作品タイトル不明
パラケルススと言う名の錬金術師
「そもそも彼の本当の名前がパラケルススではないことはご存じ?」
「ええ、知っています。本名はテオフラストスさんですよね? アリシアのお父様はその名前を継いだと伺っています」
「実はそれも本名ではないの」
「「えっ!?」」
この発言にはアリシアも驚いた。初耳だったらしい。
「彼はパラケルススという錬金術師として活躍していたけど、同時にテオフラストスという名前の薬師としても仕事をしていたというだけのことよ」
「人物を使い分けていたのですか?」
「ええ、彼は妖精の力で肉体の年齢を操作できたから」
『おっと、パラケルススも年齢を操作できるのか。それは長生きするわけだ』
「本当はどんな名前だったのでしょう?」
「彼にもわからないんですって。まだ立ち上がることもできない歩けない赤ん坊の頃、森に捨てられたそうよ」
『え、この世界の創世神とやらが転生させたなら、もうちょっと転生先の配慮をしてもいいんじゃないの?』
「ああいう人を天才っていうのかもしれないけど、自分が捨てられたことも覚えてるんですって。よく言ってたわ『どうせ捨てるなら、せめて人がいるところにしろよ。死ぬかと思っただろ』って」
「はぁ…それはなんとも。っていうか、それでなんで生きてたんですか?」
「妖精たちが彼を助けたんですって」
「え、まだ赤ちゃんですよね?」
「本当かどうかはしらないけど、捨てられたことに気付いた彼は、自分を守る必要があるって強く思ったら魔法が発現したそうよ」
『おおう。私も大概チートだと思ってたけど、上には上がいた』
「命の危機を感じて魔法を発現するというのはよく聞く話ですが、赤ちゃんの時にというのはかなり珍しいですね」
「そのせいで魔力が枯渇して死に掛けたそうだけど」
「……頭が良いのか悪いのか悩ましいですね」
「それはともかく、彼は魔力に惹かれて近くに寄ってきた妖精と友愛を結んで、母乳がなくても生き残れるくらいの幼児まで肉体を成長させてもらったんですって」
「なるほど」
『きっと大人にできるほど魔力なかったんだろうなぁ』
「妖精たちは彼に美味しい果実や木の実なんかを与え、彼は彼で魔法を少しずつ習得して獣も自力で捕れるようになったとか」
「それは、とても逞しいですね」
『えーっと…かなりの野生児だよね。ター〇ンとか狼〇年〇ン?』
更紗の記憶にもないような古い映画やアニメであるが、他に思い浮かばなかった。
「実際に逞しく森で生きてたのは2週間くらいで、その後は薬草を取りに来た女性に発見されて保護されたそうよ。彼女は森の近くにある村で傷薬なんかを作って売って生活してたから、薬師や錬金術師としての基礎はそのあたりで培ったみたい」
「早めに人間の世界に戻れてよかったですね」
「彼が生まれ育ったのはオーデルだそうよ。今のロイセンね」
「え、アヴァロンの人じゃないんですか?」
「捨て子だから親がどこの人かはわからないわ。国境に近い場所らしいし」
「なるほど」
「でもオーデルがロイセンになった時、彼はアヴァロンに移住したんですって。村がロイセン軍の通り道で、村は軍隊に略奪されたそうよ」
「なるほど。それも200年くらい前の話ですから、パラケルススさんもそこそこ生きてますよね」
「その頃のことを思いだすと辛そうにするから、あまり詳しくは聞かなかったのだけど、彼はオーデルで大事な友人と別れて、アヴァロンで生きて行くことに決めたらしいわ。今はどうか知らないけど、建国したばかりのロイセンは妖精と友愛を結んだ人を処刑してたんですって」
「それは辛いですね」
『そうか、王族以外にも妖精との友愛を結んだ人を殺してたのか。そりゃぁ妖精たちが怒るはずだわ』
「あぁ、そういえば彼がパラケルススを名乗っていた理由だけど、彼の近所にパラケルススって名前の宮廷錬金術師が住んでいたからなんですって。その方はお年を召してから賢者の石を作るという妄想に捉われてしまって、宮廷でもアカデミーでも相手にされなくなっていたそうよ」
「その話、どこかで聞いたような…」
「あぁ、テオから聞いたのね」
「テオ?」
「父のことです」
アリシアがシルヴィアの発言をすかさずフォローした。
「一族は夫が賢者の石を研究してたって信じている人が多いんだけど、実際には違うわ。夫は本物のパラケルススさんを詐称して、宮廷錬金術師のフリをしながらアカデミーの実験室で自分の実験をしてたんですって。20年くらい」
「はぁぁ?」
「本物のパラケルススさんは、妄想に取りつかれているし、足腰もかなり弱っていたから出勤できるような状態じゃなかったのよ」
「賢者の石を研究するフリをして、魔石の研究をしてたってことですか?」
「そうなのよ。さすがに騙してるだけだと申し訳ないからって、魔法言語に関する研究をまとめて書籍にしたの。これがパラケルススという名前の宮廷錬金術師の最大の功績って言われているわ」
「近所のおじいちゃん錬金術師の功績になったってことですか?」
「その通り。だけど、さすがに本物のパラケルススさんが亡くなってしまったから、彼はパラケルススを名乗って研究を続けられなくなったの。本当のパラケルススさんの親戚がアカデミーに入学してきて『パラケルススは既に亡くなっている。そいつは偽物だ』と騒ぎ立てたらしいわ」
「あぁ、情景が目に浮かびますね」
『要するに、なりすまして研究費を勝手に使ったことがバレたってことよね?』
「仕方なく、彼は資料も何もかも置きっぱなしにして、慌ててアカデミーの研究室から逃げたんですって」
「あぁ。それでパラケルスス師が書いた資料はアカデミーに”あるかもしれない”という状態になっているわけですね」
「そういうこと。彼は老人の変装を解いて、青年の姿で亡くなったパラケルススの自宅の中に入り込んで、パラケルススの弟子として師匠の名前を継ぐって宣言をしたそうよ」
「え、なんでそのまま逃げなかったんですか?」
「その時、彼は既に結婚していて子供もいたの。彼に言わせると『子供に父親が他人を詐称してたなんて説明しにくいじゃないか』だそうよ」
「えーっ、それだけで偽名を名乗り続けたんですか?」
『なんだろう、いまひとつ掴みどころのない人だなぁ…あれだけの能力があるのになんで金に困ってたんだろう』
「さすがにそれだけじゃないわよ。彼は名前を借りている自覚があったから、パラケルススの面倒をよく見ていたの。研究室に出勤している間も彼の妻が側に付いていたから、近所の人たちは彼のことを本当にパラケルススの弟子だって認識してたんですって」
「はぁ」
「結局はアカデミーに入学したパラケルススの親族が、彼のことをパラケルススの面倒を最期まで見てくれた弟子として認めたことが大きかったみたい。パラケルススの住んでいた建物ごと実験室を彼に譲ってくれたから、そのまま”自称”錬金術師のパラケルススが誕生したってわけ」
「要するに住む場所と実験室が手に入ったわけですね?」
「そうなるわね」
そこから先に起きたことはサラも資料から把握していた。彼は先代のグランチェスター侯爵に拾われるまで、”自称”錬金術師として研究を続けていたのだ。幸いにも彼の息子たちはアカデミーに入学して公的に認められた錬金術師になっている。
グランチェスター領にパラケルススが移動する際、長男は既に老齢だったため王都に残り、次男がグランチェスターに一緒に移動している。そしてグランチェスターで錬金術師ギルドを設立したのも、この次男である。
「結局パラケルススさんの名前はわからないままですね」
「親から付けられた名前は無いものね。でも、森で拾われた時に名乗った名前は”リヒト”だったそうだから、最初に彼が自分でつけた名前ってことになるのかしらね」
『もしかすると、パラケルススさんの前世の名前なのかしら?』
「ところでパラケルススさんは、どうして薬師として働いていたんでしょう?」
「本当にお金が無かったからみたい」
「息子も孫もお金稼いでいるのに、まだお金必要だったんですか?」
「だって魔石ばっかり買うんですもの。子供か孫の誰かが魔石の研究に協力してくれれば問題なかったのでしょうけど、全然興味示してもらえなかったらしいわよ。孫には面と向かって、荒唐無稽って切り捨てられたそうだから。身内の誰も理解してくれないっていじけてたわよ」
「あははは。その世代にアリシアが生まれてたらよかったのにね」
「どうでしょう。乙女の塔のように魔石をジャラジャラ渡してくれるような環境はあり得ないので、私も適当なところで諦めると思いますけどね。理論的にあり得たとしても、実証できなければ意味がありませんし」
サラたちは技術革新によって人工的に魔石を作り出せるが、天然で質の良い魔石を買うというのは、宝石を買うことと同義である。公的な研究組織に居なければ、すぐに資金は不足するだろう。いや、公的な研究組織であっても実績を残せなければ、継続していくことすら難しいだろう。
そういう意味では、今回アカデミー関係者の目の色が変わったことや、暴走して乙女の塔に押し入ろうとした理由も理解はできる。納得はできないが。
「息子や孫たちの手前、パラケルススとして薬師をするのは憚られたみたいで、薬師の時はテオフラストスを名乗っていたの。ちなみに肉体年齢は40代くらいにしてたわね。彼は花街の女性たちも厭わずに診察してくれる薬師で、とても親切な人だったわ。錬金術師と一緒で、薬師も”自称”ってことは知ってたけど、誰もそんなことは気にしてなかったと思う」
パラケルススもテオフラストスも年齢制限のためにアカデミーに通えず、自称のまま活動していたらしい。
『あれだけ優秀なのに”自称”かぁ。せめて専門課程に編入できるような制度を作れば良いのにもったいないなぁ。学園の方は年齢制限撤廃しようかなぁ』