軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第383話:『荒野の宴と、古狼の頼み』

赤茶けた荒野の夜空へ無数の火の粉が舞い上がっていた。

平原の中央に組まれた巨大な 篝火(かがりび) が轟々と燃え盛る。火柱が放つ暴力的なまでの熱が、幾万もの戦士たちの凍てついていた身体と心を内側から溶かしていく。

「おらおら、熱いうちに持っていけ! 南の連中にもたっぷり食わせてやれ!」

「こっちの鍋も空いたぞ! 次の肉を入れろ!」

怒号にも似た活気ある声が飛び交う中、若き獅子・アランは額の汗を手の甲で乱暴に拭いながら広場を縦横無尽に駆け回っていた。

覇国軍として強制的に従軍させられていた他部族の兵士たちへの炊き出し。巨大な野営の区画割り。怪我人の移送。アランと同年代の北辰同盟の若手たちは戸惑う敗兵たちに温かい肉の塊とスープが入った木の器を半ば強引に押し付け、誇らしげに胸を張って指示を飛ばしている。

恐怖の鎖が弾け飛んだ荒野には勝者も敗者もない。ただ同じ厳しい北を生き抜く者同士の、荒々しくも温かい生命力が満ち溢れていた。

その喧騒の只中で。

バラクは炎から少し離れた丸太にどっかりと腰を下ろし、手にした木の杯を揺らしていた。

全身を覆う泥と至る所にこびりついた乾いた血。疲労困憊のはずのその皺深い顔には、どこか悪戯を成功させた子供のような笑みが浮かんでいる。

「父上! あちらの部族の馬の管理はどうしますか!? まだ飼い葉が……」

駆け寄ってきたアランの言葉を、バラクは大きな手でひらりと遮った。

「ほれほれ、ワシらはもうヘトヘトじゃ〜。頭も回らんし、腰も痛てぇ」

バラクはこれ見よがしに自分の腰をトントンと叩き豪快に笑い飛ばした。

「ここはお前が仕切るんじゃよ、アラン」

「えっ……父上!? し、しかし私一人では……」

「がっはっは! 泣き言を言うな! ほれ、あっちで肉が焦げとるぞ!」

背中を叩かれて再び人混みへと押し出されたアランの背中を、バラクは目を細めて見送った。頼りなげに見えた息子の背中が炎に照らされて確かな族長のそれへと変わりつつある。

バラクはゆっくりと立ち上がると、傍らに積まれていた焼き上がったばかりの骨付き肉を二つ掴み、酒瓶を小脇に抱えて喧騒とは逆の暗闇へと歩みを進めた。

◇◆◇

ヒュウ、と。

篝火の熱が届かない岩陰に刃のような冷たい風が吹き込む。

その闇の奥で鋭い風切り音が断続的に鳴り響いていた。

シュッ、ザンッ。

ガルドだった。

族長の座を後進に譲ることを決めたその男は上半身を剥き出しにし、無心で太刀を振るっていた。

飛び散る泥と汗が月明かりを反射して白く光る。シュタイナーに叩き据えられた 鳩尾(みぞおち) や顎の激痛が、太刀を振り抜くたびに彼の表情を苦痛に歪ませる。だがその動きは決して止まらない。

身体に刻み込まれた型を自らの魂に問い詰めるように、ただひたすらになぞり続けていた。

「……よっこいしょ、と」

背後の暗がりから間の抜けた声がした。

ガルドが太刀を止めて振り返ると、バラクが岩の上にどっかりと腰を下ろし両手に肉と酒瓶を持ってニヤリと笑っていた。

「……何の用だバラク」

ガルドは太刀を下ろし、荒い息を整えながら低い声で問う。

「腹が減っては剣も振れまい」

バラクは焼けた肉を無造作に放り投げた。ガルドはそれを反射的に片手で受け取る。まだ火傷しそうなほど熱い。

バラクは自らの肉に豪快に噛みつき酒を煽った。

「北の者はみな、お前さんの真面目さと高潔さをよく知っとる。……だからこれまでと同じように、この北の『治安組織』を任せたい」

その言葉にガルドの手に握られた肉が微かに震えた。

「……私には」

ガルドは深緑の瞳を伏せ、自嘲するように吐き捨てた。

「その資格はない。一度はあの狂王の凶刃となりお前たちを……北の民を絶望の淵に追いやった男だ」

「まぁ今すぐでなくて構わん」

バラクはガルドの言葉を遮るように酒瓶を岩の上に置いた。

「とりあえずお前さんはこの国を見て回ることからじゃ。……この北の地のすべてを見るまで、それまでは死ぬな」

ガルドがハッと顔を上げる。

バラクの鳶色の瞳は長年の戦友を見る深い慈愛と、一切の甘えを許さない族長としての厳しさの両方を宿していた。

「ああ、そうじゃ」

バラクはふと思い出したように手を叩き、わざとらしくニヤリと笑った。

「あの軍神殿の弟子……あの銀髪の 女騎士(ヴォルフラム) にも負けられんのじゃったな。……パワーはおぬし、早さはあの娘、技量は……五分って所か? うむ。どうなるか見てみたいもんじゃな、わっははは!」

ガルドの眉間がピクリと跳ねた。

先刻、シュタイナーに叩きつけられた圧倒的な武力の差。そして自分を凌駕するであろう弟子の存在。武人としてのプライドの柔らかい部分をバラクは的確に撫でていく。

「……私は生きていて良いのだろうか」

ガルドは手の中の太刀を見つめ、搾り出すようにポツリとこぼした。

「ワシは良いと言っておる」

バラクの即答。迷いなど欠片もない。

「だがお前のその頑固な気持ちも判る。……ひとまずは好きにしろ。ただな」

バラクは立ち上がりガルドの分厚い肩をバンと力強く叩いた。

「急に祭り上げられてしもうて、ワシらは手が足らんのじゃ。出来るだけ早く戻ってきてくれんかの」

背中を押すその手の温もりに、ガルドの閉ざされていた心の中に確かな血が巡り始めた。

ガルドはすっくと立ち上がり夜風に向かって顔を上げた。

「……わかった。どうなるかは判らんが、出来るだけ早く顔をだそう」

多くは語らない。ガルドは片手を軽く上げるとそのまま振り返ることなく、深い夜の荒野へと太刀を片手に歩み出していった。

その確かな足取りをバラクは酒瓶を傾けながら満足げに見送る。

「……頑固じゃのぉ」

呟きは夜風に溶けて優しく消えていった。