軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話「兄上、さすがです」

さて、辺境に来てしばらく経つのだが僕はリシアンにその理由を説明できていない。

初日と翌日は次から次に判明する「辺境でのリシアンの生態」があまりにも衝撃でそれどころではなかった。

三十体以上の幻蚕の群れのボス個体がリシアンの従魔。「二代目辺境大森林の魔王」と冒険者たちから影で呼ばれているようだが正しく「魔王」で間違いはない戦力を保有している。

本人は「仲間と離ればなれはかわいそうだから」と言って従魔は森の深層部にいるわけだか……。

僕の直属の上司であるザファルド・アルケイン副医官総長。ザファルド殿が実行したと思われるセイラン殿下の契約精霊簒奪。今なお進んでいると思われるその研究。

リシアンの精霊言語翻訳と発話が可能ということがザファルド殿に気が付かれ、利用された場合……研究は加速度的に進むだろう。

王家だけではなく、これは王国の危機だ。

この事をリシアンに伝えたら

「え?兄上の危機ですか……じゃあそいつ軽くぶっ飛ばしてきますね!」

いい笑顔で幻蚕の群れと彼を慕う精霊たちを引き連れて行こうとする姿が浮かんだ。

やりかねない。

普通ならあり得ない光景なんだけれど、何の躊躇いもなくやりそうで怖い。それは進軍する魔王だよ……恐怖でしかなく討伐対象……。

王国の騎士団でも、どれだけの部隊が出撃したら彼を止められるだろうか。

第二騎士団は有事の際に先陣を切るからまず出撃する。第三騎士団も対魔獣特化だからこちらも確実。市井警備の第五騎士団も近場の者は召集されるかもしれない……あたりで僕は考えることをやめた。

……黙っていよう。幸いリシアンは

「分かってますよ、兄上。お疲れだからお休みをいただいたんでしょう?辺境は空気もきれいだし、ゆっくりしてくださいね!」

そう言っていたから。……労るような目が気になったけど、気にしちゃだめだ。お兄ちゃんの疲労度の半分くらいは君なんだけど、気にしちゃいけない。

「兄上ー、そろそろ休憩にしません?」

研究室にこもりきりの僕にそうリシアンが声をかけてきた。先日のリシアンが幻蚕の繭を浸していた水に落とした包帯、これの効果も判明したことだし。

「これ、擦り傷に貼ったらそんな効果があるんですね」

もぐもぐとベリージャムを付けたスコーンを頬張りながら、リシアンがまじまじと包帯だったそれを見ている。

スコーンは最近ミレアさんから習ったらしい。

「うん。傷口はしっかり洗い流してね、消毒はせずにそのまま貼る。剥がれる頃には塞がっているよ」

出来上がったそれは濡れた肌に貼ると透明で目立たず、湿潤環境を保持して、傷の塞がりとともに自然に乾燥して剥がれ落ちる。

前世のそれよりも格段に性能がいいものだった。

「浅い傷にしか効果はないんだけどね。擦り傷とちょっとした切り傷くらいには使えると思うよ」

一巻分の包帯だから、切って使えばそれなりの量になりそうだ。

「……店での取り扱いってだめですかね?」

「うーん……王都で確認をとってからかな。たぶん大丈夫だと思うけれど」

「そっかぁー」と鍵付きの棚にしまうリシアンにほっとした。素直ないい子だ。

その時、店のドアのベルが激しく揺れながら開いた。

「リシアン、親父が倒れた!一緒に来てくれないか?」

やってきたのは親子で猟師をしているという男性だった。四十半ばに見えるその人の父親ならば、倒れた方は高齢なのだろう。

「ジイさんの様子は?話せる状態か?」

「いつもより早く猟から帰ってきたと思ったら、胸が苦しい……あと頭が痛いと言っている」

心臓薬、あと降圧剤、頭痛薬……必要そうな薬を往診用のバッグに詰め込むリシアンは険しい顔をしている。

「僕も一緒に行くよ。役に立てるかもしれないし」

「いいんですか?兄上、ありがとうございます。兄上は王城勤めの医官だから安心してな」

僕の声かけで、リシアンの表情がやわらかくなった。少しでも焦りが減ればいい。

リシアンと息子さんがゴルディに、僕はオルセリオに跨り猟師さんの家へ急ぐ。

横たわっているその老人は苦しげな呼吸、シャツの胸元をグッと握りしめている。

「ジイさん、いつからどこがきつい?」

「……リシアンか。昼過ぎから……頭が痛くて、胸が苦しい。……息が、きつい」

老人の手首で脈拍を図りながら質問をしている。顔は紅潮し、発汗はなし。高血圧症かな。

「脈拍百四十くらいか……ちょっとフラフラしたりした?」

「……あぁ……した」

リシアンは、判断に迷っている。

「……兄上、この方を診てもらってもいいですか?ジイさん、兄上はあの王城に勤めてる医官だから安心してくれよな」

にっこり笑って語りかけるリシアン。うん、この場に僕がいる。その判断は最善だ。この子は本当によく分かっている。

「こんばんは。王城医官のレオナリスです。ちょっとお顔、失礼しますね」

火照りもあり……熱もありそう、カサついた皮膚と唇。

「足元もちょっと失礼しますね」

掛布をどかすと……下肢に浮腫みあり。頻脈ではあるけれど、規則正しいリズムで不整脈はなし。

猟に出ていて今日は日差しも強かった、となると……

「リシアン、首元を氷嚢で冷やしてあげて。息子さん、少し台所を借りても?」

息子さんに台所を借りて、蜂蜜と塩を持ってきてもらう。手頃な容器に水魔法と治癒魔法を重ねがけして作った水を注ぐ。この量だとこれくらいかな……蜂蜜と塩を混ぜる。うん、できた。

「ちょっと体を起こしましょうね、壁にもたれかかるようにしましょう。気持ちが悪ければ無理をしなくて大丈夫です。これを少しずつ飲めますか?」

まずはコップに一杯注いで飲んでもらう。様子を見て追加で飲んでもらうかは決めよう。

ちびちびと飲めている様子を見て少しほっとする。

「お味はどうですか?」

「うん……甘くて飲みやすい」

脱水症状でほぼ間違いはなさそうだ。

「あまり水分補給をされてなかったりしませんでしたか?脱水を起こされているようですね。頭痛も胸の苦しさも飲めば少し落ち着いてくると思います。ゆっくり飲みましょうね」

徐々に脈拍も落ち着いてきている。

「ジイさん、猟のためとはいえちゃんと水分摂らなきゃダメだっつってんじゃん。だから足も 攣(つ) るんだよ」

「薬師に負けとられんわ!こないだも山程……山鳥を狩ってきよって。待ち構えるには水分を摂ると小便が近くなるからいかん。動くと猟にならん!」

悔しそうに言いながら、こめかみを抑える老人。

「まだ頭痛がしますか?少し、楽な姿勢にしましょうね」

そう声をかける。そして、足の攣り……?

「リシアン、ちょっと……」

とリシアンを呼ぶ。

「この方に 鎮痙薬(ちんけいやく) を出したことは?」

「あります。飲みすぎると危ないから悪いときだけなって言ってんのに、思ったより早くなくなったんで次は少なめに出しました。最近は来てないです」

ふむ……息子さんを呼ぶ。

「息子さんとリシアンは彼の部屋で最近飲んだ薬がないか探してください。僕はもう少し、お話を聞いてみます」

胸の苦しさはなくなったし、息苦しさも今はないと言う。頭痛も落ち着いてたきたが、まだ少し痛むとのことだった。

しばらくしてリシアンたちが戻ってきた。その手にはいくつもの薬袋。それぞれが違った薬店のもので……。リシアンも苦い顔をしている。

「さて、こちらの薬袋ですが……すべて同じ薬をもらっていますね?こむら返りの薬で、パオニエとグリチライザが入っているものです」

「……歳のせいか最近よく足が攣るんだ。これを飲むとよくなるから」

「そうですね、即効性もあるしよく効く薬です」

穏やかな口調を心掛けて話す。

「よく効くということは、それだけ強い薬でもあるんですよ。先程の胸の苦しさ、頭痛、息苦しさはこの薬を使い過ぎたら出る症状なんです。……最悪、命に関わります」

息子さんが息を飲み込んだ。

「使うのをやめれば心配することはありません。飲むのを止めれば薬も体から出ていきますからね、安心してください」

じっと黙って話を聞いてくれている。

「足の攣りを起こさないようにするには水分補給が大切です。体の中に水が足りないとこのような症状は起こるんです。頭痛やフラフラする感じや吐き気なんかもありますね」

時折、肩が揺れるのはどれも心当たりがあるんだろうなと思う。

「親父……だから俺と一緒に罠で狩ろうと言ってるじゃないか!」

息子さんもずっと心配していたんだろうな。

「しかし……」

ふと思いついて息子さんとリシアンにコップを渡し、先程老人に飲んでもらったのと同じ物を注いで飲んでもらう。

「しょっぱ!まっず!!」

「うわ……塩辛くて気持ち悪いな」

二人の様子をポカンとして見る老人。

「貴方が飲んだのと同じ物です。これが普通の反応なんですよ。甘いと感じるのはそれだけ体に異常があるときなんです」

老人は気まずそうにしている。少し配合を変えて口直しに、と新しい飲み物を渡す。

「何これ、うっま!」

「さっぱりして飲みやすいですね」

分かりやすい二人で非常に助かるな。

「先程のは緊急時ですね。普段はこれを飲んでもらえると……足の攣りもなくなると思いますよ?」

そう言って老人にも手渡す。

しみじみと「うまいな……これなら、飲んでもいい」と言う彼にほっとした。

後日、老人は再び狩りに行けるほどに回復した。息子さんと一緒に新しい罠を作るのもまた楽しいそうだ。息子さんは「俺のが先に始めたんだから親父には負けられない」なんて言っている。

「だーかーらー、これも持ってけって!」

先日のおいしかった方を老人にぐいぐい押し付けるリシアンがいる。

「飲んだら小便が近くなると言ってるだろうが、年寄りをなめるな!」

「うるせぇ、いいから飲め!いっそ漏らせ!」

店先は相変わらず騒がしい。そっと様子を覗いてみる。

「年寄りの冗談も分からんのか、馬鹿なやつが」

笑いながらリシアンから水筒を受け取る老人がいる。リシアンが薬草も配合してよりスッキリとした飲み口のそれは、老人のお気に入りだ。

「年寄りの冗談ってマジ分かりにくいからイヤなんだよ!」

拗ねたように言うリシアンも、手で隠してはいるけれどその口元は笑っている。