軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第378話:『北壁の咆哮、シュタイナー推参』

ガルドの放つ死をも恐れぬ純粋な武人の覇気が荒野の空気をビリビリと震わせていた。

覇王の死によって呪縛から解放されたはずの数万の軍勢がたった一人の男が放つその凄絶な気迫に呑まれ、息をすることすら忘れて硬直している。

その光景を遥か離れた丘陵の頂から見下ろしていた私――リナの背筋にも冷たいものが走った。

(……なんて気迫。あの人は本当にここで死ぬ気だ……!)

北の民同士の戦いで決着をつける。それが私の描いた絵図だった。しかし今のバラク殿たちにはあれほどまでに命を燃やし尽くそうとするガルド将軍を相手にする余力はない。かといってここで彼を多勢で押し潰せば後味の悪いしこりが北の地に残ってしまう。

私が仮面の下で唇を噛み、盤面をどう修正すべきか思考をフル回転させようとしたその時。

「……ふふふ。どうやらワシをお呼びの様じゃな」

私のすぐ傍らで低い、しかし腹の底から湧き上がるような歓喜に満ちた声が響いた。

見上げるとシュタイナー中将がこれまでに見たことのないような獰猛な笑みを浮かべていた。岩のように厳つい顔の皺が深く刻まれ、眼光は眼下の平原に立つ一人の武人に完全に釘付けになっている。

ギリッと。彼の手甲が腰の大剣の柄を握りしめる音が鳴った。

「だ、駄目です! 中将閣下!」

私は弾かれたように振り返り、彼の分厚い腕にすがりついた。

「危険です! あの人は死に場所を求めている! いくら中将でもあの狂気に正面からぶつかるなんて……!」

それにここで帝国軍のトップが手を出せば北の民の自立を示すという当初の目的が揺らいでしまう。軍師としての理性と彼を死地に向かわせたくないという私の感情が入り混じり、声が悲鳴のように上擦った。

だがシュタイナーは私がしがみつく腕の力をすっと抜き、大きな手で私の頭を優しく、ポンと撫でた。

「なに案ずるな。……少しばかり揉んでやるだけよ」

「揉むですか……?」

「ああ。あそこの頑固で融通の利かない阿呆にな」

中将の瞳には私のような冷徹な計算はない。あるのは純粋な武人としての共鳴だった。

「ふふふ。いい面構えだ。あの腐りきった覇国の中であれほど真っ直ぐに義を貫こうとする男が残っておったとはな。……ここでワシが受けねばあの男の魂が浮かばれん。役者が立たぬよ」

それは軍師である私に許可を求める言葉ではなく一人の戦士としての抑えきれない衝動だった。

私は彼を見上げる。その圧倒的な熱量にこれ以上何を言っても無駄だと悟った。

「……必ず無事で戻ってくださいよ」

「がっはっは! 誰に物を言っておるか!」

シュタイナーは豪快に笑うと、近くに待機させていた巨大な白馬へと向かった。

彼が鞍に飛び乗った瞬間、その巨躯から放たれた『 気(オーラ) 』が丘の上の空気を一変させた。

「――門を開けい!!」

シュタイナーの号令に盾を構えていた帝国兵たちがまるで海が割れるかのように道を開けた。

ドゴォォォンッ!!

白馬が大岩を蹴り砕くような凄まじい脚力で駆け出した。

丘陵の斜面をまるで雪崩のように一気に駆け下りていく。

巻き上がる凄まじい土煙。その中心で白銀の重装甲を纏った巨漢が風を切り裂きながら平原の中央へと真っ直ぐに突き進んでいく。

その土煙に気づいた数万の軍勢が再びざわめき始めた。

「――帝国が云々と申したな!!」

シュタイナーの雷鳴のような咆哮が荒野に叩きつけられた。

馬のいななきと共に彼はガルドとバラクたちの間、平原のど真ん中に猛然と割り込み、手綱を強く引き絞った。

ドドォン! と前脚を高く上げた白馬が砂塵を四方へ吹き飛ばす。

「どうやら腐った覇国にも見るべき将が居った様じゃ!!」

砂塵が晴れた後、そこに立ち塞がったのは見上げるほどの巨躯と、圧倒的なまでの存在感を放つ帝国の武神。

「……たっぷりと揉んでやる。そこへ直れぃ!!」

シュタイナーが腰の大剣を抜き放ち、ガルドに向かって切っ先を突きつけた。

その瞬間、彼から放たれた『闘気』はガルドの悲壮な覇気すらも上から完全にねじ伏せるほどの暴力的なまでの重みを伴っていた。

ビリビリ……ッ!

戦場全体の大気が震え、見守る兵士たちの肌が総毛立つ。

「な、なんだあのバケモノは……!」

「あれが……北壁の守護神、帝国の武神……ッ!」

覇国兵たちの間で畏怖に満ちたひそひそ話がさざ波のように広がる。

ガルドは突如現れた巨大な壁を前に一瞬だけ目を見開いた。

だがすぐにその深緑の瞳に歓喜にも似た闘志の炎を燃え上がらせる。自らの命を燃やし尽くすに足るこれ以上ない死神が目の前に現れたのだ。

シュタイナーが馬からドスリと降り立つ。

「帝国北壁方面軍司令、ゲルト・フォン・シュタイナー!」

地響きのような名乗りが風を裂く。

ガルドもまた戦斧を両手で強く握り直し、全身の筋肉を軋ませながら咆哮した。

「ヴォルガルド覇国将軍、『岩窟の民』族長、ガルド!!」

二人の巨漢の間に火花を散らすような視線が交差する。

数万の兵が息を呑んで見守る中、北と南、それぞれの最高峰の武が今、真っ向から激突しようとしていた。