軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97.新たな町の始まり

戦勝の宴が二日間。翌日開かれた新王誕生の宴が一日。

さらにその次の日の午後のこと。

人間居住区域から異種族居住区域へと繋がる門前――先日、王の戴冠式が行われた場所――にて、とある任命式が行われていた。

「エド王フジワラが命ずる。レイナ・グルレをフジワラ郷南部統括官とする」

「はっ、ご下命謹んでお受けいたします!」

壇上にあるのは王となった信秀と、跪いてその命を拝しているレイナ。

信秀は昨日にオリヴィアから受け取った王冠とマントで着飾り、レイナはダブレットにズボンという男性然とした格好で、その上からマントを羽織っている。

楽士はおらず、儀仗兵は護衛を兼ねた狼族の者たちしかいない。

壇の周りには今日もまた多くの人々が詰めかけ、そんな衆目の中でレイナに与えられたのは人間居住区域を統括する役目であった。

すると聴衆の中に混じったポーロ商会の者たちが拍手をする。

もちろん信秀の仕込みだ。

これに他の者たちも釣られるように一斉に拍手をした。

己が手を叩きながら、聴衆は段々と現状を理解する。

それは人間居住区域を統括するのが、人間であるということ。

誰の胸中にも、もしや獣人が関わってくるのではないか、という危惧の念があったことは否めない。

それゆえ、レイナが南部統括官とあったことは人々の安堵となり、彼らの手を叩く音は次第に大きくなっていった。

「それからこれを」

背後の狼族が用意していた日本刀を信秀が手に取り、差し出した。

それを、片膝をついたまま両手で受け取るレイナ。

「今日までの働きを讃えて、レイナ・グルレに爵位を授ける。今後は伯爵を名乗るがいい」

「はっ、身に余る幸せ! 伯爵という位に恥じぬよう、これからも陛下のために微力を尽くす所存です!」

「さあ、立て。その雄姿を皆に見てもらえ」

「は!」

レイナが立ち上がり、信秀は後方に下がった。

聴衆の方に体を向けるレイナ。

彼女は受け取ったばかりの刀を抜き、天に掲げた。

片刃の刀身が、白日の下、聴衆の前に晒される。

日本刀の波打つような刃紋は、西洋剣では決して見られないものだ。

その時、ほうっとため息を吐いたのは誰であるか。

日射によって鈍く光る刀には、吸い込まれるような妖艶な魅力があった。

「エド王とこの剣に誓う! 南部統括官として人々の生活に安寧を! また貴族の一員として、人々の道しるべとならんことを!」

男装の麗人の勇ましい決意表明。

剣の美しさと、それを持つ者の美しさ。加えて壇を唯一飾る、天からの陽光。

これらは、見ている人々を絵画の中にいるような心地にさせた。

貧困街に住んでいた者たちばかりである。

清廉な行事というものになじみがなく、そのことも相まって、それぞれ感嘆せざるをえなかったのだ。

なお、今日のことが本当に絵画となり、世から称賛を浴びて、レイナが顔を真っ赤にする結果になるのであるが、それはもう少し先の話。

任命式が終われば、信秀が今一度前に立ち、今日という日を町の門出として、皆に演説を行った。

その内容は簡単なものであったが、とても大事なことでもあった。

「今日より本格的にこのフジワラ郷は動き始める!

頼りになる統括官もいるので、私からお前たちに言うことはあまりない!

だからこそ、今から言うことは必ず守れ!

よいか! 今日までの罪は問わない! その代わり、今日からの罪は激しく罰する! まず、お前たちが覚える禁は、四つ!

一つ、人の物を盗むな! 一つ、人を傷つけるな! 一つ、人の迷惑になることはするな! 一つ、町を汚すな! この四つだ! とりあえずはこの四つを遵守しろ!

これを犯す者は、フジワラの名の下に厳罰に処すゆえ、覚悟しておけ!

それから区長の言うことにはよく従うように! 区長に何か問題がある時は、役所に言え!」

信秀が口にした四つの禁に疑念を持つ者は、ほとんどいない。

宗教というものは、時として間違った価値観も植え付けるが、人として必要な道徳も育んでいた。

大陸に住む者が、一般常識として何が悪であるかを知っているというのは、ラシア教の一つの成果であったといえよう。

だが、次に信秀が口にした言葉は、ラシア教の教義とは真逆のものであったといっていい。

「もう一つ! この町がつくられたのは獣人の協力あってこそ! 獣人こそは私の友だ!そしてゆくゆくはお前たちの友になることを願うものである! 以上だ!」

獣人と信秀の親密さ。

護衛にも獣人がついているために気づいてはいたが、いざ口に出されたことで、聴衆に動揺が走った。

大陸において人間とは絶対の存在である。

ラシア教の教義が一般常識として蔓延している大陸にあって、人間でない者の存在はやはり受け入れがたかったのだ。

しかしそんな人々の心を気にも留めていないのか、それをも気づいていないのか。ざわりとした中で信秀は壇を下り、異種族居住区域へと姿を消した。

そののちは、レイナから警備隊長の任命式が行われ、また市民たちの今日からの予定が話されることになる。

イニティア王国軍との戦いから一週間ほどが経ったある日の早朝のこと。

空はまだ夜と朝の中間とでもいえる暗さであったが、電気がない時代であるため、人々の朝は早い。

城郭都市フジワラ郷においても、住民たちは既に体を起こして朝の支度をはじめていた。

「うー、さぶさぶ。まだ夏だってのに、やっぱ北の朝は寒いなあ」

手をこすりながら、朝の寒空の下を歩くのは三十前半の男――トマソン。

トマソンはドリスベンからやって来た避難民。フジワラ郷にあっては、連れ合いの女と一軒家にて二人暮らしをしていた。

現在は朝起きたばかりで、ちょうど区画の便所にて用を足したところである。

ちなみにこの便所にて用を足す行為、最初はなかなか面倒だなと考えていた。

なにせ貧民街にいた頃は、ところ構わずぶちまけていたのだから仕方がない。

だがこのフジワラ郷では、便所の使用に関して区長から口酸っぱく言われており、目に余るようならば都市から追い出すという話も出ている。

せっかく得た家を手放すわけにはいかない。

そういうわけで、トマソンはこの新たな慣習を続けていた。

「おっ」という声。

トマソンの口から出たものであるが、それは誰かを認めた証だ。

視線の先にあるのは、同じく貧民街からやって来て、今は己の家から二つ隣に住む同年代の男だった。

この町では一番仲のいい相手だ。

とはいえ、ここに来るまでは顔も知らなかった相手でもある。

何を生業にしていたかもわからないが、それを聞くのは野暮というものだろう。

既に、信秀からは以前の罪は不問とする旨が通達されているのだから。

「なんだ、もう終わらしたところか。ちょっと待っていてくれ」

「ああ、わかった」

男が用を足すまでの間、トマソンは便所から少し離れたところで住宅が並ぶ通りを眺めた。

まだまだ、不思議なつくりの家々だと感じる。

しかし、立派な家だ。

以前住んでいた、貧困街の己が家とはどれほどの差があろうか。

家々からは煙が立っている。

ジャガイモとスープの匂いが鼻をくすぐって、トマソンの腹がぐうと鳴った。

わずか一週間前までは空腹など当たり前のことで気にも留めなかったが、今は違う。

ここに来てから、腹いっぱい飯を食べている。

そのせいでトマソンは、空腹に対する欲求に耐えられなくなっていた。

不意に触った己の頬にも、心なしか肉付きが感じられる。

そのまま、ぼーっとしていたトマソンであったが、空腹と男のあまりの遅さに苛立ち、ふと、後ろを見た。

小便器が並んだところに男の姿はない。

どこに行ったのかと首を捻れば、個室の戸が閉まっているのを見て、トマソンはやれやれとため息をつき、腰を下ろした。

己の目の前を、桶をもった女性が通り過ぎる。

「おはようございます」という挨拶をされ、トマソンは少し緊張しながら「おはようございます」と挨拶を返した。

貧民街では考えられない品の良さを見るに、以前からフジワラ領に住んでいた者だろうと思われる。

女性は、井戸へと行くのだろう。

井戸といえば、水を簡単に汲み上げる手押しポンプという物も、ここにきてから初めて存在を知った。

その時には、便利なものがある物だと感心したものだ。

貧民街とは何もかもが違うフジワラ郷での生活。

そんな生活に今も戸惑っている。

しかしそれは、こんないい生活をしていていいのか、という戸惑いだ。

それだけ今の生活は恵まれていた。

「待たせたな」

男がようやく用を足し終えて、トマソンのもとにやって来た。

ふんわりとした石鹸の香りがする。

発生源は、男の手からだ。

これも貧民街ではありえなかったことだった。

「それで、わざわざ待たせておいて、なんの用だ?」

「ああ、仕事のことだ。もう目先の利く奴は仕事を決めて働き始めている。お前はまだ決めていないんだろう?」

仕事か、とトマソンは少しいやそうな顔をした。

避難民には環境整備という名目で二週間という時間が与えられている。

その間に、やりたい仕事を役所に申し出なければならない。

決まらなかったときは、自動的に仕事があてがわれることになる。

この仕事選びは、ここ最近のトマソンの悩みの種だった。

王都では主に運搬の仕事をやっていた。

日々、言われるがまま、重い荷物を運ぶだけ。

そこに、技術や知識といったものはなく、体が頑丈なら誰でもできる仕事である。

すなわち、自分に誇れる技能はない。

されど、せっかくの転機なのだから、いい仕事には就きたいと思っている。

ゆえの悩みである。

「やっぱ農業かなあ」

元は農家の子せがれだったが、ひもじい生活に耐えられず、村を飛び出して王都で暮らし始めた。

運搬業以外で己ができそうな仕事といえば、農業くらいだろう。

「農業か。北の村に行くのならば、ここと同じ家が与えられ、税も安くなるらしいぞ」

都市の二万近くに及ぶ住人たちの食糧を賄うためには、やはり村の存在が不可欠である。

このフジワラ郷を他国に対する防波堤として、北側に村々をつくろうという話が持ち上がっていた。

「獣人がいないところに行くというのもありかもな」

「おい、滅多なことを言うな。都市を守ったのもその獣人だ。それに、ここの王様は獣人にご執心なんだ。そんなことを口にしていると、いつか痛い目に遭うぞ」

「ああ、そうだな。すまない、別に獣人がどうのこうのという話じゃないんだ。忘れてくれ」

男の諫めに、トマソンは自身の発言を素直に謝った。

貧民街で暮らしていた彼らにとって、そもそも獣人などに大きな関心はなかった。

大陸の常識として、人間でない者に対し嫌悪はある。

だが、彼ら貧困した者にとって最も重要なことは、その日その日を満足に過ごせるかどうかだ。

たとえば、王が変わることですら、彼らにとっては大したことではない。

気にすべきことは、新しい王が己にどんな利益をもたらしてくれるか、である。

無論貧民であった彼らが、豊かな生活に慣れ始めた時に何を思うかはまた別であろうが。

「それにしてもお前はどうなんだ。わざわざ俺を呼び止めたんだから、何か考えがあるんだろう」

「俺か? 実はな、そのことでお前に相談があったんだ」

「ほう?」

「ポーロ商会というところで、人を多く募集している」

「それなら俺も知っている。学がない奴はちんけな値段でしか雇わないって話だろ」

大通りには貼り紙があり、トマソンはそれを確認していた。

字は読めなかったので詳しいことはわからないが、数字は読める。

そこに書かれた月々の給料は、とても安かった。

「馬鹿だな、お前は」

「なに?」

男の失礼な物言いに、眉をひそめるトマソン。

付き合いは短いが、さっさと縁を切るべきかもしれないと思った。

「どうせ、貼り紙の数字しか見ていないんだろう。それとも誰かからの受け売りか?

いいかよく聞け。ポーロ商会は、雇った者に商人としてのイロハを叩きこむつもりらしい。安い給料は使い物になるまでの値段だよ」

なるほどとトマソンは得心した。

つまり、職人の弟子になるようなものなのだろう。

男の話は続く。

「この町の経済はポーロ商会が握っていると言っていい。

現在、南部区域を統括しているレイナ様もポーロ商会の人間だ。

人が足りていない、その上で、他の商会の息がかかっていない人間を一から育てようとしている。

うまくすれば店の一つくらい持てるかもしれないぞ。そうすれば金持ちの仲間入りだ」

「店……商人……」

呟いてみて、トマソンは違和感を覚えた。

商人なんてものは、遠い世界のこと。

かっぱらったものを路上で売りさばいたことはある。

だが、商人になろうなどとは考えもしなかった。

生きることに必死で、そんな選択肢があることすら、気づきもしなかったのだ。

「一緒にやらないか。くそったれな人生を歩いてきた俺たちにとって、一生に一度あるかないかのチャンスだ。ここは一つ、でかい夢を見てみようじゃないか」

キラキラと少年のように輝いている男の瞳。

自身とそう歳の変わらぬ目の前の男は、生きる活力に満ち溢れていた。

その姿はとても眩しく、己の前途すら照らすようであった。

この後、トマソンがどのような返事をしたかは、もはや語るべくもないことである。

町に住む者たちは、これまでとは全く別の新たな道を歩み始めていた。

戦争が終わって一週間。

俺はのんびりすることができずに、仕事漬けの日々を送っていた。

毎日毎日、町の主だった者たちとの話し合い。

議題は、仕事の斡旋、法の整備、治安、そして外交。

本当に忙しい。

とはいえ、これは覚悟していたこと。

それにあと数週間で、この国のことは大陸中に知れ渡り、そののちはもっと忙しくなることだろう。

新たな国をつくり、新たな住民を迎えるということはそういうことだ。

今日の午前中もまた異種族居住区域の役所の二階に人間の有力者たちを招き、そこで話し合いが行われていた。

参加者については、異種族側からはエルフ族の族長のみ。

しかし人間側からは、レイナやイーデンスタム、警備隊長にポーロ商会の者やペッテルなどの区長の代表者などなど、実に数が多い。

これは、議題になることのほとんどが、人間居住区に関することであるためだ。

ちなみにイーデンスタムは当初、協力する気が全くなかったのであるが、オリヴィアの名前をちょろっと出すだけで渋々ながら従ってくれた。

話し合いは昼食前に終わり、王として俺がまず会議室を後にした。

役所を出て、自身の住居がある特別区画へと足を進める。

その途中、「よろしいでしょうか」と俺に声をかけたのは護衛であったミラ。

わざわざ役所の外で話をするということで、その内容も察せるというものだ。

「言ってくれ」

「オリヴィア殿がフジワラ様に相談があると申し出ております。

なんでも仕事がしたいのだとか」

元女王であるオリヴィア。

現在彼女が暮らしている場所は、ジハル族長の部族が暮らす区画の一軒家。

狼族たちには見張りをするとともに、客人として丁重にもてなすようにと伝えてある。

俺と同郷であることも話しているので、ジハル族長の部族が失礼をすることはないだろう。

それにしても、同郷の者だと知った時は本当に驚いた。

レアニスに小松菜に続き、オリヴィアまでもが同郷。

ここ最近の日本人の出現率には、運命的なものを感じざるを得ない。

なんのカードを引いたのかと尋ねたら、【王になる】【★★★★★★★】だったと快く教えてくれた。

また、他の日本人の情報は全く知らないようである。

「わかった。会おう」

ミラに返事をし、行先を自宅からオリヴィアの住む家へと変更した。

それから大した時間もかけずにオリヴィアの住む家に到着すると、俺たちを出迎えたのは狼族の女性である。

家の中からは、子どものはしゃぐような声が聞こえる。

どうやら、何かで遊んでいるらしい。

狼族の女性がオリヴィアを呼んで来ようとするが、それを留めて奥に案内してもらった。

「オリヴィアさん、フジワラ様がお越しです」

襖を隔てて、狼族の女性が声をかける。

中から聞こえてきた「少しお待ちください」という返事ののち、ややあって襖は開かれた。

「よくいらっしゃいました。さ、どうぞお掛けになってください」

変わりない柔和な笑みを浮かべたオリヴィアである。

その手を繋いでいるのは、狼族の少女だ。

座敷の上に置かれた二枚の座布団に、俺とオリヴィアが向き合うように座った。

「なかなか様子を見に来られなくてすみません。どうですか、ここでの暮らしは」

「皆さん大変よくしてくださいます。とても気に入りました」

狼族の少女を膝の上にのせて答えるオリヴィア。

少女は頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めている。

いや、まあ、仲良くやっているということは聞いていたが、あまりに順応力が高い元女王様だ。

是非とも町の者たちにも見習ってもらいたい。

「仕事について話がしたいとのことでしたが」

「とりあえず、今の生活も慣れました。ですので、ただ養われているというのも心苦しく、仕事をしたいと思っているのです」

なるほど。

なかなか真面目な性格であるようだ。

ぐうたらで済むのなら、ぐうたらのまま過ごせばいいと思っている俺とはまるで違う。

さらに彼女はこう言った。

「いたらぬ家族たちは迷惑をかけていることでしょう。食い扶持くらいは自分で稼ぎたいのです」

まさしくその通り。

彼女の親族たちは、毎日数少ない使用人と共に酒食にふけっているというのに、とてもいい心がけだ。実に素晴らしい。

では、彼女に何をしてもらうべきか。

簡単だ。

日本人であることを生かしてもらえばいい。

「では仕事の方はこちらで手配しましょう」

「いえ、仕事のあてはあるのです」

ん? と思った。

この人間のいない区画で仕事のあてとはどういうことだろうか。

「私、こう見えても小説を書くことが趣味でして。それらを出版してお金を稼ごうかと」

ははあ、なるほど。

女王というのだから、娯楽として本なども民間の者と違って読む機会があったのだろう。

そういった者が作家という職業に憧れるのもわかる。

とはいえ、せっかくの日本人。

また、その性質はとても善良であるように思える。

こういった言い方はなんであるが、非常に使い勝手がいい人材だ。

適材適所。

できることならば、日本語の教師にでもと思っていた。

ただし無理やりそれを命じて、こちらの心証を悪くしたくもない。

「わかりました。それらの本を幾つか出版して、採算がとれるようであるならば認めましょう。駄目そうならば、小説は趣味としてやっていただき、仕事に関してはこちらが用意したものをやっていただくということで」

「わかりましたわ」

小説家など、なかなか難しいと思う。

本というものは高く、宣伝もなしに誰かが手に取るとは思えない。

元女王が書いた本ということで、多少は売れるかもしれないが、そこまでだろう。

「とりあえず、こちらに都合の悪いことが書かれても困りますので、検閲だけはさせてもらいますよ」

「ええ。その時はよろしくお願いします」