作品タイトル不明
111.
グレース、エステラによる、軍事達の強化は、順調に進んでいった。
最高峰の武力を持つ冒険者による指導、そして、最高品質の料理。
その二つの施策によって、若き軍人達はめきめきと力を付けていった。
「ふむ……」
場所は執務室。
ミシェルは報告書を片手にコーヒーを飲んでいる。
その隣では……。
「ちる、おうま、ちる!」
「ひぃん……もう勘弁してぇ~……」
ティルが四つん這いになって、部屋の中を這いずり回っている。
その背中のうえには、ミシェルの大事な子供、カイウス殿下が載っている。
よほどティルを気に入ったのか、さっきからずっと、ティルとお馬さんごっこをしていた。
ぺそ、とティルがその場にへたり込む。
「もう無理~……」
「ちる、おうま、おうまっ」
「無理ったらむり~……」
ちら、とミシェルに助けをもとめ、視線を送る。
しかし、逆ににらみ返された。
「おまえ……何をやってるのですか」
「何って……お馬さんごっこ……」
「カイウスが、まだ満足してないでしょうが」
「ええー……」
ミシェルの眉間には深いシワが刻まれていた。
ティルは、そこそこ長い間、ミシェルの側に仕えていたので理解していた。
アレは……怒っていると。
もっとカイウスを満足させるように、お馬さんごっこしろということらしかった。
「ちる、おうま~」
「わかりましたよぉ~……ひんひん……」
「きゃっきゃ」
……さて、ティルがお馬さんごっこしてる間、ミシェルは報告書を……しかし、読んでいなかった。
じっと、ティルをにらみつけている。
「あのぉ、報告書ちゃんと読んでますかぁ?」
「読み終わりましたよ。こんなもの」
こんなものって……。
「そろそろ軍事演習をさせてもよいかもしれないですね。相手は、まあ聖王国がちょうどいいでしょう」
聖王国とはかつて少しいざこざがあった。
ミシェルたちを謀ろうとして、返り討ちにあい、以後属国のような扱を受けている。
(哀れ聖王国ですぅ……)
「ちる、もっと、はやう~」
もっと早く動けとカイウスは、ティルの耳を引っ張って、要求する。
「ひぃん、てぃるのお耳はデリケートなんですぅ。ひっぱらないでぇ~」
「あ……ごめんね、ちる」
「あう……わかればよいですぅ……って、ええっ?」
ミシェルが鬼の形相で、こちらを見ていた。
いや、ギデオンのように、般若やアシュラ(異世界にはないが)のような、怒りをあらわにしてはいない。
ただ静かに、極低温の、オーラを飛ばしてくるのだ。
スピリチュアルな話ではない。
こちらに凍てつくような目線を向けてくるのだ。
(ど、どうして~。てぃるは、カイウス殿下の面倒みてあげてるのに~。なんで不機嫌になるのですぅ~)
すると、ミシェルが自分たちの前へとやってくると、跪いた。
(跪いた……!? って、これって……馬のポーズ?)
ミシェルが真面目な顔のまま、お馬さんをかたどったポーズを取る。
「カイウス。ミシェル号に乗り換えませんか?」
「み、ミシェル号……」
(これはもしや……羨ましかったのですぅ!? てぃるがカイウス殿下とお馬さんごっこしてるのが!?)
ティルは合点がいった。
ちょうどよかった。腰が痛くなってきたところでもあったし。
ミシェルのご機嫌を損ねるようなことはしないでおこう。
「さ、カイウス殿下。ミシェル様が乗っけてくれるそうですぅ」
「やぁ。ちるがいい~」
「ふぇええ……!?」
(なにゆえ!?)
ぎゅ、とカイウスがティルに抱きつく。
「ちるが、いい~。ちる、おうま、しゅき~」
(てぃるの馬にするのがちょうどいいって言いたいのかな……って、ああ! ミシェル様のご機嫌メーターが下がっていく! それが目に見えてるぅう!)
愛しのカイウスを取られたことが、よほど不服だったのか、ミシェルの表情が険しくなっていく。
そこへ……。
「何をやっているのだ?」
「ぎでおん!」「皇帝陛下! たすけてっ」
ティルの背中にのったままのカイウスが、明るい笑顔で、ギデオンを出迎える。
「ほら、陛下が来ましたよっ。抱っこしてもらって、ミシェル様とお馬さんごっこしてくださいよぉ」
カイウスはしばし悩んだ後……。
「やっぱ、ちるがいい」
「ふぇ~……」
カイウスを取られミシェルが不機嫌となり、ミシェルが不機嫌となったことで、ギデオンの不興を買う。
(地獄絵図ですぅ~……)