作品タイトル不明
【28】ポッポー体操/風見鶏はポッポー
旅芸人が芸を披露する際、一番困難なのが場を温めることだ。いわゆる「楽しいことをしているぞ!」という空気作りである。
これは酒場だと割とやりやすい。程々に狭い室内で、酒の入った連中が相手だからだ。芸を披露する前に客と一緒に飲んで、知り合いになってから芸を披露すると尚良い。
その逆のパターン──開けた場所で、素面の人間を相手にすると、一気に難易度が跳ね上がる。道端で芸を披露したところで、足を止めてくれる人間なんてごく僅かだ。
芸人はまず、客を引き込み、笑いやすい和やかな空気を作らなくてはいけない。その空気に客を巻き込まねばならない。
それでは、クソほど深刻なこの状況で、どうやって場を温めるか?
悪どい詐欺師は、子どもを利用することにした。
『みんなー、ポッポー体操、はーじまーるよー!』
「ポッポー!」
子ども達が舞台の周りに集まる。狭い舞台なので、子ども達全員は乗れないのだ。ここからはヒュッターも動き回るので、子ども達が舞台に乗ると都合が悪い。
舞台の周りに集まった子ども達の中には、ヒュッター教室のティア、レン、セビルの姿もある。
ヒュッターは客席に目配せをする。作業中の者や治療中の者もいるので、集まっているのは〈楔の塔〉の魔術師と村人を合わせて百人超。
ヒュッター教室以外の見習い達の姿もチラホラとあった。
(見習いで来ているのは、ローズ、ゲラルト、ユリウス、エラ、ロスヴィータ、ゾフィーの六人。ルキエは来なかったか……この面子で乗ってくれそうなのはローズだな。エラも真面目だから、必要なことと理解したら乗ってくれる。エラを巻き込めばロスヴィータとゾフィーも動くだろ)
続いて室長。こちらはほぼ全員集まっているが、皆困惑の表情だ。ヘーゲリヒ室長は憤死寸前の顔色である。
(サーセン、ヘーゲリヒ室長……!)
唯一、管理室のカペル老人だけが、なんだなんだ楽しいことが始まったじゃねぇか、という顔をしていた。こういうじいさんが客にいるとありがたい。適当にヤジを飛ばしてもらおう。盛り上がるのならヤジだって大歓迎だ。
一番キツイのは「それ、面白いと思ってるの?」という冷笑の空気。知ったことか、クソッタレ。こっちは命懸けだ。
ヒュッターはマンドーラを足下に置き、足は肩幅程度に開いて、両手を広げた。
「みんなー、体をほぐして温めるぞー! まずは両手を大きく広げて、胸をそらして、鳩胸のポーズ! はい、ポッポッポー、ポッポッポー!」
ヒュッター教室withちびっ子ダンサーズが、ヒュッターと同じように両手を広げて胸をそらした。
若者達にはダンスの振りのように見えるかもしれないが、中年になると「あ〜効く効く」となるポーズである。
特にデスクワーク続きで肩が内側に巻き気味になっているおっさんには、てきめんに効く。
「広げた両手を上下に動かし、羽ばたく鳩の動きー! はい、ポッポッポー、ポッポッポー!」
これも、肩周りが凝りに凝った中年には「あ〜効く効くぅ〜」となる運動である。ヒュッターの肩がゴキッと鳴った。
「次はポッポーステップいくぞー! はい、ポッポッポー、ポッポッポポー。ポッポッポー、ポッポッポポー! 慣れてきたら、腕も動かしてみよう! ポッポッポー、ポッポッポポー。ポッポッポー、ポッポッポポー!」
ポッポーステップといっても、簡単な動きだ。昨日教えた子ども達は多少動きにバラつきがあるが、何回か繰り返している内に、テンポが合ってきた。
ヒュッター教室の三人は、ティアが若干危ういが、セビルとレンは昨日きっちり教え込んだので、完璧なステップである。
それにしても、セビルの堂々としたステップは素晴らしい。体幹が良く、音にバチッと合わせてくるので、ステップを踏んで、腕を動かすだけで様になっていた。
ティアはステップこそ危ういが、楽しそうにポッポッポー、と歌っている。芸人には、その楽しそうな空気が大事なので花丸をあげよう。
レンだけはいまだに「なんでオレ、こんなことしてんだろ……」と恥ずかしさが拭いきれていない表情である。乗り越えろ、美少年。
「さぁ、みんなー、体はあったまったかー?」
子ども達が「はーい!」と返す。
「よーし、ヒュッター先生の体もあったまってきたから、無詠唱幻術頑張るぞー! みんなー、応援してくれー!」
場の空気は、まだ温まったとは言い難い。和やかさより困惑が圧倒的に上回っている。
ただ、一体何をしているんだ、と罵声や罵倒を飛ばす大人はいなかった。これは楽しそうに体を動かしている子ども達のおかげだ。ヘーゲリヒ室長ですら、ぐぬぬと唸って怒鳴るのを堪えている。
〈楔の塔〉の大人逹は基本的に善良だ。子ども逹に罵声や石を投げるような真似はしない。それを計算して、ヒュッターは子ども逹を味方につけたのだ。
ゾンバルト曰く「子ども逹を盾にするなんて、悪い大人ですね、ヒュッター先生!」。嬉しくない大絶賛である。
そんなことを思い出しつつ、ヒュッターは足元のマンドーラを拾い上げた。
六本の弦を押さえ、ポロンポロンと指先で音を奏でる。ここはあえてジャカジャカ弾かない。ポロンポロンぐらいで良いのだ。
ポロロロロロロロロン。と切ないメロディを奏で、しっとりとした声で歌い上げる。
「屋根の上をくるくる回る矢、いなくなった風見鶏〜。そこにとまるは……(ポロロロロロロン)……鳩ぉ〜」
ジャカジャ──ン!!
突然の激しいメロディに、場の空気が変わる。
ドンパン、ドンパン、と規則正しいリズムで、セビルとレンが鍋を木の棒で叩く。近くの民家にお願いして借りた物だ。
出だしはノリが良く、かつリズムが単純で、覚えやすい曲がいい。その方が観客がノリやすい。
「ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!
ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!」
ドンパン、ドンパン、のリズムに合わせて子ども達も手拍子をする。
「何をやっても上手くいかない? クルクルポッポー、クルポッポー。
上手くいってもクルクル回る? クルクルポッポー、クルポッポー。
目まぐるしく回る世界、そりゃ風見鶏だって目も回る。
明日の風を探して、今日も回るぜ風見鶏ぃ〜……の鳩!」
早口の歌詞は滑舌が命だ。この際、音が多少外れても良いから、リズムと滑舌を意識。
肺活量が落ちているのを嫌でも実感する。歳だ。正直、ポッポー体操のあたりでもう息が上がっていた。
「ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!
ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!」
* * *
チャカポコ、カンカンと鍋を叩きながら、奇跡の美少年レン・バイヤーは羞恥心と必死で戦っていた。
(ぐぉぉぉ、恥ずかしいぞ、これ……!)
今日のこれは、ヒュッター教室の特別課題。避難所を貸してくれた村人達に感謝を込めた、慰安コンサートであるらしい。
だが、どう見ても無許可だ。三塔主も室長達も呆気に取られている。
そもそも、帝国全土に関わる危機的状況なのだ。歌って踊ってポッポーしてる場合じゃねぇだろ、とレンは思ったのだが、セビルがこう言ったのだ。
『なるほど、ヒュッター先生には何か考えがあるらしい』
セビルはヒュッター先生を過大評価しすぎている気がする。
どんな考えがあったら、この状況でポッポーショータイムが始まるのか教えてほしい。
(ああああああ、見てる連中の視線が痛い……っ、ユリウス! ゲラルト! そんな目でオレを見るなぁぁぁぁ!)
そんな目=「何やってんだ」の目である。辛い。
「レン、顔を上げよ」
俯くレンに、ポコポコと鍋を叩きながらセビルが言う。
「始まる前に、ヒュッター先生に言われたことを忘れたか?」
「うぐぐぐぐ……」
練習中、ヒュッターは言った。
『失敗しても良いから、思い切りやれ。半端に恥ずかしがる方が恥ずかしいぞ。つーか、こういうのはお前、得意だろ。美少年。お前の愛嬌も織り込み済みの作戦なんだから、死ぬ気で愛嬌振りまけ』
レンはうぐぐと唸りながら、腹に力を込める。
集まれ、美少年パワー!
目に輝きを、肌と髪に艶を、振り撒く空気にキラキラを。
──みんなー! うちの先生がちょっと変なことしてるけど、この美少年に免じて許してくれよな!
「駄目っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)
無理っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)
風向きなんて、一日の内に変ーわーるーだろうー」
ジャカジャカ、チャカポコ、デケデケデケ。
有り合わせの楽器が賑やかな音を立てるが、観客の反応は今ひとつ。困惑が勝っているのだ。
間奏のタイミングで、セビルが声を張り上げた。
「皆のもの! 我が師の呼びかけに応え、いざ叫べ! ポッポーと!」
頼りないポッポーコールが返ってきた。
コールを返したのは、権力者に弱い財務室のヘル(こいつはマジだぜ、の人)、あとは楽しそうなローズと、他数名だ。
セビルが怒鳴る。
「声が小さい!」
今度はさっきより少し元気なポッポーが返ってくる。
やけになって叫びながら、レンは思った。
ポッポーコールを命じたお姫様なんて、世界中探してもセビルだけだろうな……と。