軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第59話 手向け

あれから──

進行予定を崩すことなく、順調に歩を進めていった。

戦闘についても、途中で出くわしたネズミ型の魔物をさらに二頭。

今度は奇襲ではなく、正面から真正面。俺ひとりで、きっちり仕留めることができた。

これで確信が持てた。

一対一なら、この階層での戦闘はもう問題ない。動きに迷いもなく、敵の間合いにも飲まれず、自分のリズムで戦える。

上昇したステータスについても、感覚的にしっかり噛み合ってきていた。

ただ、犬型──あれは別だ。

あいつらは複数で群れる。最初の襲撃のように、油断していたら一気に包囲されることもあるだろう。

この階層では鳥顔がいてくれたから良かったが、

次の階層、もし似たような群れが出てきたら……正直、対応が遅れる可能性はある。

自分ひとりでは厳しい場面もあるかもしれない。

そんなことを考えながら、二日目、そして三日目へと、時間は淡々と過ぎていった。

──そして、三日目の終わり。

「さて、着いたぞ」

歩いていた鳥顔が、ふと立ち止まり、前方を指さす。

その声に顔を上げて、俺とメイリンもその視線を追った。

森の緑が、ふっと終わる。

今までずっと続いていた、鬱蒼とした木々の海──それが、まるで切り取られたように途切れている。

その先に広がっていたのは、見渡す限りの──草原だった。

風が吹き抜ける。

木々に遮られていた陽光が、思いきり顔を照らす。

視界が開けた開放感に、目を細めた。

そして、視線のその先──

草原の中央に、そびえていた。

螺旋階段。

空に向かってまっすぐと伸びる、それはまるで天を突く塔のようで。

ぐるぐると回る階段が、空中の一点へと吸い込まれるように続いている。

階段の先、目を凝らすと──

空間が、ぽっかりと穿たれていた。まるで、現実がくり抜かれたような歪み。

あそこが次の階層への"入口"──いや、"出口"、なのか。

「……ここが、階層の入口か」

思わず、独り言がこぼれた。

草原の風が、俺の頬をなでていった。

螺旋の頂へと続く道──その先に、何が待っているのかは分からない。

* * *

三人揃って、ゆっくりと草原へと足を踏み入れる。

森の中とは違って、どこまでも広がる開けた地形。空が大きい。風が通る。

ずっと張り詰めていた緊張が、少しだけ緩むのを感じた。けれど、すぐに警戒心が残っていた脳の奥をつつく。

ここが本当に“安全”な場所なのか──。

油断して良いのか分からない。俺は鳥顔に向き直って尋ねた。

「この草原、セーフエリアなんですか?」

隣でメイリンも頷き、同じく鳥顔に視線を送る。

だが、鳥顔は小さく首を傾げてから答えた。

「その“セーフエリア”という言葉の意味は知らんが……この階層の入口付近は、基本的には安全だ。よほどのことがなければな。ただ──」

少しだけ間を置き、口調が微かに重くなる。

「──稀に、迷宮が“試練”を課すことがある。その時は、その限りではなくなる」

「試練?」

メイリンが小さく首を傾げる。だが、俺にはその言葉に、思い当たる記憶があった。

あれは、まだここまで深く潜る前の話だ。

“神々の試練”と呼ばれるアイテムを、ある男が使ったことで、突如として迷宮が閉ざされ、強力な魔物が現れた。

結局あの時は、手を尽くしてなんとか退けることができたが──あの一件は、今でも鮮明に焼きついている。

「……その、“試練”って、どういうものなんですか?」

気になって、思わずもう一歩、鳥顔に問いかけていた。

彼は変わらず淡々とした様子で、視線だけを草原の向こう、空へ伸びる螺旋階段へと向けた。

「迷宮の試練──我々は迷宮そのものの“自浄作用”だと考えている。中身が停滞し、変化がなくなると起きる。具体的には、上下階層からの侵入者がなく、管理者の来訪もない……そういった“動き”がない状態が長く続くと、迷宮が“活性化”するのだ。それが“試練”と呼ばれている現象だ」

中身の停滞。

思わず、その言葉を心の中で繰り返す。

「……それって、誰かが何かを“起こす”というより、迷宮の側から“動き出す”ってことですか?」

「そうだ。試練の際には、今いる階層が閉じ、その階層以上の力を持つ魔物たちが姿を現す。時には、別の階層のモンスターまでもが、この階層を彷徨い歩くようになる。ある程度の期間、それが繰り返され──そして、迷宮が“循環の完了”を判断すれば、再び元の状態に戻る」

鳥顔の視線は、静かに宙を泳ぎながら続く。

「試練の後は、時折だが、アイテムや素材などが多く見つかることがある。まるで、滞ったものが流れ、土壌が肥えたように、な」

「……なるほど、台風や川の氾濫の後に収穫量が増える、みたいな……自然の摂理みたいなもんか」

ぽつりとこぼれた自分の独り言に、鳥顔もふむと頷いた。

迷宮は生きている。

それはこれまで何度か感じたことだったが、こうして“循環”を意識させられると、ますます迷宮の存在が単なる空間とは思えなくなる。

一体何の目的でこの迷宮というものが存在するのか、自分たちや獣人達の関係、ステータスやスキル、謎は多い。

メイリンはまだ実感が湧かないのか、俺と鳥顔のやりとりを聞きながら、遠くの螺旋階段を見上げている。

そして、その先にぽっかりと空いた“空間の裂け目”──次の階層への扉。

新たな疑念が胸の片隅に残っていた。

それでも──今は、まずこの階層を抜けることが先だ。

一度止まりかけた足を、再び前に踏み出す。

草を踏み分けながら、目指すはあの巨大な螺旋階段。

そして、その足元──階段の麓に、見慣れたものがあった。

石でできた小さなポータル。無機質な、でもどこか神殿の遺物のような静けさと存在感。

ただ、いつもと違ったのは、そこに近づいても──アナウンスが流れなかったことだ。

「……やっぱり、か」

小さくつぶやいてみるが、期待していた分、肩の力が抜けるのが分かった。

正式なルートで来ていないせいだろう。

試しにポータルの表面に触れてみても、反応はない。

強制的な転移もなければ、迷宮の意志のようなものも感じない。

「ここから先は……自力で登るしかないってことだな」

やれやれ、とは思うが、もう慣れてきた部分もある。

そんな中、不意に前を歩いていた鳥顔が立ち止まり、こちらを振り返った。

「私は、これより上へは向かえん」

静かで、だがどこか含みのある声だった。

「案内はここまでだな」

……その言葉に、俺は自然と姿勢を正した。

「ええ、ここまでで十分すぎるほどです。本当に、ありがとうございました」

続けて、横からメイリンの声。

「ほんとよ! あなたがいなかったら、もっと大変だったわね!」

鳥顔は、その感謝の言葉に軽く頷くだけだった。

感情が読みづらい顔立ちのまま、けれどどこか、その仕草には温度があったように思う。

しばし、沈黙が流れる──と。

「……ふむ」

鳥顔が、ふと空を仰ぐようにして、考え込むような素振りを見せた。

「どうかしました?」

思わず聞いてしまう。

しばらく思案するような間があってから、低く答えが返ってきた。

「この後は……すぐに登るのか?」

その言葉に、俺とメイリンは顔を見合わせる。

「えーっと、そうですね」

俺が口を開く。

「メイリンと相談して決めようとは思ってましたが、日もまだ高いですし、体力的にも余裕があります。だから俺としては──登るつもりです」

メイリンも頷いて、軽く拳を握る。

「うん、ここで中途半端に休むのもね。今の勢いのまま進んじゃいたいし、私も登るつもりよ」

なるほど、と鳥顔が小さく呟き、納得したように頷く。

「よし、ならば──手向けだ」

そう呟くと、彼は背に収めていた槍をするりと抜き取り、くるりと円を描くように回してから、静かに胸の前で掲げた。

槍先は天を向き、両の手で柄をしっかりと握り込む。目を閉じ、何かに祈るような、そんな厳かな気配が一瞬だけ空気を引き締める。

「……何を……?」

思わず口に出しかけた時だった。鳥顔が、静かに言葉を落とす。

「この先、何があるか分からん。だが──役に立たんこともないだろう」

そう言って、槍の石突をトンと軽く地面に突いた。

次の瞬間だった。

俺とメイリンの足元から、ふわりと金の粒子が立ち上る。風もないのに空中を舞い上がり、きらきらと舞う光の帯となって俺たちの身体に吸い込まれていく。

「……な、なにこれ……」

「……っ、温かい?」

メイリンと顔を見合わせながら、自分の腕や胸元に目をやる。皮膚の表面に、微かに光が滲んだような感覚が残る。

鳥顔は、そんな俺たちの様子を見て、やや顎を引いて言った。

「私のスキルだ。ある一定の回数、攻撃が連鎖する。 雷(いかづち) が、うねる様にな」

「雷が……連鎖?」

問い返す間もなく、彼はくるりと背を向け、森の方へと歩き出す。

風が、彼の羽根の間をすり抜けていった。

無言の背中に、ほんの一拍、俺とメイリンは言葉を失っていた。

──そして、我に返る。

「……あ、ありがとうございます! またどこかで!」

「遊びに来れたら来るわねー!」

声を張って手を振ると、鳥顔は背中越しにひと振りだけ、手を上げて応えた。

それが、無言の別れの合図だった。

森の中にその姿がすっかり消えるまで、俺たちはしばし、そこに立ち尽くしたままだった。

そして──俺とメイリンは、無言で視線を交わす。

自然と、二人とも頷いていた。

振り返る。

見上げるような巨大な螺旋階段が、草原の中央に聳え立っている。

その先に空間の歪みのような"次の階層"がぽっかりと口を開けている。

「さあ、行くぞ」

俺はそう呟いて、メイリンと共に一歩を踏み出した。