作品タイトル不明
第384話:『二番弟子の旅立ち、北壁の終幕』
雲の切れ間から覗く月光が赤茶けた荒野を青白く照らし出していた。
ガルドは一人ただ風の音だけを道連れにして歩いていた。
背後に残してきた喧騒はとうに聞こえない。自分自身を見つめ直すための宛てのない旅。
だがその行く手の視界が突如として黒く塞がれた。
巨大な岩山が道を塞いでいるのかと錯覚するほどの圧倒的な質量。
白銀の重装甲を纏った巨漢――シュタイナー中将が腕を組んで月明かりの下に仁王立ちしていたのだ。
「……おやぁ、逃げるんかのぉ」
シュタイナーがからかうように低く喉を鳴らす。
その言葉にガルドの眉がピクンと跳ねた。瞳の奥で鎮火したはずの闘争心が瞬時に沸点に達する。
言葉を交わす間などなかった。
シュタイナーが腕を解き、腰の大剣を無造作に抜き放ち一歩を踏み込む。
それと完全に同時。ガルドもまた反射的に太刀を鞘から抜き放ち、大地を蹴って前へと跳んだ。
ガキィィィンッ!!!
真夜中の荒野に太陽が弾けたかのような火花が散った。
大剣と太刀が真正面から激突し、凄まじい鍔迫り合いの力で周囲の砂利が円状に吹き飛ぶ。
互いの顔が鼻先が触れるほどの至近距離で睨み合う。ガルドの腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、シュタイナーの瞳には獰猛な歓喜が燃え盛っている。
命のやり取りではない。だが一切の手加減もない、純粋な武と武の魂のぶつかり合い。
ギリギリと鋼が軋み、互いの力量と「明日へ向かう気迫」を確かめ合うような重く熱い数秒間。
ガキッ!
二人の力が弾け合い同時に大きく後方へと飛び退く。
シュピンッ……!
一糸乱れぬ動きで両者は同時に剣の血糊(血はついていないが、儀式としての残心)を振り払い、鞘へと滑り込ませた。
カチャリ、と二つの金属音が荒野に重なる。
「……ふん。まぁいい」
シュタイナーは満足げに鼻を鳴らし夜空を見上げた。
「……『2番弟子』の名をやろう」
「はっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れたガルドの顔を見て、シュタイナーはニヤリと悪戯っぽく笑った。
「帰ってきてヴォルフラムの奴に勝たんと、ずっと2番じゃぞー。……わっはっはっは!」
帝国の武神は夜の荒野を揺るがすような豪快な笑い声を上げながら、背を向けて悠然と去っていく。
その背中が見えなくなるまでガルドはただ呆然と立ち尽くしていた。
「……2番弟子だと……?」
取り残されたガルドはくるっと向きを変え、自らの進むべき道へと視線を戻した。
死に場所を探していた男に、「超えるべき壁(師)」と「勝つべき相手(兄弟子)」が強制的に押し付けられたのだ。
少し俯きながら歩みを進める。どうしても口の端がヒクヒクと持ち上がるのを抑えきれない。
「……ふっ」
自嘲気味に、だが心底から湧き上がるような笑みがこぼれた。
心の奥底にへばりついていた最後の泥が完全に洗い流された瞬間だった。
その背筋はピンと伸び、ガルドの足取りはもはや宛てのない放浪者のものではない。明確な目的を持った武人の力強い踏み込みへと変わっていた。
◇◆◇
北壁の砦、帝国軍本陣。
上機嫌で陣幕へと戻ってきたシュタイナー中将を待っていたのは、氷点下の空気を纏った副官の姿だった。
「……どちらに行かれていたのですか?」
セラの翠の瞳がシュタイナーを絶対零度で射抜く。
「あ、あ、ちょいと野暮用でな。面白い弟子が増えてのぅ……」
シュタイナーはさすがにバツが悪そうに頭を掻いた。
「と、それはええんじゃが。……陛下にはもうご報告は済んだかの?」
「未だです」
セラは一歩も引かず完璧な姿勢のまま言い放った。
「このような大局の終着です。これは前線を預かる中将閣下から直々にご報告された方が宜しいのでは……?」
「うむ。そうだな」
シュタイナーはコホンと咳払いをして居住まいを正した。
「ではワシから直々に陛下へお伝えしてこよう」
「――『北は無事鎮まった』とな」
その短い一言が長きにわたる戦乱の終結を確かに告げていた。
彼は満足げな笑みを浮かべると背を向け、再び重い足音を響かせて夜の陣営へと歩み去っていく。
天幕の隙間から差し込む月光が平和の訪れを静かに祝福するように、誰もいなくなった作戦室の床を白く照らしていた。