軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

安寧にはまだ遠い

カチャリと不作法にもカップがソーサーに当たり音を立ててしまった。

私の心の動揺のせいかしら?

学園の放課後、私とアンリエッタは迎えの馬車を待つため二人でいたところ、この貴賓室に連れてこられた。

目の前で恐縮しているモルヴァン公爵家子息のイレール様にだ。

ミレイユ様とのこともあり、今後は交流を控えようと約束いたしましたわよね?

私たちとの間に人を立てて、直接やり取りすることは避けるって、言いましたわよね?

でも、この貴賓室の主、フルール様には私たちの事情など通用しなかった。

アンリエッタも隣でじっとカップの中の紅茶を凝視しているわ。

「……ふふ。そんなに緊張しないで。ジュリアン様からお話は伺っているのよ」

未来の王太子妃、フルール様は可憐に微笑んだ。

「フルール嬢。話って……あいつはどこまで君に話したんだ?」

「あら、やだ。イレール様、とっても怖いお顔をしているわよ? そうね……ディオン殿下が懲りもせず悪だくみをしてジュリアン様に対抗しようとしているってことかしら?」

コクリと一口、紅茶で喉を潤したフルール様は言葉をさらに繋ぐ。

「なにやらシャルロット様のお兄様を取り込んで、ミレイユとの婚約を狙っているそうじゃない? 無駄なことだわ」

フンッと鼻で笑ったあと、チロリとイレール様へ視線を投げる。

「まさか、みすみすディオン殿下にミレイユを渡すつもりじゃないでしょうね?」

「まさか! たとえ何を餌にぶら下げられても断固断りますよ」

イレール様も腹立たしげに腕を組んで、眉を顰める。

私は首を竦めてフルール様に懇願した。

「どうか、兄のことは第二王子殿下の耳に入らぬようお願い申し上げます」

隣ではアンリエッタが深々と頭を下げてお願いしている。

「どうか、サミュエル様にオレリアを近づけないようお願いしますっ」

どうして、オレリア限定なのかしら?

「あら、オレリアって平民の優等生のことよね? 何かあったのかしら? 学園の噂ではディオン殿下の恋人だなんて揶揄されているけど」

フルール様から齎された新情報に私とアンリエッタは顔を見合わせた。

「恋人?」

「あ、でも第二王子の周りに女生徒は少ないから、そう誤解されたのかも?」

第二王子の周りを男子生徒で固めているのは、まだ婚約者を決めていない王族としては当たり前の対処だ。

それなのに、第二王子派若しくは王妃派の貴族子女以外で侍る者がいたら、恋人だと邪推されても仕方ないのかもしれない。

「……誤解? 本当に?」

前の時間では、兄と結婚したオレリア。

第二王子との関係は本当はどうだったのだろう?

「フルール嬢。オレリアという平民の女生徒を支援しているのはジョルダン伯爵だ。そちらの家と君の家は関係が深いだろう? 猫と鼠という意味で」

「そうね。そう……ジョルダン伯爵家の支援を受けているのね。では、闇取引の関係者かしら?」

二人とも物騒な会話などしていませんと澄ました顔でお茶を飲んでいるが、巻き込まれた私とアンリエッタは冷や汗が止まらない。

闇取引ってなに?

「それで、シャルロットとアンリエッタだけど……あなたたち、しばらくはわたくしと行動を一緒にしなさい」

「「え?」」

わ、私たちは兄が無事に学園を卒業するまで、大人しく目立たないように過ごそうと決めたのに。

「甘いわ。ディオン殿下はともかく、そのオレリアという女生徒の素性が疑わしいのでしょう? しかもジョルダン伯爵家と繋がりがある。わたくしと一緒ならば護衛騎士もおりますし、イレール様もおります。ディオン殿下とて第一王子殿下の婚約者には手が出せないはずよ」

パチンとウィンクをして微笑むフルール様に、私は口ごもった。

イレール様に夢魔病に罹ったミレイユ様を紹介されてから、目まぐるしく状況が変わっていく。

前の時間では言葉を交わすことも顔を合わせることもなかった、ミレイユ様とフルール様。

今ではミレイユ様とは文を交わし、フルール様とは毎日お昼ご飯とお茶を一緒に過ごしている。

学園中に貧乏子爵家アルナルディのシャルロットと商人貴族と陰口を叩かれていたニヴェール子爵のアンリエッタが、王家に嫁ぐフルール様の侍女になったと大騒ぎだ。

兄の学園での研究室には、こっそりとイレール様が護衛を連れてきてくださった。

騎士だと目立つので冴えない風貌の学園職員の男性が一人助手として付いてくれている。

紹介してもらったときは正直胡散臭いなと思ったが、アンリエッタ曰く。

「あれ、相当鍛えているわよ? どちらかというと潜入とか偵察とかの任務向きじゃないかしら?」

……そういうことに気が付く貴女のほうが怖いんだけど?

とにかく、前の時間では考えられないほどに守られることになった。

これで、第二王子たちと接触しなければ兄と父は守られるし、ミレイユ様だってご病気が治るかもしれない。

兄だって、あんな恐ろしい女と結婚して処刑されることもないわ。

そう…………気が緩んでいたのかもしれない。

あんなに一人で行動することがないように慎重に過ごしていたのに、ほんの少しの間だけ、図書室に本を借りる僅かな時間だけ、アンリエッタと離れた私に声をかけてきたのは、彼女だった。

「シャルロット様、ご機嫌よう。少しお時間いいかしら?」