作品タイトル不明
1393.悪夢と聖戦
強化された二体の腹心は、光と闇の使徒によって破られた。
だがそれを見た少女に、いまだ慌てる気配はない。
「始めよう、ナイトメア――――来て、魔神イグニシュガルド」
魔神を呼び、ついに少女が動き出す。
「この状況、優劣は決まったように見えますわね」
「いかに魔神が強力でも、利は我らにある」
白夜とリズの言葉に、少女は首を振る。
「問題はない」
そう言って片手を低く上げると、伏したままだった二体の腹心が粒子に変わった。
そして集まった魔力の輝きは一つとなり、新たに灰色の身体を構築していく。
現れたのは、灰色の身体に赤い目を持つ二足の竜。
真紅のマントをまとった姿は、真の腹心といったところだろう。
こうして敵は、少女を含めて三体となった。
「これが腹心の最終系。ナイトメアとの戦いの邪魔はさせない」
少女はそう言って、再びレンを見据えた。
そんな少女の意図に応えるように、動き出す腹心竜。
突然その胸元を、大きく膨らませた。
「「「っ!!」」」
直後、吐き出された熱線が二つの使徒の間を駆け抜けていった。
後方の岩山に直撃して、大きく上がる爆炎。
降り注ぐ火の粉の量が、その凄まじい強さを如実に物語っている。
「ゆくぞ」
「そうなるよねェ」
率先して踏み出したのはスキアとクルデリス。
「当然だ。ここで使徒長の戦いの邪魔になるものを放ってなど置けない」
そして樹氷の魔女。
だが、後が続かない。
闇の使徒と光の使徒は互いを睨み、共闘を拒んでいる。
「何をしている。このままでは魔神との戦いに余計な横やりが入ることになる」
三体目の腹心は、明らかにこれまでの個体よりも強い。
それが野放しの状態では、五月晴れの戦いを狂わせる可能性が十分にある。
「あれだけの強さを持った腹心たちを、間違いなく上回る個体。消耗した少人数の戦力で相手を出来るほど甘くはないはずだ」
しかしそんなスキアの言葉にも、使徒たちは動かない。
敵がさらに強化されている上に、どちらの使徒もダメージを負っている以上、一方だけでの戦いは賢くない選択。
それは火を見るよりも明らかだ。
だがこれまでに掻き立てられた敵対心は、今さらの協力に強い否定感を生み出していた。
「私たちが魔神やあの子と戦うなら、使徒勢の共闘は不可欠ね……」
それを見て、つぶやくレン。
少女の狙いは自分。
もちろん中央大陸やラフテリアの崩壊も見たくない。
「…………」
そして『思いついて』しまった。
いがみ合う両者という状況を、変えうる方法を。
こうなってしまった以上、全力を尽くさないのは……違う。
「もう、やるしかないわ」
レンは大きく深呼吸して、『モードに入る』覚悟を決めた。
闇を超えし者として使徒たちを動かすしか、この状況を乗り越えられる道はない。
だが、しかし。
「……ん?」
その時、不意に見えた飛行艇。
ゆっくりと旋回していた観客積みの機体の中に、見覚えのある顔があった。
それは、妹のカナだ。
「嘘でしょ……!?」
最悪の事態。
今は決戦に向けて、装備も『包帯』と『眼帯』を付けたフルの状態。
よりによって妹の見ている前で、闇を超えし者として振る舞うのは恥ずかしいし、何より疑いが深まってしまう。
だがやらなければ中央大陸が、ラフテリアが消えてしまうかもしれない。
さらにネムが『ナイトメアは我がものだ』と言って回るという、恐ろしい状況にもなりかねない。
「なんで、なんで今回に限って……!」
レンは頭を抱えて天を仰ぎ、まさかの事態に苦悩する。
「でも、でも……全力を尽くさないのは……違うじゃないっ!」
それでもそう言葉にして、大きく息をついた。
すると、自然と覚悟が決まっていく。
やがてゆっくりと顔を上げると、あらためて正面を見据える。
「……フフッ」
突然の場違いな笑い声に、集まる視線。
「フフフフフフフッ」
広がる困惑の空気。
ナイトメアは、妖しい笑みを浮かべて語り出す。
「まったくやるわねぇ……悪魔と天使を討つことで、使徒たちの分断まで起こしてみせるなんて」
ネムを見ながら楽しそうにそう言うと、今度は視線を闇の使徒へと向けた。
「それに比べて貴方たちは、このままたった一人の暗躍者にいいようにされた、間抜けのままでいるつもりなのかしら? フフッ。それならやっぱり、闇の使徒なんてやめて正解だったわ」
「なんだと……?」
「そうでしょう? 天使を討ち、大いなる暗黒の神すら従える。本来それは闇の使徒が進むべき道のはず。その果てに我欲に走った者がいたのなら、それを討つのが闇の道理ではないの?」
「くっ」
リズは、ナイトメアの言葉に唸る。
「それに、光の使徒もずいぶんと浅はかなのねぇ。世界を滅ぼすような悪を前にして私怨を優先するだなんて……私は結構、九条院白夜を認めていたのだけど――――勘違いだったのかしら?」
「っ!!」
そんな言葉に、白夜がハッと顔をあげた。
そこには、失望するような笑いを浮かべたナイトメアの姿。
「さらなる力を求め続けてきた私は……光と闇を欺いてみせた新たな敵の登場に興奮しているわ。一方で貴方たちが掲げているのは暗いプライドと、軽薄な正義感。そんなものに動かされていたのでは――――高が知れたわね」
浮かべていた笑みは嘲笑から、侮蔑を含んだものに変わる。すると。
「……舐めるなよ、ナイトメア」
「……冗談ではありませんわ」
その目を燃やすリズと白夜が、即座に反応する。そして。
「足を引っ張るなよ、光の者」
「こちらのセリフですわ」
リズと白夜が歩き出せば、使徒たちも留まる理由はない。
「使徒長様、必ずや貴方の期待に応えてみせましょう」
「光の使徒の名折れは、許されません……っ!」
互いを認めこそしないが、自然と共闘の流れが生まれていく。
「フフッ。それなら見せてもらおうかしら。闇の使徒、そして光の使徒……貴方たちの覚悟を」
「ゆくぞ」
「いきますわ」
「「「はいっ!」」」
二人の長の言葉に、その目を鋭くする使徒たち。
各々の武器を構えた光と闇が並び立ち、竜の腹心の前に立ち塞がる。
ナイトメアの完璧な挑発は見事に、光と闇を動かすことに成功した。
使徒を率いる二人に、その右腕たち。
そして樹氷の魔女に、スキアたちまでいればもう、案ずる必要はない。
「さあ――――楽しい戦いを始めましょう」
聖城レン・ナイトメアは、ゆっくりと振り返る。
「……ナイトメアが、光と闇を従えた」
ネムにはその姿がまるで、光と闇の軍勢を率いているかの様に見えた。
この光景を見ていた者たちはもう、その圧倒的な空気に言葉も出ない。
「果たして貴方は、私を楽しませてくれるのかしら?」
魔神との戦いは一時的にメイたちに、強化された腹心は使徒たちに任せて、まずはネムから。
対するネムも、「この時を待っていた」とばかりに歩き出す。
自然と作られる、一対一の図式。
中央大陸とナイトメアの未来を賭けた戦いが、今始まった。