軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.

その日は、待ちに待った休日だった。

先日、皇帝から報酬として受け取った「帝都DBホテル・スイーツビュッフェ」のプレミアム招待券。今日はその行使日である。

紺色の外出着に身を包み、足取りも軽く部屋を出ると――。

「……陛下?」

廊下に、見慣れぬ格好の男が立っていた。

上質な生地だが装飾の少ない、平民風の服装に身を包んだギデオンだ。

「奇遇だな、ミシェル。俺も街へ出る用事がある」

「……護衛はつけないのですか」

「お忍びだ。それに、お前一人を街へ放り出せば、またどこぞの店で『業務改善』と称して騒ぎを起こしかねん。俺が 監視役(エスコート) をする」

「騒ぎなんて起こしませんよ。失礼な」

ギデオンは不敵に笑い、ミシェルの手から荷物を奪い取った。

どう見てもついてくる気満々である。

ミシェルは小さく溜息をついた。

(休日なのに上司同伴……。まあ、お財布代わりにはなりますか)

ミシェルは頭を切り替え、甘味への期待に胸を膨らませて馬車に乗り込んだ。

帝都DBホテル。

王侯貴族も御用達のこの最高級ホテルは、いつもなら優雅な空気に包まれているはずだった。

だが、ラウンジに足を踏み入れたミシェルは、異変を感じ取った。

空気が重い。

支配人が、真っ青な顔で頭を下げて回っている。

「お客様、申し訳ございません。本日のスイーツビュッフェは中止となりました……」

「中止……?」

ミシェルの思考が停止した。

目の前が真っ暗になる。

楽しみにしていたケーキ。タルト。プディング。それらが全て消え去った。

世界が終わったような絶望顔で立ち尽くすミシェルの耳に、奥から怒声が飛び込んできた。

「だから言っているだろう! 砂糖がないんだよ!」

恰幅のいい商人が、ホテルの仕入れ担当者を怒鳴りつけていた。

「南方の産地で大規模な干ばつが起きた! サトウキビ畑は全滅だ! 砂糖は今や砂金と同じ価値があるんだぞ!」

「そ、そんな……。ですが、契約では……」

「知ったことか! 欲しければ今の五倍の値を払え! 嫌なら他をあたるんだな!」

商人の言葉に、ミシェルの瞳から光が消えた。

代わりに、冷徹な「監査官」の光が宿る。

彼女は無言でツカツカと商人の元へ歩み寄った。

ギデオンは「始まったな」と、面白そうに壁に寄りかかり、腕を組んだ。

「――おじさん」

「あ? なんだ子供か。あっちへ行け」

商人が煩わしそうに手を振る。

ミシェルは動じない。

「今、『南方が干ばつ』とおっしゃいましたか?」

「ああそうだ! 雨が降らなくて全滅だ! だから砂糖は品薄なんだよ!」

「おかしいですね」

ミシェルは首を傾げた。

「南方の領主から届いた最新の納税報告書――その数値を参照する限り、読み取れる事実は『恵みの雨による、過去十年で最大の大豊作』というデータでしたが?」

商人の動きがピタリと止まる。

「な、なんだと……?」

「私は城で財務を担当している者です。昨日の確定申告データによれば、南方の砂糖生産量は前年比一二〇パーセント。倉庫がパンクするほどの在庫を抱えているはずですよ」

ミシェルは一歩踏み出した。

その視線は、獲物を追い詰める猛禽類のそれだ。

「もし本当に干ばつで全滅したのなら、領主が皇帝陛下に『嘘の豊作報告』をして、架空の税を納めようとしていることになりますね? それは国家反逆罪です」

「ひっ……!」

「あるいは、豊作なのに『干ばつだ』と嘘をついて、貴方が不当に価格を吊り上げているのか。……どちらにせよ、貴方は『虚偽報告』および『市場攪乱罪』で重罪ですよ?」

逃げ場のない二択。

商人の顔から脂汗が噴き出した。

図星だ。豊作で値崩れするのを恐れ、嘘の情報を流して在庫を隠し、価格を吊り上げようとしたのだ。

「う、うるさいっ! ガキが知ったような口を……!」

逆上した商人が、ミシェルに向かって拳を振り上げた。

だが、その腕が振り下ろされることはなかった。

「――ほう。俺の連れに触れるつもりか」

横から伸びた手が、商人の手首を万力のように締め上げたのだ。

ギデオンだ。

フードの下から覗く赤い瞳が、商人を射抜く。

「い、痛い、痛い痛い! 離せ!」

「連れの言う通りだ。欲をかくと痛い目を見るぞ。……倉庫の在庫を吐き出して、相場通りの価格で納品しろ。さもなくば」

ギデオンは声を低くした。

「帝国の法が、貴様を裁くことになる」

「そ、そのお顔! ま、まさかギデオン皇帝陛下!?」

圧倒的な殺気と、フードの隙間から見えた風貌に、商人は悲鳴を上げた。

彼は腰を抜かしながら、「ひいいっ! わ、わかりましたぁ、すぐに納品しますぅ!」と叫んで逃げ出した。

数時間後、

無事に砂糖が納品され、ビュッフェは予定通り開催された。商人が隠し持っていた在庫を、適正価格で仕入れさせたのだ。

ミシェルは窓際の席で、山盛りのショートケーキを頬張っていた。

「ん~……ッ! やはり糖分こそ正義です……」

至福の表情。

先程の修羅場が嘘のように、彼女の顔はとろけている。

ギデオンはコーヒーを飲みながら、そんなミシェルを呆れたように、しかし優しい目で見つめていた。

「ついてるぞ」

「え?」

ギデオンが手を伸ばし、ミシェルの口元についた生クリームを、親指でスッと拭った。

そして、あろうことか、そのまま自分の口へと運んだ。

「ふむ。悪くない味だ」

「…………」

(冷血皇帝でも、こういう男性並みの気遣いはできるのですね)

ミシェルは淡々とそれだけを感想として抱き、何事もなかったかのようにフォークを動かし始めた。

どうやらこの元社畜王女、色恋の甘い雰囲気には、砂糖菓子ほど興味がないようだった。