作品タイトル不明
98.
ミシェルの口から出たスカウトという言葉を聞き、巨女グレースは警戒するように目を細めた。
「なんだ、急にてめえら。いきなり現れてスカウトだなんて、胡散臭い連中だね」
「仕事の最中なのでしょう。ギデオン、手伝いなさい」
ミシェルはグレースの言葉をさらりと受け流し、背後に立つ巨大な皇帝へ冷たく指示を飛ばした。
「心得た」
ギデオンは短く応じると、小山のように巨大な猪の魔物の死骸へ無造作に歩み寄る。
そして、太い腕一本でその巨体を軽々と持ち上げ、肩に担ぎ上げた。
「なっ」
その規格外の力に、グレースは思わず目を丸くする。
この巨大な魔物を一人で持ち上げるなど、Sランカーである彼女でさえ容易ではないのだ。
「そのままギルドの換金所まで運びますよ。さあ、案内してください」
ミシェルが涼しい顔で促し、グレースは戸惑いながらも前を歩き出した。
道中、グレースは肩に乗せた魔物の重さを微塵も感じさせないギデオンを、何度もちらちらと振り返る。
「ふん。スカウトって言うから、どこの冒険者かと思ったよ。それだけの腕力があれば、Sランクになれるんじゃないかい」
「違います。我々は冒険者でも、ギルドの人間でもありません」
ミシェルは中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、淡々と否定した。
「じゃあ、なんだって言うんだよ」
「俺は帝国の皇帝ギデオンだ。そしてこっちは」
ギデオンが魔物を担いだまま、自慢げに胸を張り、凶悪な笑みを浮かべて言い放つ。
「俺の嫁、ミシェルだ」
「はぁ」
突然明かされたあまりにも大きすぎる身分と、脈絡のないのろけに、グレースは間の抜けた声を漏らした。
「ふん。だからなんだって言うんだよ。他国の皇族様が、こんなド田舎に何をしに来たんだい」
「だから、スカウトですよ。わたしを守って欲しいのです」
ミシェルは氷のように澄んだ瞳で、グレースを真っ直ぐに見据えた。
「ボディガードって言うことかい」
「まあ、そういうことです」
「ふん。ごめんだね」
グレースは鼻で笑い、あっさりと誘いを一蹴した。
国のトップからの直々の誘いであるにも関わらず、その拒絶には微塵の躊躇いもない。
「そうですか」
しかし、ミシェルもまた表情一つ変えることなく、あっさりと引き下がった。
「……なんだい。どうして断るのかって、聞かないんだね」
食い下がってこないミシェルの態度に、逆にグレースの方が不審そうに眉を寄せる。
「貴女がここを離れられない事情は、すでにデータで把握していますので。無理に聞き出す必要はありません」
ミシェルの冷徹な言葉に、グレースは少しだけ驚いた顔を見せたが、やがて無言で前を向き直った。
ギルドでの換金を終えた後、グレースはその足で村の薬師のもとへ寄り、小さな包みを受け取った。
そして、ボロボロの小屋の一つへと入っていく。
ミシェルとギデオンも、静かにその後を追った。
「親父。薬だぜ。調子はどうだい」
グレースが小屋の奥に横たわる老人に、不器用な手つきで薬の包みを差し出す。
村長のツヴァイである。
「悪いな、グレース……。いつもお前にばかり苦労をかけて」
「いいんだよ、そんなこと。ワタシが好きでやってるんだからさ」
グレースは照れ隠しのようにそっぽを向くが、その声には確かな愛情が滲んでいた。
ツヴァイが咳き込みながら、入り口に立つ見知らぬ二人へ視線を向ける。
「しかし、客ではないのか。こんなむさ苦しいところに立たせておいては」
「それこそ、お構いなく。本日はこれで失礼します。出直しますので」
ミシェルは静かに頭を下げると、すぐさま踵を返して小屋を出ようとした。
「おい。どこ行くんだよ。せっかく遠くから来たんだろ」
あっさりすぎる引き際に、グレースが慌てて声をかける。
「日を改めます」
「……ふん。変な奴らだね」
グレースは呆れたように鼻を鳴らし、それ以上引き留めようとはしなかった。
デッドエンドの村を出て、王都へ戻る馬車の中。
ギデオンは不満そうに腕を組み、ミシェルを見下ろしていた。
「今回は随分とあっさり帰るのだな。あんな強情な奴、首に縄でもつないで無理やり連れてくれば」
ぺちっ。
ギデオンの言葉が終わる前に、丸めた書類の束がその分厚い額にクリーンヒットした。
「あいたっ。何をするのだ、ミシェルっ」
「馬鹿ですか、貴方は。嫌がる人を無理矢理連れて行って、一体何の意味があるのですか。パフォーマンスが落ちるだけで、コスパが悪すぎます」
ミシェルは冷たい視線でギデオンを睨みつけ、論理的に切り捨てる。
「向こうの意志が伴っていない相手を引っ張ってきても、いざという時に背中を預けられません。ボディガードとしては致命的です」
「なるほど。無理強いはしないということだな。優しいな、ミシェルは。さすがは俺の愛する女だ」
ギデオンは額をさすりながらも、嬉しそうに見えない尻尾をパタパタと振った。
ミシェルは深くため息をつき、ぷくっとわずかに頬を膨らませる。
「うざいです。それに、優しくなんてありません。結局は、いかに効率よく、最大限のパフォーマンスで働いてもらえるか。それはわたしのエゴですから」
冷徹妃はそう言い捨てると、中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、再び手元の資料へと視線を落とした。
村長を縛り付ける病魔と、グレースを縛り付ける村の現状。
そのすべてを根本から解決するための完璧な方程式を、彼女の頭脳はすでに組み立て始めているのであった。