軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.

数日後。

ミシェルは執務室で、帝国の年間予算案と睨めっこをしていた。

別にこれは強制されてやっているのではない。

ギデオンは労働に対し、正当な対価を支払う。勤務体系も裁量労働制であり、前世のようなサービス残業など存在しない。働けば働くほど資産が増える。故に、元社畜であるミシェルの労働意欲は、皮肉にも前世より遥かに高まっていた。

さて。

赤ペンを走らせるミシェルの手が、ある項目でピタリと止まる。

彼女は眉間のしわを深め、向かいの席で優雅に紅茶を飲んでいるギデオンに問いかけた。

「……陛下。この『聖女祈祷費』という項目、国家予算の二割を占めていますが、何ですかこれは」

「ああ、それは先代からの慣例だ」

ギデオンはカップを置き、つまらなそうに答えた。

「帝国専属の聖女が定期的に各地を巡り、『浄化の祈り』を捧げている。それによって豊作が約束され、災害が防がれるそうだ」

「『そうだ』……? 効果測定は行われているのですか」

「さあな。誰も検証していない。だが、切れば教会がうるさい」

ミシェルは呆れ果てて、大きく息を吐いた。

効果の不明な業務に、巨額の固定費を払い続ける。経営再建において最もやってはいけないことだ。

「……コストパフォーマンスが悪すぎます。現地調査の上、不要と判断すればカットします」

「好きにしろ。俺も、あの祈っているだけの女には飽き飽きしていたところだ」

ギデオンの許可は下りた。

ミシェルは即座に現地調査を行い、その結果に基づき、事務的に予算削減を決定した。

騒動が起きたのは、その数日後だった。

執務室の扉が乱暴に開け放たれ、シャンシャンと派手な鈴の音と共に、煌びやかな法衣に身を包んだ美少女が乗り込んできた。

帝国お抱えの聖女、エレナである。

「貴女ですね! 神聖な祈祷予算を打ち切った無礼な新入り補佐官は!」

エレナは扇子を振り回し、デスクに向かうミシェルを睨みつけた。

「信じられませんわ! 祈りがなければ大地は穢れ、国は滅びますよ! 現に見てみなさい、地方では原因不明の不作が起きているのです! これは神の怒りなのです!」

喚き散らす聖女に対し、ミシェルは表情一つ変えずに眼鏡の位置を直した。

「滅びませんよ。たとえば……不作と報告のあった現地で土壌調査を行いましたが、原因はただの『塩害』でした」

「は……? えん、がい……?」

「この試験紙を見てください。pH値が異常です。地下水の汲みすぎで、土壌の塩分濃度が上がっているだけです」

ミシェルは変色したリトマス紙をヒラヒラと見せつけた。

「祈りで塩化ナトリウムは分解できません。必要なのは祈祷やダンスではなく、真水を引くための『排水路』の整備と、土壌改良のための『石灰』です」

「な、なにをわけのわからないことを……! 土が枯れているのは事実! 私の祈りがなければ……」

「もちろん、貴女の『浄化』自体を全否定するつもりはありません」

ミシェルは淡々と言葉を継いだ。

「調査の結果、瘴気に侵され、自然回復を待てば数十年かかるような『末期の土地』に対しては、貴女の祈りが有効であることも確認しました。ですが、それは全体のほんの一部です」

「え……?」

「貴女は、ただの塩害や肥料不足といった、科学で治せる土地にまで『神の怒り』というラベルを貼り、高額な祈祷料を請求している。……過剰医療ならぬ、過剰祈祷です」

ぐうの音も出ない正論。

さらにミシェルは、懐からもう一冊の帳簿を取り出した。

「それに聖女様。祈祷代、懐に入れていますよね」

エレナの動きが凍りつく。

「教会本部への奉納金記録と、貴女が宮廷に請求した額。……明らかに桁が違います。この差額の金貨三千枚、どこへ消えましたか」

「そ、それは……必要経費で……」

「さらに、貴女の出張記録と、帝都の宝石店での『購入履歴』の日付が完全に一致しています。先月の北方視察の日、貴女は帝都でダイヤモンドを買っていましたね。現場に来てすらいない。サボりですか」

ミシェルの追及は止まらない。

科学的根拠(pH値)と、財務的根拠(横領)。

逃げ場のない二方向からの攻撃に、エレナは顔面蒼白で後ずさった。

「あ、あわわ……」

「虚偽報告に公金横領。陛下、これは厳罰が必要では」

ミシェルが振り返ると、ソファで事の成り行きを眺めていたギデオンが、愉悦に満ちた笑みを浮かべて頷いた。

「そうだな。鉱山送りにするか、あるいは国外追放か」

「ひ、ひいいぃぃっ!!」

エレナはその場に土下座した。プライドも法衣も泥まみれだ。

「も、申し訳ございませんでしたぁぁ! ほ、報告しないで! クビになっちゃう! 借金もあるのぉ!」

「……はぁ」

ミシェルは呆れてため息をついた。

だが、ここで彼女を切り捨てるのも、人材の損失ではある。

「まあ、先ほど申し上げた通り、末期の土地には貴女の力も必要です」

「えっ、ほ、ほんと?」

「契約は継続します。ただし、報酬は適正価格……現在の十分の一とします。かつ、サボりや中抜きが発覚した時点で、即刻教会本部へ通報します。よろしいですね」

悪魔のような条件提示。

だが、エレナに拒否権はない。

「は、はいぃぃ! やります! 真面目にやりますぅ!」

エレナは涙目で何度も頷いた。

こうして、帝国からは「無駄な祈祷費」が削減され、代わりに「安価で真面目な労働力」が確保された。

後日、排水路工事によって緑を取り戻した農地で、必死に祈りを捧げる(そして時々土木作業も手伝わされる)聖女の姿が目撃されたという。

「よくやったぞミシェル」

「陛下……内政もう少しご自分で頑張ってみては?」

「おまえがいるのだから、必要ない」