軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第380話:『武神の教え、砕かれる意地』

ジリジリ、ギャリギャリと噛み合った鋼が至近距離で狂おしい金属の悲鳴を上げている。飛び散る赤熱した鉄粉が二人の 煤(すす) けた顔を苛烈に照らし出した。

「なに、弟子が居ってな」

押し合う戦斧の刃と大剣の腹。その 拮抗(きっこう) する凄まじい圧の只中にありながら、シュタイナーの口調はまるで風に吹かれて世間話でもするかのごとく軽やかだった。

「最近力をつけてきておって、どうにも天狗になっておるようじゃからの。ヌシにその鼻をへし折ってもらいたいだけよ!」

ガルドの頬が引き 攣(つ) るようにピクリと震えた。

己が命の火をすべて燃やし、一族の行く末を懸けて挑んだこの死闘をあろうことか弟子の「当て馬」だと言い放たれたのだ。

ドクドクと太い 頸動脈(けいどうみゃく) が暴れ、歯茎から血が 滲(にじ) むほどに奥歯が鳴る。

「……我らを愚弄するかッ!!」

ガルドは叫び、戦斧を押し込もうと背中に残る最後の筋繊維を軋ませた。だが、シュタイナーの大剣は一ミリとして退かない。それどころか、白銀の兜から覗く冷徹な眼光が、ガルドが胸の最奥に仕舞い込んでいた、彼自身すら直視を避けていた「弱さ」を容赦なく貫いた。

「何を小さい事を悩んでおるか、だいたい想像はつくがの」

シュタイナーの声から、からかいの響きが霧散した。代わりに、幾万の死線を越えてきた老練な将としての冷たくも重い絶対的な圧が去来する。

「部族の未来か、主君への忠義か。……一人で背負い込み、己の命を投げ出して綺麗に終わろうなどと。いやぁ、小さいわ」

ドクン――。

ガルドの耳の奥で心臓が爆発したかのような衝撃が走った。

命を盾にして一族の汚名を注ぎ、クルガンの覇道に殉じようとした悲壮極まる自らの覚悟。それを「小さな意地」と真っ向から一刀両断されたのだ。

図星を突かれた 羞恥(しゅうち) と武人としてのすべてを否定された怒りがガルドの視界をブワッとドス黒い赤色に染め上げた。

「黙れェェェッ!!」

理性を完全に吹き飛ばされたガルドが狂ったように戦斧を強引に引き剥がし、大上段へと振り被った。泥を深く抉る足元。防御をすべて捨てたまさに命を燃やし尽くす最後の一撃。

だが、その刃が落下を始めるまさにその刹那。

スッ、と。

眼前のシュタイナーから空間を歪めていた凄まじい闘気と殺気が 陽炎(かげろう) のように完全に消え失せた。

ガルドの戦斧が空気を裂く直前、シュタイナーは手首を滑らかに返し、大剣を腰の 鞘(さや) へと滑り込ませたのだ。

チャキィィン……。

戦場に冷たく、そして澄み渡った金属の乾いた摩擦音だけが不気味に響き渡った。

大剣を収め、両腕をだらりと下げて無防備に立ち尽くす帝国の武神。

「なっ……!」

ガルドの動きが空中でビシィッ! と凍りついた。

渾身の力で振り下ろしたはずの戦斧が殺気のない無抵抗の肉体を前にして、武人としての強烈な拒絶本能により強制的に制動をかけられたのだ。斧を握るガルドの太い腕に自らの放った制動の凄まじい衝撃が走り、筋肉が激しく 痙攣(けいれん) する。

「まだ決着は……ッ!」

ガルドの深緑の瞳が困惑と屈辱に引き裂かれ、激しく揺れ動く。なぜ剣を引いた。なぜ自分を斬らない。

シュタイナーはそんなガルドの 狼狽(ろうばい) を悠然と見上げ、低く、重い息を吐き出した。

「……付いて居らんと言うかの」

その声は広大な平原に息を潜める数万の兵士すべての耳に届くほどに太く、そして逆らうことの許されぬ絶対的な説得力を持っていた。

「もう判って居ろう。周りも理解しとるじゃろ。……悪いが、まだまだじゃ」

ガルドは息を呑んだ。冷たい空気を取り込んだ喉がヒリつく。

周囲を見るまでもなかった。自分の渾身の一撃は一寸として届かず、ただ掌の上であしらわれていただけなのだと。数万の兵士たちの哀れみの混じった沈黙が彼の皮膚を針のように刺した。

だが、ここで折れるわけにはいかない。

「……愚弄するな……俺の覚悟をォッ!!」

ガルドの太い腕に再び太い青筋が走り、戦斧を渾身の力で握り直す。

己の命を薪にくべ、すべての感覚を極限まで研ぎ澄ませた『完全な迎撃態勢』。両足を大地に深く打ち込み、戦斧の強靭な木柄と刃を盾のように前面へ押し出す。いかなる神速の一撃であっても、この身を挺して必ず受け止めるという岩盤のごとき防御の構え。血走った深緑の瞳がシュタイナーのわずかな肩の揺れすら見逃すまいと睨み据えた。

そのガルドの再び燃え上がった闘志を見て、シュタイナーの口角が深く、深く吊り上がった。

「そうよの。なれば示そうぞ!」

シュタイナーの眼光が再び獰猛な武神のそれへと爆発的に膨れ上がった。

ドンッ!!

大地が足元で陥没し、赤土が破裂する。

白銀の巨体が視界からブレた。抜刀の初動。ガルドの研ぎ澄まされた動体視力はシュタイナーが 鯉口(こいくち) を切る瞬間を確かに捉えていた。

(見える! 受けきれるッ!)

ガルドは 裂帛(れっぱく) の気合いと共に戦斧の柄をシュタイナーの刃の軌道へ完璧に合わせ、全身の体重を乗せて壁を作った。

だが、それは完全な誤算だった。

速さではない。その一撃に込められた『重さ』が次元を異にしていたのだ。

ゴッ!!!

ガルドの構えた戦斧の柄と激突した大剣の『峰』は止まらなかった。

防御の壁をものともせず、極太の木柄をひしゃげさせながらそのままガルドの鉄の胸当てを紙細工のように陥没させ、 鳩尾(みぞおち) を正確無比に打ち抜いていた。

(俺の渾身の防御を……構えごと正面から粉砕するだと……!?)

「ガ、はッ……!」

肺の中の空気が一滴残らず叩き出され、喉の奥からヒューという悲鳴のような音が漏れる。万全の態勢を上から力ずくで圧し潰された衝撃に平衡感覚を司る脳髄が激しく揺れ、戦斧が手から滑り落ちて土へと突き刺さった。

だが、連撃はまだ終わらない。

大剣を振り抜いた凄まじい勢いのままシュタイナーの左手が腰に残った重厚な『鞘』を掴んで翻した。

バキィッ!!!

死角から斜め上へと跳ね上がった鋼鉄の 鞘口(さやぐち) がガルドの 顎(あご) の骨を真下から爆発的な力でカチ上げた。

「あ……」

脳が頭蓋の内側に激しく叩きつけられ、世界が一瞬にして真っ白な閃光となって明滅する。

ガルドの巨体はまるで重さを失ったボロ布のように宙に浮き上がり、そのまま数メートル後方へと 錐揉(きりも) み回転しながら吹き飛ばされた。

ズッドォォォォンッ!!!

赤茶けた土が爆発したかのように舞い上がり、岩窟の将が大地に叩きつけられた。

土の上を何度もバウンドし、仰向けに転がったガルドの身体は微かに 痙攣(けいれん) した後、完全に静止した。

圧倒的。

ただただ、暴力的で圧倒的。

その防御ごと正面から叩き潰す。

土煙が北の風に引かれてゆっくりと晴れていく。

白銀の武神は再び大剣を鞘に納め、何事もなかったかのように悠然と立っていた。

数万の軍勢がひしめく平原は文字通り、水を打ったような静寂に支配された。