘れてしまったんだ」
ロンディスは苦笑する。
「だから、これはどうしようもないことなんだよ。何がきっかけで契約を忘れていったのかすら、わからないのだからね」
ふと思う。
遠い昔、ロンディスと私は契約をした。しかし私はその契約を忘れてしまった。しかし、ロンディスは覚えていた。だから出会えた。今も一緒にいる。けれど、来世ではどうなってしまうのだろう。
ロンディスが覚えていたら、今回のように出会えるのだろうか。
そう思ったら、悲しくなってしまった。
「ロンディスは、契約した相手を覚えているの?」
「もちろん」
ロンディスは立ち上がると私の横に座り、腰を抱いた。
「結婚という契約をしたのは君だけ。今までも、これからも」
ロンディスの目は真剣だった。だから、それ以上の追及はできなかった。
翌日、ミィナに再び会いに行った。
彼女は以前と同じく、青ざめた顔でありながら、瞳にだけ強い意志を宿して魔道ランプを見て回っていた。
「また、来たのですか?私は忙しいのです」
「なぜ、そこまで頑張るのですか?」
ミィナは魔道ランプしか見ていなかったのに、驚いてこちらを見た。
「契約した相手を、探しているのです」
今度はこちらが驚く番だった。
「探すと言うのは、仕事で……ですか?」
「そうです。契約した相手は、仕事を通してでしか探せません。私もお相手のことを思い出せませんが、魔法が使えます。だから私が思い出せば、弟もきっと……」
不義の子だと言われている弟のためにも、彼女は契約を取り戻そうとしているのだ。
「私は本気です。だから邪魔しないで下さい」
彼女は、魂の片割れこそが契約した相手だと思っている。それに縋っているのだ。
彼女からその希望を取り上げるなんて、出来なかった。
ここまで言われてしまったのだ。私は局長にミィナの仕事をそのままにしておくことを提案した。
「エルド殿の見立てで三年以内というなら、議会に報告して待ってもらおう」
契約枯れに抗うミィナの話は、契約枯れに直面した貴族たちの共感を得てそのままにされることになった。
だから私は、彼女の元を訪れることはなくなった。エルドが手放した上下水道の魔道設備に関わることになり、忙しくなったからだ。
そんな折に、マリアナが私を訪ねて来た。仕事中だったが、局長の許可も出たので外に出た。
「お嬢様の気持ちを汲んでくださって感謝します」
私を睨んでいた以前と違い、彼女は真摯にそう告げてきた。
「いえ、私はただ報告しただけですから」
マリアナは首を横に振る。
「最初に来た役人は、お嬢様の仕事を馬鹿にしていました。それはエーダ家全てに対する侮辱だとお嬢様は判断しました。……あなたも同じだと思い、酷いことを言って申し訳ありませんでした。ミィナ様からもお手紙を預かってきております」
その場で読むように言われたので読めば、以前の非礼を詫びる言葉と、魔道ランプの管理者を辞めて実家であるエーダ家に戻ることが書かれていた。
「これは、どういう……」
「ミィナ様は、契約についてお知りになり、考えを改められたのです」
「契約した相手が分かったのですね!」
私が笑顔でマリアナを見ると、気まずそうに視線を落とした。
「分かっても、それだけだったのです。私から言えるのはそれだけです。詳しい話はご勘弁下さい」
とても気になったが、マリアナはそれだけ言うと逃げるように去って行った。
戻って局長に話をすると、既に申請は終わっていて移行手続きの最中になっていた。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「早起きさせたり、同僚の尻ぬぐいをさせたり……大変だったから、夫君から関わらせないようにと言われてしまってね」
公爵家からの圧力がかかっていたようだ。
「分かりました」
そう言うしかなかった。