軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第62話 立ち塞がる狼達

眼前に広がる灰色の群れ。

敵──巨大な狼と、その取り巻きたちは、まるで精鋭の兵のように統率されていた。

半円を描くように、じりじりと距離を詰めてくる無数の狼たち。

その眼は、光の届かぬ深淵のように濁りなく、ただこちらを“狩りの対象”として見定めている。

中央奥に鎮座する巨躯の狼は、まるで動く気配を見せない。

だがその両目だけが、氷のように冷たく、明確な殺意をもってこちらを見据えていた。

……あれが“親玉”か。

圧倒的な気配の差に、呼吸がわずかに乱れそうになる。

だが、そんな俺たちを上空から観察している存在──管理人──の視線の方が、むしろ厄介だった。

浮かんだまま、胡坐をかき、飄々とした顔で俺たちを見下ろしている。

(……今のところ、手出しはしてこなさそうか)

“最悪のパターン”を頭の中で切り捨て、そっと息を吐いた。

あいつがちょっかいを出してきたら詰む。そう思わせるだけの余裕が、あの態度から滲み出ていた。

俺はメイリンにだけ聞こえるように、声を落として言った。

「まずは様子見で突っ込んで雑魚を散らす。後ろのデカいのに注意しておいてくれ」

メイリンは小さく頷く。

その視線は、すでに戦場の一点へと結ばれていた。

──いくか。

呼吸と心拍を同調させ、一歩目を踏み出した瞬間。

脚に込めた力が、爆発のように全身へと伝わる。

守主戦、ネズミ型のときと比べ、明らかに“走り出し”が違う。

滑るような加速、重力に縛られないような身体の軽さ。地面を抉るどころか、風のように地を滑っていく。

──俺自身が、驚くほどに“消えていた”。

取り巻きの狼たちは、俺を見失ったまま、空を切るように牙を鳴らしている。

だが奥の巨狼だけは、動かぬ体のまま、しっかりと俺の“本当の位置”を見据えていた。

いや……管理人も、だ。やはり俺の気配を捕らえている。視線の先で、ぴたりと気配が重なるのを感じた。

──構うな、今は“雑魚”だ。

すり抜けるように、三体の取り巻きに接近。

刀身を閃かせる。首筋へ、喉元へ、骨の繋ぎ目へ──迷いなく刃を滑らせた。

ぴしゃり、と斬撃が走る。

……その刹那、切りつけた三体の狼の体が、青白い光を帯びて震え出した。

「……っ!?」

ピリピリと音を立て、帯電した体から稲妻がほとばしる。

近くにいた別の狼たちに向かって、雷が鎖のように伸びていく──

連鎖放電。

思わず足を止めた俺の頭上目掛け、一匹の狼が跳んだ。

電撃の範囲から逃れた一体が、こちらの隙を見逃さずに飛び掛かってきたのだ。

俺はすぐさまバックステップで後退。

着地と同時に、再び戦線の後方へと戻る。

「……ふう。雷の連鎖……鳥顔さんが掛けてくれたのは、こういうことか」

切った相手に雷属性を“付与”する──

そしてその雷は、隣接する対象に連鎖して痺れを与える。

電撃を食らった狼たちは、バチバチと音を立てて身をよじらせ、その場で硬直していた。

チャンス、だが、追撃は俺ではない。

空気を裂く音とともに、空中をいくつもの光が駆けた。

──魔力をまとった矢。しかも、一本や二本ではない。

雷を纏ったそれらが、硬直した狼たちに容赦なく突き刺さる。

ズドン、と重い音が響いたかと思うと、雷が重なるように爆ぜ、閃光の中、焼け焦げた狼たちが黒煙を上げて崩れ落ちる。

矢が刺さった狼の一体は、力なくドサリと倒れ、痙攣したまま動かなくなった。

目を向けると、メイリンが矢を放った残身の姿勢を保っていた。

放った勢いで舞った空気で髪が風に揺れ、額には薄く汗。

だがその目はまっすぐに次の標的を捉えていた。

「いい感じだ。この調子なら、雑魚はすぐにいなくなりそうだな」

軽く肩を回しながら口にした俺の言葉に、メイリンがやや語気を強めて返してくる。

その声には、余裕というより、緊張の混じった張り詰めた響きがあった。

「そっちはまだ余裕かもしれないけど、私の方は結構いっぱいいっぱいなんだからね? 鳥顔さんのバフが効いてる今のうちに、さっさと片付けるわよ」

そう言って、腰のポーチから取り出した魔力回復薬の瓶を、勢いよく口に含む。

ごく、という喉の動きがこちらにも伝わってくる。

思ったよりも、魔力の消費が激しかったようだ。あれだけの速射と重ね撃ちを放てば当然か。

親玉の巨狼は、まだ動いてはいないが……確かに、俺の突撃に反応できるほどの実力者だ。

今は様子見に徹しているが、油断はできない。

長引かせれば、展開は悪くなる可能性もある。

そう結論づけて、俺はメイリンの方を見た。

「さっきのでわかったわ。速射で動きを止めてから大技に繋げば、雑魚くらいなら私でも仕留められる。そっちは奥の……アレをお願い」

飲み干した薬瓶を片手で軽く振ると、くるりと後ろへ放り投げ、カシャンと音を立てて地面へ落とす。

その手はすでに魔力の矢を数本、番えていた。

「了解。任せろ」

頷くと同時に、俺は地を蹴った。

メイリンの矢が光の尾を引いて空を裂く。

その放たれた軌道の先に、じりじりと距離を詰めてきていた雑魚の狼たちがいる。

俺は矢の先導を追い抜くように、一直線に巨狼へ向かって突っ込んだ。

その黒く分厚い体は、まるで山のように不動のまま、こちらを睨んでいた。

正面突破──そう見せかけて、急制動。

足の裏で地を擦り、弾かれるように横へ滑る。

攻撃範囲のギリギリ外を掠めながら、さらにフェイントを入れて視線を外し、死角へと滑り込む。

──ここだ。

一瞬の隙に、懐へ踏み込む。

刃を引き抜き、巨狼の分厚い首筋へと全力で斬撃を叩き込んだ。

大の男が数人で抱えるほどの太さ──その半ば近くまで、手応えのある切断感が腕を通して返ってくる。

血飛沫が飛び、毛並みの下の肉が裂ける感触が確かにあった。

が。

その刹那、巨狼が──笑った。

視界の端で、裂けた口元がにたりと歪むのが見えた。

「──ッ!?」

次の瞬間、ぐらりと巨体が傾ぎ、その巨腕が唸りを上げて振るわれる。

避ける間もなく、俺は空中で腕を交差させて防御の体勢に入る。

だが──遅かった。

鉄骨が横なぐりに叩きつけられるような衝撃。

重力と反動に吹き飛ばされ、空中でぐるりと一回転しながら、背から壁へと突き刺さった。

「ぐっ……!」

肺の中の空気が抜け、口の中が鉄臭く染まる。

「イトウさん!!」

メイリンの叫び声が、どこか遠くで聞こえる。

それでも俺は、壁を蹴って体を引きはがし、再び前へと飛び出した。

口の端から垂れた血を、ぺっと吐き捨てる。

アイテムボックスから回復薬の瓶を取り出すと、そのまま一気に飲み干した。

「ふう……少し油断したみたいだ。にしても、あの傷で反撃してくるなんてな」

肩を竦めるようにして、片手をひらひらと振ってみせる。

メイリンが安堵したように、胸に手を当てて息をついた。

周囲を見ると、狼の群れはすでに半数以上が倒れていた。

メイリンが仕留めたのだろう、矢が突き刺さったままの狼たちが、黒煙を上げて地に伏している。

残るは二体。だが──

巨狼へと目を向ける。

その首は、俺の一撃によって半ばまで切断され、皮一枚で辛うじて繋がっている状態だった。

(やったか……?)

一瞬、勝利を確信しかけた──そのとき。

遠くで、雑魚の一体が、けたたましく吠えた。

「──うおおおおおん!!」

獣じみた咆哮が、空気を震わせる。

その声に呼応するかのように、巨狼の裂けた首が、みるみるうちに閉じていく。

傷口から、肉が再生し、皮膚が這い寄り、血すら止まっていく。

それだけではない。

地に伏していた狼たちが、一頭、また一頭と起き上がる。

中には、毛皮が焦げ、肉が黒ずみ、骨が露出した個体もいる。

それでも、呻きながら、無理やりに身体を引き起こす。

さらに──完全に首を斬り落とされたはずの個体までもが、頭部のないまま、四肢で立ち上がった。

「……げぇっ! 気色悪っ……!」

メイリンが、思わず顔をしかめ、吐き捨てるように言った。

その声に、俺も小さく息を呑んだ。

(……なんだコイツら。まさか……全員、不死か?)

──これは、まずい。

ただの“群れ”ではない。

“死なない”集団だとしたら……

「なんて──インチキ!」

メイリンが苛立ちを隠せぬ声で叫びながら、矢を番えて放つ。

その矢が着弾するや否や、稲妻の閃光が狼たちの間を駆け巡った。バチバチと連鎖する雷光が、立ち上がろうとしていた数体を再び地面に叩き伏せる。

皮膚を焦がし、毛並みを焼く音。鼻をつく焼けた肉の匂いが、さらに濃く立ち込めていた。

しかし、それも束の間だった。

他の狼たちは既に立ち上がり、濁った目でこちらを睨みつけてくる。喉を鳴らして威嚇する者もいれば、無言のままただ首なしのまま身体を震わせて立つ個体もいた。

その異様な光景に、思わず息を呑む。

「……耐久は下がってる、みたいね。でも……このままじゃ、埒があかないわ」

メイリンの声が震えていた。焦りと、恐怖とが入り混じった声。

俺も歯を食いしばった。この再生能力は異常だ。まるで、命そのものを循環させているような、常識外れの仕組みが背後にある。

ジリジリと削られていく。時間をかければかけるほど、こちらが不利になるのは明白だった。

「……! そうだ!」

メイリンが弾かれたように顔を上げ、目を見開いた。

「さっき、吠えてたやつ! もしかして……アイツが本当の親玉なんじゃない!?」

俺も思い出す。そう、あのとき狼たちが復活した直前、吠えたのは、巨狼ではなく雑魚の一頭──。

「……なら、あいつだ!」

すぐさま脚に力を込め、雷をはね上げる勢いで駆け出す。

吠えていた狼は、群れの中でも焦げ跡が目立ち、毛並みがまだらに剥げた個体だ。

見た目は他と変わらない。だが──それが隠れ蓑である可能性はある。

一気に懐に飛び込み、首筋を狙って斬り上げる。

咆哮すら許さず、鋭く閃いた刃が骨ごと断ち切った。

「……どうだ……?」

切り抜けた先で体勢を整え、振り返る。

手応えは確かにあった。もしあいつが中枢なら──これで止まるはず。

一瞬、部屋に沈黙が訪れる。

だが、その静寂を破ったのは、別の個体の、くぐもった唸り声だった。

ボロボロになった焦げた狼が、再び吠える。

「っ……!」

次の瞬間、倒れていた個体が、またも立ち上がってくる。

俺が首を刎ねたばかりの奴すら、むくりと身体を起こした。

「なんだ……こいつら……。まさか、同時に全部倒さなきゃいけないってことかよ……!」

背筋に冷たいものが走る。

その言葉に、メイリンが食い気味に叫ぶ。

「それなら──これで!!」

魔力が収束する音が聞こえる。メイリンの手には、これまでで最多の矢が番えられていた。

一本一本に雷の力が宿り、弓全体が淡く紫の光を放っていた。

「雑魚はこれで一掃する! イトウさんは大物を、同じタイミングで!!」

「了解だ!」

俺の返事を待たず、メイリンが矢を放つ。

放たれた光は天井まで舞い上がり、無数の光の雨となって狼たちに降り注いだ。

その場の空気が焼ける。

矢が地面や狼に突き刺さり、そこから雷が連鎖して全体を包み込む。

俺はその一瞬を見極め、遅れて動く。

放電が収まったタイミングで巨狼に突進。今度は逆方向から、かつての傷の縁を切り裂くように刃を振るった。

ブチィッ──

鈍い音とともに、巨狼の首が宙に跳ねた。

「これで……今度こそ!」

荒い息の中で、全体を見渡す。

狼たちは地に伏せ、ピクリとも動かない。

ようやく終わった──そう思った。

喉の奥でぐるぐると音がする。

視線を向けると、首だけになった巨狼が、まるで嗤うように口角を吊り上げていた。

──まさか。

体が、首がないまま立ち上がる。

それに呼応するように、周囲の狼たちも、ボロボロの身体のままのそりと立ち上がってきた。

首のない狼。

皮膚が剥がれ、骨が露出した狼。

どれも、生き物の“常識”から逸脱していた。

「……なんなんだ、こいつら……」

思わずこぼれた言葉が、広い部屋にむなしく反響するだけだった。