軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談「兄はつらいよ」

リシアンからミレアさんへ贈るウエディングヴェールが届いた。

純白のエルダーフラワーの刺繍と裾には淡い紫色ライラックの花。よく貴族の結婚式で見かける宝石が縫い込まれた華美なものではない。

ひたすら丁寧な刺繍で作り上げられている……けど、リシアン!これ全て 幻蚕(ファントムモリス) の繭から作った糸で織ったよね?!王族ですら「衣装の一部」にしか使えない代物なんだけど。

光に当たると淡い銀色にも見える純白のエルダーフラワー、本物の花のようにも見える裾に散りばめられたライラック。

ミレアさんにはきっと似合うし綺麗だろうな……。

国宝を超える代物のウエディングヴェールを、どうしたものかと思わず少し現実逃避をした。

とりあえず……王弟殿下に相談しよう。ミレアさんには……彼女の目利きは確かだから、幻蚕の繭から作ったヴェールとは気が付かれそうで今はまだ相談できない。

◇──◇──◇──◇──◇

「貰っちゃえばいいじゃん?」

相談相手を間違えた。ギンケイ様ならリシアンの考えが分かるかなと思ったんだけど、国王陛下かセイラン様に相談するべきだった。

「ギンケイ様は現物を見ていないからそう言えるんですよ……あんな大量の幻蚕の繭をどうやって」

王国の守護獣である幻蚕。その繭の価値は桁違いだ。王国法でも採取は許可を得た者……それも王家の管理下にある者に限定され、取り扱いは以前にも増して厳しく取り締まられている。

「まぁまぁ、いいじゃん!それよりレオナリスくんは式の準備を進めないと。俺が二代目に聞いとくから、ね?」

ギンケイ様にそう促されて、式の準備も確かにあるがとりあえずは仕事に戻る。

ミレアさんも二回目だから式は挙げたくないと言っていたけれど、あれを結婚式にカウントしてほしくはないなぁ。

無かったことにしてしまいたいくらいだ。

「若くもないのに恥ずかしいわ」と言うミレアさんだったけれど、新年祭で王都にやって来たリシアンが

「結婚?おめでとー!ねぇ、ミレア姉さんとレオ兄さんの式っていつなの?!俺、絶対に行く!」

この一言に負けたらしい。期待に目を輝かせていた……。あんな目を向けられたら僕でも断れない。

なるべく身内だけで静かに執り行えるのであればと、式を挙げることになった。

リシアンがいる時点で静かな挙式とは可能なのだろうかと少し不安に思ったけれど……それ以前の問題だった。

ミレアさんは侯爵家の養女で……本来なら生家がウエディングヴェールを贈る習わしなんだけれど

「家族が贈るってことでしょ?それなら俺が用意してもいいよね」

とリシアンが言い始めた。薬師としては姉弟子でもあるミレアさんとリシアンは実の姉弟のような関係だ。

ミレアさんもトピリア侯爵家に頼むより、リシアンに頼むほうが気安そうだったから任せた。

任せた結果がこれだよ。お兄ちゃん、久しぶりに胃が痛い。

送り返すのはリシアンが悲しむから、そんな酷いことは出来ない。とはいえ……使うのもまた躊躇う。

驚くだろうけれど、やっぱりミレアさんにも相談しないとなぁ。

「おかえりなさい」

出迎えてくれたミレアさんの様子がいつもと違うような?

「レオナリス様に相談することがあるの。リシアンから届いた物なんだけど……」

あぁ、もう見つかった後だったか。

「うん、僕もそのことで相談することがあるんだ」

「レオナリス様も?もう知っていたのね。あのね、これなんだけど……」

ミレアさんが見知らぬ箱を指差す。あれは知らない。

「リシアンから結婚のお祝いですって。王城の審査が終わってさっき届いたんだけれど」

箱の中には完璧な状態の、幻蚕の繭が三つ並んで鎮座している。揺らすと音がするから、たぶん魔石も入っている。

「……レオナリス様?もしかしてリシアンは他にも何か?」

ミレアさんにリシアン絡みのことで誤魔化しはきかないからなぁ。

「僕のところにもリシアンからの結婚祝いが届いているんだよ」

ウエディングヴェールを見たミレアさんは絶句していた。

しばらくは感嘆して細やかな刺繍を見つめていたけれど、次第に顔色が悪くなっていく。

「……レオナリス様、これはもしかして?」

「うん、ミレアさんが思っているので間違いがないと思う。ただリシアンのことだから悪気はなくて」

「そうね、リシアンのことだから宝石や魔石を飾るのはこれでも遠慮したんでしょうね」

……そこは思い付かなかったな。遠慮してこのウエディングヴェールか。

「王族ですら、ここまでふんだんに使ったものは御召になっていないわ……」

「王弟殿下は気にせず使っていいと言ってくださっているけれど……」

困ったねとお互い目を合わせてため息をつき……やっぱりリシアンに手紙を書くことにした。

◇──◇──◇──◇──◇

後日。国王陛下とセイラン様に相談したけれど「リシアンからの贈り物だから無下にしてはならない」と着用の許可がおりた。というか「断った場合のリシアンの反応が想像できないから、ぜひとも着用してほしい」そうだ。

最悪、次は魔石がふんだんに使われたヴェールが届いたらどうするのかと。リシアンは想像の斜め上を超えてくるとはセイラン様の見解だ。

「ちょっと地味だったかな?とか言いかねないだろう、リシアンは」

……言いそうだったから、頷いた。

「レオナリスくん、ちょっと!お宅の弟さんどうにかしてくんない?!」

陛下たちと話していたところに乱入してきたのはギンケイ様。

「ギンケイ、お前は少し落ち着きなさい」

「いや、兄貴たちにも関係あるからね?!」

リシアン、今度は何をしたんだい?

「王族の衣装は幻蚕の繭を使ってるって聞きました。ミレア姉さんから怒られたので、王族にはもっといっぱい贈っとけば大丈夫かと思いました」

リシアンからの手紙の音読を始めるギンケイ様。

「とりあえず皆が快く分けてくれたので送ります。衣装にはいっぱいいると思うから、足りなかったら言ってください」

何かすごく嫌な予感がする。

「で、この量だよ……何年分あるのかな、これ」

ギンケイ様ですらこのご様子だと、本当に大変なことになっている。ギンケイ様付きの侍従が持ってきた大きな木箱には例の繭がびっしり詰められていた。

「今、群れの数は50以上いるらしいよ……?あと織物好きな蜘蛛を幻蚕が捕まえてきたらしいんだけど」

「辺境大森林にいる蜘蛛型の魔獣といえば、 玄蜘蛛(アトルムアラクネー) とか言わないですよね?」

数年前の騒動で、セイラン様を刺した玄蜘蛛。

「二代目は辺境の生き物だからめっちゃデカいって書いてるよ?座布団くらいの大きさがあるから座布団って呼んでるらしいけど」

あぁ……嫌な予感しかしない。スノウモスルァーとの出会いの話をリシアンから聞いたんだけど、すごく流れが似ている。

「蜘蛛型魔獣が何かは第三騎士団に確認に行ってもらいましょう。本人の言うことを信じてはダメです。そして……すでにリシアンの従魔になった可能性すらあります」

「……座布団と呼ぶことが従魔化に必要な名付けになっていたとか?」

「スノウモスルァーの前例があるので」

全員、納得のため息しか出なかった。

案の定、第三騎士団からの報告で「玄蜘蛛のボス個体と想定される通常では考えられない大きさの個体」という事実が発覚した。

冒険者ギルドで従魔登録更新をさせたところ、「スノウモルァー」「座布団」と表示されたことにより従魔であることも確定。

なお本人は「知らなかった。え?あいつ、座布団を自分の名前と思ってんの?!」などと供述していたとのこと。

リシアン、君が何かするたびにお兄ちゃんは王族との会議が始まるのですよ……。

伯爵家に陞爵したばかりの我が家には王族との会議なんて本来はあり得ないことです。

「第三騎士団からの報告により……リシアンの従魔の幻蚕の群れは54体、さらにボス個体らしき玄蜘蛛もいるとのことが確定した」

「国家転覆どころじゃないよね。物語の魔王としか思えないんだけど?」

……正しく二代目辺境大森林の魔王として君臨している。誰もギンケイ様に突っ込まないのが、この事実を物語っている。

ただの冒険者からのあだ名だったのに、正式名称みたいになってきている。

「リシアンが……国に仇なすことはないと思っている。ないと思っているのだが……もうこのまま放置することもできない」

国王陛下さえ項垂れさせるリシアン……。

「この推定保有戦力が……他の貴族に知られたら、どうなるのか予測もできませんね」

たまにすごいこと考えてるからなぁ、どうしたものか。

「いっそもうリシアンに辺境伯とか命じちゃう?」

「叔父上?!」

ギンケイ様が唐突にそんなことを言い始めるから……。

「リシアンは爵位なんて嫌がるでしょう?」

ただでさえ夜会などには新年祭のときにしか現れないリシアンだ。貴族子息としての最低限の交流よりさらに低い行動しかしない。

新年祭ですら……渋々来ている。来たら来たで楽しそうではあるんだけど、その交友範囲は狭い。

「……辺境の街か。43年前の 集団魔物暴走(スタンピード) で壊滅したが、そこからやっと冒険者の移住を切っ掛けに街の規模になったな。冒険者ギルドだけは国から派遣したが……そうだな、この規模だとそろそろ統治者を置かないといけない頃合いか。隣接した領は集団魔物暴走の被害を知って受け入れてはくれないが、リシアンなら……」

かつての災害を伝聞ではなく知っている世代の国王陛下だけが、深く頷かれている。

「いやもう……他の貴族にも分かるように明確な首輪つけとかないと。仮にリシアンの保有戦力がバレても、この子は王家でちゃんと管理してますんでってことに出来るし?あと 魔王(リシアン) がいたら集団魔物暴走も起きないんじゃないかな」

辺境伯位を首輪って言った……。

「辺境伯……王国にはない新しい爵位だな」

他国にはあるけれど、辺境伯はこの国にはない。そのため、特別感が出るということか。

「一代限りってことにして、年一回幻蚕の繭を献上すれば……今までと変わりなく過ごしていいよって言えば受けてくれないかな?」

想像しても「え?やだ。いるなら持ってくけど、別に爵位はいらない」ときっぱり言い切るリシアンが見える。

「レオナリス」

セイラン様から不意にお声が掛かる。

「リシアンが一番言うことをきくのはお前だ。幻蚕の繭がどれほど価値があるのかを説明して……辺境伯を受諾させろ」

「レオナリス、私からも頼む。リシアンの暴走を止められる者は他にはおらぬ」

国王陛下と王太子殿下からそう命じられたら、断れるわけもなく……。

「……拝命します」

そうとしかお答えできない。

リシアンを辺境伯にさせるための会議は続く。

重臣会議が始まる前に退席の許可が出たので、ほっと一息つく。

国王陛下がそっと

「……あのような弟がいると、兄というものは大変だな」

そうお声を掛けてくれた視線の先には、ちょっと目を離した間に何があったのか宰相にヘッドロックをかけられているギンケイ様がいる。

「ただ……」

どうにも憎めないし、兄から見るといつまでもかわいいことに変わりはない……そのお言葉は僕にしか届かなかった。

しっかり頷いて……目を見合わせて、瞳の奥には同じ笑みが浮かんでいた。