作品タイトル不明
127 四大悪魔
今日四度目のアルメリアの居室である。
アルメリアにお茶を淹れてもらっている間、俺は少し目を閉じて休憩を取った。
アウェイクンに始まって今日は四つの大魔法と呼ぶべきものを習得したわけで、やはり俺にも少々疲弊というものがあったのだ。
フェリシアもアトラさんも、その俺に気を使って黙ったままでいてくれる。
そしてほどなくして、アルメリアが茶器を用意して奥から戻って来た。
「おや、どうしたんだい? 皆して黙って……もしかしてリョウ、疲れているのか?」
「うーん、まあ多少はな。でもアトラさんには早めに眷族の情報を伝えておきたいし、最悪回復魔法もあるから、もうひと踏ん張りするさ」
「またそうやって魔法頼りにするんだから。少しは自分を労わるってことを覚えてもいいと思うんだけどね」
アルメリアの苦言には俺も苦笑いを返すしかない。
とはいえそれで止めろとは言わないあたり、彼女もこの話の重要性を理解しているということだろう。
「夫婦喧嘩はドレイクも食わないわよ。……それより、少し思ったんだけど、陛下の側に情報を伝えてくれる人も呼んだ方が良いんじゃない? それならリョウの手間も少しは省けるでしょ」
「確かにそうだな……ちょっと気が急きすぎてたか」
そう言うとフェリシアは「最初からそうでしょ、ちょっと落ち着きなさい」と言った。
ポゼッション発動に立ち会えなかった恨み節が見え隠れするコメントだが、それは俺が悪いしその原因は気が急いていたせいなのだから、俺には返す言葉が無かった。
「……えーっとそれじゃ、とりあえずイリスさんを呼ぼうか。あの人に伝えてればなんとかなるだろ」
「確かに、彼女なら問題は無いだろうね」
同級(だったらしい)のアルメリアに肯定もあり、その案は採用となった。
ホランドさんが伝令を申し出てくれたので、お言葉に甘えて待つことにしよう。
結果が返ってくるまでの間は改めて休憩時間となる。
アルメリアが濡らした手ぬぐいを持ってきてくれたので、俺は魔法で温めて目の上に置き、再び少し休息を取ることにした。
フェリシアとアルメリアは、アトラさんに資料を見せながら先ほど見た魔法の考察をしているようだ。
目を瞑り、俺に配慮した少し低い小声での会話を聞いていると、どことなく心地が良い。
それで俺は不覚にもそのまま意識が落ち――そして、アルメリアから声が掛かって、目が覚めた。
「リョウ、イリスさんが来たみたいだよ。ほら、これを飲んで目を覚ますといい」
「……ありがとう、俺寝てたみたいだ」
「今日は精霊祈祷からこっち、色々あったからね。気にしなくても、そう長い時間は経ってないから」
受け取ったカップに入った渋めのお茶を口にして一息つく。
暖かい液体が食道を通る感覚が、意識を覚醒させてくれた。
そうこうしているうちにイリスさんが部屋に入ってきて、席についた。
「あの、何か重要なお話があると聞いてこちらに伺ったんですが……」
「はい。決戦の主たる敵になる可能性が高い、邪神の眷族について、情報を取得したのでお話ししようかと。まあ概要のみで詳細はこちらのアトラさんに調査いただく予定なんですが、現状でも我々だけで止めておいていい話ではないのと、何度も時間を取る手間を省くためにお呼びさせていただきました」
開口一番の質問に俺がそう返すと、イリスさんは「なるほど、それであれば私が適任でしょう」と言った。
陛下や重要な役職のある人に知っておいて欲しい情報だが、俺と話をするために彼ら予定を空けることも、そもそも俺自身の予定を空けることも決戦の準備の観点で言えば不利益に繋がる。
秘書役のイリスさんならば、それぞれに繋ぎを付けるのも簡単だし、俺の手間を省くことができる。
そのことをイリスさんは理解してくれたのだろう。
彼女自身も忙しい身だが、 情報伝達(そういうやくわり) も彼女の仕事であるためか、すんなりと彼女は聞く姿勢を取ってくれた。
であれば、俺のやることは一つ。
ようやく手に入れた敵手の存在について、俺は話し始めた。
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邪神の眷族の中で、主たる上位悪魔の数は四である。
最初に俺の中に流れ込んできた情報はそれだった。
一の悪魔。
それは氷雪と嵐雷の悪魔と呼ばれるもので、多くは悪天候によって人々の生活を乱したらしい。
直接対決においては氷・雪・暴風・雷を操ったらしいが、具体的な能力はよく分からない。ただ自然災害のような光景はよく見えたし、それに相対する人間の悲哀も多くあった。
とはいえ、その権能が自然と見分けがつき辛いこともあってか、邪神が好む人心への悪影響は他と比べてさほどでもないようだった。
ただ、こいつの規模感は他の上位悪魔たちと一線を画すと言えるだろう。まさしく自然災害と呼ぶべき広大な範囲と長大な期間に発揮される能力なのだ。それが多くの人間の命を奪い、心を疲弊させたことは確かだった。
権能の及ぶ範囲も広く、人間に易々と太刀打ちできるものでもないため、過去には精霊が直接相対して退けた経緯があるようだ。
二の悪魔は刃と血の悪魔。
こいつは多くの戦士階級を 屠(ほふ) った存在として情報を得た。
他の上位悪魔より規模も影響範囲も狭いが、戦う意思のある人間と最も相対し、最も殺戮をしたのはこの悪魔だったようだ。
概要と言いつつ、こいつの全容は単純なだけにほぼ分かっている。
要するに、人知を逸する武芸の達人で、殺した敵の血をもって自己強化をする存在のようだ。
こいつは人間の軍勢により、多大な犠牲を払いつつも打ち滅ぼされたようである。
三の悪魔。これは腐毒と阻害の悪魔である。
水や食料に腐毒をまき散らされ、水や情報の流れを阻害させられた人間の、生活における影響は大きかったようだ。
権能自体は地味に見えるが、それこそ毒のようにじわじわと人の生活圏を蝕んでいったのは間違いない。それによる人心への影響も、計り知れなかっただろう。
これを打ち破ったのは流れの外、つまり潜んでいた森の民――獣人や樹人族、竜人族の援軍によるものだったらしい。
どのような経緯で彼らの助力に至ったのか、もちろんその詳細も俺にはよく分からないが、やはり被害を出しつつも倒したという情報だけは得ることができた。
最後に四の悪魔。
迷宮の底でフェリシアと話した時に聞いた「邪神の第一の眷族」と同一の存在だ。
実際のところ、一から四の数字は単に俺が聞いた順番なのだが、力の序列で数字を付けるならこいつが第一の悪魔と呼ぶに相応しいとは思う。
この悪魔だけ、固有名詞を得ることができた。
悪魔ネザーブラッド。この固有名詞は自身で名乗ったもののようだが、通俗的には惑乱と増殖の悪魔……あるいは 大悪魔(・・・) と呼ばれていたらしい。
大悪魔と言う呼称は、アルメリアに唯神教の言い伝えを教えてもらった時にも聞いたことがある。またフェリシアと迷宮の底で話した際には、コールゴッドの余波で消し飛んだという話を聞いた。
この悪魔は他と比して多くの情報が伝わるような存在であるということだ。
にも関わらず、滅ぼされたという情報がコールゴッド以外に存在しない、すなわち人類によって打倒されていないというのが異質だった。
こいつ以外の悪魔は、人間に直接的な破壊をもたらすことで、邪神の求める人間の負の感情を引き出そうとしていた。
しかしネザーブラッドは、徹底的に人の心を攻めた。
ほんの一人の不安や猜疑心を利用し、それを肥大化させることで大勢の人間に多大な影響を及ぼした。悪魔の影響がなくとも人間にあり得るような、弱い心の発露であるそれは、悪魔の仕業と判断することが極めて困難だった。
また増殖の名を関する通り、こいつは魔法的抵抗力が無い人間ならば簡単にコピーを生み出すことができたようだ。
人の群れに偽物が混じる……それもまた、人心の荒廃を後押しする要因だったのだろう。
ネザーブラッドは徹底的に社会の裏で暗躍し、人間たちに尻尾を掴ませなかった。
人間側にも、破壊や惨劇に対しての反骨心は芽生えやすくとも、嘆きや悲しみにへの対抗心は生まれ辛かった。
そうしてこの大悪魔の過ぎ去った後には、人心を惑わし凌辱され、邪神に負の感情を収穫され尽くした村や町が残ることになった。
人々は邪神の 食事(・・) によって、大悪魔を含めた上位悪魔たちの行為を忘却させられた。そのため次に悪魔たちに出会った時には初々しい恐怖と乱心を見せ、更に邪神に力を与えたようである。
こうした邪神の眷族たちとの戦いで、人心に対しての唯一の対抗手段であったのが、魂魄魔法なのだろう。しかし魂魄魔法使いたちの利己的な感情により、人の福音であるはずのその力は、決して人類全てを救うことは無かった、と言うわけである。