軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謎に包まれた隣国

揺れる馬車の中で、アンリエッタの無言の抗議を無視して、私は深いため息を吐いた。

フルール様のサロンで笑顔のフルール様から、ものすごく怒られたのだ。

怖かった……さすが、未来の王妃様。

気が緩んで一人歩きしたところをオレリアに捕まった私に反論できるわけもなく、ひたすらに謝って終わった。

アンリエッタも苦虫を嚙み潰した顔をしていたから、私に何か言いたいことがあるのだろう。

そんな彼女を無視して、私は考えることにした。

前の時間との違いを。

オレリアがジョルダン伯爵家の養女になるのは、学園を卒業して兄と結婚する前だったはず。

なのに、既に養女の話が出ているし、あの護衛の人エドモンの口ぶりではほぼ決まっているみたいだった。

展開が早くなっている。

そして、アンリエッタの商会の人が調べてきたジョルダン伯爵家の交易相手。

ほとんどが問題のない交友のある国や商会だったけど、隣国でありながら交流のほぼない国との交易も確認された。

それも、その国との交易は巧妙に隠していたらしい。

「ヴォルチエ国……」

どこか聞き覚えのある国名。

我が国とは交流もないが敵対しているわけでもなく、こちらから幾度か特使を派遣したこともあるが、積極的な交友は果たされなかった。

どうもヴォルチエ国は鎖国気味であり、他国や他民族との交流を避けているようだ。

そんな国と何を取引したのか?

馬車に立ち込める重苦しい空気には気づかないフリをして、私はずっとオレリアとジョルダン伯爵家のことを考えていた。

「……本当に知らないのかい?」

屋敷に帰り夕食後、まだプリプリと怒っているアンリエッタを連れてサロンでお茶を飲んでいると兄が帰宅した。

今日の出来事をアンリエッタが早口で捲し立て、私は護衛が口にしたジョルダン伯爵家のことを報告した。

案の定、兄からも小言を言われてしまった。

素直に謝ったわよ? ついでにアンリエッタにも謝って機嫌を取っておいたわ。

そしてヴォルチエ国の名前が出たところで、兄が不思議そうに首を傾げた。

その国を知らない私に対して不思議そうに。

「ええ、知らないわ。あー、でもなんだか聞き覚えはあるみたいだけど……」

うう~んと視線を上にして思い出してみるが、やっぱりわからない。

はあっと大きく息を吐いた兄が呆れた顔で私を見ていた。

「ヴォルチエ国は母上の生国だよ。母上はヴォルチエ国の男爵令嬢で特使として訪問していた父上と出会い、結婚のためこちらの国へ渡ってきたんだよ?」

「え……。ええーっ!」

お母様が隣国の下位貴族の令嬢だったことは教えてもらっていたけど、隣国ってヴォルチエ国のことだったかしら?

なぜかお母様の親戚とは一切連絡を絶っていたから、知らなかったわ。

「ヴォルチエ国って、どこの国とも交流がなかったはずですけど?」

アンリエッタが兄へ問いかけると、兄も苦笑して答えた。

「周辺国は我が国も含めて交流しようとしたんだよ? でもヴォルチエ国は頑なでね。結局、礼儀とばかりに特使を何度か受け入れたあとは国交の扉を固く閉めてしまった。母から聞いた話では、あの国では他国の者が生活するのは難しいらしい。とても排他的な国民性で余所者とは相容れないとか。まあ、自給自足できる国力があるから、他国との交流を特に必要としていないんだろう」

……そんな国の男爵令嬢だった母がどうして父と結婚などしたのだろうか?

母は生国から出たかったのか?

グルグルと考えてしまった私の頭にポンッと手を乗せた兄が微笑む。

「特使として訪れた父上が母上に一目惚れして強引に連れ帰ったそうだよ。母上がこの国で過ごしたのは短い時間だったかもしれないけど、幸せそうだった。そうだろう?」

兄の言葉に私はコクンと頷いた。

そう、母はいつも笑っていたわ。

貧乏子爵家に嫁いで、小さな領地を駆け回って民を助け、薬草栽培を定着させ薬も作って、いつもいつも楽しそうに笑っていた。

「おばさまには感謝しているの。もちろんサミュエル様にも。風邪をこじらせていた私を助けてくれたのは、お二人が改良してくださった薬のおかげだもの」

「アンリエッタ」

アンリエッタは眼を潤ませ私と兄を真っ直ぐに見つめた。

昔、私たちが子どものころ、たちの悪い風邪が流行った。

私は部屋に隔離され、王宮への救援申請にかかりきりだった父の代わりに領地の患者を見回っていたのは薬草の扱いに長け薬の知識もあった母だったという。

そのころの薬は粉状で、お年寄りや小さな子どもには飲みにくかったし、ものすごく苦かったらしい。

アンリエッタはその薬が苦手だった。

何日も高熱に魘され、解熱ができなくては命も危ないというときに、母が甘味のある薬草を混ぜて丸薬にした薬を作った。

その薬のおかげで我が領地と隣接するニヴェール子爵領では死者数が少なかった。

そして、アンリエッタの父であるニヴェール子爵は、そのときの恩を返そうと我が領地で栽培した薬草を商会で取り扱ってくれているのだと思う。

「私、知っているの。その薬……本当はサミュエル様が作ったのでしょう?」

胸の前で両手を組んでアンリエッタが兄へと問いかけると、兄はついと顔を背けた。

「……アンリエッタが薬が苦いって泣くからね」

兄は天才ではないだろうか? いいえ、天才だと知っていたわ。