軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話 宝石のような

先頭を行くシドが、不意に足を止めた。

「……?」

その背中が動かなくなったのを見て、俺は首を傾げる。

すぐ前を行くジョンも立ち止まり、ちらりとシドに視線を送るが、言葉は発しない。俺もつられて歩みを止め、周囲を見渡す。

特に異常は感じない。耳を澄ませば、微かに空気の流れる音がする程度で、敵の気配も、特に感じない。

休憩を取ったばかりだ。ここでまた立ち止まる理由は思いつかない。

……何だ?

心の中で呟いたそのとき、シドがゆっくりと視線を走らせながら、地面から顔を覗かせている岩のいくつかに手をかけ始めた。

どしゃり、と小さな音を立てて、一つ目の岩が転がる。

二つ、三つ、そして四つ目……いくつかは簡単にひっくり返せたが、別のいくつかは地面にめり込むように深く刺さっていて、まるで根を張っているかのようにびくともしなかった。

「……何か探してる?」

思わずそう呟いてしまったが、もちろん返事はない。

俺たちが黙って様子を見守る中、十個目あたりの岩に手をかけたシドが、ぴたりと動きを止めた。

ピクリ、と指先が小さく震える。

彼は顔を上げ、こちら──正確には、隊の最後尾を歩いていた指示役の男へと目配せを送る。

男はそれを見逃さず、にやりと笑ってから、静かに歩み寄っていった。

「おっと、こいつは……当たりか?」

シドがその岩をずずっと横へと押しやると、地面にぽっかりと穴が開いていた。

深くはない。手を入れればすぐ届きそうな程度の、小さな空間。

その中心に、それはあった。

ひときわ目を引く、小さな箱。豪奢な装飾が施された、まるで王侯貴族の宝石箱のような外見だった。

「へへっ、こいつは幸先がいい。間違いねぇ、アタリだ」

指示役の男が、穴からそっと箱を取り出す。

サイズは手のひらに収まるかどうか、少しはみ出る程度。細工のひとつひとつが精緻で、それだけでお宝と思われる箱。

男は箱を開けることなく、じっくりと上下左右から眺める。

装飾の細部、継ぎ目の処理、重さの感触。すべてを確かめたあと、満足げに一つ頷いてから、無言でシドにそれを手渡した。

シドは箱を受け取ると、深く息を吸い込み、何かを念じながらその箱をじっと見つめた。

その目は、まるで箱の奥を見透かそうとするかのように鋭い。

沈黙の数秒。

やがて、何かを察したように小さく息を吐くと頷き、彼は蓋をそっと開けた。

箱の中には──

それは、宝石とも、結晶ともつかない不思議な光を放つ物体だった。

大粒の、つるりと丸い形状。どの角度から見ても表面に一切の傷がない。

虹色に揺らめく光が、ダンジョンの薄闇の中で静かに輝き、俺の目をも一瞬、奪った。

「……!」

思わず小さく息を呑む。

それは、明らかに“ただの宝石”ではない。

何かの気配が、周囲の空気をわずかに震わせていた。

「……よし。こいつが出たとなりゃ、少し早いが──」

指示役の男が、視線をこちらに向けることなく言った。

「エリオ、先に戻って報告だ。あとは“試練”だけでいい」

そう言って、再び箱にしまい直したそれを、背後に立つエリオに手渡した。

エリオは頷き、黙って懐から金属の鍵を取り出す。

見たことのある形状。

あれは──転送キーだ。

つまり、この階層は既に“踏破済み”ということになる。

エリオは鍵を軽く翳すと、発動を念じた様子を見せる。

次の瞬間、彼の身体が淡い粒子へと変わり、瞬く間にその場から消えていく。

「……」

残された空間には、ほんのわずかな風のような揺らぎと、彼の気配の余韻だけが残った。

──報告。

恐らく彼は、入口に戻り、後方の部隊や指揮者に何かしらの指示を伝えるのだろう。

あの“虹色の珠”が意味するものが、どれほど重要な価値を持つのか。

今は分からないが、気に留めておく必要はありそうだった。

「……それじゃあ、後は俺たちの出番だな」

指示役の男が、どこか遠くを見るような虚空の先に視線を投げたまま、ぽつりと呟いた。

誰に向けるでもないその言葉に、仲間の誰もが反応を返さない。ただ、それぞれが自分の準備を整えはじめていた。

そんな中、シドが再び地図を取り出し、軽く顎に手をやりながら目を走らせる。

その視線の動きが、今までよりもはるかに明確だった。

まるで、目的地の一点にのみ針路が定められているかのように。

──なるほど。今向かっているのは、間違いなく“試練”の場所だな。

シドが持っているあの地図は、たしか「所有者のレベルより高い魔物の位置が浮かび上がる」と聞いた記憶がある。

つまり今、彼が躊躇なく進めているということは──

この階層の“雑魚”たちよりは彼の方が上。“試練”よりは下、ということになる。

試練の敵……いったいどれほどの強さなんだろうか。

事前の打ち合わせでは、「特に問題ないはず」なんて気軽に言ってたが、その“問題ない”の基準がどこにあるのか分からん。少なくとも、俺の基準では信用しきれない。

──ついでに言えば、まさか俺をいきなり初見の敵にぶつけるつもりじゃないだろうな?

いや、可能性はある。あるどころか、むしろ高い。

……確認しよう。

俺は少しだけ速度を落として、軽く肩越しに振り返りながら、指示役の男に声をかけた。

「あー、すまん。これから“試練”に当たると思うんだが……可能なら、事前に相手の情報を教えてもらえないか?」

声をかけた瞬間、男の表情がわずかに動いた。

面食らったような、あるいは予想外のタイミングだったとでも言いたげな反応。それでもすぐに、気だるげな笑みに戻り、軽く顎を引いて答えた。

「おっと。そういや、そうだったな。忘れてた。だがな……悪いが、それはできねぇ」

「……理由は?」

自然と眉が寄る。隠すようなことか?

彼は肩をすくめ、くくっと喉の奥で笑った。

「ちゃんと理由はあるさ。さっきも言ったが、今回の“試練”の相手は、俺とジョンで十分対応できる。だから、お前が無理するような状況にはならない──とは思ってる」

そこまで言って、彼はぐいっと俺の方へ視線を向けた。

「けどな、お前さんにとっちゃ今回が初参加だろ? だったらこっちとしても、お前が“初見の敵”に対してどの程度動けるかを見ておきたいってわけよ」

そう言って、男は少しだけ悪戯っぽく笑った。

「悪いな。ちょっとした実地試験ってやつだ」

……なるほど。

“余裕があるうちに、こっちの力量を測っておこう”ってわけか。

理屈としては分かる。理解もできる。納得するかは、また別だが。

「……了解」

しぶしぶといった態度で言えば、男は満足そうに片眉を上げて頷いた。

「よし。じゃあ、そのつもりで頼むぜ。……期待してるからな」

その言葉に、妙な含みを感じたが、突っ込む前に彼はもう前を向いていた。

さて、どんな“試練”が出てくるのやら。