軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第375話:『見えざる鉄槌、決着の時』 +

筋肉の繊維が異様な音を立てて膨張し、クルガンの分厚い鎧の継ぎ目が弾け飛んだ。

むき出しになった赤黒い肌には怒りに沸騰する血流が太い青筋となって浮き上がっている。理性の光を完全に失った黄色い瞳はただ目の前にある命を肉片に変えることだけを渇望する獣のそれだった。

「おおおおおおおォォォッ!!」

大気が悲鳴を上げる。

クルガンが振り回す大剣はもはや剣技などという小賢しい枠組みには収まっていなかった。ただの巨大な鉄板が音速に近い風圧を伴って暴れ狂う死の竜巻。巻き上がる赤茶けた砂塵がアランの頬を鋭く削る。

「グルルルルォォッ!!」

大地を砕いて踏み込んだクルガンの大剣が嵐のような風切り音を伴って横薙ぎに一閃された。

速い。先程までの怒りに任せた大振りとは次元が違った。生存本能という 枷(かせ) すら外した暴君の肉体はリミッターを壊した狂気によって異常な加速を得ていた。

「チッ!」

死角から足首を狙っていたゲッコーが咄嗟に双剣を交差させて防御姿勢をとる。

だが剣が交わるよりも早く大剣が巻き起こした凄まじい「暴風」と「質量」の波が彼を襲った。

ドゴォォッ!

双剣をクロスさせて防御したもののその暴力的な質量の前には薄紙も同然だった。

ゲッコーの身体がまるで枯れ葉のように宙へ弾き飛ばされる。地面を何度もバウンドし、土埃を巻き上げながら十メートル以上も後方へと転がっていった。

アランは一瞬そのゲッコーを目で追ってしまった。

視線を逸らしたその一瞬が命取りだった。

クルガンの巨大な影がアランの全身を完全に覆い尽くしていた。

頭上高く陽光を遮るように振りかぶられた巨大な鉄塊。その切っ先から滴る血がアランの顔にポタリと落ちる。

逃げ場はない。剣で受けようとも、防御ごと両断されて大地の染みと化す。死という絶対的な結末がアランの瞳に色濃く焼き付いた。

空中に弾き飛ばされ、重力に逆らうすべを持たないゲッコーの目が冷徹な暗殺者の光を放った。

主君の痛切な顔が脳裏を過る。

『手足をもいででも。……バラク殿たちを死なせないでください』

『絶対に生きて帰ってきてください。……全員でですよ』

誰一人死なせはしない。

ゲッコーは空中で身を 捩(よじ) りながら小型化された『囁きの小箱』に向かって一切の感情を排した、しかし鋭く腹の底を突くような短い声を発した。

照準はとうに合っているはずだ。

「……ぅてぃッ!」

血反吐と共に絞り出された切羽詰まった短い命令。

刹那。

荒野の時が凍りついた。

音速を優に超えるタングステンの弾丸がクルガンを正確に穿つべく空を切り裂いて迫る。光も煙もない。人が反応することなど不可能な神の裁きにも等しい見えざる一撃。

だが振り下ろされようとしていたクルガンの大剣が空中でピタリと止まった。

理性を失っていたはずの獣の瞳孔が針の先ほどに収縮する。常人の理解を絶する野生の本能。細胞の一つ一つが粟立ち、脳髄が死の直撃を警鐘したのだ。

クルガンはアランの脳天を砕くはずだった大剣を強引な力で自らの顔の横へと捻り込んだ。

――ギャイィインッ!!!

耳膜を物理的に突き破るような凄まじい金属の絶叫が戦場に炸裂した。

オレンジ色の火花が太陽よりも眩く爆散する。

音速を超えて飛来したタングステンの弾頭がクルガンの分厚い大剣の腹に激突したのだ。

「グォォォァッ!?」

規格外の化け物であってもその圧倒的な運動エネルギーを相殺することはできなかった。

クルガンの太い腕の筋肉が断裂する嫌な音を響かせ、大剣ごと右腕が強引に後方へと弾き飛ばされる。巨大な身体が右に大きく捻られ、鋼の如き胸板が完全に無防備な状態でもろに露わとなった。

それだけではない。

大剣の鋼を削り取って逸れた弾丸の軌道、あるいはその強烈な衝撃波がクルガンのこめかみを鋭く掠めていた。

ドバッと鮮血が噴き出す。

クルガンの視界がぐにゃりと歪んだ。三半規管を激しく揺さぶられた巨体がまるで糸の切れた操り人形のようにグラリと傾き、踏みとどまるはずの足元がよろめく。

無敵を誇った覇王が初めて見せた致命的な「空白」。

その巨大な隙をアランの燃えるような瞳がはっきりと捉えていた。

迷いなど一欠片もなかった。

アランは深く沈み込み、大地を蹴り割るほどの力で踏み込んだ。

風を切り裂くような鋭い踏み込み。額の赤い戦化粧が闘志の炎となって残像を描く。

「おおおおおォォォッ!!」

若き獅子の咆哮と共に白刃が下段から斜め上へと一閃した。

肉を断ち、骨を砕く重く生々しい感触がアランの両手に伝わる。

クルガンの強靭な胴体をアランの剣が深々と、そして容赦なく斬り裂いていた。

「ガ、ぁ……ッ」

クルガンの目から狂気の光がスッと抜け落ちていく。

斬り裂かれた胸元から滝のような鮮血が荒野の空中に激しく噴き上がる。

赤い飛沫が霧となって舞い散る中、クルガンの巨体から糸が切れたように力が抜け、ぐらりと傾く。

地響きを立て、覇王の巨躯が土煙を上げて大地に倒れ伏した。

砂塵が静かに舞い降りる。世界が息を呑んだまま時を止めた。