作品タイトル不明
間話:『女王と人形』
どこまでも広がる青い海を、私はまっすぐに見つめていた。
守るべきもののためならば、どんな罪も運命も受け入れよう。その誓いが、胸の内で静かな熱に変わる。
その、穏やかな決意に満たされた瞬間だった。
ピ、と場違いな電子音が空気を裂いた。
セラの耳元で、小型の通信機が微かに光を点滅させている。彼女は片手でそれを覆うように押さえ、低く短い言葉を交わすと、険しい表情で私を見つめた。その視線だけで、緊急の事態だとわかる。
「……無粋ですわね。少しくらい、休ませて差し上げることもできないのかしら」
マリアがティーカップを置き、カチャリと冷たい音を立てて不満を呟いた。
その声に、私は苦笑を返す。
すっくと立ち上がり、平和な光景にわずかな未練を残すように一度だけ目をやった。そして、行儀悪く残りのケーキをフォークで一気に掬い、口へと放り込む。甘いクリームとベリーの酸味が、急かすように喉を過ぎていった。
「すみません、マリア様。少し、用事ができましたので」
リリィに怪しまれぬよう努めて穏やかに告げ、私はセラさんとヴォルフラムさんに目配せする。二人は無言で頷き、音もなく立ち上がった。私たちはマリア様に軽く一礼すると、丘を駆け下りるようにして、その場を急ぎ後にした。
三人の足音が芝生に吸い込まれ、遠ざかっていく。
人の減ったカフェテラスに、再び潮風の音だけが戻ってきた。
マリアは、残されたテーブルの上をゆっくりと見渡した。そして、何もかもを見透かすような瞳で、傍らに佇むリリィへと視線を移す。
「リリィ。あなたも、そこに座りなさい」
凛とした、しかし有無を言わさぬ声だった。
リリィは一瞬だけ躊躇うように動きを止め、やがて主の命令に従い、リナが座っていた席に音もなく腰を下ろした。その所作はどこまでも完璧で、感情の欠片も見いだせない。
マリアは細い指でテーブルクロスをなぞりながら、静かに、しかし刃のように鋭い言葉を紡いだ。
「あなたが決断し、選んだ道ですわ。わたくしの大事なものを、二度と汚すような真似は許しません」
リリィはただ、まっすぐにマリアを見つめ返す。
「あなたのその知識、その技術、その全ては、わたくしのために活かしなさい。そうである限り、この能天気で賑やかな日常に、あなたの居場所を許してあげますわ」
冷たい言葉とは裏腹に、マリアの口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「……あなたなら、もう気づいているでしょう? 面白い子ですわ、あの子は。本気でこの世界の全てを護る気でいる。そして、本当にやり遂げてしまう」
ふふふ、と喉の奥で笑い声が響く。それは愉悦に満ちていた。
「あなたに、呪いの言葉をあげましょう。いいえ……預言、とでもしておきましょうか」
マリアはティーカップを手に取ると、その瞳でリリィの心を射抜くように告げた。
「あの子がこの世から失われた時。あなたの全ては、塵も残さず消え失せますわ」