軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95.フジワラ領防衛戦 5

雲を抜けた太陽が、中天にて大地を燦々と照らし出している。

陽光の下、大地に無数の影をつくっているのは、空を行く砲弾。

そしてその砲弾の下には――。

「進めぇっ! 我らの進む先に未来があるぞ!」

――オオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!

天地を切り裂くような凄まじい雄たけびを上げる獣人たちがいた。

彼らは一塊にはならず、無数のほとばしる炎となって大地を駆けていく。

そこにフジワラ軍から放たれた砲弾が次々に落ちていく。

轟音が響き、爆風と無数の礫が獣人たちを襲った。

ある場所では、獣人の体が砂煙と共に空に舞った。

いや、よく見れば『体』という字で表すには、下半身が足りていない。

腹からは臓物をまき散らし、もう絶命しているにもかかわらず、その瞳に浮かぶ強烈な眼光だけは、依然として衰えてはいなかった。

またある場所では、砕けた砲弾の礫が獣人たちの四肢を砕き、胴を穿った。

一瞬の呻きはあったが、すぐにそれは咆哮へと変わる。

血みどろになりながら、それでも獣人たちは前に進んだ。

彼らにとってもはや死はすぐ隣にあった。

されど獣人たちは城壁に向かって駆け抜ける。

その数は減っているというのに、雄たけびはいっそう激しさを増しているようであった。

獣人たちの決死の覚悟。

仲間の死に直面しようとも、その意思にいささかの揺らぎもない。

何ゆえそこまでの覚悟が備わったのか。

かつて貧困にあえいでいた獣人たちを、今日までの長きにわたって援助していたのはレアニスである。

どこからか現れたレアニスは武器を携えず、ただ食糧だけをもって彼らに施した。

人間としてはまさに異端ともいえるその行動。

初めは獣人たちも疑った。何か目的があるのではないかと疑心を持っていた。

だがレアニスはまるで人と接するように獣人と会話をし、約束を守り、道理をもって接した。

一年、二年と、その人柄に触れるにつれ、段々と獣人たちもこの者ならばと、信じられるようになった。

信秀がそうであったように、レアニスも獣人たちと交わり、人間でありながら、獣人たちから信頼を得るようになっていったのである。

いつだったかレアニスは自身の夢を彼らに語っている。

『大陸を統一し平和な世界にする。戦争もなく、飢えることもなく、誰もが明日に向かって生きていける世界を、私は必ずつくってみせる』

表情にも言葉にも、『己にしかできない』という自信と、『必ず成し遂げてやろう』とする信念が見えた。

これに対し、ある獣人の長が尋ねる。

『我らはその時どうなるのだろうか』

するとレアニスの答えは『今のまま援助は続けていく』というものだった。

それだけだ。

それだけしかレアニスは言わなかった。

獣人たちの未来はどこにあるのか。

これから先、誇りをもって堂々と生きていく、そんなことは不可能であるのか。

獣人は人間にとってなんであるか。

人間の深いところにまで根付いている、人でない者を見下す心。

それは、レアニスが大陸を制覇しても続くのであろう。

たとえ、レアニスが平等に扱ったとしても、他の人間はそうはいかない。

『どうすれば、あるがままに生きられるようになるのか』

再び獣人の長からの質問。

レアニスは、わずかにためらい、そして言った。

『人間に認められるべき成果がいる。

ただの成果では駄目だ。それでは人の心は変えられない』

大きな手柄がいる。

人間が恩を感じるような。

大陸の平和の礎となるような功績が。

獣は死して皮を留めるが、彼ら獣人たちは獣にあらず。

死して一族の未来を残す。

ただその一念のため。

だからこそ今日彼らはひたすらに走るのだ。

死をもいとわずに。

【9822】

信秀にとってジハルたちの狼族はなんであるか。

決まっている。

かけがえのない仲間であり、家族のような繋がりを信秀は感じていた。

では、敵である狼族は?

敵は敵でしかない。

それは明白なことだ。

だというのに心が惑うのは何故だろうか。

たとえば人間なら、その膨大な数ゆえに、カテゴリーはさまざまだ。

自国の人間、他国の人間、同県の人間、他県の人間。

同じ市町村の人間、違う市町村の人間。同じ仕事をする人間、同じ学校に通う人間。

近所に住む人間、親しい人間に親しくない人間。

そして何より、自身に関わりのない人間は「他人」というどうでもいいカテゴリーに属することになる。

人間を区別する壁は、はっきりとして確か。

さらに「他人」に対しては、あまりに無関心であると言っていいだろう。

もちろん例外も存在するが。

では信秀が思う敵の狼族に対する感情は何か。

確かに敵である。

それは明らかだ。

しかし狼族という種族の数の少なさは、狼族を区別することをあいまいにしていた。

いや、というよりも、ジハルたち狼族に近しい者にしていたのである。

それでもやはり敵味方。

そんなことはわかっている。

だがそう思っていてもなお、無惨に命を散らそうとする狼族たちに、また家族同然の者たちと言って同じ顔をしている狼族たちに、信秀の心は揺り動かされていたのだ。

これは信秀だけに限ったことではない。

他の獣人たちも同様だ。

種族の少なさゆえに、敵である同族を隣人と考え、攻撃に抵抗があった。

敵である獣人に投降を呼びかける者までいる始末だ。

「俺たちは同じ獣人だ! 争う必要はない! 武器を捨てろ! こちらにつけ!」

同族ならばわかってもらえる。

そう思ってのことなのだろう。

だが、敵である獣人に声が届いていないのか、それとも聞こえていてなお武器を捨てないのか。

とにかくもイニティア王国軍に参加する獣人たちは、士気盛んにして、抗戦の意思を全身から発している。

敵の思いもよらぬ進撃に、このままではまずい、と信秀は思った。

思いつつ、命令を出すが、どうもうまく力が入らない。

意思とは別のところに、もう一つの意思があるようなそんな感覚。

その刹那、一本の線が煌めいた。

ダダダダダという特徴的な音は、櫓からの重機関銃による攻撃であり、重機関銃を操るのは、狼族しかいない。

そして、重機関銃から放たれた弾丸が襲ったのも、狼族であった。

狼族が狼族を撃つ。

狼族は知っている。同族であろうとも、倒さねばならぬことを。

気づけば、ミラも【89式小銃】を同族に向けて、弾丸を放っている。

信秀は己を恥じ、次に奮起した。

誰よりも狼族たちが戦うことを選んだ。

ならば己もやらねばなるまい。

信秀はそう思ったのだ。

【9874】

「攻撃を休めるな! 奴らは死に物狂いどころか、命を顧みることなく向かってくるぞ! とにかく撃ちまくれ!」

信秀は、確かな声で「撃て」と命令した。

やらねばこちらがやられるのだと、通信員に各組に伝えるように幾度となく言った。

その声には、先ほどまでにはない力があった。

指揮官の強い意思は、当然部下を動かす原動力となり得る。

まばらであった砲撃は、徐々にその数を増やし、敵を叩いていく。

これにより獣人たちの身は文字通り散っていった。

大地は血に染まり、無惨な屍が積み重なっていく。

わずかな逡巡があったにもかかわらず、戦果は上々であったといえよう。

しかし、易々とはいかない。

そのわずかな逡巡が、敵を懐に飛び込ませていたのである。

「駄目だ! 内に入りすぎて、大砲じゃ狙えねえ!」

「くそ、櫓の奴は何やってんるんだ!」

ある砲兵たちの焦ったような叫び。

射程は外のみならず内にもある。

城壁に近づきすぎた敵を、大砲で撃つことは不可能なのだ。

「ええい、弓を使え!」

牛族の族長はとっさに命令した。

しかし弓を使えば、大砲による攻撃がおろそかになる。

敵軍の機甲科部隊も既に動き出していた。

「通信! 東西北から半分の人員をこちらの守備に当てるように言え! 個別の武器を忘れるな!」

死を恐れない兵。

最後の一兵になっても戦い続ける兵。

それはとても恐ろしい。

この城壁を目指して、躊躇なく、ひたすらに前を目指す。

目前の味方が死のうとも、何か本能にでも突き動かされているように。

強烈な意思による進軍は、まるで原始的な生物の群生行動。

それはまるで自然の驚異のように思われた。

【9956】

能力を暴露してでも防ぐべきか、と信秀は考えた。

たとえば、新たに城壁を生み出すか。それとも、目下に火薬を呼び出して即席の地雷とするか。

しかし、同郷の者の前で――それも敵であるものの前で己の力を晒すことは、自身の脅威を示すことになる。

能力の詳細を知られれば、恐ろしいのは己の能力だけだと知られれば、どんな不幸を呼び込むかわからない。

特にあの小松菜という男は異常であった。

その力は怪力無双。

あのような常識外れの力を持つ者が、正面からではなく、闇に紛れてひっそりと己の命を狙ったなら。

そう考えただけで思わず身震いする。

戦時なればこそ油断はない。

だが平時において、隙を突かれでもすれば、容易く殺されることがわかってしまった。

【9999】

能力は隠しておきたい。

だが、もはやそんなことは言っていられないまでに状況は切迫していた。

(仕方がないか……)

そう思い、自身の能力の最大限を用いて敵を討とうとした時のことであった――。

いける、とレアニスは思った。

獣人の強靭な体躯と精神は、敵の瀑布のような攻撃を凌駕していると。

あの凶悪極まりない砲弾や弾丸の嵐の中で、必ずや刃を届かせると。

「城壁を破りさえすれば状況は大きく変わる」

城壁にある兵の少なさ。

それはフジワラ領にて戦える者が少ないことを意味している。

報告では大砲を扱う者以外に守備兵は見当たらないという。

つまり、獣人たちが城壁に張り付きさえすれば、フジワラ軍の守備兵はそれに当たらねばならず、必然的に敵の砲兵の数は減り、こちらの機甲科部隊がようやくその力を発揮できるようになるのだ。

さすれば、城壁は間違いなく崩せるだろう。

とはいえ、城壁を崩せたからといって、勝てるかどうかは怪しいと思っていた。

やはり銃の存在は脅威だ。

あの櫓にあるだけしかないとは思えない。

市街地戦においても、銃はその威力を存分に発揮するだろう。

レアニスは、皆の前では士気を維持するために、勝利を念頭にして戦いを語った。

しかしその口と己の心は剥離していると言っていいだろう。

今日ここで敗れようとも、構わない。

レアニスはそう考えていたのだ。

(北の城壁を占領できれば敵の大砲と、櫓の銃を得ることができる。

研究し、のちの戦いを優位に進めることができる。

勝てるに越したことはない。

だが、勝ちにこだわりはしない)

生産という面では、魔法のあるこの世界は、元の世界よりも優れていた。

実物さえあれば、多少の試行錯誤はいるものの、驚くほど速やかに高位の魔術師が複製するのだ。

レアニスにとってやはり恐ろしいのは、永井の存在だった。

早くから日本人を集めていたのは知っている。

それぞれの日本人が持つ【神から貰った能力】も油断できないものがあるが、それよりも一握りの知識人により多くの脅威を感じていた。

「永井に対して奥の手ともいえる備えはしてあるが、ここで勢力の小さなフジワラが革新的ともいえる技術を持っていたのは僥倖だ」

誰に言うでもなくレアニスは一人呟いた。

宝の山ともいえる、この領地。

何故、今日まで表に出てこなかったかは不思議ではあるが、王の権力が低下していたドライアド王国の内情と、今日までの女王の逃避行を考えれば、王宮とフジワラとがもしもの時に備えて用意していたものであろう。

「いただくぞ。大陸の平和のために」

レアニスはニヤリと笑った。

そんな時であった。

レアニスから見て左右からざわめきが起こったように感じたのは。

「ん……?」

レアニスは耳に意識を傾けた。

戦場である。

今もけたたましい砲撃音や、戦士たちの生死を争う雄たけびが聞こえ、その違和感は勘違いかもしれないとレアニスは思った。

しかし、そうではない。

違和感の正体はすぐに明らかなものとなる。

「なんだ……?」

城壁の東より一頭の騎馬が全速で駆けてくる。

何かあったのかと、 胡乱(うろん) な顔をするレアニス。

東西に配した部隊に攻撃命令は出していない。

あくまでも東西のフジワラ軍をその場に留め置くための牽制。

敵の射程より前に出ることは禁じており、何かが起こることはないと考えていた。

耳を澄ましても、東西から戦いの音は聞こえてこないように思える。

だが、その騎馬の後ろから現れた、ありえないもの(・・・・・・・)を見て、レアニスの美しい清廉な細面は一変した。

「ば、馬鹿な……! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な、馬鹿なッッ!!」

レアニスがこれほど感情を剥き出しにして驚いたのは、おおよそ初めてのことである。

これに対して、周囲の兵は本来ギョッとするところであるのだが、彼らもまたレアニス同様に驚愕していた。

レアニスと兵士たちの見つめる先。

そこにあったのは、なんであるか。

生物のものではない機械的な駆動音。

無限軌道が砂を巻き上げ、数十トンもの車体を苦もなく動かしている。

上部からは大きな砲身が突き出ており、なんともいえぬ威風を兼ね備えていた。

そんなものが何両も現れたのだ。

ごくりと喉を鳴らした兵士は一人二人ではない。

一言でいえば、動く鉄の塊。

レアニスは唇を震わせながら、その兵器の名前を口にした。

「せ、戦車だと……戦車だと……ッッ!!」

――瞬間、レアニスの双眸は充血し、燃え盛る火炎のように真っ赤になる。

さらに顔面に血管を浮きだたせて、レアニスは当たり散らすかのように思いのたけをぶちまけた。

「何故そんな物がこんなところにあるッ! ふざけるなァ! ここは地球じゃないぞッッ!! 時代を考えろ!!」

この世界は中世ヨーロッパに近しい世界。

いかな天才とて、数年で近代兵器を製造できるはずもない。

そう思っていた。

だというのに、まさか戦車まで登場するとは。

あまりに理不尽ともいえる、自軍とフジワラ軍との技術格差。

レアニスは叫ばずにはいられなかった。いられなかったのだ。

戦車はしっかりと距離を取って、その砲身を機甲科部隊へと向ける。

さらに一両の戦車の砲身が本陣へと向けられていた。

「すぐに退却の鐘を鳴らせ! 全軍退却だ! この地を離脱するぞ!」

叫びつつも、レアニス自身、馬丁からその手綱を奪い取るようにして、己の馬に乗り込んだ。

その後、退却の鐘が鳴ったのと、戦車の砲身がドゥッと火を噴いたのとは、同時である。