作品タイトル不明
97.
王都から馬車に揺られること半日。
窓の外の景色が荒涼としたものに変わっていく中、ギデオンがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、王城を空けて外に出て大丈夫なのか。まだ片付けるべき事案が山積みだっただろう」
「ええ、問題ありません。わたしの優秀な副官が、必死に頑張ってくれていますから」
ミシェルは涼しい顔で中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。
その脳裏には、出発際に王城で『ひぃん、早く帰ってきてくださいよぉっ』と泣きついてきたティルの涙顔が浮かんでいたが、気にする様子は微塵もなかった。
やがて馬車は、目的の地である辺境の村、デッドエンドへと到着した。
馬車を降りたギデオンは、周囲を見渡して太い眉をひそめる。
「なんだ、ここは」
ギデオンの口から、純粋な疑問が漏れ出る。
村とは名ばかりで、建物の大半は屋根が抜け落ち、ボロボロに朽ち果てていた。
乾いた風が吹き抜けるたびに、砂埃と腐りかけた木材の嫌な臭いが鼻を突く。
すれ違う村人たちも、腰の曲がったよぼよぼの老人ばかりで、皆一様に虚ろな目をしていた。
活気などというものは欠片もなく、村全体がすでに廃棄されているかのような死の空気が漂っている。
「国から見捨てられた土地です。長年の重税と無策により、若い働き手はすべて逃げ出しました」
ミシェルは感情のない声で、冷酷な事実を述べる。
「だからこそ、Sランカーであるグレースがここに留まっているのです。彼女がいなければ、この村はとうの昔に魔物に滅ぼされているでしょう」
「グレース、か。そんなに凄いやつなのか」
「それはもちろん。わたしのデータに狂いはありません」
ミシェルは迷いなく村の中心へと歩みを進める。
すれ違う老人が辛そうに咳き込んでいるのを見つけると、彼女は静かに歩み寄った。
「村長のツヴァイさんはおられますか」
「村長なら、流行り病でずっと床に伏せとるよ」
老人は濁った目でミシェルを見上げ、力なく首を振った。
「そうですか。では、グレースさんはどこに」
「あの子なら、朝から森へ出掛けておるが」
老人が言い終わるか終わらないかの、その時であった。
ズドォォォォンッ。
地鳴りのような凄まじい轟音が、村の入り口付近の森から響き渡った。
地面がビリビリと震え、老人が悲鳴を上げて座り込む。
「魔物か」
ギデオンが鋭く反応し、巨大な体を弾丸のように弾き飛ばして音の方向へと駆けた。
砂埃を巻き上げて森の入り口へ到達した覇王は、そこで信じられない光景を目にして完全に動きを止めた。
そこには、小山ほどもある巨大な猪の魔物が、頭を完全に粉砕されて絶命していた。
そして、その魔物の死体の上に、一人の「巨女」がどっかと腰を下ろしている。
身長は二メートルを優に超え、丸太のように太い腕と、岩石のような筋肉の鎧を纏っていた。
女は手についた魔物の血を無造作に舐め取り、面倒くさそうに大きなあくびを噛み殺す。
「なんだ、あれは。オーガか……」
ギデオンが唖然として呟いた瞬間。
ぺちっ、と背後から丸めた書類の束で腕を叩かれた。
「失礼ですよ、ギデオン。彼女がわたしのボディガード候補です」
いつの間にか追いついていたミシェルが、氷のように冷たい声でギデオンを窘める。
見知らぬよそ者の気配に気づき、巨女が鋭い眼光をこちらへ向けた。
「誰だい、あんたら。見ない顔だね」
地響きのような野太い声が、森の木々を震わせる。
ミシェルは巨女の放つ凄まじい威圧感に微塵も怯むことなく、優雅に一歩前へと進み出た。
「初めまして、グレース。わたしはミシェルと言います。貴女をスカウトに参りました」