軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第374話:『若き獅子と影の舞』

砂塵が渦を巻き、視界を赤茶色に染め上げる平原の中央。

エノクが血に倒れ、全てが崩壊した狂乱の舞台のど真ん中で絶対的な暴力の権化たる覇王クルガンと若き風の民の次代の長・アランが対峙していた。

クルガンは肩に担いだ大剣をゆっくりと下ろした。その黄色い瞳は目の前の若造をいかにして惨たらしく引き裂くかという嗜虐の光に満ちている。

対するアランは白刃を正眼に構え、暴れる呼吸を必死に整えていた。父バラクから受け継いだ額の赤い戦化粧が滲む汗に濡れて鮮烈な色を放っている。

だがその死合いの間にもう一つの影が滑り込んでいた。

足音一つ気配すら欠片も感じさせない。

まるで最初からそこに在ったかのように、アランの斜め後ろ、クルガンの視界の端を掠める絶妙な死角に粗末な布を纏った隻眼の男が飄々と立ち塞がっていた。

両手には冷たく光る双剣が逆手に握られている。ゲッコーだ。

「……ふん」

クルガンは血まみれの口元を歪め、喉の奥で嘲笑を鳴らした。

「2人がかりかい。まぁちんまいのが何人来ても構わんがな。まとめて俺の剣の錆にしてくれるわ」

その圧倒的な自負と巨体から放たれる凄まじい殺気にアランはギリッと奥歯を噛み締めた。彼は北辰の未来を背負う者として、誰の力も借りず自らの手でこの狂王を討ち果たさねばならないという強烈な自負と責任があった。

「助太刀は不要だ!」

アランは鋭く叫び、背後のゲッコーを声だけで牽制した。

「これは我ら北の民の誇りを懸けた戦い! 俺一人の力で……!」

「補佐はしてやるよ」

風のように静かで抑揚のないゲッコーの声がアランの熱をあっさりとすり抜けた。

「主役はあんたさ。上手くやりなよ」

ゲッコーの隻眼には戦士としての熱狂など微塵もない。あるのはただ一つ、「絶対に死なせない」という主君・リナからの絶対命令を遂行する冷徹な暗殺者の暗い光だけだった。

言葉の余韻が荒野の風に溶けるより早く、ゲッコーの姿がブレた。

開始の合図も、武人の名乗りも彼には存在しない。

「なっ……!?」

クルガンの視界から男の姿が完全に掻き消えた。

次の瞬間、クルガンの巨躯を支える太い右膝の裏に鋭い痛みが走る。

「チィッ!」

鎧の隙間を寸分違わず縫うように滑り込んだ凶刃。クルガンの強靭な脚力が一瞬だけ抜け、その山のような巨体がわずかにガクンと前へ傾いた。

「そこだァッ!」

アランがその刹那の隙を見逃すはずがなかった。大地を強く蹴り、白刃を上段から一気に振り下ろす。若き獅子の全力の踏み込みがクルガンの脳天をめがけて鋭く迫る。

「ちょこまかとォッ!」

だがクルガンは崩れた体勢のまま理不尽なまでの腕力だけで大剣を片手で跳ね上げた。

ゴァァンッ!!

鋼と鋼が激突し、火花が散る。アランの両腕に骨が軋むほどの重い衝撃が走り、その身体が宙に浮くほど後ろへ弾かれそうになった。

(なんという膂力……! 体勢を崩してなおこれほどの……!)

アランは顔を歪めながらもすんでのところで足を踏ん張り、必死に刃を押し返した。

それこそがゲッコーの狙いだった。

アランが大剣の軌道とクルガンの注意を完全に引きつけているその裏で黒い影は無音の舞を踊っていた。

シャッ。

クルガンがアランを薙ぎ払おうと大剣を振りかぶった瞬間、むき出しになった右手首の腱に冷たい銀の線が走った。

「ぐっ……!?」

ツッと鮮血が舞う。浅い。だが大剣を握る指先の力がごく僅かに鈍る。

ザシュッ。

今度は踏み込もうとした左足の足首。ブーツの革を切り裂き、アキレス腱の皮一枚を撫でるような嫌な切り傷が走る。

「痛ェッ! こいつ何処から現れた! いつ切られた!」

クルガンの黄色い瞳が血走り、周囲を猛然と睨み回す。

だが彼が大剣を振り回して振り返った時にはすでにそこには誰もいない。砂埃が舞うだけでゲッコーはクルガンの巨大な身体の死角から死角へと文字通り「影」のように張り付いて離れないのだ。

前方に気を取られれば足首を削られる。

背後に気を取られれば正面からアランの鋭い剣撃が容赦なく襲いかかってくる。

「オオオオオオオオオッ!! 鬱陶しいハエどもめェェッ!!」

クルガンは怒り狂い、大剣を嵐のように振り回した。ブンッ! ブォォォンッ! と空気を引き裂く轟音が響くがその動きは明らかに大振りになり、怒りに任せた力任せの軌道へと乱れていく。

その大味な剣閃の隙間を縫うようにアランが身を沈め、的確にクルガンの鎧の継ぎ目へと斬り込んでいく。

ガキィンッ! ズバァッ!

本来であれば圧倒的な体格差と暴力によって一瞬でアランがすり潰されていてもおかしくない死合い。

しかしゲッコーが放つ「見えざる手傷」がクルガンの力を絶妙に削ぎ、その精神を苛立たせることで若き戦士長の攻撃がまるで覇王と互角に渡り合っているかのような奇跡的な拮抗状態が作り出されていた。

数万の観衆が息を呑んで見つめる中、若き北辰の長が恐るべき暴君と堂々と刃を交えている。その光景は北の民の目に「新たな英雄の誕生」として鮮烈に焼き付けられようとしていた。

まさに主役を最も輝かせるための暗部の神業的な舞台回しだった。

「この俺が……! この覇王たる俺がこんな虫ケラどもにィィッ!!」

だがその屈辱がクルガンの内奥にある獣を完全に目覚めさせた。

ダラダラと流れる自らの血の匂いと思い通りにいかない焦燥が限界点を超えたのだ。

ボキボキボキッ! とクルガンの全身の筋肉が異様に隆起し、鎧を内側から弾け飛ばさんばかりに膨張を始めた。彼の眼球は完全に充血し、理性の欠片もないドス黒い殺意が平原の空気を凍りつかせる。

「皆殺しだァァァァァッ!!」

獣の咆哮が大気をビリビリと震わせた。