作品タイトル不明
43話「兄上、妹ができました」
「リシアンお兄様!お会いしたかったです」
ふんわりとしたピンクブロンドの髪を揺らしながら、美少女が駆け寄ってくる。
「ルナリアお嬢様、走ってはなりませんよ」
侍女から諌められて恥ずかしそうに笑っている美少女は、今はまだ俺の妹だそうだ。
「私もこうして会えて光栄ですよ、 淑女(レディー) 」
頑張って貴族らしい微笑みを何とかキープしているのに、アグニスとルミちゃんはいい加減に慣れてほしい。
さて、どうしてこうなったかというと辺境に帰る前にフェルネス男爵家とヴァルディリア子爵家に寄ることになったからで。
アグニスとルミちゃんが護衛として同行してくれてる。王家からの通達があったとはいえ、それを面白くない者もいるから狙われる可能性があるとのこと。
どんだけ王都は物騒なんだよ。
知らなかったとはいえ、フェルネス家には六年も在籍しているからな。さすがに挨拶くらいはしておこうと思った。
フェルネス家には父上と兄上が俺に何とかして貴族籍を残そうと奔走して、令嬢の治療と引換えに籍だけを置かせてもらうことが成立したらしい。
治療が終わった今でも兄上との親交は続いているようで、令嬢は俺に興味津々なのだという。
何でも突然できた兄という存在が気になって仕方がなかったようだ。
兄上も兄上で、俺の人となりが分かったほうがフェルネス家も安心だろうと色々と語って聞かせたらしい。
結果……薬師としても冒険者としても一流で素敵なお兄様像が出来上がってしまった。
兄上、何をどう話したらそうなったんですか?
そんなわけでまだ十一歳の少女の夢を壊してはならないと全力で貴族をやることになった。
「リシアン君、やっと会えて嬉しいよ。君の部屋も用意しているんだ」
「美味しいお茶も用意しているわ。ゆっくりしていってね」
フェルネス男爵夫妻は穏やかで優しく、兄上や俺にそれはもう感謝しているのだという。
感謝は父上と兄上だけでいいんじゃ……とは思うものの、切っ掛けとなった俺にたいしてもその気持ちは変わらないのだそうだ。めっちゃいい人たちじゃん。
王家からの通達で功績をあげたことを知った彼らは、ヴァルディリア子爵家への復籍についても「本当によかったね」と手放しで喜んでくれた。
こういう人たちを人格者というんだろう。
俺のためにと用意されていた部屋もせっかくだからと見せてもらった。落ち着いてた丁寧に磨かれた木材の家具が基調で、飾り気は少ないけれど焦げ茶とアイボリーで統一された室内は居心地がよさそうだった。
手入れも行き届いており、いつ俺がやって来てもいいようにしてくれていたそうだ。
「少しでもリシアン君が来てくれてよかったよ」
「本当ならもっと貴方の好みの物も揃えてあげたかったんだけど」
少し寄ってくれただけで満足というように微笑む夫妻に
「あの……また王都に来ることもあると思うので、その時は寄らせてもらってもいいですか?」
そう尋ねると、とても喜んでくれた。
「リシアンお兄様は私の隣に来てくださいませ。たくさんお話がしたいのです」
キラキラした瞳で上目遣いでお願いされたら断れないよなぁ。
ルナリア嬢は兄上や俺に憧れて薬草学に興味があるそうで、色々と質問された。
「辺境の薬草についての図鑑はほとんどないの。お話では聞いていますわ。いつか見てみたいのです」
辺境は固有種も多いからなぁ……図鑑自体、とても高価だからそこまで手に入るものでもない。
「それなら私が描いたものでよければ送りましょうか?」
「リシアンは絵が上手だからねぇ」
俺も兄上から薬師を目指す時に色々もらったからな。
「いいのですか?ありがとうございます、お兄様。私も手紙を書いて送りますね!約束ですよ?」
なるほど、これはかわいい。ギンさんが殿下たちのことをかわいいと連呼する気持ちがちょっと分かった。
「お兄様なんだから、私には敬語は使わないでくださいませ。ルナリアと呼んでください」
妹からのかわいいお願いは叶えないといけないな。
「仰せのままに、ルナリア」
にっこり微笑んで言うと、ルナリアは頬を染めて喜んでいる。よかったよかった。
そんな和やかな空気を壊したのは
「ルナリア、だまされるなよ!レオナリス様がリシアン様は白い馬に乗ってるとか言ってたけど、あれは白っぽい馬じゃん。笑顔も嘘くさいし、こんなやつお兄様じゃないからヘラヘラ笑うなよ!」
俺を睨みつけるとはいい度胸だな、少年。
「……確かに嘘くさい笑顔だな」
あとアグニス。同意するな、聞こえてる。
「ソラン!お兄様にたいして失礼だわ。謝りなさい」
「うるさい!それにお兄様じゃなくてオジサンじゃん!」
活きがいい少年だな、おい。俺はまだ二十三なんだけど……こいつは十歳くらいか?
そんくらいが思うお兄様ならせいぜい五、六歳くらい上って感じか。お兄様って言葉のイメージと一致しなかったんだろう……と思いたい。
少年がルナリアを突き飛ばそうとするから、それはよくない。
「レディーに手を出すのはどうかと思うよ?」
さっと手を出して止める。おうおう、いっちょ前に睨みつけてきてやんの。その様子がおかしくてつい笑ってしまう。
「うるさい!いつかお前が偽物のお兄様だってことを分からせてやるからな」
少年はそう言って走り去ってしまった。今のうちからそんな小悪党ムーブかますのは心配だ。
少年はたぶんルナリアのことが好きなんだろうな。でも好きな子の前で小悪党ムーブはマジでよくないと思うなー。
「ソランがごめんなさい、お兄様……」
「すまないね、リシアン君。ソランは最近、家督を継がせるために養子として引き取ったばかりで……言い訳にはなるのだが、まだ不安定なんだよ。とはいえ十歳だから物事の善し悪しが分からない歳でもない。後で厳しく言っておくよ」
そうか、少年。好きな子が姉になったら、そりゃあ不安定にもなるよな。さっきから泣くまいと目をうるうるさせたルナリアは、それはもう可愛らしいし。……不憫なやつ。
「ソランには気持ちの整理をつける時間がまだ必要なのでしょう。私から少し声を掛けるので、叱責はやめてあげてくださいね」
その後はまた和やかな時間が続いた。
そろそろ帰ろうかなと思ったが、その前にソランを探すか。
庭を探してもいいか許可をもらって、探しに行く。
「おい、少年」
体格の小ささを活かして潜り込んだか。生け垣の中の小さなスペースに丸くなっている。
「何でここが分かったんだよ!」
子供の隠れそうな場所は、オジサンには想定外なときもあるからサクッと精霊たちに頼んだ。
「ガキには教えねぇよ」
むくれたまま飛び出してきたから捕獲する。
中々見つかんないから、フェルネス夫妻も心配してんだよ。
「おい!離せ、バーカ」
じたばたと暴れているから、抱えにくいんだけど。
「好きな子を突き飛ばそうとしたのはどうかと思うなー」
そう言うとピタッと黙った。
「……なんで」
フツーに見てたら分かんだろ、そんくらい。
「さぁ?ルナリアは薬草に詳しくて、魔法がすごい人と結婚したいんだってさ」
たぶん兄上がずっとルナリアを診ていたから、そんなタイプが理想になったんだろう。
兄上は薬草にもめっちゃ詳しいし、治癒魔法すごいもんな。ルナリアが憧れるのも分かる。
「それ、お前じゃん」
「年上にお前とか言うなよ。俺じゃないだろ?」
はぁ?みたいな目をして見てくんな。結婚するなら俺じゃなくて、兄上みたいなタイプのが女の子はいいだろ。
俺はわりと軽薄そうに見えるっぽいし?それに比べて兄上は知的で穏やかだし顔立ちも整っている。
ソランにそう兄上自慢を聞かせていたら
「リシアン……兄様も苦労してるんだな」
って慰められた。何が?別に気にしちゃいねぇんだけど。
「勉強も魔法も、もっと頑張る」
そう決意したように言うソランには「まぁ頑張れよ」と声を掛けた。
フェルネス夫妻にソランを返して、いい加減に今日の宿まで行かないとな。
また新年祭の時期には王都に行かなきゃいけないから、またすぐに会えるだろう。
「リシアンお兄様、辺境に着いたらすぐにお手紙を書いてくださいね?」
さみしいし、心配なんだそうだ。
「すぐに手紙は書くから。新年祭の時には会いに行くから、待ってて?」
よしよしとかわいい妹を撫でる。めっちゃ髪の毛ふわっふわ。めっちゃ撫で心地いいな。
こうしてフェルネス家をあとにしたんだけど
「リシアンはその……年下が好みなのか?」
「はぁ?俺どっちかっていうと年上のお姉さんのがタイプ」
アグニスが気まずそうに聞いてきたのを一蹴する。
「じゃあなぜあのような真似を……」
「何が?!ルナリアの憧れを壊さないようにって事でちゃんと貴族しただけじゃん?」
何か悪いことした?してないよね、絶対。
「もう少し私たちにもルナリア嬢にするよう丁寧に接してくれても構わないんだぞ?」
そう小言を言うアグニスに
「……アグニス、一人で降りると危ないよ。お手をどうぞ?」
馬から降りようとするアグニスを抱き上げて、エスコートするように手を取る。
一連の流れが終わって笑っている俺たちをルミちゃんは呆れたように、兄上は相変わらず穏やかに微笑んで見ていた。