作品タイトル不明
9話「お兄ちゃん、びっくりしたよ」
九話「お兄ちゃん、びっくりしたよ」
拝復 リシアン
リシアン、元気にしているかい?少しでもおかしなところがあったらすぐにお兄ちゃんに言うんだよ。
もうじき、リシアンがよく言っている熊の狩りが始まるのかな?ただの熊なら大丈夫だと思うけれど、辺境大森林には 大牙熊(グラズバルト) という危険な熊型魔獣も出ると聞きました。危ないと思ったらすぐにゴルディくんと逃げるんだよ。辺境の
*──*──*──*──*
ここまで書いたところで、ドアをノックする音がして手を止める。返事をしたら、よく顔を合わせる運輸部の事務官だった。
「運輸部です。お手紙を届けに参りました。お受取りのサインをお願いします」
「いつもありがとうございます、お疲れ様です」
事務官から受け取った手紙はリシアンからだった。ちょうど今、君への返事を書いていたところなんだよ。返事が遅れてしまっているのに、こうして近況を知らせてくれてうれしい。
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拝啓 兄上
リシアンです。前に兄上が「いつか精霊と話せるようになったらいいね。そうしたらもっと皆の役に立つと思うんだ。僕の夢だよ」と俺に話してくれたことがありましたね。
兄上。俺は今日、精霊言語を一つ覚えましたよ!
*──*──*──*──*
「ちょっと、リシアン!!」
開幕からの爆弾発言で……お兄ちゃん、びっくりしたよ。急いで続きを読むと「精霊の声が聞こえるようになったこと」「精霊言語の発音が難しいこと」「ィ゙ビルァがおはようを意味する単語で、ィ゙の発音のコツは気合い」などと……もう頭を抱えることしか出来ない。ィ゙の発音のコツはどうでもいいんだけれど、精霊言語が聞こえるだって?
何よりも、まだ一つの単語とはいえその意味を分かっていることが問題だ。
この事があの人に知られたら……。封筒に押されている封蝋をじっくりと観察する。ゆっくり指先に封蝋を押し当ててから、その香りを確認する。
ほのかに甘く、最後はすっきりとした薬草の香り……リシアンがいつも使う封蝋で間違いはなさそうだ。
先程の運輸部の事務官はいつもの子だから、よく確認もせずにサインをしてしまった。この手紙が他の者に絶対読まれてはいないとは……今は言い切れる状況ではないんだ。
取り急ぎ、リシアンに向けて新たな手紙を書く。
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拝復 リシアン
ちょっとした事情で僕も辺境に行くことになりました。詳しくは着いてから説明するよ。
リシアン、君が今日も元気に過ごしていることを願っているよ。
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これではまるで、手紙というよりただのメモのようだな。苦笑しつつ封筒と封蝋を取り出したところで、またドアがノックされて振り返る。「どうぞ」と声を掛けると
「失礼致します。第一王子殿下からの伝令です。ヴァルディリア様、第一王子殿下がお呼びです」
訪ねてきたのは第一王子殿下の侍従の一人。
「私も殿下に御用があります。手紙を運輸部に預け次第、すぐに参りますとお伝え下さい」
慌てて手紙を折り畳み封をして、運輸部に「至急で届けてほしい」と頼む。気持ち早足で第一王子セイラン殿下の元へと向かう。精霊言語の件についてをこの方にお伝えしないといけない。
◇──◇──◇──◇──◇
僕が初めてセイラン殿下にお会いしたのは、見習いを経て正式に王城医官としてに登用された二十歳の頃。
王城医官部はいくつかの班に分かれており、副医官総長のザファルド殿のもとに僕は編成された。
ただ、医官総長でもある王弟殿下も僕を自分のもとにつけたかったらしい。なぜそれが分かったのかというと、王弟殿下が直々に「一週間に一度!いや、せめて月二回でもいいからレオナリスくんをこっちにも貸してよー」と隙あらば激しくアピールしてきたせいである。
そのせいで当時の僕は、同期とはかなり気まずかったけどそれはまた別の話。
ザファルド殿が折れるまで、王弟殿下のアピールは続いた。
そしてそんな王弟殿下に連れられて、セイラン殿下に会うことになったんだ。
その時のセイラン殿下は八歳。数ヶ月遅れで生まれた第二王子殿下よりも、初めて会ったときのリシアンよりも小さかった。
早産で生まれたというセイラン殿下は病がちでもあるとの噂だった。しかし、類稀な頭脳をお持ちだとすでに評判でもあった。セイラン殿下は王族特有の輝くような銀髪に澄んだ青い瞳は冷たく、すでに王族としての風格があった。
「セイたーん、セイたんが会ってみたいって言ってた見習いを一年早く終わらせちゃった超優秀なレオナリス・ヴァルディリアくん!叔父たん、頑張って連れてきたよー!」
「セイたんと呼ぶのはもうやめてくださいと言いましたよね、叔父上。レオナリス、よく来てくれた」
……王弟殿下の勢いが色々すごくて僕は一瞬、固まってしまった。二人の王子殿下をかわいがっているとは聞いていたが、こんな感じだとは思っていなかった。
「お目にかかれて光栄です、第一王子殿下。ヴァルディリア子爵家の嫡男、レオナリスと申します」
しっかりと臣下の礼をとる。
「顔を上げて楽にしてくれ。レオナリスは他の者とは違う……優れた治癒魔法を使うと聞いた。わたしのことも、診てもらえないだろうか?」
年相応の少し不安に揺れた瞳。僕で力になれるなら、この子を診たい。そう思うけれど
「殿下にそう言っていただけるのはありがたいのですが、私では恐れ多く」
「気にせず診ちゃって、レオナリスくん。医官総長で王弟な俺が許す!」
人が喋っているのに割り込んで、ウィンクを決めてくる王弟殿下。……しかし、医官総長でもあり上司という事実。
「若輩の身ではありますが……」
前置きをして、セイラン殿下の問診から始める。予定よりどれくらい早く生まれたのか、そのときの体重はどれくらいだったのかなどを詳しく聞いていく。
お身体が小さいのは早産のせいだけではなさそうだ。予定より二か月早くお生まれになっているが、セイラン殿下はもう八歳。個人差があるにしても、知能と身体の発達がちぐはぐだ。
前世の知識を思い出してみても、何かがおかしい。ただ、なぜおかしいのかが分からない。
前世の知識だなんて言えないけれど、早産だけが原因ではなさそうに思えると御二人にお伝えする。ただ、現状ではそれがなぜかは分からない事も。
「そうか、分からないかー。でも分からないけど何かありそうなんだよな!だったら、分かるまでレオナリスくんもたまにセイたんのことを診に来てよ!」
「他の医官は皆、早産ゆえにとしか言わないんだ。わたしもできることは協力する。だからまたレオナリスに診てほしい」
ここからセイラン殿下との交流が始まった。王族の特有魔法について、秘匿されている詳細までをも王弟殿下が教えてくれたりと多方面で協力してくれた。
それでも度々寝込むセイラン殿下に、対症療法しか出来ずもどかしかった。
事態が変わったのは、昨年。ザファルド殿から資料の整理を頼まれた時だ。彼の研究資料の間から出て来たメモの一部。
「テイム魔獣の簒奪」
……王族は、特有魔法を駆使するために生まれつき二体の精霊様がその御身を守っているという。
一部の貴族が結んでいる契約精霊とは違う特殊な関係だ。
王族にだけは一対の精霊様が自らの意思で、守護魔法を授けている。片方はその御身を、片方は周囲を守護する魔法だという。
セイラン殿下はなぜか一対ではなく一体の精霊様しか持たずに生まれてきた。そのせいで病がちなのでは?との噂が静かに広まっている。
魔獣のテイムと精霊契約、相反する存在のようなこの二つだが……契約の結び方は非常に似ている。
じわり、と背中を嫌な汗が流れる。セイラン殿下と王弟殿下に、ご相談しなくてはいけない。
それから少しずつ調査を始めている。
セイラン殿下が誕生される頃、王弟殿下は外交問題で王都から離れていて不在。……ザファルド殿はセイラン殿下のご誕生の際に立ち会った医官たちの一人である事が判明した。
僕は最近、ザファルド殿から少し煙たがられている。彼は前から優秀な新人には強くあたったり、冷遇する傾向が強かったけれど。
……長年セイラン殿下と王弟殿下と親交のある僕を、疎ましく思っているのかもしれない。
◇──◇──◇──◇──◇
「セイラン殿下、レオナリスです」
「休みのところ悪いな、レオナリス」
セイラン殿下が出迎えてくれる。涼しい顔をしながらも、一臣下でしかない僕を労ってくれるこの方なら……
「セイラン殿下、至急頼みたい事があります!」
「あっれー?レオナリスくん、めずらしく声が大きいね。リラックス、リラーックス」
と謎の動きをしている王弟殿下。
「王弟殿下、今はそれどころではありません」
「お、おう……ごめんね?どしたの、レオナリスくん?」
御二人にリシアンからの手紙を見せる。そして願い出る。
「精霊言語が分かるとなれば、弟がザファルド殿の契約精霊簒奪研究に利用される可能性があります。この手紙が絶対に読まれていない確証もありません。弟に会って詳細を聞いてきます。なので、どうか僕を辺境へ行く許可を……!」
セイラン殿下はゆっくりと笑み、頷かれた。
「辺境へ赴き、詳細が分かったら……そうだな。こちらから使いと護衛は出す。まずはそれで報せてくれ。辺境行きの理由については私に任せてくれて構わない。直ぐに発ってよい」
「ありがとうございます」
セイラン殿下にもう一度頭を下げ、僕は辺境へ向かう準備を急ぐ。
リシアン、待ってて。お兄ちゃんがすぐにそっちに行くから。