軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【29】はみ出しピヨッポ/ポッポーダンス

歌って踊るヒュッター教室を見つめ、ロスヴィータ・オーレンドルフは呟いた。

「……ねぇ、なんなのこれ?」

古典魔術の名家で育ったロスヴィータは、流行りの音楽だの娯楽だのに疎い。つまりは世間知らずなのだ。

自分が知らないだけで、こういうのが世間では流行っているのだろうか。

ただ、楽しそうにしているのはローズだけだ。隣国の七賢人(すごい魔術師)は「よく分かんないけど、楽しそうだな!」と、ポッポーコールを返している。

「皆のもの! 我が師の呼びかけに応え、いざ叫べ! ポッポーと!」

セビルの叫びに、エラがハッとした顔をする。

「もしかしたら、これも何かの作戦なのかもしれません……!」

ロスヴィータはエラのことを信用しているが、流石に今は、「えぇー……」と半信半疑の声が出た。

「ヒュッター先生やセビルさんが、意味のない行動をするとは思えないんです……や、やりましょう! ポッポー!」

ローズと共にエラが、ポッポー! と叫び出す。

つられてゾフィーもポッポー! と言い出した。ゾフィーは単純にお祭り騒ぎに便乗したいのだろう。

ロスヴィータは横目で、ゲラルトとユリウスを見る。

二人ともしっかりと口を閉じ、断固として叫ばぬ構えだが、ユリウスの指輪の中からアグニオールの声がした。

『坊ちゃん、坊ちゃん! 楽しそうですよ! わたし達も一緒にポッポーしましょう!』

ユリウスが指輪を手で覆って、静かに数歩下がる。

ロスヴィータはズンズンと近づき、ゲラルトとユリウスの服を掴んだ。

「……このアタシがやるんだから、あんた達だけ逃げられると思わないことね」

* * *

「駄目っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)

無理っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)」

マンドーラをジャカジャカ弾き鳴らして歌いながら、ヒュッターは観客席のコールに耳を傾ける。

ローズは楽しそうに、エラは懸命に、ゾフィーとロスヴィータはちょっと恥ずかしそうに。ユリウスとゲラルトは申し訳程度に。

男子ぃ〜、ちゃんとやりなさいよぉ〜! とヒュッターは胸の内で悪態をつく。

(見習い達はなんとか乗ってきたな。あとは、セビルの圧に負けたやつも……!)

だが、まだ足りない。もっとだ。もっと盛り上げなくてはいけない。

ヒュッターが唐突に歌って踊り出したのは、慰安目的でも、正気を喪ったわけでもない。

──これは、ポッポー四号召喚の儀式なのだ。

重要情報を握っているかもしれないポッポー四号ちゃん(絶賛迷子中)は、賑やかな場所が好きだ。歌と音楽で大勢が盛り上がっていると、フラフラとそこに引き寄せられる習性がある。

この盛り上がり具合は、とにかく派手なほど良い。

そのために、大勢の人が集まるこの説明会を利用したのだ。自分一人で大勢の客を集めるのが難しいのなら、大勢の人が集まっている場所を乗っとれば良い。

子ども達やレンの愛嬌。セビルの圧。詐欺師は場を盛り上げるためなら、使えるものは何でも使う。

「そうさ明日の俺も、風見鶏〜〜〜(ポッ、ポポッ、ポー)」

ジャン! と弦を掻き鳴らし、荒い呼吸を整える。

見上げた青空に、ポッポー四号の姿はない。

「一曲目、『風見鶏はポッポー』でした。それでは聞いてください。二曲目は新曲、俺の教え子ティアとのデュエットで、『はみ出しピヨッポ』」

こうなったら、ポッポー四号がこちらに気づくまで、ひたすら歌って踊って盛り上げるしかない。

(頼むぞ、ティア──!)

ヒュッターがマンドーラを掻き鳴らす、舞台下のティアが歌い出した。

「ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎

ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎

はみ出しポッポー、ピヨッポーゥ(ウォウ)⤴︎

それって鳩じゃない? (じゃない?)

はみ出しポッポー、ピヨッポーゥ(ウォウ)⤴︎

はみ出したって良いじゃない!

ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎

ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎

ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎

ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ、ポッポゥ⤴︎」

ティアは歌が好きだ。普段からよく歌っているのは知っていたが、予想以上に上手い。何より、人前で歌うことに躊躇いがないのが強い。

世の中には、どんなに歌が上手くても、人前だと緊張して声が出なくなる者もいる。

だが、ティアは最初からずっと、楽しそうに歌うのだ。

(つーか、こいつのコーラスすごいな? 歌ってて気持ち良すぎる……!)

ティアのコーラスは、ヒュッターの歌声を恐ろしく底上げした。

本人は楽しそうに歌っているが、声の膨らませ方、響かせ方が恐ろしく丁寧なのだ。

声量も申し分ない。拡声魔術で声を大きくしているヒュッターに、平気で合わせてくる。

なにより、こんなに技巧的なのに、歌が楽しいという気持ちが聴衆の心にストレートに伝わってくるのだ。極めて高度な技術を持ちながら、鼻につかない。そういう歌は、強い。

(これで、どうだ……! カムバック四号〜!)

* * *

ヒュッターと共に歌いながら、ティアは思った。

(あぁ、やっぱり、歌うのは楽しいな。楽しい。ずっと楽しい。大好き)

空を飛ぶこと、歌うこと。それがハルピュイアの全てだ。

最近は、心から楽しんで歌う機会が随分と少なくなっていた。

(でも、もう、おねえちゃんと歌う日は……)

曲の最後の盛り上がり。

ティアとヒュッターの二重唱。その瞬間、二人の歌声に、女性の声のバックコーラスがどこからともなく響いた。

魔物にだけできる、三つの歌声を重ねる技術。高度な即興のアレンジ。

ティアはハッとした。

(これ、おねえちゃんの声……!)

この村は、〈楔の塔〉から離れているから、魔物は近づけないはずだ。

もしかして、水晶鋲を刺して、近くまで飛んできたのだろうか。

ハルピュイアは歌声に魔力を乗せて、様々な効果を付与する。聴き手を眠らせたり、精神汚染をしたり。

だが、遠くから響くその歌声は魔力を帯びていない。ただ楽しんでいるだけの、美しい歌声。

(わたし、今、おねえちゃんと歌ってるんだ……!)

思わず泣きそうになった。駄目だ。泣いたら上手に歌えない。

だから、いっぱい感謝しようと思った。

姉と歌う最後の機会をくれたヒュッターに。

(響け、響け、もっと響け……! 届け、届け、遠くまで……!)

* * *

水晶鋲を己の体に刺して〈楔の塔〉を離れたカロンララは、すぐにティアの歌声に気づいた。ハルピュイアの耳はとても良いのだが、特にそれが音楽となると感度が良くなる。

(……ティアが歌ってる)

可愛い妹のフォルルティア。ハルピュイアの女王種として生まれた極彩色のハルピュイア。その歌声は群れの中でも特に美しく、軽やかで、楽しげで──妹の歌声が群れを導くのだと、ずっと信じていた。

だが、ティアは繁殖能力を代償に人の皮を被ったのだ。人の群れに自分の居場所を見つけたのだ。

(ティアは人の群れで生きていけばいい。〈楔の塔〉になんて来なくていい)

人を攫い、犯し、繁殖する。それがハルピュイアだ。そうして子孫を残せるのはもう、カロンララしかいないのだ。

(覚悟は決めた。わたしはハルピュイアだ。最後のハルピュイアとしての使命を果たす)

だから、最後のこの時だけは。

カロンララは、ティアの声に重ねるように歌を歌う。人を操る力は乗せずに、ただ妹への愛と別れを込めて。

(さようなら、さようなら、可愛い妹。わたしとは違う世界で生きなさい。ハルピュイアの定めは、全てわたしが背負うから)

歌う。歌う。姉妹で歌う最後の時間を噛み締めながら。

* * *

討伐室所属のリカルド・アクスとヘレナの二名は、魔物に襲撃されたランゲの里を発ち、ヒュッター教室とは別ルートで〈楔の塔〉を目指していた。

これは主に、各地の調査室と連絡を取りあい、情報共有するのが目的だ。その道中で、〈楔の塔〉が襲撃を受けたことを知り、急ぎで避難場所である村を目指していた。

目的の村に辿り着き、馬車を降りたリカルドは、眉根を寄せた。

「なんか……村人の姿が随分少ないっすね」

「きっと、魔物の襲撃を恐れて、家屋に篭っているのでしょう……あぁ、悲しいです……〈楔の塔〉が……こんな……」

その時、リカルドの耳が懐かしい歌声を捉えた。

懐かしい、本当に懐かしい歌だ。

(この歌は……)

リカルドは思わず走り出した。

走りながら、少年時代を思い出す。歌声が聞こえてくると、一目散に走った。いけない、もう始まってる! 早く早く行かなくちゃ! 楽しい時間が終わってしまう!

息を切らして走ったリカルドは、村の広場にある小さな舞台の上で、歌って踊る人を見た。

「アーユーレディー? (ポッポー!)

ポッポ、ポッポッポポ(HEY!)

ポッポ、ポッポポポポ(HEY!)」

全身が震え、口から感嘆の吐息が漏れる。

格好良いのに楽しい歌声! 軽快なステップ!

「ンッポンッポ、ポッポポー

ンッポンッポ、ポッポポー

ポッポ、ポッポッポポ?(OK!)

ポッポ、ポッポポポ?(YEAH!)」

踊る男がターンを決める。

憧れて、こっそり何度も真似をした、キレッキレでスタイリッシュなポッポーターン!

「ポッポロッ、ポッポ、ポポポポー

ポルルッポッポ、ポッポポー

ポッポー?(HEY!)

ポッポー?(OK!)

ポ〜〜〜〜〜〜〜〜……ウー、ワァーーーーオ!」

リカルドは拍手をしながら、少年の顔で滂沱の涙を流した。

昔、自分の隣には妹がいた。あの人のダンスを見ると、痩せこけた妹の頬に少しだけ血の気が戻る。

そしてダンスが終わると、妹とリカルドは声を揃えて、こう叫ぶのだ。

「ナイスポッポ──!! ナイスポッポー!!」

舞台の上の人が、リカルドを見た。目が合う。間違いない、こちらを見ている!

ヒュッターは人差し指と中指を揃えて額にかざし、バチンとウィンクをした。

「センキュー、ポッポー!」

リカルドは感動のあまり咽び泣く。

その背後でヘレナが、「同期がついに壊れた……悲しいです……」と顔を覆った。