軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31番目の妃*25

退室したサブリナと公爵夫婦の顔は冷えている。あれほど憤怒していた公爵の顔は、密偵たる侍女の動きを指摘され一気に冷えていた。

「父上、王城の侍女を勝手に解任したのです。こちら側も首を切れとのことでしょう。専属二名を連れ帰ってくださいませ。私の失態です。後宮の侍女が王城をうろついたら目ざわりでしたでしょう。それに、あの田舎邸は奥まった所にありますもの、関係のない侍女は目立ったのでございましょう」

サブリナは顔には出さなかったが、強く握られている手から、感情を圧し殺しているのがうかがえる。

「サブリナ、引き際を考えておけ。意固地な妃として王城を後にすることのないようにな」

公爵はすでに王の意向を汲んでいた。あれほどの態度だ。わからぬほど愚鈍ではない。

「ええ、ですが、簡単には引きませんわ。王妃の座は、田舎者が勤めるほど安易な席ではありませんでしょ。見せつけねばなりませんのよ、その座がどういうものか。誰が座るべきかを……しかと王様に判断願わねば。冷静な目で見ていただけたら、きっと王様もおわかりになるはずよ」

サブリナは引く気などない。

公爵はそんなサブリナをたくましく思いながらも、不安を抱いた。あのミミリー侯爵令嬢の話は聞き及んでいる。サブリナも同じように、そこに足を踏み入れたのかもしれない。簡単に落ちるようには育ててはいないが、一抹の不安が心を覆った。握りしめた手が公爵にそう思わせたのだ。

「いずれにしても、残った時間は少ないと思え。王の足がない妃邸が九ヶ月も続けば、お前の価値は無くなるぞ」

「ご安心を。すでに手はうってありますわ」

***

フェリアはひとり壁の華だ。キュリーが別室に行ってからは、常にひとりである。ミミリーは、たった一言の発言をもって恩を返したとばかりに引いた。ブッチーニ侯爵がフェリアに軽く会釈をし、ミミリーを引き取ったのだ。

『あんまり美味しくないわ』

軽食を口にしたフェリアの感想である。食は進まず、そっとテーブルに皿を置いた。

『まだ11番目』

ビンズの呼び出しで妃らは次々と別室に向かう。フェリアは自身の31番までが遠く感じている。足裏が少し痛みだした。走りすぎて足裏がヒリヒリしている。皮がめくれるかもしれないと、小さくため息を吐いた。

カツカツカツ

ため息を吐いた床に現れた靴の音に、フェリアは顔を上げる。

「今晩は、フェリア嬢」

フェリアには知らぬ顔だ。元より、この夜会で知っている者はいない。一領主の妹が出会えるなど思えぬ人々の集まりであるから。

「今晩は」

フェリアは相手の名がわからぬゆえ、挨拶のみを返した。

「アルカディウスと申します」

そう名のられても、フェリアにはどう返していいかわからない。ただ、軽く膝を折った。

「……」

「……」

互いに無言だ。

「私を知らないとは、実に驚きだ」

「私、ここで知っている殿方はただおひとりだけですの」

王マクロンしか知らぬ、私に声をかけるなと返したようなものだ。何とも上手いあしらいである。後見のいない妃候補である者に、単体の殿方が声をかける。それを一寸の間もなくさばいたフェリアを、遠くから見ていたキュリーはニンマリと扇子の内側で素晴らしいと笑った。フェリア自体、わかってやっているわけではない。胡散臭い男としゃべりたくない、ただそれだけである。

「これは参りましたな。実に素晴らしい妃候補であらせられる。私の妹もあなたのように育ってほしいものです。私はアルカディウス・セナーダ、隣国セナーダの第三王子であり、1番目の妃の後見人だよ」

そう聞かされたとて、フェリアの態度は変わらない。軽くそうですかと返すのみだ。

「七歳の妹は眠いらしくてね、意向面談を終えて邸に退いてしまったのだ。後見人として夜会に出席しているが、当の妹がいないものだから心寂しくてね。フェリア嬢は面談まで一番時間がおありだろう。私と時間潰しでもしようではないか」

フェリアの横にすかさず移動したアルカディウスは、フェリアと距離をつめるべく、飲み物を渡そうとする。

フェリアはその飲み物がアルコールであると知っているし、隣国王子からの杯を受け取らないのは失礼であることも知っている。手を伸ばしグラスを受け取ろうとした。その時、アルカディウスの手のグラスが傾き、飲み物がフェリアのドレスにかかった。

「失礼した! なんということか! どうぞ、こちらへ」

アルカディウスが夜会会場からフェリアを連れ出そうとした。

フェリアはアルカディウスの促しをするりとかわす。そして、テーブルにある別の飲み物に手を伸ばした。フェリアに一歩踏み出したアルカディウスにグラスを傾ける。

「これでおあいこですわ」

飲み物はアルカディウスのズボンにかかっていた。アルカディウスは目を丸める。予想だにしなかったフェリアの対応に固まった。それは、夜会にいた誰もがそうである。まさか、隣国の王子に飲み物をかけるなど、他の令嬢では決してやれないことだ。

そのほんの少し前、夜会会場にサブリナらは戻ってきていた。フェリアとアルカディウスの様子を遠からず見ていた。その瞳が嬉々としていることに公爵は気づき、サブリナに小声で問う。『あれが手か?』と。サブリナは薄く笑む。『アルカディウス・セナーダ、麗しき高貴な女たらしですわ』と答えた。貴族界では有名人である。

サブリナはアルカディウスに囁いていた。『後見人も居ず、31番目まで長い間待つ妃がおりますわ。是非、王子様がお相手をさしあげてくださいませ。ひとり、この貴族社会の中で領主の妹というおかわいそうな方ですの。王子様に声をかけていただけたら、他の遠巻きの皆様も気兼ねなく接しられますから』と。一見、優しげな言葉かけであるが、サブリナの思惑は女たらしの発揮である。フェリアに男の噂をたてることが目的だ。下賎な妃は、隣国の王子をたらし込めた……そう噂されるように。

しかし、思惑は外れる。はたから見ても、フェリアとアルカディウスは親しげには見えないのだ。あろうことか、アルカディウスに飲み物をかけるということまでやっている。思惑は外れはしたが、サブリナはニンマリと笑んだ。隣国の王子に失礼をするとは、妃たるにふさわしくないと大手を振って言えるのだ。だが、自ら言うことはしない。サブリナは父である公爵を促した。『あの者を罰し、隣国の顔をたててくださいまし』と。

「これはどういうことかね?」

公爵は悠々と歩き、フェリアとアルカディウスの前に立った。

「あ、ああ、公爵か……見ての通りだよ」

アルカディウスは肩を竦めた。そこに憎悪の感情はなく、楽しげだ。公爵は眉を少し上げた。どう解釈すればいいのかと、頭を回転させた。ただ、これだけは言わねばならぬと口を開く。

「……謝りなさい。隣国の王子様であらせられるのだ。田舎での馬鹿騒ぎのような集会の無礼講なら許せるかもしれないが、今は王城での夜会である。礼儀も知らぬのか? 妃としての資質を問われますぞ」

フェリアはうんざりした。無礼講ではない。おあいことは、粋な計らいだ。これに口を挟む無粋な公爵にはうんざりだと、フェリアはアルカディウスと同じように肩を竦めた。つまり、フェリアはアルカディウスと堂々と渡り合ったようなものであるのだ。

「素敵なお召物ですね、フェリア嬢」

「アルカディウス様こそ、素敵な出立ちですわ」

互いの衣服のシミを見て目で笑み合う。

「失礼、私の見立てのドレスを褒めていただき、ありがとうございます」

そこに、キュリーも参戦する。

「これはこれは、キュリー嬢! こちらこそ、お声をかけていただきありがとうございます」

キュリーの国とアルカディウスの国、ダナン国は同等位の国である。ダナンを挟んで二国は成っている。両国は反目はしていないが、浅い関係で成り立っていた。今まで、深く繋がる駒がなかった。

「アルカディウス様でらしたわね」

アルカディウスは嬉々としてキュリーと接する。繋がりの糸口たるキュリーであるからだ。

公爵は話し込む二人の横で、自身の発言が宙に浮いている状態にため息をつくしかない。その視線はフェリアに移る。凜と立つその姿は、田舎者には到底見えなかった。このような王城での夜会で、物怖じせず立っていられるのだ。王子に飲み物までかけて。

「公爵様、素晴らしい口添えでしたわね。さすがにございます。私、ダナンの底力を見せていただきましたわ」

フェリアはすらすらと発し、公爵を称えた。宙に浮いた言葉のお返しとばかりの言いようである。フェリアは笑む。謝罪せよなど言いませんわよね、との含みを持って。

「……」

公爵はヒクヒクと口角を震わせ、無言でフェリアに笑んだ。言葉を引っ込めるとの了承の意味を込めて。そのぎこちない笑みに、フェリアは『ふふふ』と微笑んだ。