軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第63話 死闘の末に

「なんで……一気に倒せばいけると思ったのに」

メイリンのつぶやきは、狼の息遣いが広がる空間にむなしく響いた。

その肩が震えているのが、俺の視界の端で揺れていた。

俺も、呆然としていた。

さすがにこれは、想定していなかった。

いくら倒しても、何度でも立ち上がってくる──。

ここまでくると、もはや戦術も意味をなさない。

物量も、タイミングも、致命傷すらも。

すべてが無意味に思えてくる。

そんな絶望感を振り払うように、俺は天井を見上げた。

空中に、例の“管理人”が胡坐をかいて座っている。

あいかわらず余裕の態度。足をぶらぶら揺らしながら、こちらを見下ろしていた。

(まさか……あいつの力か?)

無意識に、そんな考えが浮かぶ。

この悪意めいた状況、ゲームマスターのように盤面を操る者がいるとしたら、こいつしかいない──そう思っていた矢先だった。

「そいつらが起き上がるのは、ワシは関係ないぞー。そいつら自身の力じゃ」

間延びした声が、天井の上から降ってきた。

まるで、こちらの思考を読んだかのようなタイミングで。

「……チッ」

思わず舌打ちが漏れる。

信じろって方が無理だ。だが、信じる以外に道もない。

思考を切り替えようとした、そのときだった。

──どちゃっ。

ぬめるような音が耳に届く。

視線を戻すと、そこには奇怪な光景があった。

首のない巨狼の胴体に、焦げた小型の狼が飛び乗ったかと思えば、そのまま首の切れ目へ──

ズルリ、と身体ごと崩れ、ぐずりと溶けるように沈み込み……そして──

──“顔”になった。

「……嘘だろ……」

思わず、声が漏れた。

たしかに斬ったはずだ。俺の手で、首を飛ばした。

だが今、そこにはまるで最初から切られてなどいなかったかのように、完全な姿の巨狼がいた。

しかも──その口元が、ニヤリと歪んだ。

嗤っている。明らかに、意思を持って。

そのとき、横に転がっていたはずの切断された巨狼の“首”が、ぐにゃりと変形を始めた。

皮が伸び、骨が縮み、肉が捩じれながら──一頭の、雑魚サイズの狼に“再構成”される。

「は……? 再生じゃない、これは……?」

さらに、別の雑魚狼たちが、近くに転がっていた自分たちの“首”を器用に口で咥え、それぞれの身体に──まるでパズルのピースのように、ぴたりとくっつけていく。

「……あいつら、修復までするのか……」

俺は思わず一歩、後ずさった。

寒気が背筋を駆け抜ける。これはただの再生じゃない。構造が……常軌を逸している。

「……多分、死体操作系とか、人形操作系とか、そんな感じなのかも」

メイリンの声が、かすかに震えていた。

冷静に分析してるようでいて、その手元は少し汗ばんでいる。

「全員、端末……操ってるやつが、どこかに“本体”として潜んでるパターン。そんなところかも……」

確かに、ありがちな話だ。

けれど──

「だとしても……」

俺はぎり、と奥歯を噛み締める。

「……“全部倒した”さっきで、終わらなかった。なら……“本体”って、どこにいるってんだ?」

もしかして、この空間の外か?

それとも……俺たちの認識をすり抜けている“何か”がある?

考えろ、考えろ。

向こうのスタミナなんかがあるか分からない以上、いつまでも時間をかけるわけには行かない。

打開策を練ろうとした、その矢先だった。

まるで、こちらが思考に集中しようとした瞬間を見計らったかのように、奴ら──十頭の狼たちが、一斉に動き出した。

遠慮も、駆け引きもない。

ただ殺すために、ただ潰すために。

本能だけが牙となって、俺たちを喰らおうと迫ってくる。

走る軌道はバラバラ。けれど、目的は一つ。

俺とメイリン──二人同時に仕留めようとする明確な意志が、獣の足音に滲んでいた。

「くっ!」

反射的にメイリンの位置を確認する。

数頭が彼女に向かって跳びかかっていた。

助けに行こうと足を踏み出しかけた、その瞬間──

視界の端に、質量の暴力が迫っていた。

ドン──ッ!

全身に風圧を感じる。

俺ほどではないが、やはりあいつも速い。

巨狼──灰色の獣が、トラックでも突っ込んできたかのような迫力で襲い掛かってくる。

まともに食らえば、それなりのダメージを食らうのは間違いない。

足を捻って横に滑り込むように回避。

辛うじて避けたが、避けざまに短剣でかすめる程度しか反撃できなかった。

しかも、雷は走らない。

(……バフが切れたか)

あの鳥顔の術が、とうとう尽きたらしい。

あれがなければ、一撃で複数を仕留めるのは厳しい。状況は悪化する一方だ。

回避した体勢のまま、再びメイリンの方へ視線を向ける。

雑魚狼相手だが、こちら同様に苦戦しているようだ。

矢を射る余裕すらない。完全に回避に徹して、なんとか凌いでいる。

その足元にはすでに幾筋かの血が垂れていた。

(あの位置関係……)

メイリンと俺との間に、巨狼が陣取っている。

壁だ。圧倒的な、殺意の壁。

今の状態では、簡単に彼女の側へは行かせてもらえそうにない。

目の前の巨狼が、再び嗤った。

その歪な顔に貼りついた笑みが、こちらをあざ笑っているように見える。

「チッ……!」

舌打ちする暇すらない。

その合図のように、周囲にいた雑魚狼たちが、再び飛び掛かってきた。

(今更、こいつらの動きなんざ……)

甘く見た。

いや、慢心していた。

いつもどおりに、かわして、切って、倒す。

そのつもりで、俺は一頭の突撃を横に滑らせ、脇腹を狙って短剣を振り抜いた──そのときだった。

──どがぁぁん!!!

耳をつんざく轟音が、空間を裂いた。

「なっ……?!」

避けたはずの狼が、爆ぜた。

火薬のような匂いと共に、衝撃が腹に、腕に、胸に叩きつけられる。

反射的に両腕を交差してガードしたが、それでも爆風の熱が皮膚を焼き、

牙らしき破片が、鋭く腕に突き刺さる。

「ぐっ……!」

咄嗟に飛び退いたのが幸いした。

まともに食らっていれば、片腕どころか命ごと持っていかれていたかもしれない。

焦げた匂いが鼻を刺し、筋肉がびりびりと痺れる。

皮膚が爛れ、ただの傷では済まない。

俺は腰のポーチに手を突っ込み、回復薬を掴む。

「くそ……!」

痛みに呻きながら、容器を引きちぎるように口に流し込む。

喉を焼くような苦味が胃に落ちていくのと同時に、血の気が少しずつ戻る。

だが──火傷は完全には消えない。

もう一本、取り出して、今度は直接腕に振りかける。

効果があるかは分からなかったが、やらずにはいられなかった。

──じゅうぅっ!

白煙と共に、灼け爛れた皮膚がみるみる再生していく。

苦鳴が漏れそうになるが、歯を食いしばって耐えた。

視線をメイリンへと戻す。

あちらは爆発には巻き込まれていないようだが、手足に浅い切り傷がいくつか確認できる。

完全回避には至らないようだった。

(くそ、時間がない……)

肉片が、モゾモゾと蠢いていた。

爆ぜ散った狼の破片が、まるで意志でも持っているかのように、ずるり、ずるりと地を這い、また一つに纏まりかけている。

「……こんな状態からでも再生しようとしてるのか」

さすがに粉々になったのだから、少しは時間が稼げると思っていたのに。希望は脆くも裏切られる。やがて、奴は再び姿を取り戻し、俺たちの前に立ち塞がるだろう。

しかも──爆発の仕組みすら分からない。

雑魚狼が自爆してる? それか、巨狼がトリガーを引いてる? それとも、背後にまだ“見えていない”何かがいて、全体を制御してるのか……?

「せめてわかりやすい弱点でも見えれば、どうとでも対応できんのに……!」

苛立ちを吐き捨てかけたその時、俺の視界を横切って、ひと筋の矢が飛んだ。

風を切る音も高らかに、ただ真っすぐに。目の前にいた雑魚狼の胴へと突き刺さる。

だが、それは──ただの矢だ。

雷のバフが切れた今、魔力も帯びていない。矢の速度こそ悪くはないが、それだけで倒せる相手じゃない。皮膚を掠めるだけだろう、そう思った。

「──……は?」

だが次の瞬間、矢を受けた狼は、ふらりと揺れ、白目を剥いてそのまま崩れ落ちた。

「おい……マジかよ」

俺は思わず、矢を撃った方向──メイリンの方を見た。

彼女は矢を放った姿勢のまま、石像のように固まっていた。目をぱちくりと見開き、驚きと混乱の色を浮かべている。本人ですら、何が起きたのか理解していないようだった。

「え?」

小さく漏らした声が、どこか抜けていて、間の抜けた響きすらある。

だがその時、気づいた。

メイリンの目──その黒目が、まるで色を失ったように、鈍いグレーへと染まっていた。

「メイリン!」

俺は声を張り上げた。彼女は瞬きを数度繰り返し、その目はゆっくりと元の黒に戻っていく。

「……一体何が」

呟く間もなく、周囲の狼たちが動き出した。今の一撃で、彼女を危険と判断したのだろう。数頭の雑魚が彼女に殺到し、巨狼までもがこちらから意識を逸らす。

「くっ……!」

メイリンは迫る敵に回避を重ねながら、再び弓に矢を番えた。

その瞬間だ。

じわり、と。彼女の目が、再びグレーに染まっていく。

──視えている。

そう確信させる何かがあった。

メイリンは、迷いなく一頭を狙い、矢を放った。ボスッという鈍い音とともに、雑魚狼の体に突き刺さる。そして、その狼は空中で力を失い、どさりと地に落ち、二度と動くことはなかった。

「やった……っ!」

荒い息をつきながら、メイリンは嬉しそうに口の端を上げた。

その目に宿ったのは、確かな自信と高揚感──戦場で得た手応え。彼女は既に次の矢を番えていた。

二頭目、三頭目と、矢が放たれるたびに狼たちは静かに、しかし確実に地に伏していく。

矢に魔力はない。バフも切れている。

だが、彼女には“視えている”。

敵の核心なのか。急所なのか。分からないが、命の根源、それを正確に打ち抜いたのだ。

「いけるわ! イトウさん! 視えるの! こいつらの命の──原点が!」

メイリンが叫ぶ声は、確信と興奮に満ちていた。

その言葉と同時に、三本目、四本目の矢が立て続けに宙を裂き、灰色の獣の急所を正確に撃ち抜いていく。──倒れる。バタリと重い音を立てて。

すごい。

視えている──まさにその言葉通り、メイリンの瞳はまるで何かを透かしているように濁った銀に染まり、まるで死の輪郭だけをなぞるかのように矢を放っていた。

……だが。

四頭目の狼が倒れた瞬間、それまで襲いかかることに集中していた雑魚どもが、ふと動きを変えた。

気づいたんだ──メイリンの矢が、自分たちを確実に仕留める“死”だと。

「チッ……!」

矢の軌道を見切るかのように、奴らが滑るような軌道で身を捩らせて避け始める。器用なもんだ。けれど、そうなれば矢は通じない。

メイリンは眉を寄せて、魔力を練り込もうとし始めた。より速く、より鋭く、それでいて精密な一矢を。

だが、それを見透かしたように、別の狼が彼女の側面から飛びかかる。

「くっそ! 鬱陶しいわねッ!」

吠えるように叫びながらも、メイリンは矢を撃つ手を止めない。だが、矢の精度は落ち、再び敵に近づかれる。

まずい──!

「そういうことなら!」

咄嗟に踏み出した。俺は自分の前に立ちはだかる巨狼へ、ためらいなく突っ込んだ。

メイリンに意識を向けていた巨体の牙獣は、こちらの動きに気づくのが一瞬遅れた。その隙に、最短の間合いで距離を詰める。

「おらあッ!」

反動をつけて、回転斬りの要領で巨狼の四肢を何度も斬りつけた。ずたずたに刻まれた前足から血が吹き出し、悲鳴のような吠え声とともに、巨体がぐらりと崩れる。

だが止まらない。

俺はそのまま、メイリンを囲む雑魚の群れに斬りかかった。

駆け抜けざま、低くしゃがみ込んでいた狼たちの足を斬り裂く。肉と骨が砕け、二頭の狼が地面に転がった。

「今だ、メイリン!」

呼びかけに応じるように、彼女が三本の矢を一気に番える。息を吸い込み、目を細め、集中──放たれた矢は、寸分違わぬ軌道で敵の急所へ突き刺さった。

ドサッ、ドサッ……。

あれほど獰猛だった雑魚たちが、息絶えて崩れ落ちる。残るは、二頭。いや、三頭目として──まだ再生を終えた巨狼が、俺たちを睨んでいた。

ズゥン、と空気が震えるような低い唸り声。

巨狼がこちらを見ていた視線を、ゆっくりとメイリンへと向け直す。

怒りとも、恐怖とも、憎悪ともつかない感情が、あの獣の赤い目に宿っていた。

ウォン、と低く吠える。

その声に、倒れた狼たちが呼応するかと思ったが……応じるものはいなかった。

「もう、立たないみたいだな……」

俺の言葉に、巨狼の瞳がギラリと光る。

そのすべての怒りが、メイリンに向かって集中しているのが分かった。

「ふふっ……やるもんでしょう、私も……!」

メイリンが、口元をつり上げて笑う。

自信に満ちたその笑みはどこか誇らしげだった。だが、それと同時に、体は悲鳴を上げている。

額から流れる汗は滝のように。両膝は細かく震え、矢を構える手も微かに揺れていた。

「……大丈夫か? それと、どうして突然あんな芸当が──」

俺がそう問いかけると、メイリンは軽く肩で息をしながら、携帯していた魔力回復薬を腰のポーチから取り出した。

「派生スキル、みたいね。私の“集中”スキルの……」

ひと息に薬を飲み干しながら、メイリンはどこか興奮混じりの声で言った。

「目を凝らすと、敵の身体の一部が、ほんのり光って視えるの。……たぶん、弱点。そこを狙って撃ったら、ああなったってわけ」

派生スキル──鳥顔が話していた。スキルが熟達すると、条件次第で新しい能力が“派生”する。

しかし、メイリンの様子を見るにかなりの消耗があるらしい。実際、額には汗が滲み、呼吸も浅い。無理をしているのは、見ればすぐに分かる。

「まだ、いけそうか?」

そう尋ねると、メイリンは苦笑いのような顔を浮かべて、片手を上げてサムズアップ。

「ら、楽勝! ……って言いたいところだけどさ。雑魚相手ならまだしも、あのデカブツ。あいつの弱点は、うっすらとしか視えないの。たぶん……身体が大きいとか、レベル差が関係してるんだと思う」

視えてはいる。けど、仕留めきれるかどうかは別問題──ということか。

「なら、俺がアイツを“削る”。その間に──頼む」

俺は一歩、前に出た。まるで空気が張り詰めるように、場の温度が一瞬で変わる。

深く息を吸い込む。胸に溜めた空気を火種に、俺の中の何かが弾けるように動き出した。

地を蹴る。

視界が歪むほどの加速で、俺は一直線に巨狼へ向かって飛び出した。

巨狼の目が驚きに見開かれる。雑魚の二体が、その直前で俺を迎撃しようと爆ぜたが──もう遅い。

俺の身体はすでに、巨狼の真下に潜り込んでいた。

「おらァッ!!」

咆哮のような叫びとともに、下腹部から喉元へと向かって、刃を縦横に走らせる。五月雨のように斬り刻み、肉と血を撒き散らす。

激痛に悲鳴をあげ、巨狼が飛び退こうとする。

逃がすかよ。

アイテムボックスから予備の短剣を二本取り出し、そのまま追い縋るように飛びかかる。

目と目が合った。怯えが見えた。だが、こっちの目にはもう一切の迷いがない。

一本目の短剣を、眼球の奥にねじ込む。手応え。巨狼が喉を震わせて絶叫しようと口を開けた。

「うるせえ!」

叫ぶ前に、その口の奥へ、もう一本の短剣をねじ込んだ。喉の奥深くまで。

巨体がのたうち、もがく。だが止まらない。俺は着地と同時に姿勢を低くし、周囲をすり抜けるように高速移動しながら、肉を削るように斬り続けた。

その度に、巨狼の毛並みが血で染まり、四肢が裂け、肉が削ぎ落ちていく。

「うぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

喉から突き上げるように声が出た。自分でも抑えきれないような、本能にも似た衝動。

気がつけば、巨狼の身体は一回り、いや二回りも小さくなっていた。

──その時。

「……視えたッ!!」

鋭く、凛としたメイリンの声が空気を切り裂いた。

矢が放たれる音。唸りを上げ、雷光のような速度で一直線に走る一矢。

それは、俺ですら反応はできても身体がついてこれないと思うほどの速さだった。

刹那──

矢が巨狼の左胸あたりに突き刺さった。

そのまま肉を割き、骨を砕き、内臓を貫いていく。

「ガ、ァ……ア……ッ!!」

巨狼の全身が痙攣する。硬直した巨体が、音を立てて、ゆっくりと……地面に崩れ落ちた。

ズズン、と地響きを残して。

俺は距離を取りつつ着地し、まだ動き出すかもしれないという警戒を解かなかった。

だが。

その巨体は──二度と起き上がることはなかった。

静寂が、訪れる。

息を呑んだまま、数秒が過ぎた。

そして。

【“神々の試練”が討伐されました】

表示された文字列を見た瞬間、張り詰めていた身体の芯から、力が抜けていくのが分かった。

ようやく……本当に、終わったのだと。

あの化け物を、俺たちは倒したのだと──そう、実感できたのだった。