軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32話「ザファルド・アルケインという男」

ここ数日。王城で俄に有名になった人物がいる。

「リシアン・フェルネス」

さて、フェルネス男爵家に男児はいなかったはずだが。そして、先日……部下のレオナリス・ヴァルディリアの私室で見つけた手紙の宛名もまた「リシアン」だ。

*──*──*──*──*

拝復 リシアン

ちょっとした事情で僕も辺境に行くことになりました。詳しくは着いてから説明するよ。

リシアン、君が今日も元気に過ごしていることを願っているよ。

*──*──*──*──*

……レオナリスには確か庶子の弟がいたはずだが。表立って子爵家の子として扱われることもなく、その存在は限りなく薄かった。

レオナリスは随分と目にかけていたようだが。

ちょっとした事情で辺境に行くことになりました、か。

第一王子殿下の命で王城から出されたレオナリスだが、何か裏があるのだろう。

早急に調べる必要があるな。実に忌々しい。

レオナリス・ヴァルディリアという男は苦手だ。

前世の、日本の……ある先生を思い起こさせる穏やかな笑み。苦手だが、それで手放せなかった。

……あぁ、先生にも弟がいたな。あの日のことはよく覚えている。

◇──◇──◇──◇──◇

前世、私は看護師として病院勤務をしていた。

本当は医師になりたかった。ただ家庭環境でそうはなれなかった。

国立大学に受かるには塾も必要だというのに、その費用を捻出できなかったからだ。

家が、もっと裕福だったなら私立の医大には行けたかもしれないのに。

医療系の仕事を志した理由はもう覚えていない。

ただ、きつくて辛いことも多い看護師としての仕事を黙々とこなしていた。

医師は嫌いだった。いい車に時計、ひたすらに劣等感を煽る存在。彼らの指示がないとできないことも多く、悔しい思いをしたのも一度や二度ではない。

その中で、唯一違ったのが先生だった。

先生は軽自動車で、時計も国産のよくあるメーカー。穏やかで、素朴な人柄で私たち看護師にも笑顔を絶やさない人だった。

先生はごく一般の家庭で育ったのだという。

親が医師でも、どこかの会社を経営しているわけでも、国家公務員でもないありふれた家庭。

公立の中・高校から国立の医学部へ進学し……塾へ通ったこともないのだという。

これが天才なのかと妬ましくもあり、私がなりたかった姿そのものともいえた。

先生のことは直視できなかった。でも、近付きたかった。そんな感情を抱えていたある日、先生の親から電話がかかってきた。

わざわざ仕事先にまで電話とは何事だろうか?

その後は私も仕事で、先生もそのまま勤務を続けられていたから「別に大したことではなかったのか」と思った。

ちょうど退勤時間も先生と同じ頃合いで、駐車場の少し前方に先生がいた。慌てた仕草でスマートフォンを取り出している。画面を見つめ、一瞬動きが固まる先生。

少し近付いて「お疲れ様です」と声を掛けようかと迷っているうちに、足早に先生は車に乗り込み……勢いよくドアを閉めた。

乱暴な仕草の先生など見たことがなく、思わず立ち止まってしまった。

次に聞こえたのは、抑え込むような慟哭。

先生はハンドルに突っ伏して……怒るように泣いていた。

私は、その場を遠回りして逃げるように帰った。

翌日から先生は「忌引」で休んでいた。弟が亡くなったそうだ。親からの電話はこれを知らせるものだったのか……。

先生はあの日、どんな気持ちでその日の仕事を終えたのだろうか。

駐車場で漏れ聞こえた先生の慟哭。

亡くなったという弟には悪いのだが、あれ程までに悲しまれるのは羨ましいと思った。

忌引から職場に戻ってきた先生は、いつもと変わらぬ笑みに……目の下には濃いクマがあった。

翌年、先生は異動されたのでもう関わることはなくなった。だが、忘れられない人だった。

医師への未練、憧れ…… 綯(な) い 交(ま) ぜになっていたからだろうか。

今世、私は裕福な伯爵家の嫡男として生まれた。異なる世界のようだが、日本で生まれ育った記憶はたいそう役に立った。

ただ、どこにでも敵わない相手というものはいるもので……首席は当時の第四王子殿下、ギンケイ様だった。

明るく闊達で、思考も柔軟なその人には学生時代は敵うことなく終わった。

珍しい食物の輸入や外交にあれほど熱心だったというのに、ギンケイ様はよりにもよって医官になられた。この方はいつまで私を苦しめるのだろうか。

私は、この世界ならではの精霊魔法に目を付けた。優秀な医官には、必ずと言っていいほど契約精霊がいる。

その契約精霊を我が物と出来たら、ギンケイ様など相手にはならないはずだ。

金に物を言わせ、情報を集めた。テイム魔獣の簒奪は非常に参考となった。

これをベースに新たな魔法を構築しようと思った。そのために……精霊の天敵でもある 玄蜘蛛(アトルムアラクネー) をまず従魔とした。

闇属性の魔法が使えないので苦戦し……通常の蜘蛛ほどの小さな幼体しかできなかったのは残念だった。

それでも玄蜘蛛には精霊を害することのできる数少ない存在だ。契約精霊簒奪魔法の研究は進んだ。

国王陛下となられる王太子殿下は中々子を授からず、血縁者から側妃が出たのはよかった。

側妃が先に子を産めば……彼女の口添えにより、医官総長も夢ではないかもしれない。

そして、正妃と側妃。どちらともが懐妊したときはどうしようかと思った。

王族には特有の守護魔法がある。おそらく属性も違う精霊なのだろう。

守護魔法と名が付いているくらいだから、これは……利用できるかもしれないと思った。

二人いるのだから、どちらでもいいのだが……できれば正妃の子がいい。

折しも外交の問題が生じて、ギンケイ様は「甥っ子たんたちの未来のためによからぬ芽は潰してくる!」と出立された。

ギンケイ様がいないうちだ。同じ側妃派の者たちと共謀して、正妃には早産を誘発する薬湯を飲ませた。

同じ派閥とはいえ、亡き者としてしまいたい者たちとは意向は違うのだが……。私の狙いは正妃の子が持つ精霊だからな。

そうして、予定より 二月(ふたつき) 早くセイラン第一王子殿下が誕生された。精霊簒奪魔法は……成功した。

成功したのだが、弱々しいその精霊と私の魔力の相性が悪く中々うまく治癒魔法に応用できない。

途中、他の新人医官の光属性の精霊も手に入れられないものかと思ったが成功しなかった。

これは、早産で生命力の弱い第一王子殿下だったから成功したのかもしれない。

それでも第一王子のものだった精霊を玄蜘蛛で動きを封じ、使役するまでに至った。長い道のりだった。

年々と向上する治癒魔法と比例して、私の地位も上がっていった。

ただ一人、ギンケイ様だけが私の上にいる。

副医官総長にまで上り詰めたが、まだ足りない。

そんな時にある医官見習いがやって来た。学生時代に「聴診器」を発明したのだという有望な青年だ。

こいつも前世があるのだろうか?と思い、自分の部下としたいと思った。ギンケイ様も自分の班にと言い出したから、余計に欲しくなった。

なぜかギンケイ様が「あみだくじ」で決めようと言い出したので……二人だからな、引いた線を数えておけばどちらが当たりかはすぐに分かる。

「ギンケイ様ご提案のくじです。せめて私が先に選んでも?」

と問えば、快く譲ってくれた。そうしてレオナリスは私の部下となったのだが……。

穏やかな性格と微笑みは先生を彷彿とさせた。この、先生によく似た人を部下として扱うのは……とても自尊心が満たされた。

渋々、ギンケイ様のところにもたまに向かわせたがレオナリスは私の部下だ。

年々とレオナリスの態度から、私のことを疑っているのではないだろうかと思うようになった。

穏やかな目に微かな敵意を感じても……手放すのは惜しかった。

レオナリスが……先生からあんな目で見られるくらいならいっそ、そう思い始めた頃に彼は第一王子殿下の命により王城勤務から外された。

長年に渡り、第一王子殿下の御身体を時折診ていたようだが「誤診だ」と。

先生なら誤診などしない。レオナリスは先生ではない。それなら……もう、いらない。

◇──◇──◇──◇──◇

急ぎといった報告書はすぐに来た。何でも「リシアン・フェルネス」には表に出る情報が極端に少ないのだそうだ。

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リシアン・フェルネス

六歳のときにヴァルディリア子爵家へ引き取られた庶子。

ヴァルディリア子爵婦人の意向により、一切他家との交流なし。

十五歳で王立貴族学院へは入学せず、子爵領内にて冒険者登録をして冒険者活動開始。

十七歳、成人間近な時期にフェルネス男爵家に移籍される。

ヴァルディリア子爵家とフェルネス男爵家の関係性は不明。追加調査にも時間がかかる見込み。

子爵領内では冒険者ランクDとの登録情報あり。

成人後、辺境大森林がある街へ移住。

二十三歳の現在、辺境の街の冒険者ギルドに問い合わせたところ冒険者ランクBとして登録情報あり。

辺境の街でも冒険者として活動しているものと思われる。

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こいつはレオナリスの用意した密偵ではないのか?

聞いた話によると手練れの冒険者で間違いがないようだ。おそらく薬師として合同演習に来たという体をとっているのだろう。

第三騎士団の演習場によく現れることからも、それは間違いないだろう。

レオナリスを……始末しようとしたから子爵家で密偵として育てたリシアンを使って報復にきたのだ。

こいつはきっとそうだ。……あぁ、早く手を打たないといけない。