軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第369話:『泥濘の死闘(前編) ――鈍る覇牙』

風が爆ぜた。

荒野の静寂は、大地を蹴り上げる六つの影によって無残に引き裂かれた。

ギャンッ!

鋼と鋼が互いの肉を食いちぎるような悲鳴が、見守る数万の軍勢の鼓膜を容赦なく叩き据える。刃の衝突が生み出した突風が赤茶けた砂塵を巻き上げる中、ひときわ眩い火花が平原の中央で弾けた。

「ひねり潰してやるわァッ!」

ボルガスの太い腕が空気を圧し潰し、巨大な戦斧が重低音の風鳴りを引き連れて落ちてくる。

ゴードは戦槌の腹を両手で真横に構え、その圧倒的な質量を真正面から受け止めた。

ガァンッ! と、耳をつんざく轟音が荒野に叩きつけられる。

激突の瞬間、オレンジ色の火花が弾け飛び、振り下ろされた戦斧の風圧でブワッと周囲の土埃が円状に舞い上がった。

上から圧し潰さんとする暴力的な衝撃に、ゴードの巨体は大きく後ろに弾かれそうになる。だが彼は分厚いブーツの底で、ゴリッ、ゴリリッと乾いた赤土を無骨に抉りながら踏みとどまった。両足に全体重を乗せ、足元の土を削り飛ばしながら後方へ滑ることで、強烈な威力を殺したのだ。

「がっ……!」

ギリギリギリッ……! 刃と戦槌の腹で押し合い、鋼が軋む嫌な音が響く。拮抗する力と力。ゴードの首筋には太い血管が青々と浮かび上がり、食いしばった歯の隙間から獣のような濁った呼気が漏れる。

そのすぐ横の空気を、チリチリと焼けるような異音が切り裂いた。

「ヒヒッ……毒刃をかすっただけで、お前は腐り落ちるぞォ!」

ゾルヴァーグの双刃が、鼻を突く甘ったるい毒の匂いと共に宙を舞う。シュガァッ! と刃が空を切るたび、その鋭い風圧が足元の砂利を巻き上げ、エルラの顔を容赦なく打ち据えた。

エルラは荒れた土に足元を滑らせそうになりながらも上体を反らし、必死に身を翻す。緑色の鈍い燐光が眼球を、喉を、心臓をかすめ、彼女の頬を冷たい死の風が掠めるたびに、ぞくりと肌が粟立った。

そして、シャララランッ! と、不気味で美しい金属音がバラクを包み込んでいた。

「老いぼれが粋がるんじゃないよ!」

ユルヴァの手首が返るたび、銀の蛇腹剣が意思を持った毒蛇のように宙でうねる。右から、左から、そして死角の真上から。巻き起こる旋風がバラクの足元の土煙をかき乱す。

空間を埋め尽くす無数の牙を、バラクは息を詰め、紙一重の体捌きでいなし続ける。だが、ザンッ、ザシュッ! という音と共に、彼の分厚い外套が空中で次々と細切れにされ、ぼろ布のように土煙の中へ散っていく。

砂塵に混じるむせ返るような汗の匂い。荒い息遣い。そして絶え間なく鳴り響く剣戟の音。

平原の中央で何が起きているのかは、火を見るよりも明らかだった。

巨漢の暴力的な圧、致死の毒、変幻自在の凶刃。三人は完全にその猛威に押されていた。踏みとどまろうとするブーツは無残に土を抉るばかりで、ただ降り注ぐ死の雨を凌ぐことしかできていない。

息を呑んで見守っていた覇国軍の陣列から、張り詰めていた糸が切れたように、ザワザワとしたさざ波が広がり始める。

それはやがて、自分たちが圧倒的強者であることへの安堵と、砂塵に塗れて後退を続ける者たちへの下品な嘲笑となって、どす黒く荒野を這い回り始めた。

だが。

剣戟の音が百を数え、二百を数えた頃。

荒野の空気に、奇妙な不協和音が混じり始めた。

「ぜぇっ……はぁっ……! ちょこまかと……!」

ボルガスの口から、粘り気を帯びた激しい喘ぎ声が漏れていた。

振り下ろされる戦斧の風切り音が、目に見えて重く鈍くなっている。膨れ上がった彼の巨体は今やどす黒い汗に塗れ、首筋からとめどなく流れる脂汗が目に入り、視界を不快に歪ませていた。

ゾルヴァーグの足取りも、次第に粘る泥に絡め取られるように遅れ始めている。先程までの鋭い踏み込みは失われ、毒刃の軌道がわずかにぶれ出していた。

ユルヴァに至っては、細腕の筋肉が乳酸の悲鳴を上げ、伸び切った蛇腹剣を引き戻す動作が明らかにコンマ数秒遅れ、その表情から余裕が消え失せている。

無理もない。

彼らは長年、温かい毛皮の敷かれた『黒の宮殿』で安全な玉座の足元に侍り、旨い肉を食らい、甘い酒に酔いしれてきた。他者から奪い肥え太るだけの怠惰な生活は、彼らの中にあった「荒野を生き抜く狼の肺」をとうの昔に腐らせていた。重厚な装甲が、そして自らの贅肉が、今は鉛のように己を締め付けているのだ。

限界を迎えつつある肉体に鞭打ちながら、三将軍の目に濃密な焦燥の色が浮かぶ。

(なぜだ……! なぜこいつら、倒れねぇ……!?)

ボルガスの血走った視線の先。

泥に塗れ、肩で息をしているはずのゴードの瞳には、一切の翳りがなかった。彼を押し潰しているはずの刃の拮抗は、いつの間にか微動だにしなくなっている。

ゾルヴァーグの毒牙を躱し続けるエルラの足運びは、リズム一つ乱れていない。

そして無数の切り傷を負いながらも、バラクは刃の向こう側で、口の端をニヤリと吊り上げていた。

「……どうした。宮殿の飯は、随分と重かったようだな」

地を這うようなバラクの低い声に、ユルヴァがハッと息を呑んだ。

彼らは知らなかったのだ。

極寒の野営地で飢えと病の恐怖に耐え、民を守るために血を吐くような思いで生き抜いてきた日々を。

そして何より――あのシュタイナー中将やヴォルフラムといった、帝国が誇る「本物の化け物たち」と、死の淵を綱渡りするような本気の殺し合い(実戦演習)を乗り越えてきた彼らの強靭な肉体が、これしきの温い攻防で悲鳴を上げるはずがないということを。

「なめるなァッ!!」

ボルガスが最後の力を振り絞り、戦斧を大上段から振り下ろす。

だが、その軌道はあまりにも大振りで、あまりにも遅すぎた。

「――図体ばかり大きくなった豚に、北の風は読めんよ」

ゴードの瞳に、獰猛な狼の光が宿った。

彼は泥に沈み込んでいた両膝をバネのように弾き、大気を裂く戦斧の軌道を紙一重で躱す。同時に踏み込んだその足取りは、岩盤のように微塵も揺るがない。

攻守が、完全に逆転した。

エルラの双眸が氷のように冷たく細められ、流れるような反撃の刃がゾルヴァーグの喉元へと迫る。

バラクの大剣が、たるんだユルヴァの蛇腹剣を力ずくで弾き飛ばし、その無防備な懐へと深く潜り込んだ。

「ば、馬鹿な……っ!?」

三将軍の顔に、明確な恐怖と絶望が張り付く。

彼らの目に映ったのは、もはや弱小部族の長ではない。

地獄の泥濘から這い上がり、強大な帝国の盾をも食い破ろうと牙を研ぎ続けた、真なる北の古狼たち。その瞳の奥に燃え盛る、飢えに満ちた絶対的な殺意だった。

「ヒィッ……!」

死の冷気が肌を撫で、三将軍の誰かの喉から情けない悲鳴が漏れた。

後退しようともがく彼らの足は、自らが力任せに踏み荒らした深い泥に絡め取られ、もはや一歩も動かない。

「――北の真の鉄槌、骨の髄まで味わうがいいッ!」

地を震わせるゴードの咆哮と共に、彼の巨大な 戦槌(ウォーハンマー) が、エルラの二刀の曲刀が、そしてバラクの凶刃が、逃げ場を失った彼らの頭上へと一斉に振り下ろされた。

多くの兵士たちが息を呑み、静まり返った平原。