作品タイトル不明
496.酩酊とスティールと
再び、グレイシア家のメイド服に着替えたメイたち。
依頼者の錬金術師が、ここでの作戦を確認する。
「目標は海賊船長エドワードから【ドラコナイト】を奪い取ることだ」
「どうやって奪うのかしら?」
「どうやらお前さんたちの中には【スティール】が使えるヤツがいるみたいだな。ビールを飲ませて、意識が鈍っている隙に盗み出してくれ」
「ッ!?」
そっとツバメを支えるレン。
ツバメ、一杯も飲んでないのに早くも前後不覚に陥る。
「成功したあかつきには、セイレーン対策アイテムの【海鳴りの耳当て】を報酬に出させてもらうよ」
「おーい、料理や飲み物はこっちで用意するから、君たちはとにかくそれを次々に出してくれ」
聞こえてきたのは店長の声。
これだけなら普通のクエストだ。
だが今回は少し、変わった点がある。
「エドワードに多く酒を飲ませれば、それだけ隙が大きくなって盗みやすくなる。同じく周りの海賊たちも、酒を飲むほど感覚が散漫になっていくはずだ。後は頼んだぞ」
そう言って錬金術師は、店の外に隠れる。
メイたちはキッチン前に集合して、店長の話を聞くことにした。
「オーダーミスと、提供が遅くなりすぎることには注意してくれ。じゃないと海賊が暴れ出すからな。争いが始まったら大惨事になっちまう。それと一番大事なのは、『お前も飲め』って言われた時だ。断った場合、運が悪いと怒り出す海賊も出てくるはずだ。かといって酒を受け取れば、それだけ酔って動きも怪しくなる」
「動きが怪しくなるの?」
「どういうことだ?」
メイとアルトリッテは、互いを見ながら首を傾げ合う。
見れば、いーちゃんも一緒に首を傾げている。
「そこはやってみないと分からない感じかしら。とりあえず仕事を始めましょう。ツバメはエドワードのテーブルに張り付いて、隙が大きくなったら【スティール】を狙っていって。ガンガン飲ませちゃっていいと思うわ」
「ガンバリマス」
一方ツバメはもう、口調がカタコト。
「それじゃあいきましょう!」
レンの声に、一斉に動き出す精鋭メイドたち。
グレイシア家で慣らした動きで、次々にオーダーを運び始める。
「【バンビステップ】!」
メイは両手と尻尾でビールをまとめてつかみ、海賊たちの間を華麗な回転ですり抜けていく。
「よっ、【アクロバット】!」
なんと【アクロバット】による側方宙返りでも、尻尾にかけたビールをこぼさない器用さをみせる。
「【ペガサス】!」
一方のアルトリッテも、高い【腕力】とダイナミックな跳躍スキルで大量のオーダーを次々に片付ける。
「これはメイ、こっちはアルトリッテ」
前衛組の速い攻勢を仕切るのは、レンとマリーカ。
オーダーをメイ用とアルトリッテ用に分けつつ、空いた手で自らも近距離区間のオーダーをこなしていく。
こうして生まれた余裕を使い、ツバメは【跳躍】と【壁走り】を使って船長エドワードのテーブルだけを狙い撃つ。
こうすることで、他の海賊客に捕まって時間を取られることもない。
「ドンドン持って来い! オーダーなんか通ってなくていい! 店の酒全てを飲みつくしてやる!」
豪快な発言は『早々酔って隙を見せたりしない』という宣言だ。
「【加速】【跳躍】!」
ツバメは次々にキッチンからビールと料理を取ってはエドワードのもとへ。
「嬢ちゃん、やるじゃねえか」
「ありがとうございます」
店長も、その速度に感心の声を上げる。
優雅さが関係なければ、前衛組の仕事はまさに『圧倒的』の一言だ。そんな中。
「おい、お前さんも一杯飲んでいけ」
そう言って、一人の海賊が樽ジョッキのビールを突き出してきた。
「いいのかな?」
それをつい受け取ってしまうメイ。
すると樽ジョッキの中身が一瞬で空になり、メイの顔がわずかに赤くなる。
「おう、お嬢ちゃんも一杯やれや。断ったりしねえよな?」
「む! 確か断ると怒り出すことがあるのだったな。ここは受け取っておくか」
アルトリッテもとりあえずといった形で、ジョッキを受け取るのだった。
「視線が揺れ始めたわ」
「……足元が少しおぼつかない」
やがて少しずつ、『酔い』の効果が出始めた。
意識にはまるで問題がないが、視覚と足元に明確なブレがある。
「【ペガサス】! ぬはっ!?」
「おいおい、気を付けろよな」
アルトリッテは危うく着地際に海賊とぶつかりそうになって、冷や汗を拭う。
「……アルト、海賊の顔面にジョッキを叩き込まないよう気を付けて。ダメ、絶対」
「フラグみたいないい方はやめろーっ……気を付ける」
そう言いながら二人、肩をぶつけ合いつつキッチンからビールを受け取る。
「まったく二人とも足元が怪しいわよ。しっかりしてね」
「……レンも言える状況じゃない」
「むはははは! まったくだな!」
クールに言い放ったレンも、すでに【銀閃の杖】をステッキ代わりに足をフラフラさせている。
思わず、苦笑いを向け合う三人。
「さすがにそろそろ断りも入れないと危ういわね。後はツバメ次第だけど……」
向ける視線の先には、変わらずホールの壁を高速で駆け抜けるツバメの姿。
「……お、おう。ドンドン持って来い」
船長のテーブルだけを狙い続けた結果、明らかにボーっとする瞬間が見え始めた。
間違いなくエドワードから【スティール】を狙うタイミングだ。しかし。
「もう少し、もう少し……っ」
とにかく【スティール】の成功率を上げようと、ツバメは念を入れていく。
自分も多少飲んでしまっているが量は少なく、感覚的にもまだ『ふわっ』としているくらいで大きな問題はない。
「……もう少しだけ……っ!」
ほんの少しでも成功率を上げるため、ひたすらにビールを持ち運ぶ。
「第二船団の船長、酩酊してんじゃねえか」
いよいよ、泥酔者が出始めるレストラン。
「おう、お前も飲んでいけ」
「悪いわね。これ以上飲めないの」
「……ああん? 俺の酒が飲めねえのか?」
海賊側にも、荒れる者が出始めた。
「いいから飲めって言ってんだろがぁぁぁぁ!」
海賊は怒りに任せて立ち上がり、剣に手を伸ばす。
「まずっ! 戦いのフェーズに入ってきちゃったわ!」
「おい、お前も飲め」
「……これ以上は受け取れない」
「なんだとオラァ! 飲んでかねえと許さねえぞ!」
いよいよ海賊たちはイスを蹴り、テーブルを叩き出した。
だが速い攻勢を仕掛けていたことで、海賊たちもしっかりと量を飲まされている。
剣を掲げて立ち上がった海賊は、そのままテーブルをひっくり返しながら倒れ込む。
「俺たちはエドワード海賊団だぞ! 分かってんのかぁぁぁぁ!?」
叫ぶ男も、テーブルに突っ伏した状態のままだ。
一気に騒がしくなるレストランと、走り出す緊張感。そんな中。
「…………」
「あ、あの……もう一杯だけいけませんか?」
ハイペースかつ念入りなビールの提供で、ついに意識朦朧状態になった船長エドワードに、ツバメはさらにもう一杯いかせようとしていた。