軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お誘い

無事にイレール様を母の温室まで案内することができた。

下手をすると私だけが謎の空間に入り見えなくなったと騒がれるところだったので、イレール様が温室を認識できて招き入れられたことに安堵した。

「見事だ! 見事だが、本当に薬草ばかりだな」

イレール様はぐるりと温室を見回したあと感動はしたようだが、あまりにも草、草、草ばかりの空間に拍子抜けの表情だ。

貴族の屋敷にある温室なんて、季節外れの花を咲かせる道楽の意味が強いものね。

もしくは社交界で見栄を張るための貴婦人用の武器かしら?

「ええ。薬草の中でも花を咲かせるものもありますが、今は時期ではないので」

咲く花も淡い色の小さな花でかわいらしいが、公爵子息のイレール様にとっては花ではないだろうな。

広くはない温室の中を、知っている薬草の名前と効能を説明しながら歩く。

「ふむ。一通りの薬草が揃っているようだな」

「はい。ここで薬を調合し希望の者に売る場合もありますが、ほとんどはニヴェール子爵が営む商会に卸しています」

領民には低価格で薬を譲っているけれど、裕福なところからはがっぽり貰っています。

「ニヴェール子爵家か……。アンリエッタ嬢のお父上はなかなかに手強い方だ。嫡男も商才に秀でている」

イレール様の苦虫を噛み潰したような顔を見て、何か交渉してまんまと手玉に取られたことを察した。

兄が作った従来の風邪薬の補助薬はもちろん、夢魔病の症状を抑える飴もニヴェール子爵家の商会がガッチリと売買に嚙んでいる。

高位貴族や他国の王族相手には、モルヴァン公爵家の仲介が必要だけど、夢魔病に罹るのは貴族だけではない。

「ふふふ。平民への対応はニヴェールのおじさまがしっかりと握ってくださるので安心ですわ」

イレール様を信用していないわけではないが、やっぱり貴族と平民では感覚の違いは否めない。

「確かに。サミュエル殿が作る薬は今後もニヴェール家を通すのだろうか?」

イレール様の問いに私はくるりと振り返りにっこりと笑ってみせた。

「ええ。つい先ほどですが、兄とアンリエッタの婚約が決まったのです。もちろん兄はニヴェール家との仲をさらに深めることに反対はしませんでしょう」

オレリアの事件は終わったけれど、兄の才能へ第二、第三のオレリアが出てこないとも限らない。

ここで、しっかりと釘を刺しておかないと!

「それはよかった」

「へ?」

「心配していたのだ。サミュエル殿の才能はどこの家でも欲しがる。失礼だがアルナルディ家では高位貴族からの結婚の申し込みは断りにくいだろう? だが、あいつらは無理やり断れないように釣り書きを押し付けてくる」

ググっとイレール様の眉間にシワが刻まれる。

「サミュエル殿の婚約が成ったならば、令嬢がいる家は諦めるしかない。念のため二人の婚約をジュリアン殿下から祝うよう進言しておこう」

「あ、ありがとうございます?」

え? 兄の婚約を第一王子殿下が祝ってくれますの?

「次代の王からの祝福がある二人を引き裂こうと考える者はいない。もしいてもきっぱりと断れる」

アンリエッタと兄の婚約が誰にも邪魔されず、親しい人から祝福されることはいいことだわ。

それを、わざわざイレール様が手配してくれるのがわからないけれど?

「なにをきょとんとした顔をしている。夢魔病の薬を作ったとしてサミュエル殿は注目されている。今後のことを考えて掌中に収めたいと思う輩もいる。そのためには婚姻することが手っ取り早いのだ。サミュエル殿が婚約済となれば、妹であるシャルロット嬢や独り身のアルナルディ子爵自身も狙われるのだぞ?」

「は?」

いやいや、父は母が亡くなってからも独り身を貫き、正直再婚なんてこれっぽっちも考えておりません。

しかも、私?

私は無理でしょう?

「ありえません。だって持参金がありませんもの!」

なぜかイレール様に向かって自慢気に胸を張り、そう宣言してしまいました。

「うっ。そ、そうか……。では、シャルロット嬢には釣り書きも送られてきていないし、その……親しい異性もいないのか?」

気まずそうに顔を背けながらも、きっちりと私が嫁に行けない状況を確認するなんて……むごいわ。

「はい。貴族はおろか裕福であろう平民、いいえただの平民の方からも、一切お申し出はありません! 私は兄が結婚するならば邪魔にならないように籍を抜けて働きに出る心づもりでおります」

今からでもフルール様に頼めば、お仕事を斡旋してくださるわよね?

「……は? 籍を抜けて平民になるというのか!」

イレール様、私の将来への決意を聞いて驚いたからと言って、ブチブチッと薬草を抜くのは止めてください。

それに、アルナルディ家の財政を考えたら平民とほぼ変わりませんもの、特に悲嘆に暮れることではないのですよ。

「はあ、まあ貧乏には慣れてますから、どこかの貴族屋敷に勤めたほうが衣食住が満ち足りているかもしれません」

アルナルディ家にアンリエッタが嫁いでくれば、彼女の商才でなんとか持ち直してくれると信じているけれど。

「貴族屋敷に奉公に出るのか! じゃ、じゃあ、じゃあモルヴァン公爵家に来てもいいではないか!」

私の両肩をガッチリと掴んで怒鳴るように「うちで働け」と誘ってもらった私は、ちょっと呆けた顔でイレール様のご尊顔を見上げた。