軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シルヴィアとパラケルスス

「ところで、パラケルススさんは綺麗なお顔をされていたと聞いていますから、花街の女性からはモテたんじゃないですか?」

「そうねぇ。奥様は亡くなられたって聞いてたから、彼を慰めたいって言う子は多かったと思うわ」

「シルヴィアさんもですか?」

「その頃、私は馬鹿みたいに恋に夢中になってたわ。娼婦になって初めてのお客だった人で、月に1回か2回だけ来るのを私はずっと楽しみにしてたの。だけど、私が姫に選ばれると、あの人の懐事情じゃお客にはなれなくなった」

「それは寂しいですね」

「でもね、会えなくなったお陰で、あの人は私に本気で好きだと告白してくれたし、私もあの人に愛していると告げることができたわ。手紙のやりとりと、月に1回だけ貰える休みの日にデートするのが精一杯だったけど、将来を約束してお互いに頑張ろうって言い合ってた。必死にお金を稼いで、お店を辞める日を心待ちにするようになってたわ」

話をしているシルヴィアの目が悲しみを湛えているのを見て、サラはこの話の結末が哀しいものになることに気付いた。だが、話に水を差すことなく黙って聞き入った。

「だけど、私が店を辞める日が1カ月後に迫った時、ある貴族が私の身請けを申し込んできたの」

「それは断れないものなのですか?」

「建前上は断れることになってるわね。お店も勝手に娼婦を引き渡すことはできない」

「その言い方だと、ほぼ断れないと言ってるようなものですね」

「ええ。みんな娼館に借金があるもの。姫になったことのある娼婦の身請けともなれば、借金の返済だけでなく、お店にも多額の祝い金が支払われるわ。当然お店の方も身請けされるように必死に説得するわ。酷い店では嫌がる女の子を折檻したりするそうよ」

『いかにもありそうな話ね。弱い立場の女性たちにセーフティーネットはないのかしら…』

「でも、お店を辞める直前だったということは、娼館への借金なども残っていなかったのではありませんか?」

「ええ、最後の返済分で終わるはずだったし、身請けも当然断った。だけど、それを聞いた娼館の主は烈火のごとく怒って私を監禁したわ」

「なんて非道な…」

「そんな私を助けてくれたのが、熱を出して寝込んでいた女の子を診察しにきた薬師のテオフラストスだったの。私が監禁されていることに気付いて、私を店の外に逃がしてくれたわ」

「え、でも、監禁されていたとはいえ、まだ契約期間中なら逃げた方も逃がした方も法律違反じゃ?」

「そうよ。わかっていても逃がしてくれるくらい、優しい人だったの。『オレは薬師を辞めれば良いだけだから、シルヴィアさんは逃げて幸せになれ』って言ってくれたわ。私の代わりに彼を迎えに行ってくれて、私が待ってた王都の外れまで送ってくれた。自分もお金に困ってるくせに、お金までくれたのよ」

『おおう、なんかパラケルススさんカッコいいじゃん』

「そして私たちは逃げて新しい暮らしを始めた。半年くらい経った頃、私はあの人の子供を妊娠したことに気付いたの。あの人も喜んでくれて、自分の両親に報せたいって言いだした。それであの人は王都に向かったの。……私たちはあまりにも甘かった」

シルヴィアは遠い目をして深いため息をついた。

「数日で戻ると言っていたあの人は、10日経っても戻ってこなかった。私は心配になって、薬師を辞めていたテオフラストス、つまりパラケルススに手紙を書いたの。そして、パラケルススからの返信で、あの人が…夫が王都で殺されたことを知った」

「えっ!」

「私を身請けする予定だった貴族は、娼館の主から色よい返事をもらったことで周囲にも自慢していたそうなの。ところが直前になって男と逃げたことがわかって、貴族の面子が潰されたと激怒したのですって。その腹いせに夫の家族を傭兵に監視させ、私か夫が訪ねてきたら捕まえるように指示していた」

「半年経っても諦めないなんて執念深い男ですね」

「本当にそうね。そして、夫を拷問して私の居場所を吐かせようとしたらしいのだけど、夫は最期まで私の居場所を話さなかった。そのことをパラケルススは教えてくれて、急いで私の元にやってきたのよ。パラケルススは私の夫の遺髪を持ってきてくれたの」

シルヴィアは静かに一滴の涙を落した。

「丁度その時、パラケルススはグランチェスター領に誘われていたの」

「先代のグランチェスター侯爵に招聘されたのですね?」

「ええそう。だからパラケルススはグランチェスター侯爵に間に立ってもらって、その貴族や娼館とのトラブルを解決してもらったんですって。だけど、私が独身のままだと諦めなさそうだと忠告されたので、私はパラケルススと偽装結婚してグランチェスター領に行くことにしたの。あの人の子供を無事に生みたかったから」

「そんな事情があったのですね」

「私とパラケルススは友情で結ばれてはいるけど、お互いに恋愛感情は育たなかったわ。あぁ、でもこれだけ一緒に居ると家族愛はあるかもしれないわね。あの人の曾孫や玄孫も可愛いし。パラケルススは、私に好きな人ができたらいつでも協力するって言ってくれたけど、私の心は最初の夫と一緒にあるみたい」

流れた涙をハンカチで軽く拭い、シルヴィアは微笑んだ。だが、しんみりとした雰囲気をぶち壊すように、シルヴィアの横に居たアリシアが勢いよく話し始めた。

「サラ、雰囲気で騙されちゃ駄目よ。シルヴィアが話したことは嘘じゃないけど、もう恋をしないって意味じゃないからね? 時々思い出したみたいに若い恋人を作ってフラフラしてるから。シルヴィアのせいで破局した恋人たちの数は両手と両足使っても足りないくらいよ!? さっきの騎士さんたちも狙われてると思った方が良いわ」

『あらら、見た目通りのがっつり肉食系女子だったのね』

「そもそもパラケルススの子孫と血縁関係には無いことは全員知ってるから、うちの一族の男子は、みんなシルヴィアに夢中になるのよ。少年時代の通過儀礼みたいに! しかもシルヴィア本人も理解してるから、思いっきり揶揄うのよ。そういうとこ凄く 質(たち) が悪いわ」

「やぁねぇ人聞きが悪いわ。私はいつまでもトキメキを忘れたくないだけよ。恋しないと老けちゃうじゃない。アリシアも研究ばっかりしてないで恋をすべきよ!」

「シルヴィアは妖精のお陰で老けないでしょ!」

「あら、シルヴィアさんも妖精の恵みをうけているのですか?」

「そうなのよ。自分じゃ妖精も見えない癖に、パラケルススの妖精に愛されて年齢が止まってるんですって」

「え、そんなことあるんですか? 魔力はどこから持ってきてるんですか?」

「魔力はパラケルススのものだそうよ。妖精の恵みをうけると、伴侶と寿命が違ってしまうことを悲しむ人が多いから、妖精が気に入った家族にも恵みを与えることがあるらしいわ。魔力を凄く使うらしいけどね。だから私が老け始めたら、パラケルススの寿命も尽きたことがわかるわ」

『ってことはフェイが気に入れば、お父様も恵みを貰えるってこと? これは帰ったら話をしないと』

「シルヴィアさんの若さと美しさを見れば、パラケルススさんが生きてることは確信できますね」

「ありがとう。サラお嬢様のような美少女に言われるのは照れるわね」

サラとシルヴィアは目を見合わせて、お互いにニコリと微笑んだ。

「とりあえず、パラケルススさんが眠りに就いていることは、家族というか一族を見捨てたわけではないということですね?」

「正直言えば、既にパラケルススは私たち一族にとっては象徴みたいな存在だもの。居たら居たなりに敬うし、居なかったら居なかったなりに功績を讃えるだけよ」

「なるほど理解しました」

サラは一呼吸おいて言葉を続ける。

「私はパラケルススさんを起こそうと思います」

「それは構わないのだけど、彼を起こすために書かれた最後の文字は私でも読めないのよ。教えて貰ってもいないし。もしそれを聞きに来たのなら…」

「いいえ、大丈夫です。私には読めますから」

その瞬間、シルヴィアはカシャンという音を立ててカップをソーサーの上に落とした。

「まさか…サラお嬢様は…」

「私はパラケルススさんが探していた人の一人かもしれません」

「なんてことかしら…本当に居たなんて。パラケルススの想像の産物ではなかったのね」

「信じていらっしゃらなかったのですね」

「正直言うと信じていなかったわ。彼って300年も生きてるし、てっきりお年寄りの妄想なのかなって思ってたわ」

「実はグランチェスターの始祖も同じなんです。だからグランチェスター家に代々伝わる日記や資料には、パラケルススさんと同じ文字が使われています」

「そうだったのね。だったら是非ともパラケルススのことを叩き起こして頂戴。さすがに寝坊し過ぎだもの」

「そうですね。40年はちょっと長すぎますね。近いうちに起こしに行きますが、シルヴィアさんも行きますか?」

「いいえ。私はここで待つわ。既にあの人の塔はサラお嬢様とアリシアたちのモノなんでしょう? だったら帰る場所を用意してあげないと」

シルヴィアはふっと懐かし気に笑った。

『恋愛感情は持ってないって言ってたけど、ぐるっと一周回って今ならパラケルススさんと恋愛することもできるんじゃ?』

サラは本人たちに聞かれたら「大きなお世話だ」と言われそうなことを漠然と考えていた。