軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

96.決着と戴冠

信秀が元いた世界において、戦車とはなんであるか。

一言で言えば動く砲台。

馬よりも素早く動き、前進後退が自在にでき、装甲は生半可な攻撃ではびくともしないほどに頑丈。

予備動作なく砲撃ができ、その飛距離も驚異的だ。

だが今、目の前で敵を蹂躙している十両の戦車はただの戦車ではない。

その名も【10式戦車】。

乗組員は、車長、運転手、砲手の三名。

主砲は44口径120mm滑空砲で、主砲の隣には副武装として7・62mm機関銃。車長用キューポラ(ハッチ)の外枠に取り付けられた砲塔には12.7mm重機関銃M2が搭載されている。

最高時速七十キロ。

移動しながら目標を自動追尾して射撃する高度な射撃システムを有し、そのほか様々な最先端技術を有しているが、衛星を使用する機能についてはこの世界では使えない。

【10式戦車】9億5000万円

この【10式戦車】の登場によって、フジワラ領の戦況は一変した。

つい先ほどまではイニティア王国軍が攻め手であり、守り手はフジワラ軍であった。

しかし、今は全くの逆。

フジワラ軍はどこからでもイニティア王国軍に砲撃ができるようになり、その攻守は入れ替わったのだ。

九両の【10式戦車】が左右の斜め前からイニティア王国軍の機甲科部隊に当たり、残り一両がイニティア王国軍の本隊を砲撃した。

すると敵方から退却の鐘が鳴り響き、信秀たちのいる南の城壁の正面に布陣していたイニティア王国軍の本隊は、【10式戦車】わずか一両の砲撃を受けながらも素早い動きで後退していく。

さらに機甲科部隊では、左将軍小松菜が巨大な声で退却を叫んでいたが、その声は【10式戦車】からの砲撃によってすぐに途絶えた。

先ほどまで死をもいとわぬ覚悟で城壁を攻撃していた獣人たちも、退却の鐘を聞き、背を向けて退いていった。

【10式戦車】の威力は絶大であったといっていいだろう。

イニティア王国軍の本隊を退け、並んだ大砲群を一瞬にして壊滅させると、【10式戦車】はさらなる獲物を求めて城郭の東西を囲んでいたイニティア王国軍の歩兵隊に牙を剥いた。

ドゥッ! ドゥッ! と【10式戦車】の砲身が火を噴けば、大地が破裂するように土が勢いよく巻き上げられ、イニティア王国軍の兵士の身体が宙に飛ぶ。

兵士たちは散り散りになって逃げようとするが、そこに容赦なく機関銃の掃射が襲い掛かった。

「もう、やめてくれ! 俺たちの負けだ! 退却の鐘が鳴っているんだ!」

「ぎゃあああーッ!!」

砲撃音の合間合間に聞こえる命乞いや悲鳴が、イニティア王国軍の兵士たちがどんなに悲惨な状況であるかを示している。

生死のわからない全身傷だらけの兵士が大地に倒れ、原型を留めない兵士の肉片が大地に撒かれ、辺り一面に血の海ができあがっていく。

まさに地獄絵図。

東西の城壁に相対していたイニティアの歩兵隊は、深くに入り込んでいたがゆえ逃げるのに時間がかかり、生き地獄ともいえる様相を呈していた。

「本隊は早々に撤退を選んだか。勝負は決したな。まさか戦車が出てくるとは思わなかったのだろう」

城壁の上、ホッと息をつくように頬を緩めたのは信秀である。

これは、敵兵の死を喜んでのことではない。

自身の勝ちを思ってのことだ。

今日の戦い、もしかすれば危ういところであったかもしれないと信秀は思っていた。

だが結果だけを見れば、こちらは一人の死者を出すことなく完封と言っていい成果だ。

それもこれも、全ては町の人口が一万人に達していたおかげであろう。

“あの”瞬間。

敵の苛烈な攻撃を前に、己の能力の暴露をいとわず迎撃しようとした時のことである。

信秀にしか聞こえない声が聞こえ、信秀にしか見えない物が見えた。

《資金一兆円、人口一万人到達しました。『時代設定』を更新しますか。更新する場合、資金一兆円がかかります。更新する場合は【はい】を。更新しない場合は【いいえ】を押してください》

【はい/いいえ】

脳裏に響く機械的な声と網膜に映る映像。

それは人口一万人を達成したことによるものだ。

『町データ』を呼び出せば、人口は【10028】となっており、確かに人口は一万人に到達していた。

予想以上に早い戸籍登録。

何があったのかと考えるのが普通であるが、信秀は考えるよりもまず行動していた。

『時代設定』を更新するか否か。

もちろん選んだのは【はい】だ。

《『時代設定』が『現代』になりました》

得られた反応はたったそれだけ。

今までの苦労を考えたら、もうちょっと何かあってもいいように思われたが、ないものは仕方がない。

だが、【購入】できる物に関しては一新されていた。

今まで定価の百倍という値段で買っていた現代の物が、定価そのままの値段で表示されていたのだ。

それを見れば達成感はあった。今後は何を買ってやろうかと、広がる可能性に喜びもした。

しかし現状、そんな先を考える暇はない。

信秀はすぐさま【10式戦車】九両を特別区画に【購入】する。

これにより、以前買ったものと合わせて【10式戦車】は十両。

十分な数だ。

こうして信秀は、各城壁にて防衛に当たっていた操縦手たち――今日まで訓練してきた者たち三十名――に、直ちに戦車のもとへと向かって出撃するように命令した。

――その末が、現在の状況である。

敵陣を瞬く間に粉砕し、戦局をこちらの圧倒的勝利という形に決定づけた。

一矢すら報えずに、退いていく敵軍。

こうして見れば、先に【購入】していた一両だけの戦車でも十分だったかもしれない、という考えが信秀の胸に浮かんだが、いや、とその考えは打ち消した。

(一両だけならば、あの小松菜という将軍に張り付かれ、敗れた可能性がある)

それだけ小松菜の力は並外れていた。

だが複数であるならば、敵にもう打つ手はないだろう。

小松菜の声が聞こえなくなったのは死んだためだろうか。

残念ながら、砲撃の際には砂煙が酷く、小松菜がどうなったのかはわからない。

やがて、東西のイニティア王国軍兵士たちも散り散りとなり、こちらの攻撃は終わった。

追撃はどうするか。

どちらにしろ弾薬の補充をしてからとなるし、一旦の休憩が必要だろう。

信秀は、そのように結論付けた。

「か、勝ったのか……?」

「あの乗り物は、あんなに凄かったのか……」

周囲の獣人たちは唖然として、戦況を眺めている。

戦車はジハルの狼族以外は詳細を知らぬ兵器。

時折、町中を見かけるだけのものであり、彼らが不審に思うのも当然だった。

「フジワラ殿、あれは……」

牛族の族長があっけにとられたように尋ねた。

色々と足りていない質問であったため、信秀もその意図を勝手に解釈して答える。

「ちょっとした理由があって、すぐには出せなかった」

「ううむ……。なんとも恐ろしい。それでどうするのだ?」

「どうすることもない。敵は本隊も退いていく。これ以上ない勝ちだろう」

「そうか、勝ちか」

牛族の族長は、自身に勝利を実感させるかのように呟いた。

すると、その面は力強いに笑み変わり、大きな声で城壁の者たちに言う。

「我らの勝ちだ! 敵が退いていくぞ! 皆笑ってやれ!」

城壁に起こった沈黙。

だが、それもわずかのこと。

ほんの数秒後には、うおおおお! という勝利の咆哮を獣人たちは一斉に叫んだ。

続いて、それぞれが思い思いの言葉を、逃げ行くイニティア王国軍に向かって吐き出していく。

「ざまあみろ、人間どもめ!」

「俺たちの力を思い知ったか! 地の果てまでも逃げ続けろ!」

充足感。

皆、非常に満たされたような顔をしている。

人間の軍に勝利するという、かつて一度も飲んだことのない美酒に、獣人たちは酔いしれているのだろうと信秀は思った。

勝利を祝う声が城壁中に広がり、獣人たちはいつまでもいつまでも勝鬨を上げ続ける。

それは、白旗を持った敵の使者がやって来るまで続いた。

敵方から使者としてやって来た一騎。

それは白銀の甲冑に、銀髪をなびかせた美しい者。

外見は女のようにも見えたが、その衣装が、男性を連想させていた。

純白という言葉がよく似合う。

白き者が白き旗をもってやって来たのだ。

「我が名はレアニスだ! フジワラ殿どうか今ばかりは矛を収めてくれ!」

門前からの使者の声。

名前を聞いて、信秀は驚いた。

生きていたか、という思いがまず先に立ち、次いで撃つべきか撃たざるべきかを考えた。

撃てば、イニティア王国との戦いは決着するだろう。

この地も当面は安泰だ。

「本当に敵将レアニスか!」

「ああ、誓って嘘はない!」

敵の総大将が単身でくるだろうかという疑念が湧く。

まずはそれを確かめなければならない。

その術はある。

『元の世界の国名を三つ答えよ!』

信秀の口から飛び出た言葉。

その場にいた獣人たちが目をパチパチとしばたたかせたのは、それが日本語だったからである。

獣人たちの中ではジハルの部族しか知らないため、その反応は当然というものだ。

『アメリカ! イギリス! フランス!』

レアニスからは、よどみない返答が届いた。

間違いはない。

それらは元の世界に存在していた国々だ。

降伏勧告の書状にて、日本人であることを自称していたレアニス。

また、双眼鏡でもその容貌を確認しており、それがレアニス当人かはわからなかったが、将軍職に就く者であることは明らかだった。

ここまで証拠が揃えば、影武者ということもないだろう。

「よくわかった! だが、そちらから攻め込んでおいて、矛を収めろとは何事だ!」

「確かに虫のいい話だと思う! されど、まずは話がしたい! 確かに我々は武力を行使してドライアド王国に攻め込み、その領地を我が物にした!

今日このフジワラ領にあるのもこの地を我が領地とせんがためだ! しかし、我らが同郷の者と話をしようとしていたのもまた事実!

問おう!

それだけの力を持ちながら、何ゆえ、国の大事に動かなかった!」

「領主として、国のために奉公しようという最低限の志は持っている!

だが今回はその最低限の範疇を超えていた! 国のために領民を犠牲にしようとは思わない!」

「泰然自若を気取るつもりか!

その力、大陸のために使おうとは思わないのか!」

「思わん! 俺は、俺と俺の領地のために最善を尽くす! それだけだ! 今日のことも、身に降りかかる火の粉を払ったのみ!」

「心ここにあらざれば、視えども視えず! されど実際に視なければ視えないものもあるぞ!

そなたは、この大陸の現状を見たことはあるか!

この大陸において太平はあまりに短く、常に騒乱が起こっている! それによって多くの者が苦しみ喘いでいる!」

「だからどうした! 人にはできることとできないことがある! わざわざ自ら危険を冒してまで、他者の争いに首を突っ込もうとは思わない!

そもそもお前は何しに来たのだ! こちらは、くだらない話など必要ない! まだやるというのならば相手になるぞ!」

いつの間にか言葉の応酬が繰り返されていたが、信秀に論戦の必要性などない。

圧倒的に自身の軍が勝っているのだ。

獣人たちも、このまま戦いを続けても構わないという信秀の姿勢に賛同し、レアニスを威嚇するように声を荒らげていた。

「いや、問答はここまで! フジワラ殿の人となりはよくわかった!

こちらとしては講和を願いたい! 条件はそちらで決めてくれ!」

互いの立場を考えれば、レアニスからの講和要請は降伏と同義。

ただ呼び方が優しいだけにすぎない。

さらに、条件をこちらに提示させるということは、無条件降伏であると思っていいだろう。

しかし、あやしいという疑念が信秀の心中に湧いた。

互いの表面的な国力差を考えたら、無条件降伏などありえない。

イニティア王国の現状は、人口も国土もフジワラ領の数十倍、いや百倍にも勝る。

この講和はその場限りのものにすぎず、レアニスに約束を守るつもりはないと考えるべきか。

「白紙の小切手を渡すつもりか! 甘き言葉の裏には何が隠されている!」

「そのような考えは毛頭ない! 疑うのならば、条件はこの首であろうと構わんぞ!」

ふと、ここでレアニスを殺したらどうなるかを信秀は今一度考えた。

イニティア王国の大陸統一という野望が、レアニスの強烈な野心によって引き起こされたものならば、レアニスが死ねばそれもここまでとなる。

もしかすると、今日まで占領してきた領土を放棄する可能性もあるかもしれない。

だが、レアニスの背後に別の意思がある、もしくはレアニスの後継者が存在するとなれば、話は変わってくる。

ここでレアニスを殺しても、いずれイニティア王国はフジワラ領に攻め入ってくるだろう。

つまり、レアニスの死はあまり意味がないように感じられる。

では、ドライアドの領地の返却でも願うか?

王位の禅譲が済めば、ドライアドの地は己のものとなる。

しかし、これは論外とすべき考えだった。

信秀の現有戦力では、それだけの領地を他国から守れるはずもない。

兵が足りないのもそうであるが、いかに近代兵器を使用していようとも、それは見せかけのみ。

兵器の真髄を心得ているわけではなく、なにか不良があれば、遠征先で行動不能に陥る。

そもそも今何よりも欲しいのは金である。

今日までに相当の金を使った。

現在の資金はおよそ900億円にまで減っている。

多くの民も抱え、先行きは少々不安だ。

『時代設定』が『現代』となった今、レアニスなど殺す価値もない相手。

ならば自身の能力にとって、何よりも金を得ることが最大の利になるだろう。

「いいだろう! これより講和の使者をそこに寄越す!」

敵の前に立つなどという愚行はしない。

レイナとジハルを招集し、二人とよく相談したうえで、こちらの要求を決めた。

そののち、門前に机と椅子を用意させ、レイナとジハルをフジワラ領の代表として講和条件の話し合いが行われたのである。

そして、そう時間も経たないうちに、膨大な賠償金と永久にこの地に踏み込まないという誓い、その他もろもろの条件の下、講和はなった。

もちろんそれらを信じられるわけもないが、とりあえず初回の莫大な賠償金を得るために、レアニスが人質になることは決定している。

一度レアニスを軍に返し、再びレアニスは生存者の回収に武器を持たないイニティアの兵士たちを連れて戻って来た。

なお、彼らが行うのは負傷者の回収のみで、死体の処理はこちらでやることが決まっている。

長くうろちょろされたくないというのが本音だ。

こうしてフジワラ領防衛戦はようやく終わりを告げた。

蓋を開けてみれば、たった一日だけの戦い。

されど、何カ月にも及ぶ準備が行われており、信秀としてはようやく肩の荷が下りたという気持ちでいっぱいだった。

さて、戦いは終わった。

現在は、獣人たちの監視の下、イニティアの兵士たちによる負傷兵の回収がまだ続いている。

だが、俺の中では一つ気になることがある。

それは異常な速度の戸籍登録。

城壁の守備については、ジハル族長にあとを頼み、俺はレイナと共に役所へと戻った。

そこで見たものは、戸籍の手続きを行っているポーロ商会の者と、ドライアド王国の兵士たちの中でも、身なりのいい上級職に就いているであろうと思われる者たち。

おまけに、イーデンスタムと女王オリヴィアまで役所で戸籍登録の仕事をしている。

「戦時であっても戸籍登録を続けていることに何か意味がある気がして、皆様に協力していただきました。女王陛下におかれましては、陛下御自ら協力を申し出てくださいました。

ご迷惑だったでしょうか」

慇懃な礼をして、レイナが問いかける。

もちろん、迷惑だなんてことがあるはずもない。

「いいや。よくやってくれた」

言わずともこちらの意を汲んでくれるというのはありがたいことだ。

得難い味方。実に頼もしい。

では、そんな彼らに吉報を届けなければならない。

「皆の者、戦いは勝利したぞ! 今日は皆に酒と肉を振る舞う! 旅の疲れを癒し、存分に英気を養ってくれ!」

役所の中、さらには役所の外でも、おおお! という歓声が上がる。

まあ、肉と言っても産地の怪しい激安の鶏むね肉なのだが。

【冷凍鶏むね肉】【一キロ】390円

それから一日かけて、戸籍登録は順調に進み、遂にはドライアド兵士の登録まで終わった。

人口は約一万八千人。

全員に家が与えられており、さらに現代の商品が安く買えるようになったことを生かして、ふかふかの布団と毛布を配っておいた。

こういったところから、民の日々の生活に潤いを持たせ、民心を得ていくのだ。

また二日に渡って戦勝を祝う祭を催し、長旅と戦いに疲れた者たちの心を慰撫した。

人間の住む区画でも、獣人が住む区画でも、人々は大いに盛り上がり、夜遅くまで喜びの声が聞こえた。

そんな祝祭の最中のこと。

王位禅譲の儀を控え、俺はレイナと話し合っていた。

場所は、異種族居住区にも存在するもう一つの役所の中だ。

「国号と、この町の名前か」

王位を得たのなら、国の名前と町の名前を早々につけるべきだとレイナから言われた。

どんなものにでも名前はある。

領主の館がある南部の村にも名前はあったし、かつての砂漠の町においても、人間たちからは獣人の町と呼ばれていた。

狼族たちと本拠地については名前など特になかったが、これは必要がなかったから。

他と交わりがなかったため、町や本拠地という言葉で事足りたのだ。

だが、今回はそうはいかない。

「しかし、そう言われてもな。地名にちなんだものを付けようか」

正直思いつかない。

日本だとか、ジパングだとか考えたが、どうもそぐわない気がする。

規模の差のせいだろうか。

「一つ提案があります」

「なにかな?」

「国号およびこの町ついて、そのどちらかはフジワラ様ご自身の名をつけてはいかがでしょうか」

「……理由を聞こう」

「新たな国家にとって一番危険なことは反乱です。フジワラ様の名前を付けることによって、この国この町は名実ともにフジワラ様のものであると民に知らしめることができるでしょう。

反乱を起こそうとする者はその大義を一つ失うことになります」

なるほどと俺は思った。

たしかにフジワラ国やフジワラ町なんて名前を付けた時、反乱などを起こす理由づけ難しくなるだろう。

文句があるなら出ていけ、って感じがする。

しかし、俺の名前を付ける、か。

なんだかこっぱずかしいな。

まあ、しかたがない。

羞恥と反乱の危険性のどちらを選ぶかと聞かれれば、俺は羞恥を選ぶ。

「どちらかというのは? 両方とも俺の名前を付けた方がいいんじゃないのかな」

「それですと混同してしまうでしょう。推奨致しますに、国号にはフジワラ様の姓名とは別の名称を付け、それを新たにフジワラ様の名前として付けくわえられてはいかがでしょうか。

古来、多くの王がそのようにしております」

なるほど。

たとえば、トーキョーという国名をつけたら、俺の名前をノブヒデ・フジワラ・トーキョーとするわけか。

そういえば、サンドラ王国のミレーユ姫も、姓名にサンドラの名があったはずだ。

「では国号を新たに決め、町の名はフジワラの姓名から取ろう」

方針が決まると、俺は国号と町の名を考えて、「うーん」としばし悩んだ。

かつての世界の国や地名を、覚えている限り頭に巡らしていく。

やがて閃くものがあった。

これだ、という自信がある。

「よし、決めたぞ。国号はエド。町の名前はフジワラ郷としよう」

エドは江戸。

俺の【町をつくる能力】は『江戸時代』から始まった。

また現在の都市も『江戸時代』のものである。

なればこその、エドだ。

それに、カタカナでエドというのは実に洋風っぽい。

悪くない、むしろかっこいい名前だと思う。

しかしエドはともかく、フジワラ郷は本当に恥ずかしい。

今後は姓名ではなく、名前で呼んでもらおうかな。

二日間もの祝祭が終わると、その翌日に王位禅譲の儀を行った。

場所は人間居住区域の一番北。

異種族居住区域へと続く門の前に檀を築き、壇上には俺と女王オリヴィア、それから小銃を携えた狼族たちが並んだ。

王宮の兵士たちは、一般民に混じって壇上を眺めている。

今日にあっては、彼らに武器の携帯は許されていない。

ただし、「これが正装だ!」とでもいうように、甲冑だけは着こんでいた。

溢れんばかりに集まった群衆の前で、女王オリヴィアが皆の前で涙ながらに説明をする。

まず彼女は、自身の無力さを嘆くと共に、今日の事態を招いたことを先祖の霊と国民に謝した。

次にイニティア王国軍を退けた俺を褒め称え、誰が王に相応しいのかをその口で語った。

真に迫っており、人の心をつかむ実に素晴らしいスピーチだと思う。

国を奪われた女王に憐れみを。新たな王に栄光を。

自分のことながら、自然とそんな思いにさせられた。

兵士たちは皆、ドライアド王国の終焉に涙している。

最後までついてきた者たちだ。

国や女王への忠誠は人一倍篤いのだろう。

特に宰相のイーデンスタムがヤバい。

膝を屈し、地面を叩きながら、「うおおおお! うおおおお!」と叫び声をあげ、涙と鼻水をまき散らしている。

多くの人が密集しているにもかかわらず、イーデンスタムの周囲だけは直径一メートルくらいの空間がぽっかりとできていた。

女王のスピーチが終わると、手ずからに彼女の冠とマントと杖が、俺に渡される。

それらは王の証だ。

俺はまず王冠をつけ、次にマントを羽織り、最後に杖を受け取った。

「俺の名はノブヒデ・エド・フジワラである!

新たな国の名はエド! この町の名はフジワラ郷!

この国の王として、正しく住まう者たちには平和と繁栄を約束しよう!」

俺が杖を掲げて宣言すると、盛大な拍手が巻き起こった。

とりあえず今日までの俺の成果は、住民たちにとって好ましいものであったらしい。

こうして王権禅譲の儀が終わり、俺は晴れて一国家の王になったのである。

その後はまた祝祭が催されることになっている。

今度は、新たな王の誕生を祝うためのもの。

今日という日は、民にとってより良いものでなければならないのだ。

ただし、俺にはまだやることがある。

王位についたことを獣人たちに報告しなければならない。

オリヴィアにも共に来てもらわねばならず、加えて今日以降、彼女には人質として異種族居住区画にて暮らしてもらうことになる。

まあ人質と言っても、限られた場所でなら誰とでも会えるようにするし、特にこれといった不自由はないだろう。

俺は依然として涙を湛えるオリヴィアを背後に連れて、異種族居住区へと進んだ。

別に取って食おうというわけではないが、その美しさもあってか、オリヴィアの涙はどうも辛い。

おまけに「オリヴィア様ー! オリヴィア様ー!」と叫ぶイーデンスタムがとてもうるさかった。

俺たちが異種族居住区画に入ると、出入りの門が施錠される。

戦争も疲れるが、今日のような儀式も疲れる。

俺は、ついつい「ふう」と息を吐こうとして――。

「ふう、あー疲れた」

おや? と思った。

俺が口にするよりも先に、気の抜けた声を発した者がいたのだ。

誰だろうかと思い周囲の狼族たちを見る。

その音調は女性の声だったはずだ。

ミラを見ると、疑いを晴らすようにブルブルと必死になって首を横に振った。

ちょっとかわいい。

他の者を見る。

しかし、他は男性ばかり。

まさか男性が、わざわざ女性の声を出したとでもいうのだろうか。

何の目的か。

それともそういう趣味なのか。

いや、女性はもう一人いる。

俺がそちらに顔を向けると、目が合ってニコリとした微笑を返された。

おもわず、ほうっと感嘆させられてしまうような麗しい笑み。

先ほどの声は、どうやら気のせいだったようだ。

それにしても、オリヴィアの涙がきれいに止まっていたことが、ちょっぴり気になった。

まるで先ほどまでの涙が演技だったかのようであるが、まさかそんなことはないだろう。

まだ少ししか接していないが、俺は彼女に対し、穢れのない清純な印象を抱いていた。

するとオリヴィアが俺に向かって言う。

『では、案内してもらえますか、フジワラさん』

「ええわかりまし……え? 今なんて」

俺は耳を疑い、思わず聞き返した。

護衛の狼族たちも驚いている。

何故ならば、オリヴィアから発せられた言葉は、俺が狼族たちに教えた遠い故郷の言葉だったからだ。

『やっと重責から解放されて、とてもすがすがしい気持ちです。これからよろしくお願いしますね、フジワラさん』

偽りの顔ではない。

自然体の笑顔。

清楚で上品な百合の花かと思えば、全く違う。

屈託なく笑うオリヴィアの姿に、太陽の下で大輪を咲かせるひまわりを俺は思った。